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167.「発注ミス」

(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)



 今日の授業はすべて終了、サッカー部へ向かう氏家翔馬。

 数馬の話では野球部は今週ある平安祭に向けたミーティングがあるとの話、太陽や3年生のマネージャーも当然参加するようだ。



「行ってくるよ守道君」

「じゃあな数馬」



 数馬を見送ると、俺の席に近づいてくる岬れな。

 今日は岬のお兄さんに家に来るように誘われていた。



「行く?」

「お、おう」



 忘れていたわけではないが、岬に声をかけられるとドキリとさせられる。

 来週には中間テストも控え今日の夜はバイト無し。



「パン研は何か準備しなくて良いのか?」

「逆にうちら何するわけ?」

「それもそうだな」



 南部長の、南部長による、南部長のための部活、パンダ研究部。

 俺が準備するパンダは何1つ無かった。

 学校の正門に差し掛かると、テレビカメラを手にした報道陣の姿が目に飛び込んでくる。



「テレビ来てるな岬」

「兄貴のせいでしょ、家にも最近来てるし」

「マジか、大変だな」



 岬のお兄さんがプロ野球のドラフト会議で上位指名されるかも知れないとあり、正門にはマスコミ関係と思われる人の姿があった。

 御所水通りを岬と2人で歩いて帰る、先に帰った同じクラスの末摘さんの話題。



「末摘さんは?」

「花は塾、来週から中間テストあるっしょ」

「なるほどな」



 S2のガリ勉男子や女子たちは、来週ある中間テストに向けて毎日塾でテスト対策を行っているはず。

 塾に通っているのが普通で、家で自習する俺と岬は少数派に違いない。



「お兄さんに挨拶したら俺すぐ帰るわ」

「すぐ帰るなし」

「えっ?なんで?」

「ゆっくりしていきな」

「予習で余裕がまったく無いんだって」



 先日の一件の後、わざわざ岬兄妹が俺を家に呼ぶ理由は察しがついている。

 岬の自宅マンションに到着すると、家の前にもテレビカメラを手にした人の姿が見えてきた。



「ウザすぎ」

「言ってた通りだな、いつもこうなのか?」

「最近」

「大変だな有名人も」

「ちょっとあんた、手伝って」

「何を?」

「おとり」

「は?」



 岬から何やら紙を手渡される。



『8349』



「なにこれ?」

「暗証番号」

「暗証番号?」

「うちの事、守ってくれるんでしょ?」

「なんでそれが今ここで出てくるんだよ」

「あんたは表の玄関から、うちは裏口から」

「うっそだろ!?平安の制服着てたらあいつらに声掛けられるじゃん」

「よ・ろ・し・く!」



(バシッ!)



「痛てぇ!?」

「おい、岬選手がいたぞ!」

「あ、あの、ちょっと違いますって!?」



 俺に群衆が集まる隙に、岬だけシレっとマンション1階の裏口へと消えて行く。

 4・5人の男たちに取り囲まれる俺、完全に野球部主将、日本代表4番打者が家に帰ってきたものだと勝手に勘違いされる。

 


「岬選手ですか?」

「違います」

「おい、この子岬選手と全然顔が違うぞ」

「確かにこんなアホヅラじゃないな」

「なんだ人違いか」



 男たちに囲まれ、突然モテ始めたのも束の間、すぐに岬のお兄さんでない事が顔でバレる。

 自然解散となり、ふたたびマンションの入り口にたむろする知らない男たち。


 野球人気の高さを垣間見る、太陽や数馬も甲子園に来年出場出来ればこんな風になるのだろうか?

 それはそうと岬を無事に家まで送り届けたし、これってもう帰って良いって事か?




(ピコン)



――――ラインメッセージ――――



れな:『早く上がって来い』



――――――――――――――――




 岬姫からお呼び出し、このまま帰れば血祭りにされる。

 報道陣から無視されたまま1階のマンションエントランスへ入る一般市民の俺。


 岬の部屋に向かうには1階オートロックの自動ドアを通る必要がある。

 セキュリティは万全、さすがマンションは防犯能力がうちのアパートとは大違い、俺のアパートに泥棒が入ったところで金目の物は何一つない。


 そんな事より、えっと、暗証番号何番だっけ?

 ポチポチポチっと。



『4649』



(ブブーー)



 あれ?

 よろしくじゃ無かったっけ?




(ピコン)



――――ラインメッセージ――――



既読 れな:『早く上がって来い』


   れな:『遅い』


――――――――――――――――




 岬姫から矢のような催促。

 自動ドアの暗証番号が違ったらしい、姫からさっき渡された紙をもう一度確認する。



『8349』



 よろしくじゃ無かった、優しく押せって事かなるほど。

 暗証番号を優しく入力、オートロック解除に成功、自動ドアが自動で開く。


 エレベーターで10階へ、岬の部屋は1001号室。

 部屋の前まで行くとすぐにドアが開き、イラついた顔の岬が立っていた。



「遅い、何してたのあんた?」

「暗証番号間違えた」

「なんて入れたの?」

「よろしく」



(バァーーン!!)



「優しくだっつってんでしょ」

「申し訳ありません」



 学校でも家でも怒られる男、高木守道。

 成瀬や神宮司の家に上がる時には無いこの緊張感。


 

「早くこっちきな」

「失礼します」



 高鳴る胸の鼓動、玄関を抜けリビングへ、胸のドキドキが止まらない。




 ~~~テレビCM~~~



「高校生、胸がドキドキ恋の(やまい)、あれから30年、胸がドキドキ、更年期(こうねんき)



 ~~~~~~~~~~~






 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







 ~~~岬中将視点~~~




「ただいま~れな~帰ったぞ」




(バァーーン!!)



 なんだ、地震か!?



(「……無理だって~」)

(「……さっさと答えろし」)



(バン!バン!バン!)



 リビングから凄い声が聞こえてくる!?



(「……インポスターだっけ?」)

(「……インダスだっつってんでしょ!」)



 れなが男を家に連れてきたのは初めてだな、仲良いじゃないかあの2人。

 


(ガチャ)



「ひっ」

「なにしてんのバカ兄貴」

「た、ただいまれな」

「遅いですよお兄さん~」

「やあ高木君、無事かい?」

「なにその言い方?」


 

 岬のお兄さんがようやく家に帰って来る、平安祭で野球部が運営する飲食ブースの打ち合わせが長引いたとの事。

 お兄さんの帰りを待つ間に、同じ選択科目を選んでいる岬と一緒に世界史のテスト対策。

 少しでも間違おうものなら、岬から鉄拳制裁が飛んできた。

 お兄さんが帰ってきたので、リビングで3人で談笑する。



「大変ですねお兄さん、マスコミに追いかけられて」

「ははっ、きっと今だけさ」

「どうせドラフト指名されなかったら消えるっしょ下の連中」

「マスコミなんてそんなもんだよなきっと」



 3年生の岬のお兄さんとゆっくりと話すのはこれが初めて。

 世界大会で活躍した野球部主将、お兄さんなりの苦労があるようだ。



「この前の世界大会お疲れ様でした」

「今日があるのは君のおかげだよ高木君」



 先日の一件は俺と岬兄妹の秘密になっている。

 口外しても誰も得をしない話、これがベストだと俺は勝手に思ってる。

 岬兄妹と談笑、岬のお兄さんは強面の顔とは裏腹にとても気さくな良い人だった。



「じゃあそろそろ俺帰りますんで」

「ちょっと待ちな、さっきの続き」

「続き?」

「世界史、教えてやるっつってんの」

「ぜひお願いします」



 岬が取り出したのは教科書でもノートでもなくスマホ、リビングの床で岬が隣に座ってくる。



「スマホ出しな」

「お、おう」

「このサイト」

「何これ、一問一答?」



 岬が教えてくれたのはインターネットの世界史の演習問題が一問一答形式で無限に出てくるサイト。

 演習問題が無料で見られるサイトがある事自体知らなかった。



「凄いなこれ」

「教科書覚えるより効率良いから」

「なるほどな」

「中間テストの範囲はここからここ」

「えっ?どこ?」

「もう知らない」

「教えてくれって岬~」

「きしし」



 暗記ものの世界史、日本史と違って語呂合わせが使えずに予習の仕方が分からず焦っていた。

 世界史は問題の演習量と言う岬の言葉を信じて、豊富にある無料のネットサイトから岬が使ってる一問一答形式のサイトをお気に入りに登録。


 世界史に限らず他の科目でも、彼女が普段スマホで見ているサイトをたくさん教えてもらえた。

 最近は予備校で教えてもらうような講師の授業も無料でインターネットの動画サイトに投稿されている事を知る、塾に通う金が無い俺にはありがたい情報。



「よく知ってたなこんな便利なサイト」

「スマホのサイトだけじゃ覚えられないぞ。高木君、これあげるよ」

「何ですそれお兄さん?」

「俺が昔使ってた世界史の問題集、良かったら使ってくれ」

「良いんですか?」

「れなは紙が嫌いだからな」

「スマホがあれば十分っしょ」



 数馬のように問題集で演習問題を1000本ノックする生徒もいれば、岬のようにスマホで演習問題を隙間時間に演習する生徒がいるらしい。

 岬のお兄さんに使わなくなった世界史の問題集を手渡され、家に問題集が無かった俺はありがたくいただく事にする。

 日が暮れ始めたので今日は家に帰る事にする。



「今日はありがとうございましたお兄さん」

「高木君、また寄ってくれ」



 お兄さんと別れ、岬が1人玄関の外に出る。

 玄関の扉が閉まり、岬とドアの前で立ち話。



「あんたは帰ってから勉強?」

「全力で予習してる、中間テスト近いからな」

「いつからそんな優等生になったんだか」

「また赤点取ったらヤバいだろ?」

「たしかに」

「真に受けるなって~」

「ふふっ」



 腕を組んで笑顔を見せる岬、普段キツい性格の彼女だが今日の岬は機嫌が良い。

 今日彼女が教えてくれたインターネットを活用した勉強法もさっそく取り入れたい、暗記ものの問題演習にはうってつけのサイトをたくさん教えてもらえた。

 岬と別れて家路につく、1階の岬のお兄さん目当てのファンの姿は見えなくなっていた。


 家に戻り机に座る、藍色の未来ノートを取り出し1ページ目を開く。

 相棒の1ページ目は今日も白紙のまま、未来の問題は教えてやらないよ、相棒はそう言いたいのかも知れない。

 未来ノートを閉じ、紫色のスマホを取り出す。


 

(レッツ・スピーク・イングリッシュ~)



 ラジオ英会話、去年とおととしの2年分の演習を終わらせる。

 続いて今日岬に教えてもらった問題演習のサイトをスマホで検索。



(「いつ勉強するのか……今でしょ」)



 サイトにリンクされた予備校講師の動画サイト、知らない先生が俺に勉強しろと言ってくる。

 やるのは今、スマホに表示される世界史の一問一答形式の問題演習を試してみる。

 教科書を丸暗記するのとは違い問題形式の方が記憶に残る印象、S2クラスでも数馬の次に頭の良い彼女のやっている勉強法、隙間時間に使えそうだ。


 岬のお兄さんにもらった問題集を続けて開く。

 大事な問題集じゃ無かったのだろうかと今さらながら考える、俺に渡して良かった物なのか、あるいはもう使う必要が無かった物なのか。

 問題集にはフセンやマーカーがたくさん引かれており、お兄さんが使っていた跡がうかがえる。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)



 翌日、お昼休憩。

 土曜日に平安祭を控え、S2クラスのパン研部員4人で旧図書館の1階パン研部室へと向かう。



「失礼しま~す」

「あ~適当してって~」

「うっーす」


 岬と末摘さん女子2人、数馬と俺の男子2人。

 最後に双子のパンダのライブ映像を満喫している南部長。


 

(ザッザッザッザ)



 なにやら外からたくさんの人の歩く音が聞こえてくる。



「なんだろ?」

「避難訓練か?」

「そんなわけないっしょ」



(ザッザッザッザ)



 旧図書館の中にたくさんの人が入ってくる足音。



「南夕子部長」



 出た、叶美香。

 パン研に生徒会長自ら出陣。

 ついに来たか、このパン研が消滅する日が。



「ふみ~ん。生徒会長様、なんの御用でしょうか~」



 たくさんの足音の正体は生徒会、取り巻きの生徒会メンバーを引き連れてわざわざうちのパン研にやってきた。

 普段はお友達の南夕子先輩と叶美香会長、真顔の生徒会長を前に涙目になるうちの部長。

 生徒会アレルギーの岬は目に見えてご機嫌悪化。


 ガサ入れ、突然の訪問。

 俺たちの座る机の上には、南夕子が部費を浪費して購入したお菓子が錯乱している。

 証拠多数、もはや言い逃れできない状況、日頃の不用心がタタったようだ。



「少しお話が」

「ふみ~ん」



 南先輩も観念したようだ。

 生徒会メンバー全員が文化祭成功に向けて1円単位で必死のコストカットの努力を続ける中、うちの部はまったり部室でお菓子ポリポリ部費を浪費。

 おまけに部長は双子パンダのライブ配信に夢中、完全に終わったな。



「生徒会長、ここはわたしが」

「あなたは良いの、わたしが話を」

「しかし」



 何やら様子がおかしい。

 生徒会副会長の一ノ瀬美雪が泣いてる?


 生徒会メンバー全員が部室に入ってきたので、個室から外に出て旧図書館の大広間で臨時の会議が開かれる。

 旧図書館の大きな机に対峙して座る生徒会メンバーとパン研メンバー。

 生徒会メンバーの悲壮な表情、何かあったに違いない。

 叶美香が口を開く。



「南部長、この度開かれる平安祭。パンダストラップを1つ1000円で生徒会に発注依頼されたのは間違いありませんか?」

「ふみ~ん、そうです~」



 パンダストラップを1つだけ1000円で購入?

 道頓堀の『恵比寿』と呼ばれる卸売の会社で発注してた話だな。


 さすがにうちのパン研が何を発注したのかまでは知らなかった。

 ストラップをわざわざ1つだけ?しかも1000円……。



「平安祭の展示ブースでの販売とありますが」

「そうです、嘘じゃありません、本当なんです」



 絶対ウソ、1000円のパンダストラップなんか、誰が買うんだよ?

 唯一この平安高校の生徒の中でユーザーがいるとしたら南夕子ただ1人。


 岬も多少怪しいが、1000円出してまで購入する生徒は部長くらいなもの。

 平安祭で売れ残った事にして、自分で最後に買い取るつもりだったに違いない。



「なぜこれを?」

「限定だったんです、そこでしか手に入らないやつなんです」



 はい黒。

 それはそうとして、なんでこんな悲壮な雰囲気になってる?



「申し訳ありません!」

「一ノ瀬さん、あなたはいいから」

「だって、だって……」



 やはり一ノ瀬が泣き止まない、絶対なにかあったに違いない。

 そう言えば一ノ瀬、先週の土曜日に道頓堀で発注の商談ブースに入って交渉していたな、なにかあったのか?



「――誤発注?」

「そう」

「いくつ?」

「……1000個」

「1000個!?えっと、えっと……1つ1000円でしょ……嘘!?100万円も!?」



 旧図書館に戦慄が走る。

 100万円?あまりの額にあっけに取られる。



「嘘でしょ美香ちゃん。そんなの絶対無理、返品しようよ」

「それが……一括購入の契約だから、返品できないの」

「そうなんだ……」

「申し訳ありません、ごめんなさい」

「一ノ瀬、落ち着け」

「でも、でも」



 同席していた右京郁人が経緯を説明した。

 土曜日、道頓堀の『恵比寿』に商品を発注する際、一ノ瀬は直前に野球部のブースで販売するフランクフルト1000本の発注を行った。


 その1000という数字が脳裏に残り、誤解を生じさせた。

 ここで悪いのがうちの部長、南夕子。

 1個だけ、価格1000円などと紛らわしい発注を紛れ込ませていた。


 1000という数字に先入観のあった一ノ瀬。

 発注票の再確認を怠ったミスも重なり、1個1000円のパンダストラップが1000個、本日平安高校に届いて事態が発覚した。



「代金はどうするの?」

「平安祭が行われる土曜日は銀行がお休みなの、週明けの月曜日が支払いの期限」

「そんな無理だよ……」



 一ノ瀬美雪が泣いていた理由、それは自身の発注ミスからくる自責の念から泣いていたと分かる。

 年に一度の一大イベント、生徒会に大きな試練が待ち受けていた。


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