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165.「英語能力検定3級」

 日曜日の朝から母校の小学校で行われる学区運動会、紫穂と玉運びにエントリー。

 次の競技で転がす大玉を前にする高木兄妹。



「次の方は前に進んで下さい~」

「お兄ちゃん、わたしたちの番」

「マジか~」

「1位になったら無料の洗剤貰えるよ」

「行くぞ紫穂、お兄ちゃんについてこい」

「は~い」



(パン!)

(「わーー!!」)



 大玉を転がす俺たち兄妹の息はピッタリ、現在隣のレーンを進む親子とトップを競い合う。

 スタート地点からまっすぐ大玉をコロコロ転がし、折り返し地点を曲がるところで1人の女性の姿に気づく。



「お兄ちゃん、お姉ちゃん見てるよ」

「マジか、走れ紫穂」

「うん!」



 詩織姉さんの姿を発見、がぜんやる気を出す兄妹。

 折り返し地点から大玉はさらに加速、高木兄妹の全力ダッシュ。



(パン!)


「おめでとうございます~」

「1位の方はこちらの景品をどうぞ」

「はぁはぁ、や、やったぞ紫穂」

「はいお兄ちゃん、洗剤」

「よーし」

「ふふっ」



 今日1日の体力をすべて消耗、妹と共に全力ダッシュでゲットした洗剤を手にする。

 競技が終わりグラウンドの外を出ると、紫色の日傘を差した詩織姉さんの姿があった。



「守道さん、紫穂ちゃん」

「姉さん」

「お姉ちゃん~」



 町内会で支給される無料のお弁当をもらい、3人で食事をいただく事にする。

 紫穂は詩織姉さんにベッタリ、話題は午後の英語能力検定3級の一次試験の話。



「頑張ってね紫穂ちゃん」

「は~い、お兄ちゃんは?」

「守道さんは大丈夫よね」

「は、はい」

「と言いつつ不合格だったりして」

「勝手にフラグ立てるなって紫穂~」

「ふふっ」



 家族でいる時は笑顔を見せる詩織姉さん、普段学校では見せる事がない表情にドキリとさせられる。

 英語能力検定は3級から一次試験と二次試験の実施、今日午後に予定される一次試験を突破しなければ二次試験を迎える事はできない。

 3人で食事を取っていると、聞き慣れた声が聞こえてくる。



「高木ちゃん~」

「あっ、婆ちゃん。それに空蝉さんもこんにちは」

「こんにちは」

「こんにちは」



 S1クラスの空蝉姉妹とお婆ちゃんが和菓子の入ったケースを手に姿を現した。

 お店の宣伝にもなるからと、無料で空蝉餅を町内会に差し入れしているらしい。

 住民のリピーターが絶えない地元の老舗和菓子店、商売上手な婆ちゃんのお店はいつ行っても客足が絶えない。



「高木ちゃんもお食べ~」

「良いの婆ちゃん?」

「粒あんとこしあん、どっちにするかえ~」

「じゃあこしあんで」

「心音ちゃん」



 空蝉姉妹、妹の心音と思われる方が、凄く嫌そうな顔をして俺にこしあんの空蝉餅を渡してくれる。

 神奈川ボーイの結城数馬がここにいるはずもなく、数馬の存在がいない事を確認したのか、空蝉姉妹はそそくさと違う家族連れの元へと消えて行った。

 御所水通りの商店街は同じ町内会、ほぼ毎年参加しているが空蝉姉妹の姿を見た事は今まで一度もない。



「おやおや~あの子たちったらまあ~」

「婆ちゃん、去年あの子たち来てました?」

「いんや~文音ちゃんも心音ちゃんも出不精でね~」

「なるほどですね」



 今年初めて学区運動会に参加したらしい空蝉姉妹、早い話引きこもり。

 婆ちゃんの話では突然お店を手伝い始めたのは、俺が和菓子店に通うようになってかららしい。

 孫が手伝ってくれるので助かっていると話す婆ちゃん、雑談が終わると空蝉姉妹の後を追ってその場を離れてゆく。


 差し入れの空蝉餅を姉さんと紫穂と三人で食べ終える。

 もうすぐ試験に向かう時間、詩織姉さんが声をかけてくる。



「守道さん」

「は、はい」

「紫穂ちゃんの事、お願いしますね」

「任せて下さい」

「え~お兄ちゃんが一緒にいてもね~」

「なんだよそれ」

「ふふっ」



 詩織姉さんと別れ、紫穂と2人で試験会場である平安高校へ歩いて向かう。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「まさひこちゃん、頑張って」

「ママ、行ってくるね~」



 英語能力検定3級試験、4級の時には感じなかった緊張感が漂ってくる。

 平安高校の正門前には、受験生を見送るたくさんの保護者の姿があった。

 


「お兄ちゃん緊張してるの?」

「だ、大丈夫だって」



 場の雰囲気に飲み込まれそうになる現役高校生。

 小学生で溢れていた4級の会場と違い、上位資格の3級になると受験する年齢層も上がっている。

 紫穂にとっては上位資格、現役高校生の俺にとっては並みの資格といったところ。



「お兄ちゃん、さっき詩織お姉ちゃんが言ってた事」

「姉さんの言った通りに紫穂の付き添いちゃんとしてるだろ?」

「お姉ちゃんそういう意味で言ったんじゃないと思うんだけど」

「なにそれ?」

「あっお兄ちゃん、神宮司先輩だよ」

「マジか」



 正門前で話をしていると、可憐な女子2人の姿が目に飛び込んでくる。

 麗しい姉の神宮司楓先輩の隣、俺の顔を見つけるとピョンピョン跳ねながら近寄って来るウサギが1匹。



「シュドウ君シュドウ君、おっすおっす」

「ピョンピョン跳ねるなって神宮司、そういえば受けるんだったよなお前も3級」

「そだよ」

「神宮司先輩、こんにちは」



『神宮司先輩』

『神宮司先輩』

「神宮司先輩」



「シュドウ君シュドウ君!先輩、わたし先輩だよ!」

「だからピョンピョン跳ねるなって、当たり前だろ」



 俺が検定試験の場の雰囲気に飲み込まれそうになっている隣で、試験会場で飛び跳ねるウサギが1匹。

 紫穂に先輩と呼ばれる事がよほど嬉しいらしい、彼女の喜ぶ顔を見て俺の緊張感がほぐれる。



「守道君、葵ちゃんの事お願いします」

「お願いします」

「分かりました」



 シスコンの楓先輩が徒歩0分の自宅から妹のお見送り、お願いされる妹はいつも姉の真似をして同じ事を続けて2度言う。

 神宮寺と仲が良い紫穂、仲良く手を繋いで受験会場である校舎へ向かって歩き出す。


 まともに勉強して合格率は50%と言われる試験。

 2人の背中を追って、英語能力検定3級の試験に臨む。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





(パァン!)



 夜、太陽の家の近くの公園。

 太陽と2人でキャッチボールをしながら、今日1日の出来事を話す。



「優勝したのかうちの町内会」

「まあな、シュドウと紫穂ちゃんのおかげだぜ」

「たまたま1回1位になれただけだよ、太陽1人でどれだけ1位取れたんだよ」

「ははは、町内会長から親が言われてたからな」



 日曜日、終日母校の小学校で行われた学区運動会はうちの町内会が優勝。

 現役球児の太陽が徒競走を走れば、メタボのぜい肉男子たちを軽く追い抜き1位を連発。

 逆に俺が参加しない事で町内会は優勝できる、紫穂と一緒に午前だけでも参加できて良かった。



「どうだった試験?」

「ぼちぼち、多分大丈夫だと思う」

「やるじゃねえかシュドウ、二次試験もあるんだろ?」

「今度11月」

「頑張ってるな、偉いぞシュドウ」

「姉さんに尻にムチ入れられてるだけだよ。今日もちゃんと試験行ってるか小学校まで監査に来たよ」

「ははは、なるほどな」



 英語能力検定3級、山場の一次試験が今日終了した。

 実力で臨む資格試験、未来ノートを使った後とは違う達成感のようなものを俺は感じていた。

 太陽との話題は今度行われる文化祭の話。



「野球部もブース出すんだよな」

「よく知ってるなシュドウ」

「この前生徒会で大阪行ったんだよ。野球部もフランクフルトとか大量に発注してたよな」

「毎年野球部で飲食のブース出してる、日頃応援してもらってる地域へのお礼だな」

「なるほどな」



 京都の名門、平安高校野球部。

 球児たち全員で飲食のブースを出して、日頃の野球部への応援に感謝を込めて低価格で地元住民に食事を提供するらしい。

 フランクフルト1本50円なら子供でも買える値段、子供たちも大喜びに違いない。



「楓先輩が売り子?真弓姉さんと?」

「ああ、S1の空蝉さんも手伝ってくれるみたいだしな」



 どうやら3年生のマネージャーコンビと1年生の双子姉妹が交代で看板娘になるらしい。

 売り子が良いので野球部のブースは大繁盛の予感。



「平安祭が終われば、いよいよ中間テストだな」

「あ、ああ」

「どうしたシュドウ?7月の時みたいにまた高得点取れれば、いよいよ見えてくるんじゃないのかS1クラス」

「そんな簡単にいかないよ太陽」



 大きなテストは残り3回、次に控える10月の中間テストまで1カ月を切っている。

 現在俺のS2クラス内での順位は30人中20位前後をさまよう。

 気を抜いて赤点を取ればすぐに最下位も視野に入る厳しい位置。



「行こうぜシュドウ、一緒にテッペン目指そうぜ」

「数馬と同じ事言うなって太陽」

「ははは、あいつに先を越されちまったか。そういう事だシュドウ、下を向いてる奴に未来は無い、上だけ向いて生きて行こうぜ」

「楓先輩のうけうりだろその話?」

「バレたか」



 太陽は上だけ向いて1日1日を大切に過ごしている。

 その背中を押している楓先輩の色に徐々に染まっていく太陽を肌で感じる。


 もうすぐ夏が終わり、文化祭の秋を迎える。

 秋の訪れと共にやってくるテストの季節、俺の目指す先の未来は、まだ果てしなく遠い。

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