163.「一寸法師伝説」
土曜日、朝10時。
俺は今、結城和馬と一緒に大阪の「なんば駅」改札前に立っている。
「大都会だね守道君」
「生徒会の定例会免除じゃ無かったのかよ」
「今日は大事な打合せだって言ってたね」
生徒会活動で呼び出され、数馬と共にまさかの大阪現地集合。
待ち時間に授業の話、話題は今週返却された古文のテストの結果。
「古文のテスト、バッチリだったね」
「数馬も100点だったろ」
「守道君も、さすがだね」
昨日返された古文の小テスト、枕草子先生の課題の結果はお互い100点。
百人一首の鬼暗記、神宮司姉妹が大きな力となって俺をアシストしてくれた。
(「この小説ヤバくない~」)
(「超ヤバい~バズってる」)
(「これバスり?」)
(「あはははは」)
道行く綺麗なお姉さん2人組。
日本語なのか外国語なのか分からない言語でしゃべっている、大都会大阪。
唯一ヤバいのだけは聞き取れる、とても同じ日本人とは思えない。
「あっ、いたいた。カズっち、タッキーこっちこっち~」
「やあ明石さん」
「だれがタッキーだって?」
「まあまあ、良いから良いから~」
同じ生徒会の明石沙羅、明るい性格の彼女からいつの間にか結城数馬はカズっち、俺はタッキーと呼ばれる始末。
「深雪、ほらこっち」
「腕をつかまないで下さい明石さん」
「良いじゃん深雪のいけず~」
「こら!触らないの」
生徒会副会長の1人、S1クラスの一ノ瀬深雪。
今日は私服姿、残暑厳しい9月の夏に、雪のように白い肌が際立つ。
普段から超が付くほど真面目なオーラを放つ彼女。
性格もタイプも正反対の女子2人がジャレ合う、可愛さがハンパない。
「やあ、おはよう高木君」
「右京」
「僕たちはもう同じ生徒会の仲間じゃないかい?郁人と呼んでくれて構わないよ」
「郁人、その子と関わらないでよ」
「そうはいかないだろ一ノ瀬、会長に報告するぞ」
「う~」
「はい、深雪の負け~」
S1クラスの右京郁人が合流してくる。
一ノ瀬深雪を黙らせるには生徒会長の名前を出せば良いらしい。
「お~ほっほっほ」
(ザッザッザッザ)
出た。
ユーアーザ・クイーン、3年生の叶美香、女王様が他の生徒会メンバーを引き連れて登場。
そのメンバーの中に詩織姉さんの姿もあった。
「みんな揃ってるわね。さあ、行くわよ」
「はい」
一体今日はどこへ行く?
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「毎度ありがとうございます」
「こちらこそ、今年も宜しくお願いします」
大阪道頓堀近くにあるビルに着くなり、担当者に深々とお辞儀をする叶生徒会長。
『恵比寿』と呼ばれる卸売の会社らしく、ここに平安高校の生徒会メンバーが集まる。
「皆さん、準備は出来て?」
「はい」
ホテルのようなフロア、ビル1階の商談ブース。
会社側と思われるスーツを着た男たちも多数混ざる。
俺と数馬は叶生徒会長の両脇に立ち、会社側とブースに別れて話をしている生徒会メンバーを見守る。
「会長、皆さん何をされてるんですか?」
「平安祭に向けて、色々と」
平安高校の文化祭、平安祭は毎年10月上旬、3連休の中日である日曜日に実施される。
なんと毎年行われる文化祭の準備品を、生徒会が一括して仕入れをするらしい。
学校からの運営資金を生徒会が一時預かり、各部活からの希望する品を生徒会が一括して購入。
まとめて買ってその分トータルの代金をディスカウント、割り引いてもらう。
学校サイドも生徒会による生徒の自治を資金面から任せているようだ。
「生徒の自主性を育てるのが我が校の理念よ」
叶生徒会長のレクチャーは過去の生徒会活動の歴史にも及んだ。
野球部の出店ブースでは、フランクフルトだけで1000本の発注、毎年それを1本50円で販売してきた過去の生徒会メンバーの先輩たち。
叶会長が就任した昨年度ある問題が発生した。
『消費税の増税問題』
学校からの運営資金は変わらず、購入価格だけ値上がりし、販売価格50円を維持するために動いたのが叶会長。
平安高校の看板を前面に出して、会長自らトップセールスでこの卸売の会社から特別に仕入れさせてもらったのが去年の話らしい。
普段は最終消費者である俺たちが買うスーパーなどがお客様だというこの卸売の会社。
「ここの会社の社長さん、平安高校の卒業生だったの」
「凄い偶然ですね」
「人の縁ってところかしらね」
偶然だったにせよ、叶会長の行動無くしてあり得ない成果だと感じる。
すべての部活に必要物資を申告してもらい、生徒会を窓口にした一括購入による購入コストの削減。
50円のフランクフルトには、叶会長の愛がこもっている。
「素晴らしい活動だね守道君、僕はぜひ適正意見を出したいと思う」
「俺も同感だよ数馬」
叶生徒会長のトップセールス。
この話を聞いてしまった以上、もう先輩に足を向けて寝られない。
それに引きかえ我がパンダ研究部、王子動物園往復交通費だけで年間3万円を計上。
疑惑の総合商社、パンダ研究部の闇の会計帳簿。
野球部が運営する食事関連のブース以外にも、物販を目的とした様々な品が各部活からオーダーされているようだ。
パン研からもいつの間にかオーダーが生徒会に入っている、うちの部長一体何を発注した?
2年生や3年生に交じって、1年生の一ノ瀬美雪も商談ブースで交渉を行っている。
生徒会メンバー全員をここに連れて来る叶会長の意図。
平安祭の一大イベントを次年度も成功させるために必要な経験を積ませているらしい。
生徒の自主性というDNDを後輩に受け継がせる、3年生叶美香の親心を感じる。
平安高校の生徒会、俺の想像していた組織とは大分違う印象を受ける。
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「お疲れ様でした~」
平安祭に向けた発注業務が終了し、道頓堀近くの飲食店に入る生徒会メンバー。
俺と数馬は叶会長が向かいに座る席に着座する。
目の前の席に座る叶美香生徒会長、一仕事終えリラックスした表情。
「2人ともお疲れ様」
「俺たち、ただ見てただけですよ会長。なあ数馬」
「まったく。1年生の僕ら2人、よく監査人なんかに任命されましたね?」
「先入観の無い1年生なら、新鮮な目でわたしたちの行動を見てもらえると思ったからよ」
「1年生だと怖くて上級生に文句なんて言えませんよ」
「あら、長期独裁政権がなんとかって言ってたのは、どこの誰だったかしら~」
「あ、あれは、その……」
「ははは、これは一本取られたね守道君」
権力に向かってお構いなしに発言を繰り返した俺にブーメランが飛んでくる。
叶会長と話をしていると、席に近寄ってくる女子の姿。
「ちょっとあなた」
「え?ああ、一ノ瀬……さん」
「ようやく名前は覚えてくれたようですね」
「やったね美雪~」
「よくありません、お黙りなさい明石さん」
「ふふっ」
会長と話していた俺と数馬の席に、一ノ瀬美雪と明石沙羅がやってくる。
「凄いですね一ノ瀬さん、さっきの商談ブースの対応見てましたよ」
「あんなの、たいした商談じゃありません」
「またまた~嬉しいくせに~」
「お黙りなさい」
「こわ~い」
「ははは」
いつもクールな一ノ瀬美雪、俺が発言する度にご機嫌斜めのご様子。
岬れなとはタイプも違うが、プンスカいつも怒っている様子はどことなく似ている印象を受ける。
そんな一ノ瀬から続けて声をかけられる。
「期末テスト、おめでとうございます」
「え?」
「7月のテストの結果!成績良かったでしょあなた」
「あ、ああ。あんなの、たいした事じゃないですよ」
「あの点数でたいした事ないですって?」
「一寸先は赤点ですから俺」
「さ~すがタッキー。言う事が大人~」
俺があまり嬉しそうな顔をしないのが不思議らしい。
4月の赤点から目を見張るような高得点をマークした、7月の期末テストの結果は確かに嬉しい。
ただそれは人に自慢できるような事ではない、すべては未来ノート、相棒のおかげ。
「謙虚なのは素晴らしい事よ高木君」
「会長……」
「あなたは楓に似て、どこまでも自分に厳しい人ね」
「えっ?なんですそれ?」
叶美香の話を不思議に感じる。
俺が生徒会に誘われたのは、結城数馬のついでのはず。
「会長、この子を生徒会に入れた理由、本当は何だったんですか?」
「一ノ瀬さん、あなたはまだ若いわ。わたしが色んな事をたくさん教えてあ・げ・る」
「会長~」
生徒会副会長に1年生で抜擢された一ノ瀬美雪、3年生の叶生徒会長の熱い期待は間違いないようだ。
飲食店を出て解散する事になる、道頓堀はたくさんの観光客が行き交う。
詩織姉さんは右京郁人と立ち話をしている、今日詩織姉さんと言葉を交わす事は無かった。
他人だけど他人じゃない関係、近づいては離れる姉さんの存在にいつも心が揺れ動く。
「どうしたんだい守道君、今日は何だか元気無いね」
「数馬……」
詩織姉さんが右京と2人でいる姿を遠目に見る。
S1クラスへの昇格という俺の目指す先にすでに到達している右京郁人。
近そうで遠い、大きな壁さえ感じる。
「お姉さんの事、気になるね」
「あ、ああ」
この高校へ入学してから、心はいつも揺れ動く。
テストの点に一喜一憂し、俺の周りの人間も俺のテストの結果一つで表情が次々と変わってゆく。
それと同時に変わらないものがある事にも気づけた、寄り添い続けてくれる友の存在。
「期末テストの結果、僕も驚いてるよ。君はもっと自信を持って良いんじゃないかな?」
「あんなの俺の実力じゃないって」
「君は会長の言う通り、自分に厳しい人間なんだね」
「甘いよ、甘すぎる。どっぷり甘い蜜に浸ってる」
「僕にはそうは見えないよ、君が努力している姿を僕は知っているからね」
4月の学力テストで赤点を取り、地を這いつくばっていた俺を知る結城数馬。
S2クラスのトップを走り続ける数馬は時に立ち止まり、本当の俺をいつもそばで見てくれているような気がする。
「知ってるかい守道君、この道頓堀川の一寸法師伝説」
「一寸法師って、鬼退治する話?」
「ここからお椀に乗って京の都を目指したらしい」
「遠すぎだろここから京都」
「千里の道も一歩から、最後はきっとお姫様が打ち出の小槌を持って守道君の事を待っているはずだよ」
「ムチの間違いだろそれ?」
「ははっ、そうかも知れない」
「だろ~」
たとえ体が小さくても、心の大きさが大切だと話す結城数馬。
未来ノートを持っていても、持っていなくても、それでも俺に寄り添い続けてくれた友は、俺の事を一寸法師に例えてくれる。
追いかけたかった友の背中は、いつしか共に手を携え歩む存在に変わろうとしているのかも知れない。
「一緒に目指そう、S1クラス」
「一緒に?」
「僕の右腕はもうすぐ治る、今度は手を携えて君と共に高みを目指したい」
「気持ち悪い事言ってんじゃないよ数馬」
「僕との約束よりも、お姉さんとの約束の方が大事かい?」
「ちょっと2人とも~~」
(バシッ!)
「痛てぇ!?なにするんだよ明石!」
「見て見て美雪~こっちの2人BLしてる~」
「最低です、知りません」
「ちょっと待てお前ら、BLってなんだよそれ」
残暑厳しい9月、生徒会の一員として過ごす大阪の1日。
俺の周りの世界が、少しづつ変化していく。




