161.第18章<わらの中の七面鳥>「水と油」
9月の熱帯夜、俺は机に向かって勉強を続ける。
蓮見詩織姉さんとの夏の約束、S1クラス昇格への挑戦。
夏の終わりと共に姉さんはまた姿を見せなくなったが、10月来月の中間テストまで俺はただひたすらに勉強を続けるのみ。
目下勉強する科目は世界史、9月の新学期、新たに始まった選択科目の勉強に力を注ぐ。
新しい科目は覚えにくい、その分勉強量でカバーする。
相棒の1ページ目に映る未来の問題を確認する、世界史の小テストの設問と思われる未来の問題。
設問の解答欄には、藍色の答えまで浮かび上がる。
世界史の教科書を確認する、どうやらこの藍色の答えで間違いは無さそうだ。
小テストの問題量はたかが知れてる、問題演習が終わるとさっそく世界史の授業範囲の復習に取り掛かる。
夏休みの1カ月、ただひたすらに勉強を続けた俺。
俺を机に向かわせたのは、色々な人との約束があったから。
周りの友達に勉強を教えてもらっていた、甘えた自分にはもう戻りたくない。
翌朝、朝からアルバイトに向かう。
額の傷も大分良くなってきた、今日からもうシップを張る必要も無さそうだ。
バイト先のコンビニに到着すると、店の外でクラスメイトの岬れなが待っていた。
「おはよ」
「おう岬、おはようさん」
「まだ痛い?」
「大分良いよ」
「本当、良かった」
「お、おう」
先日の一件のケガを心配してくれる岬れな。
心配されるのは嬉しいが、いつもツンツンしている岬に優しく言われるとドキリとさせられる。
すぐに仕事に取り掛かる、レジは岬に任せて朝からお弁当や雑誌の搬入作業。
新聞や週刊誌を業者から受け取り雑誌コーナーにセットするリーダークルーの俺。
搬入が集中する早朝時間帯にお店の応援は助かると、店長夫婦からはとても喜ばれている。
作業も終わり俺もレジに立つ、もうすぐバイトが終わり登校時間を迎える。
(ピコピコ~)
「いらっしゃいませ~」
「お、おはようございます」
「岬、末摘さん来たよ」
「外で待ってな花」
「う、うん」
S2のクラスメイト、同じ部活の末摘花さんが岬を迎えに来る。
身支度を整えて外に出る、3人で学校へと向かう。
「花、わざわざ寄らなくいいっしょ」
「ごめんなさい、迷惑かな……」
「好きにしな」
岬はバイト先に寄るなと末摘さんに言っているが、口元は緩み笑顔を見せる。
末摘さんは岬にベッタリ、性格アベコベコンビの2人だが本当に仲が良いと俺は勝手に思ってる。
平安高校の正門に到着すると、昨日までは無かった告知用の垂れ幕が目に飛び込んできた。
『平安祭開催のお知らせ』
「平安祭?」
「来月文化祭あるもんね」
「へ~」
「あんた生徒会でしょ?学校の行事知らないわけ?」
「全然」
「バカじゃん」
生徒会監査人に名を連ねる名ばかり生徒会メンバーの俺。
生徒会を監査するはずの俺は、生徒会副会長から生活態度の監査を受ける。
正門を過ぎ第一校舎1階へ到着、掲示板に貼られる1枚の紙。
──風紀委員会からのお知らせ──
『風紀向上強化月間』
「岬、今月30日まで風紀強化月間だぞ」
「は?」
「岬はヤバいからな」
「何が言いたいわけ?」
「茶髪に超ミニスカだろ?頭の先からつま先まで全身校則違反の塊ウグッ☆□●!?も、申し訳ありません」
「死にたくなければその口閉じな」
「かしこまりました」
いじめ110番、余計な一言で岬に胸ぐらを掴まれ姫の逆鱗に触れる。
ようやく解放されると、背中から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「ちょっとあなたたち」
「なんだよ岬」
「うちじゃねーし」
「へ?うわ!?えっと……」
「……一ノ瀬です」
「ああ、そうそう」
「いつもその名前思い出したような言い方やめてもらえます?」
確か名前は一ノ瀬美雪だったような。
いきなり俺の目の前に美少女登場、1年生の生徒会副会長。
小顔で美人の女の子、急に目の前に現れるとさすがに驚きを隠せない。
この一ノ瀬って子を生徒会副会長に推薦したら、本当に1年生で生徒会副会長に抜擢されたから俺もビックリ。
「ほら美雪、怒らない怒らない」
「わたしは怒ってなどいません」
「もう~タッキーの前ではいつもプンプンなんだから~」
「明石さんふざけないの」
たしかS1クラスだよなこの子たち?一体になんの用があって俺に声をかけて……待てよ。
ここに来たのは叶美香の差し金の可能性も大いにある。
生徒会副会長を派遣して、俺の息の根を止めに来たに違いない。
「あっ、俺ちょっと沖縄行くんで失礼します」
「ちょっと待ちなさい、何時の便で行くつもりですか!あなたに聞きたい事があってきたんです」
沖縄行きはさっそく嘘だとバレる、生徒会副会長はダテじゃない。
「美雪~もしかして告白?」
「違います!」
隣で明るく振舞うのは明石沙羅とか言ったな。
凄くコミュ力ありそうな明るい性格、性格が正反対な2人。
女子2人と話をしていると、話に割って入ってくる男子が1人。
「ここにいたのか一ノ瀬」
「郁人……」
「おはよう、高木守道君。そちらにいるのは岬さんだね」
「なれなれしくうちの名前呼ばないで」
「おっと、それはすまない。レディーに失礼だったね」
「郁人、この子に謝らないで。あなたその髪、そのスカート、恥ずかしくないの?」
「うるさいし」
掲示板の前でにらみ合う一ノ瀬美雪と岬れな。
目に見えて仲が悪い、水と油のようだ。
校則違反の塊である岬の存在で、一瞬にして機嫌が悪くなる一ノ瀬美雪。
美少女を怒らせると面倒、俺の経験則が危険信号を発する。
さっそくこちらに火の粉が飛んでくる、一ノ瀬美雪は眉をくの字にして俺を睨みつける。
「あなたも生徒会の一員でしょ?岬さんの校則違反をちゃんと指摘したらいかが?」
「だろ?俺もそう思ってたんだってウグッ☆□●!?」
「あんたは一体どっちの味方!」
「く、苦しいっス姉さん」
「あはは、ウケる~」
「明石さん」
このままでは命がいくつあっても足りない、緊急脱出。
「あっ、俺トイレ行ってきます」
「最低」
「ちょっとは我慢なさい!あなたに聞きたい事がたくさんあるの」
脱出失敗。
「早く聞いちゃいなよ美雪~ホームルーム始まっちゃうよ~」
「明石さんもお黙りなさい。あなたのその額の傷は何ですか?」
「あ~タッキーのその傷、それ私も昨日からずっと気になってたんだよね~」
タッキー?俺の事か?
きっとこの明石って子、俺が高木だからタッキーと呼んでいるに違いない。
昨日は蓮見副会長から私生活の指導をいただいた後、すぐ生徒会室を脱出し数馬一緒に図書館へ向かった。
「あなた、わたしの質問に答えなさい」
キツイ言葉を発する一ノ瀬美雪。
岬とは違うタイプだが、始めて会った頃の岬れなにそっくりだな。
右京郁人も見てる手前、この傷の秘密を漏らすわけにはいかない。
「これは……ちょっと転んだだけだよ」
「はいウソ~」
「うるさいな明石、打ち所が悪かっただけだよ」
「こいつはうちをかばって男に殴られたっしょ」
「えっ?」
「バカ岬、それここでしゃべるなって」
岬がいきなり真相に迫る発言、なに考えてるんだ岬は?
「それうちのせいだし……」
「もう話すな岬、こいつらに話してもしょうがないだろ?」
岬が下を向く、一ノ瀬も黙り込んでしまう。
明石は俺に目をやり、何やらニヤニヤしながら俺の額の傷跡を覗き込む。
「タッキー男の子してるんだ~」
「うるさいよ明石」
「怪しい~」
「うぐっ……近寄るなお前」
明石沙羅、メチャメチャ可愛い女の子。
視線を合わせて眼前まで迫られる、直視できず思わず目を背ける。
「ふ~ん、なるほどね~ですって美雪」
「なんなのよそれ……」
「昨日定例会の後詳しく聞こうと思ってたのに、タッキーすぐに帰っちゃうんだもん~」
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
「さあ話はここまでだ。一ノ瀬、明石、2人とも教室に行くぞ」
「は~い」
「あなた」
「一ノ瀬、話はまた今度だ」
「分かっています」
右京郁人、明石沙羅が先に階段を上がる。
一ノ瀬美雪は俺を睨みつけた後、2人の背中を追いかけるように姿を消していった。




