159.第17章最終話「藍色に世界を染めて」
「副会長カンカンだったね」
「怒りプンプン丸だって数馬」
「良いのかい、本当の事言わなくて?」
「話せるわけないだろ」
生徒会に捕縛され風紀委員会で蜂の巣にされた俺。
満身創痍でパンダ研究部のある第一校舎1階の旧図書館へ向かう。
第一校舎1階の掲示板にさっそくの貼り紙。
──風紀委員会からのお知らせ──
『風紀向上強化月間』
今日から9月30日まで。
有言実行、即断即決、叶会長の意向が目に見える形で具現化される。
平安高校生徒にふさわしい立ち振舞、生徒会による見回りの実施。
校内でイチャつく不届き者は、叶美香が黙っちゃいない。
「お疲れ様で~す」
「失礼します」
「あ~適当にしてって~」
「は~い」
安定のパンダ研究部、部室のドアを開くと冷房の心地良い冷気が流れてくる。
ここは外界から切り離された夏のオアシス、パン研の部室でまったりくつろいでいた岬と末摘さん。
岬が俺に気づくと長椅子から立ち上がり近づいてくる。
「ちょっと良い?」
「ああ」
部室を出て岬と2人、旧図書館の一角に座る。
「薬、出しな」
「お、おう」
夏の旧図書館で岬に治療をしてもらう。
普段の彼女から想像出来ない優しさに、胸の鼓動が止まらない。
「ごめん」
「事故だよ事故」
「うちのせいだし」
「逆に俺も、昨日は1人で帰らせて悪かった、怖かったよな」
「うん……」
理不尽に迫る男の恐怖、マンション1階の壁際に迫られた岬はヒドく怯えていた。
お兄さんの件はもらい事故のようなものだと、俺は勝手に思ってる。
「ありがと」
「えっ?」
「守ってくれて」
普段まったくダメな俺でも気持ちで岬の壁になった昨日の夜、俺は彼女を守る事ができたようだ。
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(ピコピコ~)
「いらっしゃいませ~」
「ちょっとあんた」
「お、おう」
「私がレジやる」
「じゃあ俺、補充入るわ」
夜のバイト、岬と同じシフトに入る。
来月10月は中間テストに加え、英語能力検定に漢字技能検定と資格試験を2つも控える大事な月。
9月はしっかりシフトを入れる、金欠で働く動機は岬と変わらない。
あっという間に時間が過ぎ、バイトが終わる時間を迎える。
「外で待ってる」
「お、おう」
今日はレジには立たずに補充に発注、岬には随分楽をさせてもらった。
昨日の今日、岬のお兄さんに恐れをなして逃げた元カレも気になるところ、今日岬を1人で返すわけにはいかない。
コンビニの外に出ると、看板の明かりの下で岬が待っていた。
暗黒の御所水通りを2人で歩いて帰宅する。
すぐ近くとはいえ、俺が彼女を1人で帰らせた事で昨日は怖い思いをさせてしまった。
暗い話題を避けて、お兄さんが活躍する日本代表の話をする。
「岬のお兄さん凄いよな」
「野球だけ、うちは迷惑」
「嫌なのか?有名人の妹」
「ウザ過ぎ」
岬はお兄さんが活躍するのがあまり面白くないようだ。
口でこうは言ってるが、7月甲子園出場をかけた京都大会のお兄さんの応援に、妹の岬が駆け付けた事実を俺は知っている。
心の中で本当はお兄さんの活躍を喜んでいるに違いない。
「岬、お前がくれたあれ、大事に使ってる」
「あれ?」
「お前のお土産」
「そう」
「サンキューな」
「うん」
海外旅行で彼女が買ってくれたお土産、家で大事に使っている。
「なあ岬」
「なに?」
「お前、結構良いやつだよな」
「うるさいし」
「今の、結構褒めたんだぞ」
「うるさい」
いつもの毒舌に少し安心、岬の調子が大分戻ってようだ。
岬のマンションに到着すると昨日までに無かった光景、たくさんの人だかりが見える。
「あれなんだろ」
「兄貴の取材」
「勝ったのかアメリカ戦?」
「負けた」
「マジか」
岬に言われてスマホを確認、U―18日本代表は阪神甲子園球場で今日行われた準決勝アメリカ戦で敗戦していた。
「凄いぞ岬、お兄さんアメリカ戦でホームラン打ってる」
「うち、裏口から帰る」
「おう、それが良い」
視線の先、マンションのエントランスにはたくさんの人だかり。
U―18日本代表がアメリカ戦準決勝で敗戦する中、岬のお兄さんは一矢報いるホームランを打っている。
敗戦ながら日本代表の4番打者を一目見ようとファンが集まっている様子。
「ねえ」
「なに?」
暗い夜道、御所水通りの木の下で2人立ち止まる。
「うちの事、また守ってくれる?」
「その気が無かったらここにいないよ」
「ふ~ん」
「なに?」
「結構……守られたいかも」
「なんだよそれ」
「知らな~い」
「ちょっと待てよ、岬」
「べ~だ」
無邪気な笑みであかんべえ、マンションの裏口へと消えていく岬れな。
額の傷の対価として、彼女の大きな信頼を得る事が出来たのかも知れない。
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自宅アパートに帰ってくる。
スマホのニュースサイトを確認、阪神甲子園球場で行われていたU―18世界大会準決勝。
アメリカ戦に敗戦した日本代表、4番の岬の兄さんが1人気を吐いてホームランを打つ姿が大々的に報道されていた。
身近な人が世界で活躍する、俺にとっても嬉しいニュース。
妹の岬れなは、お兄さんの活躍を煙たがっていた、彼女らしい反応かも知れない。
カバンから藍色の未来ノートを取り出す。
相棒を取り出すと、手紙が1つカバンの中にある事に気が付く。
パンダのシール、迷子のお姫様から渡された手紙。
学校ではとても開く事が出来なかった、パンダのシールをはがし手紙を読む。
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めぐり逢ひて 見しやそれともわかぬ間に
雲がくれにし 夜半の月かな
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彼女は不思議の塊、俺には何が書いてあるのか分からない。
和歌で何か俺に伝えようとしているのか?
迷子のお姫様がいる野宮神社へと導いてくれた未来ノートの最終ページを開く。
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由良のとを 渡る舟人 かぢを絶え
ゆくへも知らぬ 恋の道かな
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最終ページは真っ白、ただ1つノートの間に、彼女が読んだ和歌が書かれた藍色の短冊を挟み込んでいた。
この短冊と同じ色に未来ノートは白から藍色に染まってしまった。
藍色の未来ノート、最初の1ページ目を確認する。
未来の問題がまた未来ノートに映し出されていた。
相棒が俺に見せてくれる未来で俺が受けるテストの問題……今日授業があった世界史の出題範囲。
今日の授業であった世界史のテストとは違う問題。
気まぐれな相棒が見せてくれる未来は問題だけでは無かった。
――答えが藍色の文字で浮かび上がっている――
世界史の設問、空欄のはずの問題の答え。
まるで私が答えだと言っているように、藍色のハッキリとした色で、強く、強く浮かび上がっていた。
第17章<世界の岬> ~完~
【ここまでの登場人物】
【主人公とその家族】
《高木守道》
平安高校S2クラスに所属。ある事がきっかけで未来に出題される問題が浮かび上がる不思議なノートを手に入れる。パンダ研究部所属。生徒会監査人。
《蓮見詩織》
平安高校特別進学部2年生。平安高校生徒会、生徒副会長。主人公の父、その再婚を予定する、ままははの一人娘。
【平安高校1年生 特別進学部SAクラス】
《朝日太陽》
主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部SAクラス1年生。スポーツ万能、成績優秀。野球部に所属。
【平安高校1年生 特別進学部S2クラス】
《結城数馬》
平安高校特別進学部S2クラス1年生。野球部所属。パンダ研究部所属。生徒会監査人。主人公のクラスメイト。
《岬れな》
平安高校特別進学部S2クラス1年生。パンダ研究部所属。主人公のクラスメイト。バイト先の同僚。
《氏家翔馬》
平安高校特別進学部S2クラス1年生。サッカー部所属。主人公のクラスメイト。
《末摘花》
平安高校特別進学部S2クラス1年生。パンダ研究部所属。眼鏡女子。主人公のクラスメイト。
【平安高校1年生 特別進学部S1クラス】
《神宮司葵》
主人公と図書館で偶然知り合う。平安高校1年生、S1クラスに所属。『源氏物語』をこよなく愛する謎の美少女。美術部所属、パンダ研究部所属。
【平安高校 生徒会メンバー】
《叶美香》
平安高校3年生。平安高校、生徒会本部役員選挙にて生徒会長に再選される。
《右京郁人》
平安高校特別進学部S1クラス1年生。生徒会メンバー。
《一ノ瀬美雪》
平安高校特別進学部S1クラス1年生。平安高校生徒会、生徒会副会長に抜擢される。
《明石沙羅》
平安高校特別進学部S1クラス1年生。生徒会メンバー。
【平安高校 上級生】
《南夕子》
平安高校3年生。パンダ研究部部長。
《岬中将》
平安高校3年生。野球部主将、プロのスカウトから声がかかる平安高校の4番。岬れなの兄。
【平安高校 教師・職員】
《御所水流》
平安高校特別進学部S2クラス、主人公のクラスの担任教師。
平安高校美術を担当。美術部顧問、パンダ研究部顧問。
《橘則光》
平安高校教師、現代文を担当。




