157.「世界との戦い」
9月2日、学校に登校。
S2クラスに入るなり、俺の顔の傷を見てクラスメイトから次々と声がかかる。
「おはよう~高木君大丈夫その顔!?」
「本当、どうしたのそのケガ!」
「はは、コロんじゃって。大丈夫、大丈夫」
「嘘だよそれ~」
夏祭りからアクシデントが頻発、昨夜の事情はさすがに話せず転んだ事にして適当に誤魔化す。
普段話さない女子から心配される突然のモテ期到来、これも未来ノートの呪いかも知れない。
「守道痛そうなや~」
「大丈夫、大丈夫」
「大丈夫かい守道君?」
「平気、平気」
氏家翔馬と結城数馬に心配される。
席に近づいてくる眼鏡をかけた女の子。
「高木君、痛そう」
「大丈夫ですよ末摘さん、パンダみたいでしょ俺?」
若干額に青いアザができていた。
末摘さんと話をしていると、教室の後ろから入って来る茶髪女子。
教室の一番後ろに座る俺の席に立ち寄る。
「あんた……」
「よう岬、おはようさん」
「昨日出た病院の薬あるっしょ?」
「ああ、一応持ってきたけど」
「早く出せ」
「えっ?」
「この下手くそ」
クラスメイトの視線を無視して、岬は俺の額の傷口に薬を塗り直してくれる。
「痛てぇ」
「我慢しろし、シップは?」
「カバンに」
「早く出せ」
「分かったよ」
俺の家には俺1人。
適当な傷口の処置を見かねて、岬が手当てをやり直してくれる。
席に座る俺は岬にされるがまま。
「ちょっと話あるから、今日どこかで付き合って」
「りょ、了解」
岬の顔が至近に迫る、普段の彼女からは想像できない優しさ。
彼女の吐息を感じる距離で、俺は固まったまま返事をする。
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(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
昨日の始業式が終わり、今日から本格的に授業が再開する。
1日の授業自体7限目まである特別進学部。
額の傷口は痛むが、周囲の目が気になる以外は生活に特に支障はない。
2限目の授業、秋から増えた選択科目、俺と数馬は一緒に世界史を選択。
授業が始まり、世界史の先生の挨拶が終わる。
「それではさっそくですがテストを実施します」
「え~」
ウソだろ!?
選択科目の世界史、初っ端最初の授業でいきなり小テストが実施される。
机に配られる問題用紙、中学生レベルの歴史の知識しかない俺に世界史の問題なんて分かるはずが。
『A君とB君が上野動物園で会話をしています、以下の設問に答えよ』
『見て、パンダだよB君』
『そうだねA君。この動物園は日本で初めてパンダが公開された動物園なんだよ――』
上野動物園の問題、未来ノートで予習していた設問と瓜二つ。
江頭先生の日本史のテストだとばかり思っていた、第一問の答えがピンとくる。
『1972年』
藍色の未来ノートに映し出されていた問題、あれは世界史の問題だったのか。
中国から日中国交正常化を記念して贈られたパンダが上野動物園にやってきた。
何年に国交正常化したかを答えさせる設問。
第二問、第三問、全部同じ、瓜二つ。
歴史の問題は調べるのが比較的容易な科目、未知の科目世界史とはいえ未来ノートとの相性はバッチリだ。
相棒のおかげで実力問題ともいえる世界史最初のテストを難なく解答する事が出来た。
初めての世界史の授業が終了、数馬と授業終わりに雑談。
「守道君、どうだった抜き打ちテスト?」
「いきなりパンダだろ~ビックリしたよ」
「僕もビックリしたよ」
4月の日本史に続いて9月の世界史も初手実力テスト。
俺のいるこのクラスが総合普通科ではなく、特別進学部である事を再認識させられる。
「世界史、手強い相手だね」
「カタカナばっかりで覚えにくいよな」
「同感、漢字の方が僕は好きだね」
「お前らしいな数馬」
数馬もうなる世界史の勉強範囲の広さに加え、普段日本史では目にしない外国の地名もカタカナだらけで独特のクセがある。
今日の授業は古代ギリシアから始まるカタカナの暗記ものオンパレード。
「これは暗記法も工夫しないとテストで高得点は難しそうだね」
S2クラストップの成績をひた走る結城数馬から要警戒情報。
世界史で得点を落とせばS1クラス昇格なんて夢のまた夢。
午前中の授業終わり、お昼休憩の時間になる。
俺の相棒は本当に頼りになる、日本史の小テストと勘違いしていた俺だが、午前中の世界史のテストを事前に俺に教えてくれた。
藍色の未来ノートを信じて予習を続ければ、S1クラス昇格だってあるいは。
「シュドウ君、シュドウ君」
「げっ!?光源氏」
隣のS1クラスから来た神宮司が、S2クラスを後ろの入口から覗き込んでいる。
ヒョッコリと顔だけ出して、可愛さ半端ない。
視線が合うと満面の笑みで勝手にS2クラスに侵入してくる。
「お前勝手に入ってくるなって」
「えへへ……シュドウ君ケガしたの?」
「えっ?ああ、別にたいした事ないよ」
「これ痛い?」
(ツンツン)
「痛てぇー!?」
「あ~」
「あ~じゃないよ。つんつんするなって!痛いだろ」
「う~ん……一緒に行く病院?」
「行かないよ。どうした神宮司?まさか俺を病院に誘いに来たわけじゃないだろうな?」
「あっそうだ。はいこれ」
「手紙?」
まだ開けてもいないのに手紙を渡されただけでドキドキする。
「これ誰の?」
「わたし」
「俺に?」
「うん」
手紙の封にはパンダのシールが貼られていた、女の子の手紙感が半端ない。
「ねえねえ守道君」
「なんだよその呼び方」
「えへへ、お姉ちゃんの真似」
「お姉ちゃん?」
夏祭りの時から、どうもこの子の様子がおかしい。
たまに俺と2人の時は姉の楓先輩と同じように守道君と呼ぶようになった気がする。
俺に手紙を渡して、神宮司はこれから楓先輩たちとお茶会に向かうらしい。
「神宮司、また迷子になるなよ」
「わたし大丈夫。美味しいお菓子のところまで迷わないの」
「お前お菓子が無いと迷うのかよ」
「迷っても守道君が迎えに来てくれる」
「勝手にお迎え期待するなって」
「えへへ。バイバイ」
いつものように胸の前で小さく手を振り小走りに去っていく神宮司。
小動物のような美少女は俺の想像を遥かに超える存在。
迷子癖のある不思議な彼女。
桃源郷の校庭中庭噴水前までは、あの子は嗅覚を使って辿り着く事が出来そうだ。
彼女の学年トップの学力は認めざるを得ない事実。
頭が良いのに謙虚で自然に振舞っている彼女を、俺は尊敬の念すら抱き始めている。
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「大丈夫かシュドウそのケガ?」
「超痛いよ太陽」
昼休憩、屋上の日陰で野郎3人昼飯タイム。
太陽に続いて俺のケガを心配してくれる数馬、信頼を置く2人には昨日の夜、事の次第をすべて話す。
「すまない守道君、野球部の心配をしてくれて」
「おかげで数馬と同じ病院送りにされたよ」
「良くやったシュドウ、お前は男の中の男だ!」
(バシッ!)
「痛てぇ!?痛いって太陽!」
「すまんすまん。それにしてもその元カレ信じらんねえゲス野郎だな」
「本当だね。野球部もそうだけど、岬さんを守れたのは大きいね」
「肉壁ゴールキーパーの間違いだろ」
肉壁ゴールキーパー、岬と野球部を守る行動が出来たようだ。
昨日恐ろしいほど機嫌の悪かった岬に朝から薬をぬりぬりされる、姫の機嫌も直って一安心。
野球部の2人、大阪で戦うU―18日本代表の話題。
「昨日も勝ったし、次の準決勝はアメリカ戦だね」
「マジか~強そう」
「岬主将が打ちまくれば絶対勝てるって」
「アメリカ戦は投手戦になると僕は踏んでる、1点の重みは大きいよ」
数馬の冷静な分析、野球における1点の重み。
世界を相手に戦う岬のお兄さんの顔が浮かぶ。
額の傷はまだ痛むが、昨日の夜俺が守れたものは、とても大きなものだったに違いない。




