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156.「深夜のアクシデント」

(ピコピコ~)



「ありがとうございました~」

「……」

「おい岬。お客様への愛が足りないぞ?」

「死ねし」



 9月1日、登校初日から満身創痍の俺はコンビニのレジに立つ。

 夜、俺と同じ時間にバイトのシフトを合わせている岬。


 何が原因で岬が不機嫌なのか、結局のところ理由は分からずじまい。

 仕事中にも関わらず、今日の岬はウンともスンとも言わない、俺と岬は完全に冷戦状態に突入。

 昼間図書館でシメられ声もかけづらい。


 夏祭りも終わり夜の御所水通りはそこまで人が多くはない、コンビニの客の入りもまばら。

 バイトをしていると時間の経過も早く感じる。


 今日のバイト終了。

 ロッカーがある店内の従業員用スペース。

 岬はいつも通り先に店の外へ出て行く。


 明日から本格的に授業がスタートする。

 岬を家に送ったら、家に帰って予習を進めておきたい。

 

 店の外に出る。

 いつも店の外で待ってるはずの岬の姿が無い、先に帰ったのだろうか?


 夜道を恐れていつも自宅マンションまで岬を送り届けていたが、つきまといが無くなって家まで送る必要はもう無くなったのかも知れない。

 これを機会に別々に帰る事になるだろう。

 一度は俺も、自分の家に1人で帰ろうと歩を進める。



 ……ダメだダメだダメだ。



 太陽や数馬なら絶対こんな事はしない。

 いくらへなちょこでも男だろ俺は?

 

 そもそも俺が家まで送る前提でバイトのシフト合わせてるのに、女の子1人夜道に放り出すの間違ってる。

 ましてやあの子、夜道が怖いって自分から俺に言ってくれた。

 女の子1人で放置させる俺は人間のクズだ。


 御所水通りを岬の自宅マンションに向かって走る。

 いつも夜道で震えていたあの子を放っておいて、俺はなに1人で帰ろうとしてるんだよ。


 いつも岬と歩く道を注意しながら駆け抜ける。

 もしかして俺と出会うまいと、車道の反対側を歩いているかも知れない。

 でもいない、もう帰ったか?

 街灯は一定間隔にしか灯っていない、夜は暗い暗黒の御所水通り。


 たまに行き交う車のヘッドライトが一瞬道を照らす。

 そしてまたすぐに、辺りは漆黒の夜道に姿を変える。


 もう、岬のマンションに着いてしまう。

 いつも岬と別れるマンション1階の入口まで到着した。


 ここまで岬には出会わなかった。

 最後にエントランスを覗いて、それでもいなければもう家に帰っているだろう。

 こんな心配するくらいなら、早く岬を探しにいけば良かった。



 ……岬の声がする。


 ……男の声も。


 ……マンション1階のエントランス。自動ドアの前に岬の姿。


 ……その近くに頭にフードを被った男の後ろ姿。




「岬!」

「高木」



 フードを被った男が俺の方を振り向いたスキに、壁際に追い詰められていた岬が俺の方に走り寄ってくる。

 男はフードを拭い、顔を見せる。

 知らない男……岬はこいつの事知ってるのか?



「岬、知ってるやつか?」

「うん」

「この前言ってたやつか?」

「うん」



 岬が言うこの前言っていた男、岬に付きまとっていたのはこいつの事か?



「れな、よりを戻そう?」

「知らないし」

「誰だよそいつ?」

「今うちはこいつと付き合ってるの!」

「嘘だろれな?」



 とんだ修羅場に出くわしてしまった。

 よりを戻そうって言ってるあたり、状況からして岬の元カレ。

 無理やりこの元彼氏が、岬の後をつけて自宅まで押しかけてきたのは明らかだ。



「こんなアホヅラのどこが良いんだよ!」

「このアホヅラでもあんたみたいに叩いたりしないの。もううちに構わないでよ!」



 なんか俺、今カレにされてる?

 アホヅラの今カレ、かなり嫌な響き。


 それよりも岬を叩いた?クズ野郎の元カレ。

 付き合った事が無い俺には、男女の関係はまったく理解できない。


 俺を挟んで岬と元カレの言い合いが続く。 

 元カレが岬に詰め寄ろうとするのに体を入れて割って入る。

 俺の背中にいる岬は、顔だけのぞかせ元カレと口論を続ける。



「こっちに来いよれな!」

「嫌!」

「邪魔するなお前」

「やめろって、岬が嫌がってるだろ」

「うるさい黙れ!」



 男女の会話に口を挟む余地がまったく無い、岬を守る壁になるので精いっぱい。

 言い合いが続く中、マンション1階、オートロックの自動ドアが開く。

 新たに入ってきた男が1人、岬の顔を見て驚いている。



「どうしたれな?お前たち、なにやってる?」

「兄貴」


 

 まさかのお兄ちゃん登場。

 平安高校野球部の主将、今まさに日本代表で4番打ってる3年生の先輩。

 岬とこの人が兄妹とはとても思えない。



「つけられたのか、れな?」

「……うん」

「貴様」



 長身で筋肉マッチョ、屈強なお兄ちゃんの登場に元カレもビビりまくり。

 巨漢のお兄ちゃんがこちらに鬼の形相で迫ってくる、なんか解決しそう。



「このアホヅラ!俺の妹になんて事してくれたんだ!」




(バコッ!!)




「ぐはぁ!?」

「あーーーーー!?バカ兄貴!こっちのアホヅラが今カレ、あっちがツケまわされた元カレ」

「そっちか、貴様!」

「ごめんなさいお兄さん」

「誰がお兄さんだこら!!」

「高木!?しっかり」



 なんで俺だけ……。




(ピーポーピーポー)






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 ……知らない天井。




「高木!」

「お、おう岬。高木さんだぞ、どうした?」

「どうしたじゃないっしょ!」



 岬が半泣きで俺に抱き付いてくる。

 痛い……グーで殴られたグーで。

 白いシーツのベッドの上、蛍光灯の光が目に入り眩しい。



「本当にすまない事をした」

「痛てて……あっ、岬のお兄さんですよね?」

「俺の事知ってるのか?」

「はい」



 病室のような場所にいる俺、ベッドの前に白衣を着た病院の先生も立っている。

 俺の傍にいる岬と、その傍に立つ岬のお兄さん。


 岬のお兄さんは太陽と数馬の試合を見に行って何度も見ている。

 俺の事は知らないかも知れないが、平安高校の生徒なら野球部の主将は誰でも知っている。


 先ほど岬の住む自宅マンションに救急車が手配され、ケガをして乗せられたらしい。

 岬に小声で尋ねる。



「岬、あの元カレは?」

「先に逃げた」

「マジか」

「ちょっと宜しいでしょうか?」



 怪我をした俺に事情を聞きたいと話す白衣の先生。

 まずいな、殴ったのは確かにお兄さんなんだけど、今ここで俺がそれを口にしたらどうなる?


 妹を守ろうとして手を出したのは俺が一番良く分かってる。

 心配そうに見つめる岬の顔が視界に入る、この子が悲しむような事はとても俺には言えない。



「一瞬の事であまり覚えてませんが、彼女に殴られました」

「あんた何言ってるっしょ!」

「彼女?君はこの子の彼氏?」

「俺が浮気したから。そうだろ、れな?」

「……そうです」

「なるほど、警察を呼ぶつもりはお互いあるかな?」

「いえ」

「ありません」

「あまり人がいる前で派手にやらないように」

「お騒がせしてすいませんでした」



 どうやら本当にここは病院らしい。

 救急車に運ばれて、危うく警察沙汰になるところだった。

 どうやら俺と岬を本当に付き合ってる男女だと思ってくれたようだ。


 病院の先生に事情だけ聞かれ、治療が終わると部屋から出る。

 岬のお兄さんが声をかけてくれる。



「大丈夫か?」

「大丈夫です」

「良いのか君は?本当は俺が君を」

「お兄さんは悪くありませんよ」



 岬も俺に詰め寄る、かなり取り乱している。



「あんた何よさっきの!」

「れな、分からないのか?」

「兄貴が殴ったから……兄貴が試合に出れなくなるじゃん……」



 俺はとっさに野球部の事が頭をよぎった、野球部には太陽も数馬もいる。

 3年生で野球部主将のお兄さんが警察沙汰になれば、お兄さんも平安高校の野球部もタダではすまない。

 ただの不可抗力だった事は俺も岬も分かってる。

 だが世間はそうは見ない、俺はとっさに嘘をついてしまった。



「あんな嘘までついて、バカじゃん」

「お前だって俺の事今カレにしてただろ?」

「それは……」

「違うのかお前たち?」

「同じクラスで、バイト先も一緒なだけです」

「あんただけ殴られ損じゃん」

「悪いのはあの元カレだろ?」

「うちも半分……もっと悪いかも」



 お兄さんと岬に心配され、2人に付き添われたまま病院を出る。

 ここはかつて数馬が運び込まれた御所水通りの病院。

 月が輝く夜空の下で、心配そうに俺を見つめる、彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちていった。




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