154.第17章<世界の岬>「U―18ワールドカップ」
8月下旬、夏休みも今週で終了し、来週9月1日には秋の始業式を迎える。
夜、真夏の暑さが和らぎ、アパートの外から鈴虫の鳴く声が聞こえてくる。
自宅で予習を続ける俺は、藍色の未来ノートの1ページ目に映し出された問題に目を通す。
『A君とB君が上野動物園で会話をしています、以下の設問に答えよ』
『見て、パンダだよB君』
『そうだねA君。この動物園は日本で初めてパンダが公開された動物園なんだよ――』
いきなり上野動物園から問題スタート、きまぐれな相棒が見せる未来のテストの問題。
現代文の小テストかと思いきや、よくよく見ると歴史のようなジャンル。
どちらかと言うと日本史に近い問題、江頭中将先生の日本史の小テストと予想。
未来ノートには未来の問題しか映らない、ゆえに科目が断定できないのがこのノートの弱点。
以前、叶月夜先生の英語の問題と勘違いして予習していた未来の問題。
結果は英語コミュニケーションのローズ・ブラウン先生のリスニングのテストと当日判明。
きまぐれな相棒に映し出される未来の問題を、俺はどの科目のテストなのか予想しながら予習する。
中国から日中国交正常化を記念して贈られたパンダが上野動物園にやってきた。
何年に国交正常化したかを答えさせる小テストの問題。
あらかじめ未来の問題が分かる、その答えを調べて覚える。
俺は知り学習した、このサイクルはすぐに破綻する。
ある日見えなくなる未来ノートの呪いによって、俺のテストの点数は赤点まで真っ逆さまに落ちていく。
相棒の1ページ目の問題を解き終わり、すぐに英語の予習に取り掛かる。
地道な勉強は怠る事は出来ない、痛い目を見てそれを俺に教えてくれた藍色の未来ノート。
俺が目指す目標はS1クラス昇格。
夏祭りの夜、野宮神社で俺はS1クラスにいるあの子から不思議な願いを託された。
神宮司葵、あの日の彼女の言葉が頭から離れない。
口には出せないような言葉でさえ、彼女は思いのままに俺に言葉をぶつけてくる。
予習をしながら眠気がさす度、スマホを取り出して彼女の着物姿を見る。
彼女が流れ星に託した願いを、俺は叶える事が出来るだろうか?
太陽が楓先輩の言葉を忘れられないように、女の子からの言葉は男の頭に深く刻まれる。
詩織姉さんの導く未来の先に、どうやらあの子が待っているらしい。
S1クラスを目指す目標に、また新たな目的が出来た。
S1クラス昇格には、取りこぼす事が出来ない大きなテストがまだまだ控える。
残す大きなテストはあと3回、次の関門は10月の中間テスト。
半年前の俺とは違う、下に落ちないためではない、上を目指す新たな自分との戦い。
7月から始めた詩織姉さんとの勉強、姉さんがいなくなってからも毎日続ける真夏の勉強の日々。
1日10時間を超える勉強時間は、もう1カ月以上も続いていた。
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9月1日、秋の始業式が行われる日。
「ようシュドウ、おはようさん」
「おはよう太陽」
今朝は太陽と待ち合わせて登校する。
夏の甲子園も終わり、もうすぐ野球部3年生の先輩たちが卒業する時期。
「今度また試合あるのか」
「まあな、野球部は年中試合だな」
「大変だな~」
「お前もな」
太陽は野球、俺は勉強。
お互い目指す先は違うが、明確な目標が今の俺たちにはあった。
S1クラスを目指して俺が8月中、ずっと毎日勉強していた事を太陽は知っている。
「シュドウ、来月の中間テストは落とせないな」
「頑張って予習してる、そっちは?」
「昨日も20キロ走った」
「20キロ!?」
「夜走ると気持ち良いぞシュドウ、どうだ一緒に?」
「無理無理、俺絶対死ぬ」
8月の熱帯夜を疾走する夏男の朝日太陽。
来年の甲子園に向けて、8月ずっと野球の練習をしていた太陽の事を俺は知っている。
平安高校に登校すると、たくさんの生徒たちが次々と正門をくぐる。
その正門前に何やら人だかり、噂話が聞こえてくる。
「見て見て、テレビ来てるよ~」
「あの人テレビに出てる人だよ」
本当だ、テレビカメラが来てる。
誰か野球のユニフォームを着てインタビューを受けている。
「うちの岬主将だな」
「マジか、今ワールドカップやってるもんな」
「ああ」
8月末から大阪で行われているワールドカップ。
U-18、高校野球の強豪校から選手が集まり日本代表として世界と戦っている。
アメリカやブラジルを相手に予選を全戦全勝、目下グループトップとなり連日新聞やテレビで報道されている。
昨日のブラジル戦で日本代表は14対0で圧勝。
その日本代表の4番が、我が平安高校野球部の主将。
テレビの取材を受ける平安高校のヒーローの脇を通り過ぎ、校舎へと向かう。
「じゃあなシュドウ」
「またな太陽」
1年生が入る第一校舎3階、太陽とは廊下で別れる。
S2クラスに入ると、男子たちの輪の中から氏家翔馬が声をかけてくる。
「守道、元気しとったか~」
「死にかけてるよ」
「数馬から聞いたで、夏は毎日勉強しとったそうやな」
「まったく余裕無いからな俺、全力で予習してたよ」
「ははは、おもろいなそれ~」
「どこがだよ」
いつも明るい性格の氏家翔馬、スポーツ大会以来すっかりクラスのリーダー的存在になっている。
続いて数馬が俺に近づき声をかけてくる。
「おはようさん守道君」
「おはようさん数馬」
俺も数馬も太陽の真似をして挨拶、数馬の右腕の包帯は簡素なものになっていた。
どうやらケガの回復は順調のようだ。
「知ってるかい守道君、岬さんのお兄さんの話」
「見た見た、さっき正門でテレビ来てたもんな」
数馬と席で話をしていると、廊下で何やら男女の声が聞こえてくる。
「れな、いい加減髪を黒くしろ」
「うるさいし」
「スカートも長くしろ、みっともない」
「早く戻れしバカ兄貴」
初日からざわつく特別進学部の廊下。
廊下のざわつきが収まらない中、茶髪女子がS2クラスに入ってくる。
「おはよう岬さん」
「うっーす」
「岬、茶髪お兄さんに怒られたんじゃないのか?」
(バァァーーン!!)
「ひっ」
「うるさいっつってんの」
「失礼致しました」
机激震。
俺の余計な一言が岬の逆鱗に触れる。
「守道君、もっとオブラートに指摘しないと」
「なんだよ数馬、そのオブラートって」
ダイレクトに校則違反の茶髪を指摘した監査人。
校則違反を指摘し怒られる。
生徒会監査人、権限はおろか威厳すら皆無。
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
「皆さ~ん、お久しブリ~フ」
「先生~」
「キャ~」
朝のホームルーム、S2クラスの名物教師、髪の毛おピンク先生と感動の再会。
クラスの雰囲気が一気におピンクに染まっていく。
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「ははは」
「笑い事じゃないって太陽」
「岬さん、おかんむりだったね」
「怒りプンプン丸だって」
講堂で行われた始業式が終了。
今日は授業がないので校舎の屋上で太陽、数馬と談笑。
話題は世界が注目する野球ワールドカップ日本代表の4番打者の妹、岬れなの話。
「お兄さんがあれだけ世間から注目されてるからね、妹としては息苦しいんじゃないのかな?」
「そんなもんか数馬?」
「シュドウ、お前はもう少し女心が分かった方が身のためだぞ」
「いつか刺されちゃうよ守道君」
「マジか!?痛いじゃんそれ」
「ははは」
鈍感な俺と違い、恋愛マイスターの2人に彼女の心情をレクチャーしてもらい始めて気づく。
世間で注目される兄を持つ岬の心情を分かっていなかった俺。
「数馬はしっかり治してから練習再開してくれよ」
「ははっ、了解」
「じゃあなシュドウ、数馬」
この後野球部の練習に向かう太陽と別れる。
「さて守道君、この後僕たちはなかなか忙しい」
「えっ?なにも予定ないだろ?」
「パン研の部会、さっき岬さんにちゃんと来るように言われてなかったかな?」
「うっ」
「今日は初日だから生徒会にも顔を出すように言われてなかったかな?」
「ううっ、都合の悪い事はすぐに忘れるんだって」
「ちゃんと行かないと蓮見副会長から大目玉だよ」
「それだけは勘弁」
今日から9月がスタートする、学校行事も部活も重なり忙しい毎日になりそうだ。
学校が始まり部活に生徒会、おまけにテストは毎日控える。
勉強ばかりしていた夏の8月、勉強漬けの俺の1か月の真価がこれから問われる。




