149.「星の駅」
夕方。
神戸、王子公園駅に到着。
京都駅から1時間、動物園を目指すパン研メンバー。
パンダ研究部、南部長と近況を報告し合う。
「部長は夏休みどう過ごされてるんですか?」
「毎日ここに来てるわよ」
「なるほどですね」
パンダを中心に世界が回る南部長。
学校という束縛から解放され、毎日愛しのタンタンに会いに来ている様子。
これほどまでのパンダ愛、先輩へ尊敬の念を抱く。
「来週和歌山のアドベンチャーワールド行くけど後輩君も来る?」
「遠慮しておきます」
和歌山のパンダに加え、南部長の口から語られる東京の上野動物園への遠征計画。
こちらは詩織姉さんから8月連日の鬼レッスン。
S1昇格を目指し自宅は勉強の合宿所と化している、全力予習でパンダどころではない。
動物園を目指し歩く中、帰国子女に声をかける。
「岬、お帰り」
「はい」
「お土産?」
「早く隠せし」
「マジか」
海外のお土産。
隠せと言われてすかさずバックにしまう。
「バイト代全部散財したのか?」
「うるさいし!」
「ひっ」
海外旅行から日本に帰国した岬れな。
俺の余計な一言、岬の怒りが一瞬で頂点に達する。
お土産の中身は不明だが岬のバイト代の結晶、このままありがたくいただく事にする。
神戸市立王子動物園に到着。
入園券を部長が購入、1年生の良い子たちへ配布。
トワイライトZOO。
夕方16時、これから夜を迎える動物園に入園。
パン研の女子たちが入口すぐのお土産ショップ『パンダプラザ』に吸い込まれていく。
大事な部費を管理する会計担当でもある俺。
入園直後にお土産ショップの品をあさり始める部長に監査指摘。
「部長、ゴリラの鼻クソ買いませんからね」
「後輩くん~ちょっとだけ部費を」
「生徒会長にチクリますよ」
「ダメ~」
生徒会監査人の俺。
南部長の部費流用を見過ごすわけにはいかない。
「守道君、ナイス監査」
「疲れるから部長の監査は数馬に任せるよ」
「おっと、右手の古傷が痛む」
「逃げるなって数馬、もうギプスとっくに外れてるだろ」
昨日俺の家に一泊した数馬、右腕は順調に回復。
医者も驚くほどの回復ぶりらしく、年内にも野球の練習を再開できると話す。
トワイライトの夕方、動物たちのディナータイムが始まっている。
「ママ~、タンタンいる~」
「可愛いわ~」
入園している家族連れに混じり、部活を始めるパンダ研究部。
ただパンダを眺める。
これで部活動が成立する謎のパンダ研究部、南部長の卒業と共にいずれ滅びゆく運命に違いない。
王子動物園のスター、パンダのタンタン。
部長の愛しの君がディナータイムに笹の葉をムシャムシャ食べている。
「部長、ランチとディナーで何か違うんですか?」
「タンタンは暑がりだから、日が落ちると活動的になるの」
「なるほどですね」
どうでも良い情報。
パンダの研究を続けたところでテストの点は1点も伸びそうにない。
「動物うちわ作りに行きま~す」
「は~い」
「手作りで~す」
「は~い」
タンタンのディナータイムを満喫、続いてトワイライトZOOの催し物に向かう。
動物科学館資料館、子どもたちに混ざり動物うちわの作成コーナーに立ち寄る。
「まず塗り絵をしま~す」
「は~い」
ガイドを無視して勝手に塗り絵を仕切り始める南部長。
パンダ研究部、塗り絵を開始。
パンダが絡めばすべて部活。
全員が思い思いに塗り絵を始める。
「どちらになさいますか?」
「俺はこれで」
「どうぞ」
なんだ、うちわはパンダだけではないようだ。
キリン、ペンギン、フラミンゴ、たくさんの動物たち。
俺も机に座り塗り絵開始、背後から殺気。
「ちょっとあんた、何それ?」
「よく描けてるだろ?」
俺がうちわに貼る動物の塗り絵をしていると、岬が俺の絵を覗いてくる。
「うちの部、何部か分かってる?」
「パンダ研究部だろ?」
「あんたの描いてるのそれなに?」
「コアラ」
(バァーン!)
「ひっ!?」
「パンダ描けっつってんの」
「申し訳ありません」
「あはは」
よく見ると俺以外全員パンダの塗り絵。
日本で唯一パンダとコアラが同時に見られる王子動物園。
コアラに浮気した俺に岬から厳しい指摘。
うちわの台紙は返品不能。
コアラの塗り絵が終わり、うちわの骨に貼り付ける。
数馬がうちわを完成させようとしているので手伝う事にする。
「俺が貼るよ数馬」
「すまない」
数馬の右腕を自称する俺、パンダうちわ製作をアシスト。
数馬のパンダは国宝級の美しさを醸し出し、誰よりも美しい出来。
「参加者の皆様にはオリジナルステッカーをプレゼント致します」
「わ~い」
俺以外みんなパンダステッカーをゲット。
俺だけコアラステッカーゲット。
「シュドウ君コアラ」
「可愛いだろこれ?」
「ちょっとあんた、こっちきな」
「悪かったって岬」
コアラに浮気した俺が岬の逆鱗に触れる。
手作りうちわを作り終えステッカーを手にする部員たち。
全員で再びパンダのタンタンブースへ戻る。
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夕日は沈み、夏の夜を迎える。
日中とは違う夜の動物園。
園内のところどころがライトアップされ、どこかロマンチックな雰囲気。
暗闇の中で輝くメリーゴーランドがクルクルと回る。
空を見上げる女子、末摘花さんが夜空に指を刺す。
「見て、一番星」
「本当だ」
「良いね~」
とりあえず女子の言う事は何でも褒める結城数馬。
空に輝く一番星が俺にも見える。
気温が下がるにつれて活動が活発になるタンタン。
南部長と岬の2人は相変わらずパンダのタンタンから離れる気配を見せない。
女子と話していた数馬が話しかけてくる。
「守道君、姫たちがコアラを見たいって」
「マジか」
流石にパンダを見飽きた神宮寺と末摘さん、姫2人がコアラをご所望の様子。
前回パン研の歓迎会ではパンダ以外の動物を見ていない俺。
コアラに興味が無いことも無い。
残り4人で別行動を開始。
パンダのタンタンから離れない岬と部長の2人を置いて、夏の思い出にコアラを見に行く事にする。
姫2人、数馬と俺はコアラ舎に到着。
建物にコアラのマーク、ここで間違いない。
トワイライトのコアラのディナータイムを拝むべく歩を進める4人。
いた、超かわいい。
コアラたちもパンダに負けじと、ユーカリの葉をムシャムシャ食べていた。
「良いね~」
「だな」
「可愛い~」
ディナータイムのコアラに姫2人もご満悦の様子。
先ほど作った動物うちわを扇いでいると、突然通路で声をかけられる。
「それ、コアラのうちわ」
「えっ?あ、ああ……これか?」
数馬と神宮寺たちがコアラに視線を注ぐ後ろで、俺は突然知らない女の子から声をかけられる。
俺が作ったコアラのうちわを凝視する女の子。
「それ持ってるってっ事は……ステッカー」
「ステッカー?」
手作りうちわの参加者に配られるオリジナルステッカー。
作った動物と同じ動物ステッカーがもらえる、ゆえに俺のステッカーはコアラ。
コアラステッカーをバックから取り出すと、食い入るように俺のコアラを凝視する女の子。
「それ欲しい」
「これ?」
「うん」
お盆のトワイライトZOO限定、先着50人までだった手作り動物うちわコーナーのオリジナルステッカー。
彼女の話では電車が遅れて、コアラをゲットし損ねたらしい。
「やるよ」
「本当?」
「ほら」
「ありがとう」
満面の笑みで俺が差し出すコアラステッカーを受け取る女の子。
こちらに手を振り、人混みの中へと消えて行った。
「守道君、誰だいあの可愛い子?」
「コアラが好きらしい」
「運命の出会いだね」
「いらないよそんな運命」
コアラのユーカリディナー終了。
続いて騒ぎ出すパンダが1頭。
「シュドウ君シュドウ君」
「何だよ神宮寺」
「葵キリンさんが見たい」
「マジかよ~」
「ははっ、行こうか守道君」
「はい喜んで」
姫たちの興味は次々変わる。
トワイライトZOO、動物園の夜はまだ始まったばかり。
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(「本日は御来園いただき誠にありがとうございました~」)
蛍の光が流れる、夜の王子動物園。
トワイライトツアーは夜の19時で終了。
「お疲れ様でした部長」
「ちょっと、なに帰ろうとしてるのよ後輩君」
「もう子供は帰る時間ですって」
「高校生はもう大人なの。思い出にみんなで掬星台に行きま~す」
「わ~い」
ある時は子供、ある時は大人、その名は高校生。
パンダ研究部、神戸の夏が終わらない。
「掬星台?」
「知らないかい守道君、神戸100万ドルの夜景」
「マジか、行くのか今から!?」
「夜行かないでいつ行くんだい?」
みんな大はしゃぎ。
俺は早く帰って勉強がしたい。
「女の子いるし帰ろうぜ数馬、お前も何とか言ってくれって」
「何かあれば守道君が守ってくれるよ」
「あんたS2の守護神でしょ?わたしの代わりに刺されて」
「勝手に殺すなよ岬~」
「あはは」
南部長の引率でパンダ研究部、まさかの夜の延長戦に突入。
肉壁の俺と数馬が女子のボディーガード役。
バスに乗り、摩耶ケーブル駅に到着。
ケーブルカーの到着にみんなテンションマックス。
「シュドウ君、見て見て」
「あっ何だよそのパンダ」
「可愛いでしょ?」
神宮寺がいつの間にかパンダのぬいぐるみを抱いている。
「あっ、末摘さんもパンダのぬいぐるみ?」
「可愛いからつい」
「岬お前までなにパンダ買ってんだよ、旅行行って金無いんだから無駄遣いするなって」
「うるさいし」
「ははは」
女子たちは動物園でいつの間にかパンダのぬいぐるみをゲットしていた。
お土産もバッチリ購入、全員テンションが上がりお財布も大解放。
ケーブルカーとロープウェーを乗り継ぎ。
一路掬星台を目指す。
ロープウェーの終着駅。
『星の駅』
標高690m。
遊歩道はライトアップされ、ロマンチックな雰囲気。
展望台に到着、神戸の街が段々と視界に入ってくる。
「知ってるかい守道君、星が手で掬えそうなほど近くに見えるから掬星台と言うらしいよ」
「あ~絶景かな絶景かな~」
「もっと他に感想ないわけ?」
「星が綺麗だな」
「だっさ」
「男のロマンをバカにするなって」
「ははは」
夜空に星が輝く中、幻想のような夜の街並み。
「綺麗~」
「素敵~」
星空の中で輝く神戸の夜景が、見る人すべてを、幻想の世界へといざなう。




