148.「トワイライトZOO」
「ここに泊まる!?うっそだろ数馬」
「門限を過ぎてしまった。学生寮にはもう戻れない」
「そこちゃんと計算しとけって」
五山送り火の点火時刻は夜8時。
平安高校学生寮の門限はとっくの昔に過ぎている。
数馬は俺のアパートで1泊し、明日の王子動物園のパンダ研究部ナイトツアーに一緒に向かうと言い始める。
「シュドウ、勉強始めるぞ」
「まさか太陽も泊まるつもりじゃないよな?」
「これから化学、それから物理の1000本ノックだ」
「嘘だろ~」
「ははっ」
勉強する気満々の太陽。
恐怖の理系1000本ノック。
理系の太陽が持参したバックには、化学と物理の問題集が満載されていた。
「期末テスト900点オーバーのシュドウに聞きたい事が山ほどあるんだよ」
「五山送り火もう終わったって。学力テストで赤点取ってて、俺の点数まだまだ火の車なんだよ太陽」
最初のテストがヒド過ぎて、俺の順位は未だにS2クラスの半分にも達していない危機的状況。
10月の中間テストで赤点取れば、また最下位転落は必至の情勢。
「守道君、物理が終わったら日本史の1000本ノックもあるけどどうだい?」
「よ、喜んで」
「よしシュドウ、その意気だ。数馬と一緒にS1目指すんだろ?」
「良いね~守道君、僕と一緒に上を目指そうじゃないか」
「勝手にハードル上げるなって2人とも」
結城数馬は向上心の塊。
その数馬にS2の底辺を未だにさまよう俺が、S1クラス昇格を狙っている事を知られてしまう。
真夜中の勉強会。
甲子園の熱戦が連日テレビをにぎわす中、来年に向け俺のアパートで勉強の1000本ノックが開始される。
『ドライアイスが気体に変わると、体積はおよそ何倍になるか?』
「化学はどうだシュドウ?」
「うっ」
「こんなの楽勝だろ?」
『棒が床から受ける静止摩擦力を①~④のうちから1つ選べ』
「物理はどうだシュドウ?」
「ううっ」
「気合だ、気合を入れろ!」
「ははっ」
理系太陽の1000本ノックが止まらない。
(ピコン)
「おっ?」
「どうした太陽」
「な、なんでもねえよ」
「ははっ、楓先輩だねきっと」
「そ、そうだよ!」
「そうなのか?」
顔にすぐ出る分かりやすい太陽。
夜に楓先輩から何やらラインメッセージが送られてきたようだ。
スマホを持つ手が震える太陽、慌てた様子でメッセージを返している。
「ちゃんと愛してますって送ったか?」
「んなもん送れるかよ!」
「ははは」
幸せそうな太陽を、数馬と2人で茶化す。
2人の仲は順調のようだ。
(ピコン)
「おいシュドウ、今度はお前の紫スマホ光ってんぞ」
「迷惑メールだってきっと」
―――ラインメッセージ―――
葵:『うっす』
―――――――――――――――
「おいシュドウ、姫が呼んでるぞ」
「迷惑メールだろこれ?」
「守道君、早くメッセージ返してあげて」
「え~」
太陽が楓先輩とラインしている隣で、俺のスマホに神宮司妹からラインが飛んでくる。
―――ラインメッセージ―――
既読 葵:『うっす』
守道:『おっす』
―――――――――――――――
「他にもっとねえのかよシュドウ」
「こんなもんだろ?」
「守道君、20点」
「何点満点だよそのテスト」
恋愛マイスターの結城数馬から100点満点で20点の採点結果。
(ピコン)
―――ラインメッセージ―――
既読 葵:『うっす』
既読 守道:『おっす』
葵:『五山送り火見てたの』
―――――――――――――――
「太陽、そっちの楓先輩からのライン、五山送り火見終わった的なやつ?」
「そ、そうだよ」
「なるほどな」
「姫も鑑賞してたのかい?」
「そうみたい」
神宮寺姉妹で五山送り火を鑑賞していたらしい。
(ピコン)
俺の紫スマホがバイブレーション。
「守道君、姫から?」
「どうせ大した事じゃないって……マジか!?」
「ちょっと見せてみろシュドウ……うぉぉぉぉぉーーー!!」
「これはこれは」
神宮司葵から送られてきたラインには、浴衣姿でピースをする自撮りの画像が添付されていた。
「うるさいって太陽。そっちは楓先輩の写メ無いの?」
「あるわけねえだろ」
「さすが守道君、姫からの信頼は厚いね」
「どこがだよ」
真夏の夜に目が覚めるような可愛い女の子の浴衣姿。
「シュドウ、問題集あと20ページな」
「嘘だろ!?」
「ははは」
「姫の写メ見て目を覚ませ」
「そのネタもうやめろって太陽」
「その写メ後で俺に送れよ」
「誰がやるかよ」
深夜まで問題集の千本ノック、去年の夏に遊んでいた俺からはあり得ない演習量をこなす。
野郎3人で夜のお勉強、隙あらば女子の話題。
真夏の夜は今日も熱帯夜、話題も当然熱い話題に。
先陣を切る結城数馬の夏の思い出。
「横浜で真弓姉さんとデート!?」
「ははっ、お恥ずかしい」
「この前振られたんじゃ無かったのかよ数馬」
「女性はその日の気分もある。諦めない事が大事だよ」
「一回ダメなら諦めろって。2人で横浜で何してたんだよ」
太陽と楓先輩と同じように、付き合ってもいないのに女子と横浜デートする不届き者がここにも一人。
「数馬それ監査指摘案件だぜ」
「大目に見て欲しい」
「空蝉の双子とはどうなんだよ」
「彼女たちは良き友人さ」
「それ指摘だって指摘」
「ははは」
モテる男の特権とは言え、生徒会監査人として見過ごせない由々しき事態。
ハンサムボーイから横浜で、年上女子マネージャーと終日デートの様子を聞かされる。
「守道君、少し気になる事が聞いてね」
「なにそれ?」
「S1のお姫様」
「結衣か」
8月に入り、幼なじみの成瀬と一度も会っていない。
「そういえばシュドウ、7月の決勝戦から俺も結衣を見かけねえな」
「太陽も成瀬見てないのか?」
「ああっ」
太陽が好きだった成瀬、最近姿を見せていないらしい。
姉の真弓姉さんが横浜に行っている間も、成瀬は何をしていたのだろうか。
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(ピンポ~ン)
ん?
(チュンチュン)
翌朝、自宅で目を覚ます。
暑苦しい真夏の朝。
太陽と数馬も、半袖半パン姿で近くで寝ている。
(ガチャ)
「守道さん」
「詩織姉さん!?」
詩織姉さんの突然の訪問。
部屋の中で慌てる野郎3人、半袖半パンのだらしない恰好。
「おほん」
居間の床に正座して座る詩織姉さん。
横一列に並び、正座して座る野郎3人。
だらしない姿、どう見ても夜中まで遊んでいたようにしか見えない。
「守道さん」
「は、はい」
「少し生活が乱れているのではありませんか?」
姉さん、超怒ってる。
「おいシュドウ、ちゃんと反論しろ」
「えっ?」
「そうだよ守道君、副会長の認識は正しくない。ここはちゃんと反論すべきだ」
「ここで生徒会出すなって数馬」
「守道さん」
「ね、姉さん、実はこれにはわけが」
言い訳開始。
夜中に遊んでいたわけでは無く、勉強していたと口頭弁論。
無表情だった詩織姉さんの表情に変化が。
「偉いわ守道さん」
「本当ですか!」
詩織姉さんのご機嫌うるわしゅう。
夜遅くまで物理に日本史の1000本ノック。
話を続けるほどに、姉さんの表情がどんどんと和らいでいく。
「その調子で頑張って下さい」
「はい」
「朝日君、結城君、いつも守道さんをありがとうございます」
「うっす」
「いえ」
詩織姉さんがこちらに一礼。
横一列、半袖半パン野郎3人が正座したままつられて一礼。
(ピコン)
「ひっ」
最悪のタイミングでラインメッセージ。
(ピコン)
「守道さん?」
「ね、姉さん、なんでもありませんから」
(ピコン)
「出しなさい」
「はい……」
「守道君、副会長の大事な監査だよ」
「なんで朝から俺が監査されてんだよ」
生徒会副会長の詩織姉さんに証拠書類を提出する生徒会監査人。
監査するはずの俺が監査される、俺って一体。
正座をしたまま紫スマホをシュシュっとスライド。
詩織姉さんの動きが止まる。
ヤバい、ライン誰だよ一体。
「守道さん」
「は、はい」
「今日はおでかけのご予定でも?」
「夜パンダに」
「パンダ?」
「部活です。パンダの観察に神戸まで、なあ数馬」
「結城さん」
「はい、その点に関しては間違いありません」
「なるほど、そういう事にしておきましょう」
「本当なんです姉さん」
超怒ってる。
最悪のタイミングでパンダのツアーが控えていた。
「私とのお勉強よりもパンダが大事だと」
「決してそういうわけでは」
「葵さんとも仲が宜しいのね」
「えっ?」
「これは一体どういう事かしら?」
―――ラインメッセージ―――
葵:『今日楽しみ』
葵:『早く会いたい』
葵:『葵もう待ちきれないよ』
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京都駅、15時集合。
行き先は神戸にある王子動物園。
ここから1時間程度の場所。
「ははっ、今朝は副会長おかんむりだったね」
「怒りプンプン丸だって数馬」
今日の詩織姉さんは朝から終始不機嫌。
今朝のあの子のラインが原因なのは明白。
『終わりましたか守道さん?』
『も、もう少しで』
『今日はテキストの20ページまで』
『昨日の倍じゃないですか!?』
『許しません』
太陽と数馬は逃げるように家から退散。
詩織姉さんと2人きり、真夏のレッスンがつい先ほどまで続いた。
「勉強はかどったかい?」
「もうすでにヘトヘトだよ」
「ははっ、それは良かった」
「良くないよ、逃げるなって数馬」
「姫と2人きりの方が良いと思ってね」
「姫じゃないって、鬼だよ鬼」
問題の演習量を倍にされてしまう、しかも全科目。
休憩時間は無くなりご褒美も無し、マジ死ぬ。
「みんなお疲れ様~」
「部長、ご無沙汰です」
「お疲れ様です」
「どもども~」
南部長と久しぶりの再会。
パンダのナイトツアーとあって、すでにご機嫌の様子。
首からカメラを下げている、愛しのタンタンにもうすぐ会える。
3年生の南部長に連れられた女の子が1人。
「シュドウ君、うっす!」
神宮司葵。
今日は南部長に引率され京都駅まで迷わず来れたようだ。
大げさな荷物からやたら大きな本を取り出す。
「シュドウ君、一緒に読む?」
「一応聞くけど、それなに?」
「源氏物語」
「神戸に行くのにいらないだろそれ」
「ははっ」
隙あらば源氏物語を読もうとする女の子。
遠足に源氏物語を持ってくる女の子、俺の知る限りこの子をおいて他にいない。
「うっーす」
「こんにちは」
岬れなと末摘花さんが合流する。
7月終業式以来顔を合わせるパン研のメンバー。
「岬さん、お久しぶり」
「うっーす」
「お、お久しぶりです結城君」
「末摘さんもお久しぶり」
結城数馬が、岬れな、末摘花さんと挨拶を交わす。
各メンバーのバック、カバン、スマホ、エトセトラ。
全員パン研の証、パンダストラップを何かしらに付けてぶら下げている。
「これより王子動物園のトワイライトZOOに出発しま~す」
「は~い」
「点呼取ります~」
「は~い」
15時に出発する怪しいナイトツアー。
真夏のパンダを今から見に行く、俺のモチベーショ超微妙。
「岬れなさ~ん」
「うっ~す」
「末摘花さ~ん」
「は、はい」
パンダ研究部の点呼を取る南夕子部長。
「神宮寺葵さ~ん」
「は~い」
「結城数馬く~ん」
「はい」
「じゃあ行きましょう~」
「ちょっと部長、絶対ワザとですよね」
「ははは」
これから神戸に向かう。
京都駅のホームに入る前に、神宮司が近寄って来る。
「シュドウ君、シュドウ君」
「なんだよ神宮司」
「これ」
「漢字技能検定3級?過去問のプリントじゃんそれ」
「そだよ」
今日は3年生部長の南夕子先輩が引率。
神宮司楓先輩はここにはいない。
妹の神宮寺が、楓先輩から預かってきたと言う漢字技能検定3級の過去問プリントを俺に差し出す。
「お姉ちゃんがこれシュドウ君にって」
「マジかよ」
8月、詩織姉さんと紫穂の3人で勉強して、ようやく英語能力検定3級が合格ラインに達したばかり。
新たな試験対策なんてやってる余裕がない。
「毎年出てる問題知ってる?」
「知らないよ、まだ練習してないし」
「知りたい?」
「マジか?俺、行きの電車でラジオ英会話聞こうと思ってたんだけど」
「英語にする?それとも私?」
「うっ」
京都駅発、神戸行きの電車に乗り込むパン研メンバー。
楽しそうに話をするみんなをよそに、俺は朝から終わらない勉強地獄。
「シュドウ君、この問題毎年出てるよ」
「マジか」
「これも」
「どれ?」
「後は秘密」
「全部教えてくれって」
「ふふっ」
学力トップのこの子にもて遊ばれる俺。
神戸行きの電車の中で、漢字技能検定3級のレクチャーを受ける。
漢字のレベルも4級の比じゃない。
10月の試験本番までにかなりの演習が必要そうだ。
「シュドウ君、約束」
「約束?」
「野宮神社のお祭り」
「何の話?」
俺が回答に詰まっていると、近くにいた結城数馬が話しかけてくる。
「守道君、図書館の本」
「あ、あれか……」
『心は必ず強くなる』
図書館で数馬に読ませたくて、先に本を手にしていたこの子に約束してしまった。
「守道君もデートかい?」
「そんなわけないだろ数馬」
「浴衣なに着て行こうかな~」
「マジか、成瀬は?」
「結衣ちゃんも一緒だよ」
「ははっ、これはお姉さんにはとてもお話できないね」
「絶対チクるなよ数馬」
この子といつしか約束してる手前、今更断われそうにない。
女の子とお祭り一緒に行くとか、詩織姉さんになんて報告すれば良いんだよ。




