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147.「五山送り火」

 8月16日。

 京都では今日、五山送り火が行われる。


 8月に入り2週間以上、連日詩織姉さんとの勉強が続く。

 妹の紫穂も交じり、自宅で3人勉強を続ける日々。


 現代文、古文、数学の各科目。

 最も比重を置いて勉強したのが英語。

 さながら夏の勉強合宿。


 問題集の演習もこなしながら、妹の紫穂と一緒に英語能力検定3級で行われる英語スピーチを練習。

 最初勝手が分からなかった面接形式の英語スピーチも、回を重ねるごとに上達。

 詩織姉さんは紫穂も俺も合格ラインに達していると太鼓判を押す。

 

 岬は8月に入るとすぐ海外旅行へ旅立っていった。

 もうすぐ日本に帰ってくる予定。

 ただでさえ金欠の岬、海外で散在して日本に帰国するに違いない。


 実家が京都の俺、帰省する必要もなく昼間からアルバイト。

 今日は五山送り火があるので、京都市内は観光客で溢れかえる。

 岬がいないので、今日は店長とコンビニのレジで立つ。


 

(ピコピコ~)



「高木君お疲れ様」

「兄さんもお疲れ様です、お弁当温めますか?」

「頼むよ」



 俺が兄さんと呼ぶこの人、コンビニの近くにある美容院『ステージ』で働くお兄さん。

 いつも俺のいるレジに並ぶ常連客、俺より少し年上のイケメン美容師。


 近くの美容院を兄弟で経営していて、今話してるのは兄弟の弟さんの方。

 兄の方は暇さえあればコーヒーを毎日買いに来る。

 歳が近い弟さんと俺は、お弁当を温める度に仲が良い間柄になった。


 兄さんのお弁当を温めている最中にレジ前で雑談。



「暑いね~」

「ですね」

「うち、今日は五山送り火で浴衣を着る人も多いから忙しいよ~」

「なるほどですね」



 今日は五山送り火、点火は夜の8時。

 美容院の休憩時間は短いらしく、うちで買ったお弁当を食べ終わるとすぐに次のお客さんが来るらしい。

 予約の合間に食事、イケメン美容師の兄さんが働く美容院は今日特に忙しいようだ。



「高木君、いつもどこで髪切ってるの?」

「家の近くの床屋です。あそこに1000円カットあるじゃないですか」

「あそこね~知ってる知ってる。今度うちに寄りなよ」

「俺、金ないんで無理ですよ兄さん」

「じゃあこれあげる」

「なんです?」



 美容院のお兄さんが、胸のポケットから名刺のようにポイントカードを取り出す。

 ペンを取り出して何か数字を書く。



『90%OFF』



「90%OFF!?」

「あそこより安いから今度うち寄ってよ」



(ピ~)



 電子レンジでお弁当が温まり、兄さんのお弁当を袋に入れて渡す。

 カットだけでも良いからと、レジ前で美容師の兄さんから誘いを受ける。

 カットだけでも5000円以上する美容院、たしかに90%OFFなら俺でも払えるお値段。


 今海外に行ってる岬が隣にいれば笑われるのは間違いない。

 ご近所付き合いとはいえアホヅラの俺、美容院に行くようなツラの男ではない。

 





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





(トン・トン・トン・トン)


 

 バイトが終わり帰宅する。

 自宅アパートの階段を上がる。

 階段を歩くと金属音、トントンと音が響く。


 『伊勢アパート』。

 築年数激ヤバの相当古いアパート。

 2階の隣の部屋に住んでいた外国人はすでに退去し、1階も誰も住んでいないボロアパート。

 階段を上がると、俺の部屋の前に人影が2つ。



「ようシュドウ、おはようさん」

「やあ守道君」

「太陽、数馬も京都帰ってたのか」

「悪いな突然」

「良いよ上がって2人とも」



 驚いた。

 太陽と一緒に、神奈川に帰省していた数馬が京都に戻ってきたようだ。

 特に数馬は左手に大きな荷物を抱えている。

 2人を部屋の中に入れる。



「今日新幹線で戻ってきたのか」

「そうだよ、早く君に会いたくてね」

「気持ち悪い事言うんじゃないよ数馬」

「ははは」



 高校野球京都大会の決勝戦で敗退した平安高校野球部。

 7月終業式が終わり、早めに神奈川に里帰りしていた結城数馬。

 お盆で混む前に、もう京都に戻ってきたらしい。

 部屋の居間で野郎3人で話し込む。

 パンダ研究部の話題。



「トワイライトZOO?なにそれ?」

「あれ?南部長から聞いてないのかい守道君?」

「そういえばこの前岬が、夜の動物園がどうとかって言ってたな」

「シュドウ、パン研どこか行くのか?」

「夜のパンダ見に行くって」



 パンダ研究部の一員である結城数馬から正確な情報。

 どうやらお盆期間中に神戸の王子動物園で、夜のナイトツアーがあるらしい。



「17日?明日じゃん」

「ははっ、だから今日京都に戻ってきたのさ。五山送り火も見ておきたいと思ってね」

「大文字見たいなら銀閣寺の後ろだな」

「妙法、舟、左、鳥居の順番に点火していくんだぜ数馬。大文字が点火される如意ヶ嶽(にょいがたけ)ならここからでも見えるぜ」

「さすが太陽、地元の民は詳しいな」

「お前も地元だろシュドウ」

「ははっ」

 


 五山送り火が見たいと話す神奈川県民の数馬に、大文字が一番見えるポイントを案内する事にした。

 荷物を家に置いてアパートを3人で出る。

 

 御所水通りを通り、商店街に到着。

 ちょうど銀閣寺の方向が抜けてよく見えるポイントがこの近くにある。



「高木ちゃん~」

「婆ちゃん」



 コンビニの常連の婆ちゃん。

 近くには空蝉姉妹がいる和菓子専門店が見える。



「近く来たんなら店に寄ってきな~」

「良いの婆ちゃん?どうする?」

「守道君、僕もちょっと挨拶したいかな」

「マネージャーいるもんな」



 無料の和菓子と聞いて婆ちゃんに誘われて店に入る。

 野球部の太陽と数馬、双子のマネージャーに挨拶するつもりらしい。


 和菓子店、空蝉。

 店内には浴衣姿の空蝉姉妹の姿。

 お茶を席まで運んでもらうと、2人揃って数馬と目を合わす。



「おこしやす」

「おこしやす」

「やあ」

「結城君」

「結城君」



 3人の世界と空間が形成される。

 見つめ合う数馬と空蝉姉妹の3人。

 俺と太陽は蚊帳の外。

 


「おいシュドウ、今どうなってる」

「俺が知るかよ」

「高木ちゃん~」

「婆ちゃん」

「はい空蝉餅。こしあんで良かったかえ?」

「ありがとうございます」



 空蝉餅。

 つぶあんとこしあんの2種類。

 こしあん派の俺は当然こしあんをチョイス。



「婆ちゃん、何で空蝉餅って名前なの?」

「平安時代からこの名前さね」

「へ~おはぎって呼ばないんですね」

「おいシュドウ、秋のお彼岸が(はぎ)の花でおはぎ、春のお彼岸は牡丹(ぼたん)の花でぼた餅だ」

「さすが太陽、詳しいな」



 同じおはぎでも季節によって名前が違うらしい。

 和菓子は奥が深い。


 平安時代から続くおはぎを一口。

 あまりの美味しさに、1000年の歴史が一瞬で俺の胃袋へと消えて行く


 五山送り火の観光客が店内に入ってくると、空蝉姉妹も接客に店の奥へと戻っていった。

 数馬に太陽が話しかける。



「おい数馬、あの2人と今どうなってるんだ?」

「特になにも」

「なにも無くないだろあれ」



 笑いながら数馬も空蝉餅を一口。

 甘党の数馬が和菓子を食べ終える。


 久しぶりに3人で再会し、お互いの近況を話す。

 太陽の近況は、8月の真夏にふさわしい熱い近況報告だった。



「楓先輩と2人で鴨川!?」

「ま、まあな」

「何したんだよ、チューか?」

「んなわけねえだろ!まあ、ちょっとあれだ、お茶して、散歩してだな」

「それデートじゃん」

「そ、そうか?甲子園行くまでお付き合いはまだ出来ないって言ってたぞ」

「どこまで真面目なんだよ楓先輩。来年行くしかないだろ甲子園」

「そうなんだよ、そうなんだよ」

「ははっ、面白い事してるね朝日君」



 鴨川でお散歩は楓先輩的にデートではないらしい。

 デートの定義は俺には分からない。

 真夏の京都、楓先輩との鴨川デートで太陽のやる気スイッチに火が灯る。

 

 そちらの火とは別に、もうすぐ五山送り火の点火が行われる夜8時が迫る。

 スマホのワンセグでテレビのニュースを見始める。 



『京都の鴨川沿いでは、夏の風物詩を一目見ようと多くの観光客で――』



 京都の鴨川沿いではたくさんの観光客で溢れかえっているようだ。

 銀閣寺の方向が見える位置に移動するため店を後にする。

 店の前で見送る空蝉姉妹と婆ちゃんの3人。



「おおきに」

「おおきに」

「高木ちゃん、おおきに~」

「また来るね婆ちゃん~」



 名残惜しそうに数馬を見送る姉妹の姿。

 数馬の右腕が回復すれば、マネージャーの2人の熱視線はグラウンドで躍動する数馬に注がれるに違いない。

 和菓子店を出て大文字が良く見える位置に来ると、地元の人で通りは溢れかえっていた。



「うわ~凄い人が来てるなシュドウ」

「でもここは特等席だね守道君」

「だろ?無料だぜ数馬」

「シュドウ、お前無料大好きだからな」

「当然だって」



 太陽と数馬の3人で、大文字が点火されるのを待つ。

 夜8時、夜空に満天の星が輝く。

 銀閣寺の方向を眺めていると、突然太陽が声を出す。



「あっ、流れ星」

「マジ?どこ?」

「もう消えた」

「僕も見えたよ」

「本当か数馬?」

「ペルセウス座流星群、今週は流れ星が良く見えるよ」

「見逃したよ俺~」

「ははは、ツイテないなシュドウ」



 流星を見逃した俺。

 太陽と数馬は流れ星が見えたらしい。

 辺りで流れ星の話がチラホラ聞こえる、どうやら本当のようだ。


 五山送り火の天下を待ちながら、同時に夜空から流星が落ちるのを待つ。

 気にして見始めると見えない、流れ星探しは難しい。

 俺の隣で数馬がワンセグでテレビを映す、もうすぐ点火されるようだ。



『点火されました』



「おお~」

「良いね~」

「ヤベ~」



 銀閣寺の方向、如意ヶ嶽(にょいがたけ)の山に大文字の火が灯る。

 数馬が映すワンセグには、次々と点火される五山送り火の映像が流されていた。

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