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144.第16章<君が見た流星>「明日に輝け」

 平安高校野球部、夏の高校野球京都大会決勝戦。

 延長10回に登板した朝日太陽は被弾しでサヨナラ負けをきし、甲子園への道は絶たれた。


 決勝戦が行われた夜。

 太陽の家の近くにある小さな公園、そのベンチに座る。


 暗い夜の公園に、1つの照明が辺りを照らす。

 公園の入口に人影が見えてくる。



「太陽」

「シュドウ、来てたのか……」



 太陽の元へ駆け寄る。

 沈んだ顔、相当落ち込んでいる様子。

 公園のベンチに2人で座る。



「残念だったな」

「ああ……」



 野球部のマネージャー、神宮司楓先輩を甲子園へ連れて行く。

 太陽はその約束を果たす事は出来なかった。


 しばらくの沈黙。

 この公園で太陽が来るのを待つ間、ずっと何を話そうか考え続けていた。

 ベンチで下を向き、うつむく太陽にかけてやる言葉が見つからない。

 

 最後の最後で打たれてしまった。

 地方大会の決勝戦で勝ち、甲子園に行く事がただ1つの目標だった。

 神宮寺楓先輩は3年生。

 1年生の太陽、最初で最後の夏の挑戦は失敗に終わった。



「俺の力不足だな」

「お前は十分戦ったよ。決勝戦まで勝ち上がれたのは、間違いなく太陽の実力だって」

「最後に勝たなきゃ意味がねえ」

「太陽……」

「すまんシュドウ」

「分かるよ、俺には分かってる」



 気持ちを聞いてやる事しかできないもどかしさ。

 俺は太陽からたくさんの力をもらってきたのに、太陽に何もしてやる事ができない。

 かけてあげられるのは、ただ言葉だけだった。



「前だけ向こうぜ」

「そうだな、気合入れるか。シュドウ、キャッチボールしないか?」

「ああ、やろう」



(バンッ!)



 太陽もそのつもりだったはず。

 ちゃんと俺の分のグローブを持って来てくれていた。

 キャッチボールを始める俺たち2人。



「シュドウ、今日はありがとうな」

「何もできなくて悪い太陽」

「気にすんな。俺の実力不足、楓先輩はもう諦めるさ」

「太陽……」



 俺が取りやすいように優しく投げられるボール。

 太陽から投げられるボールに、地方大会が始まる前の力強さは感じられなかった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




(ミ~ンミンミンミ~)



 7月下旬。

 高校野球京都大会、決勝戦が終わった翌朝。

 平安高校は夏休みに入っている。

  


(ピンポ~ン)



 あれ?

 自宅アパートの呼び鈴が鳴る。

 


(ガチャ)



「守道さん」

「詩織姉さん!?」



 突然家を尋ねてきた蓮見詩織姉さん。

 肩から大きな袋を下げる。

 私服姿、紫色のスカート。


 部屋の中に入るなり正座。

 俺もつられて正座をし向かい合って居間に座る。



「期末テスト、よく頑張りました」

「ありがとうございます」



 他人だけど、他人じゃない。

 俺の本当の姉さんになる人。

 詩織姉さんから褒められると、素直に嬉しく感じる。



「これを」

「またこの白いノートですか」



 俺の視線を釘付けにする白いノート。

 向かい合う姉さんが、畳の居間にある小さな机の上に白いノートを広げる。




――――――――――――


7月期末テスト


S2クラス 1位  高木守道 948点

S2クラス 2位  結城数馬 808点

S2クラス 3位  岬れな  766点

       ・

       ・

       ・

――――――――――――






 詩織姉さんがこの前行われた期末テストの結果、俺のいるS2クラス全員の点数を控えていたようだ。

 10科目、1000点満点。

 藍色の未来ノートの力を借りて得た得点は、S2クラスでトップの成績だった。



「守道さん、これを」

「ええ!?これって……」





――――――――――――


総得点


S2クラス 1位  結城数馬 2060点

S2クラス 2位  岬れな  1926点

S2クラス 3位  末摘花  1874点

S2クラス 4位  氏家翔馬 1856点

       ・

       ・

       ・

S2クラス 23位 高木守道 1678点

――――――――――――






 思い知らされた現実。

 4月の学力テスト、5月中間テスト、そして今月行われた期末テスト。

 7月の期末テストたった1度だけ結果が良くても、30人生徒がいるS2クラスの半分にも届いていない。



「そんな……1位の数馬とまだ300点以上も差があるなんて」



 トップの結城数馬とは300点以上もの差がついてしまっている。

 

 数馬は期末テストで総得点808点。

 俺の期末テストの総得点は948点。

 その差はわずかに140点。

 140点だけ数馬に追いついただけの話。


 4月の学力テストで俺は赤点。

 5月の中間テストでさらに引き離される。

 期末テスト開始前の時点で、すでに500点以上も差があった。

 あれだけ必死にやった期末テスト1回では、数馬の足元にも及ばない。


 詩織姉さんの話では、特別進学部の総得点が夏休み明けの9月に公表されるという。

 俺はこの7月の時点で、あらかじめ今の俺の順位を詩織姉さんから教えてもらえた。



「分かりましたか?」

「はい」

「これを」

「はい?」



(ドサッ!)



「ね、姉さん」

「始めましょう」



 突然家に訪れた詩織姉さんから与えられた課題は英語のプリント。



「テスト」

「テスト!?ちょっと姉さん」

「許しません」

「はい……」



 詩織姉さんには絶対服従。

 高校は夏休みなのに、いきなり自宅で実力テストが始まる。

 俺が机でプリントと向き合っている間、台所に立つ姉さんの後ろ姿が気になる。



(トントントン)



 アパートの台所に立つ詩織姉さん。

 机で勉強する俺。

 いつも綺麗な詩織姉さんの後ろ姿。

 気になってしょうがない。



「守道さん、進んでますか?」

「は、はい」



 姉さんが気になってチラチラ見ていると声をかけられる。

 姉さんは台所で料理中。

 背中に目でもついてるのか?


 それにしてもこの問題かなり難しい。

 夏休みに入ったばかりなのに、朝からいきなり英語のテスト。

 すべてやり終える頃、詩織姉さんが机に近づいてくる。



「終わりましたか?」

「こちらです」



 俺の解答したプリントを取り、採点が始まる。

 赤ペンでシュシュッと採点中、大丈夫か俺?

 姉さんの口元がわずかに緩み、ほくそ笑む。

 あれはもしや。



『姉さんのご機嫌うるわしゅう』



「守道さん」

「はい」

「よく出来ています」

「本当ですか!」



 プリントの採点が終了。

 結果は100点満点のテストで72点……微妙な数字。

 姉さんは笑みを浮かべたまま。



「難しい問題でした。英語の勉強、毎日頑張ってますね」


 


 良かった、詩織姉さんから好反応。

 本当に難しい問題だったらしい。


 詩織姉さんから渡された紫色のスマホ。

 俺は肌身離さずスマホを持ち歩き、ラジオ英会話を毎日聞いている。

 テキストの英文を白紙のノートに書き写し、英文、文法、スペルをすべて覚える日々。

 英語コミュニケーションの授業でも力を発揮、学習の効果が自分でも分かっていた。



「次はこれを」

「ええ!?テストの次は問題集ですか!?」

「こら」

「はい……」




 姉さんはテストの採点を終わらせると、今度は英語の問題集をやるよう俺に指示を出す。

 絶対服従の俺。

 詩織姉さんには逆らえない。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 夜8時。

 太陽の家の近くの公園。

 太陽と2人ベンチに座る。


 今日は朝から詩織姉さんと自宅で英語漬け。

 一日勉強漬けだった事を太陽に報告。



「勉強頑張ってるなシュドウ」

「まあな」

「期末テストの結果も良かったし、これならS2に残留できそうだな」

「残留じゃなくてS1昇格目指してるんだって」

「本気かシュドウ!」

「期末テスト1回良くてもダメなんだよ」



 S2クラストップの結城数馬とまだ300点以上も差が付いている現実を伝える。



「なるほどな、シュドウのライバルも数馬ってわけか」

「太陽もその……野球やめるなんて言わないよな?」

「ああ、楓先輩はもう卒業しちまうが……俺、やっぱり野球好きだからな」

「太陽……」



 今週から夏の甲子園が始まる。

 京都大会の決勝戦で敗退した平安高校野球部。

 来年の夏、3年生のマネージャーである神宮司楓先輩は卒業してしまっている。

 


「シュドウがS1目指して勉強頑張るって言うなら、俺も来年こそ甲子園目指して練習するぜ」

「太陽、絶対それが良いよ。俺も応援するよ」



 太陽がやる気になってくれた。

 俺が来年のS1昇格を目指して夏休みも勉強を続けている事を知り、太陽も来年夏の甲子園を目指して練習すると言ってくれる。

 その言ってくれた事が何よりも嬉しかった。



「でもよシュドウ、どうしていきなりS1目指す気になったんだ?」

「それがさ太陽」



 朝突然押しかけてきた詩織姉さんの話をする。

 期末テストの前から発破をかけられていた事を報告。



「ははは、面白い事になってるなシュドウ」

「笑い事じゃないって太陽」

「なるほどな、それで期末テスト気合入れて頑張ったわけか。俺と一緒じゃねえかよ」

「そうだよ」



 太陽はここまで楓先輩との約束を果たすために野球の練習を死に物狂いでやってきた。

 俺も今、周りの友人や先生に支えられ、最後は姉さんに尻を叩かれて必死に毎日勉強を続けている。



「勉強が終わるとご褒美があるのか」

「そうそう」

「今度俺も呼べよ」

「ご褒美無くなるだろ、絶対来るなよ太陽」

「ははは」



 明日も来ると話していた詩織姉さん。

 長い長いお勉強の後には、姉さんのご褒美が待っている。

 


「明日は俺バイトあるから」

「祇園祭も終わりだろシュドウ?」

「岬が来月行く旅行費用稼ぎたいってうるさいんだよ」

「姫から呼び出しか?」

「そうそう」



 明日の夜はバイトのシフトを入れている。

 夏休みはバイトと勉強で忙しい毎日になりそうだ。


 太陽は明日から練習を再開すると約束してくれた。

 吹っ切れたような太陽の笑顔。

 また野球をやめると言い出さないか心配していたので一安心。


 

「さて、そろそろお開きにするかシュドウ」

「そうだな、帰るか太陽」

「おい見ろよシュドウ、星綺麗だぜ」

「本当だな」



 太陽が頭上を見上げる。

 夜空に綺麗な星が輝いていた。



「綺麗だなシュドウ」

「ああ」

「夏の大三角、天の川も良く見えるぜ」



 七夕伝説の織姫と彦星、2つの輝く星の間を天の川が流れる。

 頭上から南の地平線に流れ落ちる天の川がはっきりと見えてくる。

 


「俺が隣で悪かったな太陽」

「お前が隣に居てくれて俺は嬉しいよシュドウ」



 野郎2人で別れ際に天体観測。

 夏の夜空が綺麗に輝く。

 2人で夜空を見上げていると、公園に入ってくる人影が見えてくる。



「おい太陽」

「どうしたシュドウ……あれは」

「楓先輩!?」



 俺と太陽が公園で2人でいるところに、神宮司楓先輩が姿をあらわした。

 呆然と立ち尽くす俺たち2人のそばに、楓先輩がゆっくりと歩み寄ってくる。



「ごめんなさい、家にお伺いしたらこちらにいると聞きまして」



 楓先輩は太陽の家に寄ってここに来たようだ。

 太陽はうつむいたまま。


 京都大会の決勝戦は敗戦、甲子園への道は絶たれた。

 どうして楓先輩がここにやってきたのか見当もつかない。



「朝日君」

「はい」



 うつむいていた太陽が楓先輩の呼びかけで顔をあげる。

 楓先輩と太陽が見つめ合う。

 


「待ってます」

「えっ?」



 夜の公園で太陽と話をしているところに、1人姿をあらわした神宮司楓先輩。

 甲子園でベンチ入りする事が叶わなかった楓先輩。

 朝日太陽は、神宮司楓先輩と新たな約束を交わす。



「私を甲子園へ連れて行ってくれるその日まで、ずっと、ずっと待っています」



 1年生の太陽へ、平安高校野球部を甲子園へ導く夢を託し、卒業してなお来年まで待ち続けるとまで言ってくれる楓先輩。



「ううっ、は、はいーーっ!!」



 先輩の言葉に、体を震わせながら、精いっぱいの声で返事をする太陽。

 太陽が憧れ惚れ込んだ先輩は、夏の夜空に負けないくらい、輝くような素敵な女性だった。

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