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141.「クラスのテッペン」

(ミ~ンミンミンミ~)



「おはよう、文音さん、心音さん」

「結城君」

「結城君」



 蝉の鳴き声が響く球場。

 梅雨明けが発表され、7月の熱い夏が訪れる。


 夏の全国高校野球、地区予選第三試合。

 球場の内野席に、グラウンドに立てない控え球児たちと交じり席に着く結城数馬。

 そして1年生マネージャー空蝉姉妹の2人。



(ビュ!パァァァ~~~ン!!)

(ストライ~~ク!!)



 地区予選、第三試合の両チームが激突する。

 両チームの応援団が歓声をあげる中、球場のグラウンドで守備につく平安高校の球児たちに熱い視線を送る空蝉姉妹。



「文音さん、心音さん」

「結城君」

「結城君」

「野球は好きかい?」



 朝から気温がグングンと上昇する。

 高校野球地区予選、第三試合。

 球児たちの熱い戦いが続く中、内野席で両チームの応援合戦も激しさを増す。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 7月。

 京都の名門校、平安高校野球部。

 第一試合は12対0、5回コールド勝ち。


 今年5年連続夏の甲子園出場中。

 その後の第二試合を順調に勝ち進む。

 迎えた第三試合。

 俺は教室で授業を受けている。



(ピンポンパンポ~ン)

(「本日行われました全国高校野球地区予選、第三試合は、7対0で平安高校が勝ちました」)



 期末テストが終了し、平日行われる試合結果、校内放送で速報が流れる。

 地区予選が行われる期間中の特別な平日。

 授業中に試合が見られない生徒は、その結果速報に歓喜する。


 授業が進み、突然校舎のどこからか、大きな歓声が上がる。



(「お疲れ様ーー!!」)

(「おめでとう!!」)



 朝から第三試合を戦った野球部のみんなが帰ってきたようだ。

 学校中の生徒が、各クラスに散っていく野球部員を声援で出迎える。

 俺のいる第一校舎3階、特別進学部3クラスがある廊下でもその声援が響いてくる。


 試合が終わり、授業に戻って来る野球部員たち。

 そのうちの1人、S2クラスの結城数馬がクラスに戻ってきた。



「やあ守道君」

「お帰り数馬、今日も勝ったな」

「そうだね」

「来年、数馬も頑張れよ」

「もちろん」



 野球部の快進撃に、嬉しいだけの生徒ばかりではない事を俺は知っている。

 右手をケガをして応援だけに徹する結城数馬。


 クラスメイトの氏家翔馬から、寮で野球部の練習に参加できない事を相当悔しがっていたと話を聞いているが、クラスの中ではそれを顔に出さない。


 俺が数馬なら相当悔しいはず。

 来年数馬が野球部に復帰したら、俺は数馬を応援してやりたい。

 


「ようシュドウ」

「太陽」



 午前中に行われた第三試合。

 市内の球場から太陽が学校に戻ってきたようだ。

 休憩時間中に隣のSAクラスから俺のいるS2クラスに入ってくる。



(「野球部の朝日君よ」)

(「今日の試合でも投げたんだって」)

(「凄い~カッコいい~」)



「モテモテじゃんかよ太陽」

「うるせえよ」

「今日も投げたのか?」

「まあな。6回から最後まで」

「マジか、今日7対0だろ?完封じゃんかよ」

「俺は2回しか投げてねえよ」

「それでも凄すぎるって」



 今日の第三試合は7回コールド勝ちだった平安高校。

 太陽は6回と7回の2回を投げてチームは完封。

 やはり3年生のエースピッチャーが投げられないらしく、先輩と共に地区予選で投手陣の一角を任されているようだ。

 結城数馬が太陽に声をかける。



「やったね朝日君」

「お前の分も投げてるつもりだぜ俺は」

「もちろん分かってるよ。甲子園出場は最低ライン。決勝はやっぱりあそこが来そうだね」

「ああ、間違いねえな」



 平安高校の最大のライバル校があるようだ。

 今年は特に相手高校の投手が良いらしい。


 平安高校の3年生エースピッチャーが地区予選第一試合で肩を故障した。

 数馬は投げられない、太陽の肩にかかる期待は大きい。



「太陽、肩大丈夫か?」

「半端な練習はしちゃいない。シュドウには分かってるだろ?」

「お、おう」



 太陽は小学生の時からひたすら、ひたすら野球の練習を毎日続けてきた事を俺は知ってる。

 それでも次の試合の準々決勝は、今日の第三試合からたったの2日後。

 準決勝がさらに2日後。

 決勝戦も2日後。

 

 高校野球の地区予選は日程があまりにもタイトだ。

 トーナメント方式、試合と試合の間隔はたったの2日。



「朝日君、すまない。僕は力になれなくて」

「お前の右腕ぶっ壊したのは俺だぞ?今年は俺が投げる、来年必ず戻って来いよ」

「もちろん」



 朝日太陽と結城数馬。

 2人の野球人の話に俺は割って入る事は出来そうにない。

 太陽が俺に話しかけてくる。



「シュドウ、期末のテストの結果そろそろだな」

「ああ。もう来週終業式だし、そろそろ出そうだよな掲示板」

「頑張ったんだろ勉強?」

「全力で予習した。結構自信はある」

「よ~し、赤点取るんじゃねえぞシュドウ」

「ケツじゃないって太陽、上だよ上。俺は上見て頑張ってんの」

「あはは、その意気だシュドウ。ケツからあと2つ順位上げてくれよ」

「だから上だって太陽」

「あはは」


 

 相棒の力も借りて全力で予習した。

 多分、多分大丈夫なはず。


 中間テストでは赤点取らないように、太陽には散々化学や物理の勉強を教えてもらった。

 平安高校の入試の時以来、全力で予習した。

 赤点回避じゃない、上だ。

 太陽が地区予選を投手として勝ち上がっているように、俺も上を目指すんだ。




 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




(コンコンチキチン〜コンチキチン〜)



 7月、今年も祇園さんの季節がやってきた。

 


「お母さん、綿あめ食べたい〜」

「はいはい」



 宵々山、今日はお祭り。

 八坂神社周辺は歩行者天国となり、大勢の人で道が埋め尽くされる。

 綿あめ、りんご飴など出店が立ち並ぶ。

 今年の宵々山、俺はコンビニで絶賛バイト中。



(ピコピコ~)



「ありがとうございました~」

「ありがとうございました~」

「岬、お前朝より夜の方が元気良いな」

「うるさいし」



 俺と岬。



「岬ちゃん、浴衣可愛いね〜」

「どうもです〜」

 

 

 店にはひっきりなしに客が出入りする。

 クラスメイトの岬は、今日はお祭りなので、岬が浴衣姿でレジに立つ。

 容姿端麗の岬れな、うちの看板娘は大人気。

 夜9時までのコンビニのアルバイトが間もなく終了する。




「高木君、岬さん、今日はお疲れ様」

「お疲れ様です店長」

「せっかくお祭りなのにありがとう〜助かったよ。今日は特別にお給料」

「ありがとうございます」



 お祭りの忙しい日にお店を手伝ったので、店長から特別にお給料を貰えた。

 嬉しそうに受け取る岬、俺も当然嬉しい。



「外で待ってる」

「お、おう」



 岬が俺に声をかける。

 レジから従業員用のバックヤードへ。

 身支度を整えて店の外に出ると、浴衣姿のままの岬が待っていた。



「帰るか岬」

「ちょっと宵々山寄ってくし」

「あ、ああ」



(トントンチキチン〜トンチキチン〜)



「掴むなって」

「嫌?」

「良いよ別に」

「うん」


 

 俺の制服の袖をつかんで離さない岬れな。

 つきまといはまだ続いているのだろうか?

 辺りは宵々山のお祭り、人で溢れ返る。



「岬、浴衣似合ってるな」

「ありがと」

「超可愛いぜ、超」

「うん」



 普段ツンツンしている岬が、夜になると途端に大人しくなる。

 何だか調子が狂う。

 黙っていてもしょうがないので、野球の話題を振る。



「今日も勝ったな試合」

「うん」

「あのさ、4番打ってる選手って」

「うちの兄貴」

「マジか!?やっぱり?」

「うん」



 平安高校野球部の主将かつ4番は、岬れなの兄ちゃんだと太陽から教えてもらった。

 太陽の話では、第三試合でスリーランホームランを打ったらしい。

 プロのスカウトから声がかかってるって言ってたな。

 もしかしなくても、岬の兄ちゃん凄い人なのか?



「そういえば岬、この前俺にテーピングしてくれたよな」

「あれ兄貴に習った」

「マジか」



 テーピングはスポーツ大会の時にゴールキーパーをやった時の話。

 5月、髪をバッサリ短く切ってきた岬に、俺はテーピングをしてもらった事を思い出し聞いてみる。

 岬がそういうスポーツ系の知識があったり、野球部の内情に詳しかった事もこれで合点がいく。

 


「兄貴しょっちゅうケガするから」

「なるほどな。甲子園行けると良いな」

「うん」



 俺の話にうんうん言ってくる。

 普段はキツい毒舌の岬れな。

 突然素直な女の子になると、とても可愛く感じる。


 岬がりんご飴の出店に目を止めると、出店のお兄さんが声をかけてくる。



「おこしやす〜そこのあんちゃん、彼女に買ってきな」

「えっ?いや、彼女では」

「あれ欲しい」

「なに便乗してんだよ岬!」

「きしし」

「まいど〜」



 小さなりんご飴を無理やりお買い上げ。

 浴衣姿の岬にそのまま渡す。



「ありがと」

「デート詐欺だろこれ?」



 岬がしてやったりな満面の笑み。

 彼女に浴衣姿でお願いされたら、誰だって断われない。

   

 バイトの帰り、お祭りに少しだけ寄り、岬の自宅マンションに到着。

 御所水通りに、マンションの明かりが夜を照らす。


 1階のエントランスで岬と別れる。

 浴衣姿の彼女の手には、小さなりんご飴が握られる。

 オートロックの扉の前で岬が俺と向かい合う。



「あのさ」

「うん」

「ありがと、送ってくれて」

「お、おう」

「じゃ、また」

「またな岬」

「バイバイ」




 女の子は変身する。

 容姿や髪型だけがそうではない。

 普段キツいこの子に優しく話しかけられると、ドキリとさせられるのはなぜだろうか?






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





(ミ~ンミンミンミ~)



 自宅アパートで目を覚ます。

 朝から蝉の鳴き声が聞こえる。

 外はすでに気温が高い。


 もうすぐ終業式。

 俺の期末テストの結果が気になるところ。

 


(ピンポ~ン)



 誰だ?



「は~い」

「守道さん」

「詩織姉さん!?」



 朝の登校前。

 バイトのシフトは夜に変更、今日は8時前まで自宅にいた。

 蓮見詩織姉さんがアパートを訪ねてくる。


 夏服の詩織姉さん。

 白い肌が透き通るように綺麗に見える。

 身支度を整えて、一緒に平安高校へ登校する。



「守道さん、今日は期末テストの結果が分かります」

「本当ですか姉さん?」

「はい」



 詩織姉さんの話では、今日期末テストの結果が分かるらしい。

 例によってまた掲示板に張り出されるのだろう。

 あまり良い気持ちはしない。


 御所水通りを詩織姉さんと2人で歩く。

 通りの木々の葉が陽の光を遮り、地面の影となってユラユラと揺れている。



「英語は?」

「今朝も聞きました」

「英語能力検定3級、始めます」

「もう試験勉強ですか!?」

「許しません」

「はい……」



 詩織姉さんには逆らえない。

 生徒会副会長だからでもない、本当の姉さんになるからとか、それも違う。

 未来の問題が分かっていた事が、姉さんには知られている。



「夏休みの予定は?」

「夜はバイトします」

「あとはお勉強です」

「夏休みもですか!?」

「許しません」

「はい……」



 期末テストの結果が分かってもいないのに、夏休みは勉強と言われる。

 詩織姉さんには……逆らえない。



「一緒に住みませんか?」

「うっ……も、もう少し時間を下さい」

「では私がうかがいます」

「えっ?姉さん、それはちょっと……」



(ガヤガヤガヤ)



 詩織姉さんと話をしながら登校。

 すでに正門を過ぎていた。

 校舎前がやけに騒がしい。

 詩織姉さんの言う通り、期末テストの結果が張り出されてるのか?



「守道さん、先に行くわね」

「は、はい」



 詩織姉さんが先に校舎に向かう。

 何か用事でもあるのだろうか?



「ようシュドウ」

「おはよう太陽」



 校舎前に向かう時に、朝日太陽と出会う。



「太陽、部活は?」

「大会期間中は休養。肩は消耗品だから調整程度だな」

「そうか」

「シュドウ、いよいよだな」

「お、おう」



 期末テストの結果が張り出されてるに違いない。

 太陽と2人で結果を見に行く。



(ガヤガヤ)



 辺りがやけに騒がしい。

 みんな俺の顔を見て驚いた表情を浮かべている。


 またやってしまったのか俺?

 相棒の力を借りて全力予習した。


 現代文は自力で解答した。

 数学も英語も全力で問題を調べた。

 時間の限り解答も暗記して臨んだ。


 全部で10科目、1000点満点のテスト。

 どうなった俺のテストの点数?






―――――――――――――――――――――



1位…… 960点――― S1クラス 神宮司葵

2位…… 954点――― S1クラス 成瀬結衣

3位…… 948点――― S2クラス 高木守道

4位…… 932点――― S1クラス 空蝉文音

5位…… 932点――― S1クラス 空蝉心音

6位…… 930点――― S1クラス 右京郁人

7位…… 924点――― S1クラス 一ノ瀬美雪



――――――――――――――――――――






「うぉぉぉぉぉーーーーっし!!」



(バシッ!!)



「痛てぇ!?叩くなって太陽!?」

「うほほほほほーーーー、すっげえじゃんよシュドウ!!」

「ゴリラかよ太陽、俺どこ?」

「上だよ上」

「上?……3位!?948点、マジかよ!?夢かこれ?」

「夢じゃねえだろシュドウ!お前どうしちまったんだよ!」



 948点!?

 赤点どころか凄っごい点数出ちゃったよ!?



「何だよ何だよシュドウ」

「うるさい、うるさいって太陽。夢じゃないのかこれ?」

「マジもんだって」

「本当、信じられない……」



 実感がない高得点が出た。

 まるで自分の事では無いように感じる。



「俺より先に大勝利じゃねえかよ」

「あ、ああ」



 あまりにも実感がない。

 太陽に連れられて第一校舎の1階から、特別進学部のある校舎3階まで進む。

 道行く生徒たちが俺と太陽を見てヒソヒソ話をしている。



「よし、よし、良いぞシュドウ」

「まぐれだって」

「まぐれであんな点が取れるかよ。シュドウ、お前が先にやってくれたな」

「何をだよ」

「テッペン取れたって言ってるんだよ」

「テッペンじゃないだろ」



 クラスに着くまで太陽がひたすら俺を褒め称えてくれる。

 S2クラスの前で太陽と別れ際、興奮した様子の太陽が一言。



「シュドウ、俺も甲子園目指すぜ」

「当然だろ。連れて行くんだろ先輩を」

「ああ、お前に勇気もらったぜ。じゃあまた後でな」

「おう」



 太陽があれだけ喜んでくれて俺も嬉しくなる。

 太陽と別れてクラスに入ると、クラスメイトから歓声が上がる。



「やったね高木君!」

「凄いよ高木君」

「ど、どうも」



 クラスのみんなから祝福される。

 夏の珍事。


 S2クラスドンケツの俺が期末テストで高得点をマークした。

 未来ノートを使って高得点をマークした俺は高得点の理由が分かっている分若干冷静、心は興奮。

 席に着席。



(バーーーッン!!)



「ひっ!?」

「ちょっとあんた!あの点数なんなのさ!」



 席に着くなり俺の机が激震。

 岬れなが超怒った顔をして俺の机をパーで叩きつける。

 お祭りの夜から豹変、いつもの岬れなに戻ってる。



「結構取れてたな点数」

「おかしいでしょあんたがあんな点数!」

「ヒドイだろ岬。俺、超頑張ったんだって」

「どんな勉強したらこんな短期間で、あんな高得点が取れるのかを聞いてるっしょ」

「それは俺にもよく分からん」

「は?」



 まだ夢見心地だった俺に岬から激しい尋問。

 俺が岬にシメられてると、数馬が俺の席に近寄ってくる。



「守道君、おめでとう」

「ありがと数馬、まだ夢みたいだよ」

「ははっ、僕も一緒さ。頑張ったんだね」

「サンキュー」



 テストの点数で高得点が取れた。

 自力と言うにはおこがましい、藍色の未来ノートの力を借りて得た得点。

 それでも周囲の祝福は心地よく感じた。

 S2クラスで地を這っていた赤点男が、S2クラスで一番の成績をあげた瞬間だった。


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