140.「第98回全国高校野球 京都大会第一試合」
(ミ~ンミンミンミ~)
朝から蝉の鳴き声響く7月。
期末テストが終了し、早朝バイトに出勤。
(ピコピコ~)
「いらっしゃいませ~」
「アホヅラ」
「誰がタッキーだって?」
「死ねし」
朝からシフトに入る岬姫が御出勤。
お金を必要とする目的は人それぞれ。
働く高校生。
レジに入る岬から声をかけられる。
「あのさ」
「えっ?なに?」
「あんたテスト終わって暇でしょ?」
「予習で忙しいけどなんだよ」
「ちょっと相談」
「お、おう」
5月のスポーツ大会でバッサリ短く切った髪が、すっかり元の肩の長さまで戻った岬。
相変わらず茶髪。
いつもツンツンしてる分、真顔で相談と言われるとドキリとさせられる。
「もうすぐ夏休みじゃん」
「だな」
「わたし旅行行くじゃん」
「また行くのか海外?」
「シフト増やしたくて」
「マジか」
海外旅行にハマってる岬れな。
誰と行くのか知らないが、バイトのシフトを増やしてお金を稼ぎたいらしい。
「貯金あるだろ?」
「それが無いから働くんでしょ」
「使ったのかよ全部」
「うるさいし」
宵越しの金を持たない江戸っ子の岬れな。
海外旅行ともなれば、親からのお小遣いだけでどうにかなる旅行先では無いはず。
国際派の彼女は自力で旅費を稼ぐらしい。
誰と行くのかは不明。
「夜どう?」
「祇園祭で店忙しいし、良いよ別に」
「本当?」
「家まで送って帰れば良いんだろ」
「お願い」
「お、おう」
つきまといを気にして夜のシフトを避けていた岬。
岬が旅費を稼ぐために、期末テストが終わったタイミングでシフトを増やしたいと言ってきた。
祇園祭の期間は客足が増える上、来週から八坂神社周辺は宵々山のお祭りが行なわれる。
出店がたくさん出るうえ歩行者天国になり、コンビニも忙しくなる。
期末テストが終わったタイミングで岬と一緒に、夜のシフトを増やす事にした。
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~~~~~空蝉姉妹視点~~~~~
「心音、邪魔しないで」
「文音、邪魔しないで」
朝の身支度を整える双子姉妹。
歯磨きをする洗面台のポジショニングでさっそく喧嘩。
2人の仲はあまり良くない。
(ミ~ンミンミンミ~)
7月、夏。
夏服の双子姉妹。
ポニーテールは気合の証。
平日朝、2人の行き先は作新高校ではない。
全国高校野球、地区予選第一試合の会場。
平日の授業は普通に行われるものの、野球部は出席扱いで別行動。
マネージャーも当然同行。
自宅からバスに乗り、地区予選第一会場に到着。
マネージャーの先輩、成瀬真弓、神宮司楓の2人の先輩と挨拶。
「おはよう空蝉さん」
「おはよう~」
「うっす」
「うっす」
2人同時に可愛く挨拶。
無表情でボソっと「うっす」。
今日の地区予選第一試合、ベンチで記録員をする神宮司楓。
そこに近寄る、1年生の男子球児。
「楓先輩、おはようございます」
「朝日君、頑張ってね」
「うっす!」
神宮司楓の言葉に気合が入る朝日太陽。
空蝉姉妹に近寄る制服姿の男子。
「おはよう文音さん、心音さん」
「結城君……うっす」
「結城君……うっす」
「ははっ、おはよう」
結城数馬は内野席から応援。
空蝉姉妹と同席。
まぶしい日差し、夏の訪れを告げる高校野球。
甲子園への地区予選、第一試合がまもなくスタートする。
(ウ~~~~~~~)
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(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
平日朝、S2クラス。
夏の高校野球、地区大会がいよいよ今日から始まった。
期末テスト終了後、終業式まで平日授業は続く。
S2クラスに結城数馬の姿が無い。
それもそのはず。
数馬は今、野球部の部員として授業扱いで地区予選の球場にいるはず。
野球部だけではなく、吹奏楽部もろもろ、野球関連の生徒は全員朝から学校を出払っている。
地区予選第一試合の球場で、甲子園に向けた夏の戦いが今日初日を迎えていた。
2限目の数学の授業中、突然校内放送が流れる。
(ピンポンパンポ~ン)
(「本日行われました全国高校野球地区予選、第一試合は、12対0で作新高校が勝ちました」)
「キャーー!」
「やったーー!!」
2限目の数学の授業中にも関わらず、S2のクラスメイトから歓喜の声が沸く。
地区予選第一試合の速報が校内放送で流れると、校内から歓声があちらこちらのクラスからここまで響いてくる。
誰が先発して、誰が点を取ったのかも分からない。
うちの高校の野球部が勝利したのは嬉しいが、太陽がどう活躍したのかは放送だけでは分からない。
大会期間中は太陽に野球に集中してもらいたい。
俺の期末テストの結果が気になるところだが、それ以上に太陽が地区予選で活躍出来たのか気になる。
パンダ研究部の俺は、太陽の活躍を、ただ祈るしかない。
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地区予選第一試合が行われた夜。
太陽の家の近くの公園で待ち合わせ。
「ようシュドウ」
「太陽、今日はお疲れ様」
「はは、まあな」
今日の地区予選の結果は12対0で作新高校が勝っている事実は知っている。
ピッチャーの太陽はベンチ入りしているだけで、試合に投げられたのかは分からない。
試合の内容を聞きたいと思っていた俺に、太陽から驚くべき事を聞かされる。
「今日投げた3年の先輩が肩を痛めた」
「マジか!?嘘だろそれ」
「うちのエースピッチャーだ、誰にも言うなよシュドウ」
「分かってるよ」
野球部内でかん口令が敷かれているらしい。
作新高校野球部3年生のエースピッチャーが地区予選第一試合で故障した。
次の対戦相手にとっては有利な情報。
「どうすんだよこれから」
「しばらく2年生の先輩と俺でやりくりする」
「マジかよ~」
監督はプロからも注目されている3年生の先輩を無理させない方針らしい。
2年生と1年生、各世代別にピッチャーを選出していた危機管理がここで生きたようだ。
それでもエースピッチャーの離脱はチームにとって影響は大きかったらしい。
「岬主将?」
「ああ、今日野球部でミーティングがあった。岬主将が俺と2年の先輩にカツを入れてくれたぜ。何かあったら俺が最後は投げるから、全力で次の試合を頼むってな」
「投げれるのかよその主将」
「球だけなら俺より早いぞ」
「マジか!?うちの野球部どんだけ凄い選手集まってんだよ」
「ははは、まあな」
太陽の話で野球部の主将の名前が気になる。
岬……珍しい名前だな。
「岬れなの兄ちゃん!?」
「ああ、前に言わなかったか?お前と同じクラスだろ?」
「そうだっけ、知らなかったよ」
岬中将。
3年生の作新高校野球部主将。
チームをまとめる主将が、エースピッチャーの離脱が伝えられた時に円陣を組んだらしい。
「岬主将、プロのスカウトから声掛けられてるみたいだな」
「マジか、凄いなそれ」
「去年の夏の甲子園でも4番打ってるからな、プロ入りはほぼ間違いないぜ」
俺が期末テストで四苦八苦している時に、太陽は夢の舞台で戦っている。
自分のテストの点ばかり気にしていた俺。
まるで太陽が別の世界に住む人間に感じてきた。
「シュドウ、俺はお前からチャンスをもらった」
「チャンス?俺なにもしてないぞ」
「連れて来てくれただろ?俺の勝利の女神を」
「あの人女神過ぎてヤバいぞ太陽。甲子園行けないと楓先輩が彼女とか絶対釣り合わないからな」
「はは、違いねえ」
太陽の勝利の女神は、作新高校のベンチで記録員として微笑んでいるはず。
詩織姉さんから雷が落ちてしまったが、俺の気持ちに応えてくれた神宮司楓先輩。
俺はあの人を、今でも心の底から尊敬している。
3年生の先輩の故障はピンチだが、1年生の太陽にとっては大きなチャンスが巡ってきた。
試合で登板するチャンスが増えたはず。
チームのピンチは大きな好機でもある。
「俺はやるぞシュドウ、この前の練習試合でベンチ入り出来たのが大きかった」
「太陽」
「投げられる、間違いなく。結果を出して楓先輩を甲子園へ連れて行くんだ」
太陽がやる気になってる。
7月の夜。
夏の暑さの訪れと共に、朝日太陽の夏がやってきた。




