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139.「七夕に願いを込めて」

(ミ~ンミンミンミ~)



 7月7日。

 朝から気温がぐんぐん上昇。

 蝉の鳴き声が街に響き渡る。


 今日は期末テスト最終日。

 暑い夏の訪れとともに、期末テストの最後の授業が終了する。

 


(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)



「終わった~」

「分かんなかったよ~」



 期末テストが終了し、S2のクラスメイトたちが緊張感から解放される。

 全10科目の戦いは終わった。

 


「やあ、どうだった守道君」

「最後の現代文が超微妙」

「ははっ、僕もだよ」

「そんな爽やかに言うなって数馬、どうせデキてるくせに」

「そんな事はないよ」



 期末テストの最後は現代文。

 数馬はデキは良くないと匂わせるが、S2クラスのトップスターの言う事は信用ならない。

 絶対にテストの出来は良いはず、結城数馬は崩れない。


 現在S2クラスのトップ成績と教えてくれた詩織姉さんの記録によれば、期末テスト開始時点で結城数馬とはたった2回のテストだけで500点以上差がついている。


 相棒の力を借りて何とか問題に食らいついたが、自力で調べた数学や英語も、問題すら浮かび上がらなかった現代文に至っては結果が分かるまで何点取れてるのか見当もつかない。


 ただ1つ言える事は、漢字がちゃんと書けるようになったは大きなプラス材料。

 文章問題に解答する力に手ごたえを感じる。

 意外にバカにできない漢字技能検定。


 元々現代文の問題演習は、鬼講師の楓先輩に与えられた問題集で4月からここまで繰り返してきた。

 俺の石器時代レベルの文章力は、漢字能力の裏付けと共に平安時代辺りまで進化したと俺は勝手に思ってる。



(ミ~ンミンミンミ~)



「暑いね~外は」

「あさってからだよな野球部の地区予選。行くのか数馬?」

「もちろん帯同するつもり」



 右手をケガしている数馬は当然試合には出られない。

 選手としてではなく、一部員として野球部の応援に帯同するようだ。


 期末テストが終了し、7月20日の終業式までしばらく授業は続く。

 野球部関係者、吹奏楽部もろもろ、授業扱いで地区予選の応援で学校からゴッソリいなくなるらしい。


 数馬の話では、地区予選は平日午前中や平日午後にも試合があるので、生徒たちは試合に合わせて学校から出たり入ったりするらしい。

 パンダ研究部の俺には関係の無い話。



「毎年決勝戦まで行くんだよなうちの野球部」

「京都じゃ負け知らずだね」

「凄いよなうちの高校」



 毎年高校野球地区予選、決勝戦には必ず駒を進める我が平安高校野球部。

 地元では超有名、全国でも有名な高校野球の名門校。

 7月、高校野球の季節。

 京都にとって、特別な夏。



「祇園祭?」

「祇園さん、数馬は知らないよな」

「名前くらいは」



 今年も祇園さんの季節。

 京都の街、八坂神社周辺は祇園さん一色に染まる。

 来週行なわれる宵々山の出店には、毎年全国からたくさんの人が訪れる。


 数馬と話をしていると、サッカー部の氏家翔馬が話の輪に加わる。



「守道、どないやったテスト?赤点取ってないやろな?」

「うっ……だ、大丈夫だって。良いか翔馬?俺はもう上しか見ていないんだよ。いつまでも赤点取ってる俺だと思ったら大間違いだぞ」

「今ドンケツやし、2つでええさかい順位上げてや」

「トップ目指してるんだよトップ」

「その意気や守道君」



 現在S2クラス最下位の俺。

 このままでは来春、総合普通科に降格するとS2の誰もが思っているだろう。

 4月2日の初っ端、学力テストで赤点取った俺。

 500点満点で140点は俺の黒歴史。

 

 

「翔馬、最近サッカー部どう?」

「この前日曜に試合があってな、最初から使ってもろうたで〜」

「マジか、レギュラーじゃんよ翔馬」

「おおきに〜」



 良かった。

 期末テストで気が張っていた事もあり、テストの期間中は全力予習に明け暮れていた。

 テストが終わり緊張感から解放されて、ようやく翔馬とゆっくり話す。


 どうやら先週の日曜日、サッカー部の試合でレギュラー先発できたようだ。

 翔馬の実力なら当然。


 この前の日曜日といえば、太陽が野球部の練習試合で先発してた日の翌日だな。

 朝日太陽は練習試合で好投して、2日後の高校野球地区予選のベンチ入りの権利を勝ち取った。

 俺の周りにいる親友の活躍はとても嬉しい。

 結城数馬は逆にこの話を聞いて……きっと悔しいに違いない。

 


「守道、お前とよく一緒に話しとるS1の女子も見に来とったで」

「誰の事?空蝉姉妹か?」

「あの2人はサッカーの試合見に来ん。神宮司さんと一緒にいつもおる子や」

「神宮寺と一緒って、成瀬じゃん。成瀬がサッカーの試合?」

「そうや、この前の日曜」



 この前の日曜日って、雨が降ってた漢字能力検定4級の試験があった日。

 俺が神宮司と一緒に試験受けてた日か。


 わざわざ雨降ってる日に、成瀬がサッカーの試合を見に行った?

 昔から成瀬を知ってる俺には違和感でしかない。

 あの子は太陽に一途。

 だけど今の太陽には楓先輩が……。



「翔馬の応援に来てたんじゃないのか?」

「そんなわけねえだろ。S1にはもう1人サッカー部のレギュラー1年生がいるから、そいつを見に来たんじゃないのか?」

「いたっけそんなやつ?」

「紀藤だよ」



(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)



「皆さん~テストお疲れマンモス~」

「先生~」



 おピンク先生、御所水先生の登場。

 クラスが一瞬にしてピンクに染まる。


 あれ?

 御所水先生に続いてS2クラスに入って来る先生。



「藤原先生だ!」

「先生」



 御所水先生のすぐ後に、藤原宣孝先生が入って来る。

 期末テストの最終日、最後のホームルーム。


 もしかして、もしかするのかも知れない。

 俺は職員室の応接で、数馬と一緒にすでに話を聞いていた。

 7月に生徒に発表すると言っていた。

 期末テストの終了が、そのトリガーだったのかも知れない。



「わたくし事で恐縮ですが、今月をもって平安高校を定年退職致します」

「ええ~~」

「藤原先生ーー」



 高校に入って初めての担任の先生の交代劇と、7月末をもって定年退職の知らせ。

 S2のクラスメイトに衝撃が走る。



「まず担任を務めさせていただいた皆さんに、一番にお話しさせていただきたい」



 担任をしていたクラスのみんなへ事情を話す、藤原先生らしい対応。

 まだ残念でならないが、定年退職と言われては受け入れるしか他にない。


 教壇で藤原先生を囲むS2のクラスメイトたち。

 あの苦しかった4月の日々を支えてくれた藤原先生に、S2のみんながお世話になった。



「皆さんにはこれからも御所水先生が担当されます。これからも頑張ってください、期待してます」



 大人の事情は俺たち生徒には分からない。

 まだ7月の終業式まで時間がある。

 そう言って藤原先生は、笑顔で教室を後にした。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 今日は午前中のテストで授業は終了。

 パンダ研究部に数馬と2人で向かう。


 時間は容赦なく進む。

 藤原先生の定年退職。

 今月7月に早期退職と話は聞いていた。


 30年以上平安高校で現代文の教師をしていたらしい。

 元々平安高校の特別進学部の生徒だったと俺に教えてくれた事がある藤原先生。

 30年以上前に、俺と一緒で赤点取った事があると打ち明けてくれた先生の秘密。


 赤点を取っても、努力すればいつか先生のように立派な大人になれるのだろうか?

 そんな気持ちに奮い立たせてくれた先生の退職。

 先生に俺のこの先の未来を見届けて欲しいと思っていた矢先、大人の事情はそれを許さない。


 期末テストは終了した。

 相棒の力を借りて全力予習した俺。


 数学も英語も答えは無かった。

 スマホや教科書も駆使して、調べられるだけ自力で調べた。

 詩織姉さんに聞くような真似は当然できない。

 平安高校の入試問題の答えを暗記した時とは訳が違った。

 正直、期末テストの結果はどうなったか分からない。

 

 第一校舎の1階、旧図書館へ到着。



「守道君、あれ」

「パンダのエサが何で飾ってあるんだ?」

「ははっ、本当だ」



 旧図書館に入ってすぐに気づく。

 笹の葉……パンダのエサがどうして部室の前に飾ってあるんだ?

 ダメだって南部長、勝手にパンダのエサを持ってきちゃ。



「お疲れ様で~す」

「失礼します」

「あ~適当にしてって~」

「南部長、監査に来ました」

「ええ!?ちょっと後輩君来ないで~」

「ちょっとそのパソコンのデスクトップ調べさせてもらいます」

「見ないで~」



 南部長の座るパン研の部長席は、株のトレードでもするかのような高性能機器とモニター画面が並ぶ。

 チラ見で見えるパソコンのデスクトップには、怪しげなパンダのアイコンがたくさん並んでいる。



「部長。パソコンはどうでも良いので、外のパンダのエサ、あれなんです?」

「笹の葉に決まってるでしょ後輩君」

「どこから持ってきたんですか?」

「御所水先生に分けてもらったの。七夕でしょ今日?」

「七夕?パンダのエサじゃなかったんですかあれ?」

「あれは食べるやつじゃなくて、飾るやつなの」

「なるほど」



 期末テストに集中してた。

 今日はそういえば7月7日の七夕らしい。

 最近コンビニのバイト行ってないので、季節感が分からなかった。


 南部長がパソコンのデスクトップを隠している部室の奥で、S2のクラスメイト、末摘さんと岬が先にパン研の席に座っていた。

 席を立って声をかけてくる眼鏡女子の末摘さん。



「高木君、期末テストお疲れ様」

「末摘さんもお疲れ様」

「赤点、大丈夫だと良いね」



(グサッ)



「うっ」

「ああ!?」

「花、赤点男にもっと言ってやれし」

「違うの~」



 同じクラスの女子に「赤点じゃ無かったら良いですね」と言われれば、(はがね)の心を持つさすがの俺も激しく傷つく。



「す、末摘さん。俺かなり手ごたえあるから見ててよ結果」

「ほ、本当?」

「大風呂敷広げてんじゃないし」

「うるさいな岬、俺はお前を抜いてS2のトップ目指してんだよ」

「アホくさ」



 4月の学力テストと5月の中間テストで合計1000点以上を叩き出している1000点頭脳の岬れなにバカにされる俺。

 テストの結果がすべて。

 俺は学力テスト初手140点。

 グの字も出ない。


 結城数馬が岬と末摘さんに話しかける。



「なにしてるんだい末摘さん?」

「あ、あのね結城君。七夕飾りの短冊作ってたの」

「へ~それは良い。守道君も一緒に願い事書いていこうよ」

「七夕飾りの短冊?」



 七夕飾りの短冊作成に取り掛かるパン研部員4人。

 短冊に筆を入れる数馬。



「数馬は願い事なんにした?」

「ははっ、やっぱりこれかな」




『無病息災』




「早く治ると良いな右手」

「骨はもうすぐ治るよ」

「マジか」



 達筆の数馬が、超カッコいい文字で短冊に願いを書き込む。

 書き終わった数馬が末摘さんに声をかける。



「末摘さんは願い事何にしたんだい?」

「見ないで~」

「花、さっさと見せな」

「いや~」



 恥ずかしそうに短冊を隠す末摘さん。

 岬が末摘さんにボディータッチ。

 夏になり、向かいに並んで座る夏服の女子2人は目に毒。




『高木君が赤点じゃありませんように』




(グサッ)



「うっ」

「あははは」

「見ないで~」

「それは素晴らしい願い事だね」



 俺の赤点回避を願ってくれる素敵な女子が1人。

 もはや俺の赤点はクラスメイトの笑いの種。



「じゃああたしもそれにしとく」

「ちょっと待て岬。俺をネタに短冊作るなよ」



『高木君が赤点じゃありませんように』




「2枚目作るなよそんな短冊~」

「赤点回避してここに残んな」

「どうせ来年、部員足りなくなって廃部だろここ?」



 部活存続要件の1つ、部員6名以上。

 パン研のメンバーを見るに、南部長を含む3年生は成瀬真弓姉さんと神宮司楓先輩。

 この3人は来春の卒業はマスト。


 残る部員はゴレンジャーの5人。

 岬れな、末摘花、神宮司葵の女子3人。

 そこに野球部の結城数馬と俺の男子2人。

 帳簿上はあと1人、部員定数に足りなくなる。



「来春部員2人いるわね」

「なんで部員2人いるんだよ岬?」

「あんたが消えたら2人足りないわけ、分かる?」

「なるほどな……って、勝手に消すなよ俺を!」

「きしし」



 岬の中で俺は来春消えゆく男。



「あ~来年この旧図書館消えるから、この部残すんなら部室なんとかして頂戴~」

「マジっすか部長」



 そういえば第二校舎の地下にある蔵書保管庫の耐震工事が来年終了するらしい。

 そうなれば今いる旧図書館の蔵書はすべて第二校舎の地下へ移動。

 このパン研部室もろとも、この場所は来年には消えてなくなる運命。



「岬、どのみち部室も無くなるし、お前のパンダライフは今年限りだぞ」

「死ね」



 岬の魂胆は分かってる。

 冷暖房完備、ソファふかふか、おまけにお菓子は部費で食べ放題。


 部室内はパンダ関連の資料やポスターが張られ、部屋の隅には南部長がオリエンテーションで着ていたパンダスーツまで飾ってある。

 外界から閉ざされたパンダの部屋。

 岬はよほどこの部室の居心地が良いようだ。



「あんたの短冊で最後」

「はいはい。えっと」



 数馬の無病息災に、女子2人が俺の赤点回避を願ってくれた。

 嬉しくて涙が出そうだと、一応の感謝。



「早く書けし」

「分かってるよ、えっと」



『S1クラス昇格』



「あははは」

「なんでそこで笑うんだよ岬!」

「赤点のあんたが昇格とかマジウケるんですけど」

「ここから一気に上がるんだって俺は」



 4人で作った短冊を部室の前にある笹の葉に飾りにいく。

 よく見ると、笹の葉にすでに短冊が4つ飾ってあった。



「あれ?なんかもう短冊あるじゃん」

「さっき神宮司先輩たちが来て書いて行ったよ」

「マジか」



 どうやら先に楓先輩たちが短冊を書いて七夕飾りを飾っていったらしい。



「これ南部長の短冊?」




『論文がコンクールで入選しますように』




「南部長、来月の国のコンクールにパンダの論文出してるんだよ」

「マジか」



 文部科学省で公募してる論文に応募した事らしい南部長のパンダ論文。

 部室一面に貼られた南夕子の3年間のパンダの記録。

 高校3年生女子の熱いパンダ活動に、文部科学省の官僚もビックリするのは間違いなさそうだ。


 南部長の短冊の隣に、成瀬真弓姉さんの名前もある。



『結城君のケガが早く治りますように』



「愛されてんじゃん数馬」

「ははっ、どうだか」

「見られるの分かっててあえてここに書くか?」

「これは頑張るしかないね守道君」

「ケガしない程度に頑張れよ数馬」



 男と女の戦況は日々変化するらしい。

 あからさまな数馬へのメッセージ、野球頑張れと言いたいのは間違いない。

 ウブ男の俺には理解できない。


 緑色の短冊を発見。

 字が超綺麗。




『世界が平和になりますように』




「壮大過ぎるだろこのお願い」

「楓先輩だね」

「マジか、天使じゃん楓先輩」



 現代に現れた大和撫子は聖女クラスのお願いをするらしい。

 楓先輩に祈られたら世界の紛争は無くなるかも知れない。


 藍色の短冊。

 裏返しになってて願いが見えない。

 きっとあの子が書いたお願いに違いない。



「誰これ?」

「岬、人のお願い勝手にのぞくなよ」



 岬れなが勝手に人のお願い短冊を表にする。




『ポッキーがたくさん食べられますように』




「あははは」

「笑うなって岬、ある意味世界平和だろこれ」



 自由過ぎる神宮司姉妹の短冊の隣に、俺はS1昇格を祈る短冊を飾る。

 パンダのエサでは無かった笹の葉が七色の短冊で飾られる。


 外で鳴く蝉の声。

 7月7日の1日が過ぎていく。

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