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137.「全力投球 全力予習」

 金曜日、夜。

 期末テストまで、今日を含めて残り3日。

 藍色の未来ノートに期末テストの問題と思われる未来の問題が映し出された。

 その日から始まった、俺の戦い。


 来週の期末テスト初日は、1限目の数学、2限目の日本史、3限目の英語。


 1限目の数学は問題だけ、答えなし。

 気まぐれの相棒に相変わらず翻弄される俺。

 余弦定理、正直理解できていない。


 中間テストでも数学の点数は壊滅的。

 今の俺の実力では、数学は到底歯が立たない。

 教科書と授業で書き写したノートを開く。


 似たような演習問題を過去に解いていた、授業範囲が当然出題されているので自力で解いてみる。

 設問の問題は違っても、解法が分かればある程度問題は調べられた。

 本番でいきなり問題を見ても解けるかどうか微妙な問題。

 1週間とはいえ、先に問題が分かっているアドバンテージは大きい。


 期末テスト、科目は10科目。

 科目は当然数学だけじゃない。


 期末テスト初日の残り2限目と3限目。

 日本史と英語は自力で何とかなりそうだ。


 藍色の相棒には、期末テスト2日目以降の試験問題と思われる未来の問題がさらに続く。

 理系科目は難問続き。

 文系の俺とはいえ、1年生では化学以外にも物理など理系科目も必修科目になっている。

 俺の超えるべきハードルは高い。



『地面からの高さが―――物体を静かに手から離した。重力加速度は――』



 家で藍色の未来ノートに映し出された問題を調べる。

 理系じゃない俺、太陽や成瀬は理系。

 文系の俺が選択科目で日本史を選んだ一方、理系の太陽と成瀬は生物を選択科目に選んでいる。

 生物が無いからといって、この物理1科目だけで俺は頭がパンクしそうだ。


 

『物体が地面に達した時の速度は「8.7」m/S』



 答えが赤く浮かび上がる藍色のノート。

 この8.7って答え合ってるのか相棒?

 教科書の重力加速度の計算を当てはめる……合ってる。


 物理のすべての問題を調べる。

 教科書見ても分かんないよこの問題。

 スマホ、あるじゃん今の俺にはスマホが。


 相棒は気まぐれ、俺はすべてを信じない。

 この赤い色に浮かび上がる答えのようなものがそもそも間違っていれば、覚えたところで意味がない。

 スマホを使って検索する。

 教科書に問題集も使う。

 すべてではないが、ほぼほぼこの赤く浮かび上がる物理の答えで合っているに違いない。


 突然本気になった相棒、未来の期末テストの問題に俺は直面した。

 すべてでは無い期末テストの未来の問題。


 現代文だけは、どういうわけか問題すら相棒に映し出される事は無かった。

 もう自力で解くしかない。

 

 俺の期末試験の対策は決まった。

 俺の未来はすでに相棒と運命共同体。

 このままS2で最下位のまま、赤点回避だけで1年間、座して死を待つ選択は俺には出来ない。


 平安高校の入試以来、ほぼほぼすべての未来の問題が浮かび上がった未来ノート。

 中間テストの比じゃない、中間テストの時と今と、一体何が違う?

 考えてる暇はない。

 この期末テストが良い点取れたからと言って、秋には次の中間テストだって控えてる。



『これを見て』

『これって……』



 突然白いノートを持って俺の自宅アパートを訪ねて来た詩織姉さん。

 姉さんの見せてきた白いノートには、俺が1年生の間に受けるべきテストがすべて記載されていた。


 来週7月に行われる期末テスト。

 そして秋にある2学期10月の中間テスト。

 12月に期末テストがあり、来年3月に学年末の最後の期末テスト、3学期に中間テストは存在しない。


 残り4つの大きなテストが控える。

 その前哨戦となる、来月7月の期末テストは10科目1000点。



『今S2クラスで1位の結城数馬君が1252点』

『……はい』

『2位の岬れなさんが1160点』



 岬が2位……。

 俺は……4月の学力テスト、5月の中間テストの俺の合計点数は、140点たす590点、合計730点。


 1位の結城数馬とすでに522点差、ゴミかよ俺。

 満点取っても追い付けないぞこのままじゃ。

 平均点オッケーで来年総合普通科降格か? 

 ふざけるなよ俺。



『戦えますか?』

『友達なんです2人とも。数馬も岬も、俺よりS1クラスにふさわしい生徒だと思います』

『戦えますか?』

『ダメだと思います。今のままの俺じゃあ絶対に』

『戦えますか?』

『……はい』



 今、自宅パートのここにいないはずの、蓮見詩織姉さんの言葉が俺に心に突き刺さる。

 姉さんの言葉は明確過ぎてとても重たい。

 ただ良い点取れって言ってるわけじゃない。


 S2クラスで2位の岬れな、1位の結城数馬と戦えって言ってる。

 もう戦いますって、俺、詩織姉さんに約束しちゃったよ。



『私を甲子園に連れて行きなさい』



 楓先輩と一緒だ。

 先に約束させられた。

 憧れてる人に言われちゃったら、あそこまで言われちゃったら、もう勉強するしかないじゃんかよ。


 太陽、お前こんな気持ちで毎日野球の練習してたのかよ。

 今、ここに至ってようやくお前の気持ちが分かったよ。

 


『戦えますか?』



 男はなんて弱い生き物なんだ。

 憧れの女性にあそこまで強く言われたら、もう頑張るしかない。

 いつも不思議で、いつも神秘的で。

 とても厳しくて、とても優しい俺の姉さん。


 

『来月の中間テストは10科目で1000点満点』

『はい』

『少なくとも合計で800点必要です』

『8割!?マジっすか!?』

『こら』

『すいません……』



 詩織姉さんに膝枕なんかされたら、嫌ですなんて言えなかった。

 未来の問題を相棒が見せてくれている。


 平日、時はどんどんと過ぎていく。

 期末テスト開始まであと残り3日。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 朝。

 6月最後の土曜日。

 先月5月の中間テストの時もそうだったが、大きな試験がある前はバイトのシフトを減らしてもらってる。

 優しい店長にはいつも感謝。


 期末テストまであと2日。

 来週テストが差し迫る。


 相棒の本気。

 藍色の未来ノートに映し出された未来の問題を、俺は必死に解き続けた。


 数学は難問、英語はスペルを覚える必要がある。

 現代文に至っては問題すら浮かび上がらない。

 現代文の演習はこれまで散々家でやってきた、もう期末テストのぶっつけ本番に臨む。


 俺の苦手科目は相棒の力を頼る。

 俺の得意科目は相棒の力で高得点を狙う。

 その1つ。



『古文』



 平安高校に入学して、初めて未来ノートが古文の問題をすべて俺に映し出してきた。

 4月2日、忘れもしない学力テスト。

 あの時古文の問題はたった5問だけ浮かび上がり、その5問の得点欲しさに俺は源氏物語の原文探しに5時間半も費やした。

 しかも結果は惨敗。


 あれから3か月。

 俺は古文をマスターしつつある。

 藍色の未来ノートに浮かび上がる古文の問題。



『下線部①「この姫君の御手をとらせたりし」の現代語訳を、次の中から1つ選べ』



 楽勝、答えはア。

 パッと見てすぐに分かるようになったのは、あの子のおかげ。

 しかもご丁寧に、藍色の未来ノート、古文の答えは藍色に浮かび上がっている。

 俺の導き出した答えと、藍色の未来ノートが浮かび上がらせている藍色の答えは一致する。


 だからこの浮かび上がった藍色の答えは、間違いなく期末テストの答えだと確信する。

 期末テストまであと2日。

 ここ数日、平日夕方まで旧図書館にこもって未来ノートの問題を解き続けた。


 僅か数日しか無かったが、数学も含めてあらかた問題は解き終わった。

 1週間の未来の問題の先読みで得たアドバンテージをフルに使った。

 最も時間をかけたのが数学、苦手科目は初見の問題を解くのにどうしても時間がかかる。


 使えるものは何でも使った。

 スマホの検索には限界がある。

 数学の初見の問題を解くのに最も効果があったのは、結局授業を受けた時のノートと教科書だった。


 詩織姉さんにもう頼るわけにはいかない。

 今俺が挑戦するのは期末テスト、平安高校の入試はとっくの昔に終わっている。

 自力で調べて、自力で模範解答作って、全力予習して、2日後のテストに備える。

 



(ピコン)




 あれ?

 俺のスマホにライン。

 岬?




―――――ラインメッセージ―――――



れな:『今日の試合、あんた見に行くの?』



――――――――――――――――――




 岬れなからのライン。

 今日の試合って、太陽がベンチ入り掛けて臨むラスト登板の試合。

 これでベンチ入り出来なかったら、太陽は控えのアルプススタンド行きが決まる。


 相棒の未来の問題は、ここ数日で解き終わってる。

 後は残り2日のこの土日で、問題と答えを暗記するだけ。


 試合は見に行くに決まってる。

 勉強は夜もやる。

 太陽の運命を決める試合は、昼間のこの一瞬しかない。

 俺にはそれを見届ける義務がある。



―――――ラインメッセージ―――――



既読 れな:『今日の試合、あんた見に行くの?』



   守道:『行くに決まってる』


――――――――――――――――――




 太陽のラストチャンス。

 今日応援に行かないと、俺は太陽の親友失格だ。



(ピコン)



―――――ラインメッセージ―――――



既読 れな:『今日の試合、あんた見に行くの?』


既読 守道:『行くに決まってる』


   れな:『一緒に行く?』


――――――――――――――――――




 親友失格……あれ?

 どうすりゃ良いこれ?




―――――ラインメッセージ―――――


既読 れな:『今日の試合、あんた見に行くの?』


既読 守道:『行くに決まってる』


既読 れな:『一緒に行く?』


   れな:『早く答えろ』

 

――――――――――――――――――




 矢のような催促。

 どうする俺?




―――――ラインメッセージ―――――


既読 れな:『今日の試合、あんた見に行くの?』


既読 守道:『行くに決まってる』


既読 れな:『一緒に行く?』


既読 れな:『早く答えろ』

 

   守道:『行きます』


――――――――――――――――――




 断ったら(ころ)される。

 



―――――ラインメッセージ―――――


既読 れな:『一緒に行く?』


既読 れな:『早く答えろ』

 

既読 守道:『行きます』

 

   れな:『迎えに来て』


――――――――――――――――――




 姫の送迎?




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 土曜日、12時。

 バイト先まで岬の送迎に向かう肉壁ボディーガード。

 

 岬は今日は朝からコンビニでバイト。

 俺は期末テスト前なのでシフトは入れずに朝から勉強。

 お店の外で不機嫌そうな表情の姫がお待ちの様子。

 



「今日バイトサボったわね、あんた」

「来週期末テストあるだろ?全力予習中なんだって俺」

「あんたの全力予習なんて大した事ないっしょ」

「俺の期末テストの点見て驚くなよ岬」



 詩織姉さんのノートによってS2クラス最下位の俺と、S2クラス2位の才女、岬れなとの点数差を把握していた俺。


 バイト先の近くにある、御所水通りのバス停で球場行きのバスを待つ。

 6月最終土曜日。



「あんた何見てんの?」

「英語の単語カード」

「自作なわけ?」

「金ないからな俺」

「その努力がどうしてテストの点に反映されないのかしらね」

「俺は大器晩成型なんだって」

「晩成してる頃にはS2から消えてるっしょ」

「まあな」

「能天気」


 

 自作の単語カード。

 この単語カードには、藍色の未来ノートで映し出された問題の答えが書かれている。



『Do not spur a willing horse』



 ある問題の答え。

 自分から進んでくれる馬に拍車をかける必要は無いという有名なことわざらしい。


 英語は答えが出ず、問題だけ浮かび上がっていた藍色の未来ノート。

 相棒は俺に英語は自力で解けと言いたいらしい。

 だから調べた、自力で。


 英語は俺にとって得意科目になりつつある。

 ラジオ英会話、2年分、ひたすらテキストの英文を白紙のノートに聞いては書き写す毎日。

 

 日頃の特訓の成果があらわれたと感じた。

 答えが分からない英語の問題を、調べればある程度自力で答えにたどり着けるようになった。

 あとは答えを暗記するだけ。


 たった一度の大きな試験、期末テスト。

 筆記問題はスペル1つ間違えれば得点できない。

 俺は英語の問題を単語カードを自作で作って覚える事にした。



(ブ~ン)



「バス来たっしょ」

「乗るか」



 御所水通りバス停にバスが到着。

 岬と一緒にバスに乗り込む。

 狭い通路、バスの座席は2人掛けだがとてもスペースが狭い。


 バスの前は優先席、高齢者や小さな子連れ専用。

 俺と岬は車内後ろの席に向かう。



「そっち詰めろし」

「えっ?あ、ああ」



 先に座った俺の席の隣に、岬が座ってくる。

 6月末、気温が高く、岬の服装はクールビズ。

 地球温暖化の影響を肌で感じる。


 学校で先生が言ってた、日本は亜熱帯化しているらしい。

 日本の気温も俺の気温もグングン上昇していく。


 今向かっているのは平安高校野球部の対外試合が行われる球場。

 高校野球の地区予選は期末テスト終了後にスタート。


 その地区予選でも使われる球場。

 相手の高校も同じ事情。

 直前1週間前に地区予選本番で使われるグラウンドの感触を確かめておきたいはず。


 今日のこの練習試合は、レギュラーが約束されていないベンチ入りメンバーを決める最後のチャンスと太陽は話していた。

 今日満足のいく活躍ができなければベンチ入りは絶たれ、楓先輩との約束も絶たれる事になる。

 

 太陽が6月最後のこの練習試合にすべての望みをかけている中、俺は今、2日後に迫る期末テストに向けて太陽と一緒に戦っていた。



「今度はそれなに?」

「良いだろ別に。あっ、のぞくなって岬」

「ふ~ん、英単語の次は日本史の暗記ね」

「俺は頭が悪いからな」



 自作の単語カードは日本史も作った。

 相棒の見せてくれた日本史の未来の問題。

 


『「743」年、墾田永年私財法―――』



 日本史担当の江頭先生。

 この前の小テストで墾田永年私財法を書かせておいて、期末テストではその年代を設問にしてくる。

 何が答えになっているか分かっているアドバンテージ。

 先生には悪いけど、俺はこの問題確実に得点させてもらう。


 設問は膨大な量。

 数馬はあっさりこの答えを即答で言い当てていたが、俺は暗記しなければ2日後の期末テスト本番で答えられない。

 せっかく未来の問題も答えも分かっていても、それを生かさなければ意味がない。






□□□□□□□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□□□□□□□






 この答えは確実に正答する。

 ボールが飛んでくるところはある程度分かっている。

 あとは頭と体を使うだけ。

 ボっーとその場に突っ立っていたら、止められるはずのボールもゴールネットに吸い込まれていく。


 せっかく未来の問題も答えも分かっていても、それを生かさなければ意味がない。

 相棒の見せる未来を生かすも殺すも俺次第。

 それを俺は、スポーツ大会のゴールキーパーとして学んだ。



(ピンポ~ン 次止まります~)



 バスが到着する。

 岬とバスを降りて球場の入口へと向かう。

 

 今日、土曜日の練習試合。

 試合開始は13時、まもなく始まる。


 平安高校野球部の対外試合。

 何とか試合開始時間に間に合ったようだ。


 球場内に足を踏み入れる。

 石の階段を上り、内野席へ。


 視界が開ける。

 大きな大きな球場。

 すでにグラウンドには選手たちが守備位置に立つ。


 太陽はピッチャーの1年生。

 今日の試合で投げられる保証は無いと話していた。

 球場のバックスクリーンの上にある、スコアボードに目をやる。




『3番加藤・・4番岬・・』




 平安高校側の選手の名前を上から順に見ていく。

 今日はまだ練習試合。

 地区予選は来週。

 スターティングメンバーに太陽の名前はあるのか?




『・・8番清水・・9番朝日』




「いた!!」

「うるさいし」

「いたぞ岬!太陽だよ太陽!」

「ただの練習試合」

「でも先発だろ?」

「来週投げる3年出すわけないっしょ」

「マジか」



 やたら野球に詳しい岬。

 冷静に話す岬の言う通り、来週期末テストの後から始まる地区予選に向けてエースピッチャーをマウンドに出さないのかも知れない。



「調整登板とかあるだろ?」

「肩は消耗品。うちの野球部、球数制限あんの」

「なんでそんな詳しいんだよ岬?」

「常識」

「マジか」



 うちの野球部の内情を熟知している様子。

 パンダ研究部の岬れなが、どうしてこうもうちの野球部に詳しいんだ?


 内野席の斜め下。

 野球部で今日の練習試合にすらベンチ入りできなかったであろう、ユニフォームを着た球児たちが最前列に座る。

 その中に、あいつの背中姿。

 いた、結城数馬。


 今日は制服を着て野球部の一員として座ってる。

 その近くに、S1クラスの空蝉姉妹の姿もあった。

 成瀬真弓姉さんも隣に座ってる。


 平安高校のグラウンド内には、ベンチで太陽に声をかけている神宮司楓先輩の姿があった。

 太陽がうなずいている、気合が入ってる様子。


 あれ。

 あの2人。

 神宮司葵、成瀬結衣がいる。


 成瀬、やっぱり太陽の応援来てたんだな。

 中学生の時から変わらない光景。

 でも、今の太陽には楓先輩が。



(ウ~~~~)

(「わーーー!!」)



 試合が始まった。

 練習試合とはいえ、来週地区予選を控えている。

 試合を見に来た地元の民もたくさんいる。

 京都の名門、平安高校野球部の対外試合にファンが集まってる。

 

 マウンドには太陽の姿。

 内野席には土曜日にも関わらず、たくさんの生徒が応援に駆け付けていた。


 相手高校の先攻、1回表、平安高校の守り。

 先発は1年生の朝日太陽。

 吹奏楽部が楽器を手に、1回裏の平安高校の攻撃を待つ。


 先発、朝日太陽の第1球。



(ビュ!パァァァ~~~!!)

(「ストライーーク」)




『128キロ』




(「おお~~」)

(パチパチパチパチ)



「速い!」

「うるさいし」

「凄いぜ岬!見て見ろよスコアボード!」

「まあ、速いわね」

「だろ?だろ?」



 平安高校の敷地内にある常勝園グラウンドのスコアボードには球速表示が無い。

 ここは市内にある大型の球場。

 スコアボードの球速表示に驚いた観客から、たくさんの拍手が送られる。



(ビュ!パァァァ~~~!!)

(「ストライクツーーー」)




『130キロ』




(「おお~~」)

(パチパチパチパチ)



「甲子園絶対いけるって太陽!」

「興奮すんなし」



 速い、球速すぎ。

 絶対いけるぞ甲子園。

 

 マウンドに立つ太陽がカッコよすぎる。

 俺も凄く興奮してくる。

 太陽の第3球。



(ビュ!パァァァ~~~!!)

(「ストライクアウトーー」)




『138キロ』




(「おお~~」)

(「キャーー!」)

(パチパチパチパチ)



 球場内に黄色い声援が響く。

 アウトを取った瞬間、平安高校側、1塁内野席で大歓声が上がる。

 ピッチャーの朝日太陽が、マウンド上で躍動する。

 球場内の注目を一身に浴びていた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 土曜日の夜。

 昼間、平安高校野球部の練習試合が終了。

 15-2で平安高校の圧勝。


 地元では負けなし。

 京都の名門校らしい、王者の戦いぶり。

 岬の話では、3年生レギュラーのエースピッチャーは登板しなかったようだ。


 太陽は5回を投げて無失点。

 逆に6回から登板した2年生ピッチャーは制球が定まらず2失点。

 その後2人ピッチャーは変わったが、太陽のアピールは十分だったはず。




(ピコン)




―――――ラインメッセージ―――――



太陽:『やったぜシュドウ。来週の地区予選、ベンチ入りが決まった』



――――――――――――――――――






 良い知らせ。

 太陽が、来週の地区予選でベンチ入りメンバーに選ばれた。







―――――ラインメッセージ―――――



既読 太陽:『やったぜシュドウ。来週の地区予選、ベンチ入りが決まった』



守道:『おめでとう太陽。スタートラインに立てたな』



――――――――――――――――――






 俺の親友が、一足先にスタートラインに立ったようだ。

 他の県では、1年生からエースピッチャーとして投げる怪物のような投手もいるらしい。

 高校を卒業して、億単位の契約金もらってプロに行く生徒もいる世界。

 太陽と俺の戦う舞台は、明らかに違う。 


 結城数馬は太陽の姿を見て、相当悔しい想いをしているに違いない。

 氏家翔馬から聞かされた、練習できないストレス。

 発散の矛先が生徒会の活動であるならば、俺はあいつの右腕として付き合ってやりたい気持ちになる。


 机の上に相棒の、藍色の未来ノートを開く。

 2日後の期末テスト初日、1限目の数学の問題をもう1度演習する事にする。


 現代文は問題が出ていない。

 満点を取る事は難しいかも知れない。

 だが、狙っていく。


 俺はいつからこんな欲深い人間になってしまったのだろうか?

 ただただ背中を追いたい人を追って、必死になって問題と答えを覚えた平安高校の入試の時を思い返す。


 中学3年生の時、消えてしまうかも知れない、目の前の友。

 朝日太陽、成瀬結衣の背中を追って、身の丈を遥かに超える進学校へ無謀にも挑戦した。


 あれから時が過ぎ、俺はまた、身の丈を遥かに超えるS1クラス昇格をS2の最下位から目指そうとしてる。

 


『来週期末テストあるだろ?全力予習中なんだって俺』

『あんたの全力予習なんて大した事ないっしょ』



 S2で2番の成績を取ってる岬れな。

 すでにあの子と500点近く差をあけられてる。



『来月の期末テストは10科目で1000点満点』

『はい』

『少なくとも合計で800点必要です』



 ここで最低800点以上を取らなければいけないと、俺はあの人に発破をかけられている。



『戦えますか?』

『友達なんです2人とも。数馬も岬も、俺よりS1クラスにふさわしい生徒だと思います』

『戦えますか?』

『ダメだと思います。今のままの俺じゃあ絶対に』

『戦えますか?』

『……はい』



 やるぞ。

 数学の計算式、答えだってもう忘れてるぞ俺。

 選択問題じゃない、記述式は書いて書いて覚えるしかない。

 何度も書いて、覚えるしかない。


 戦うぞ俺。

 残り2日。

 俺のジャイアントキリング。


 数馬はS2クラスで断トツのトップに立ってる。

 野球もやってた同級生の数馬に、俺500点も差つけられてるぞ。

 俺があいつの右腕であり続けるには、俺も戦い続けるしかない、自分自身と。


 太陽は先に戦った。

 そして勝ち取った、地区予選のベンチ入りの権利を。

 来週地区予選で戦う権利をもぎ取った太陽。


 先を越されてる、太陽に先を越された。

 俺も追いたい。

 太陽が目指す先の隣で、数馬のケガが治った来年の今頃、あの2人の戦う隣で、俺も一緒に戦っていたいから。

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