135.「校則」
昼休憩がまもなく終了する。
詩織副会長に監査を受けた俺。
S2クラスへ帰還する負傷兵2人。
「ははっ、みっちり絞られたね守道君」
「俺が監査されてどうすんだよ」
「君と一緒にいると本当に飽きない、常に刺激に溢れているよ」
「俺が拷問受けてるの楽しんでるだけだろ数馬」
「ははっ」
「笑い事じゃないって。また話があるって副会長に言われちゃっただろ」
S2クラス前の廊下まで到着。
廊下の前にはS1クラス、生徒会メンバー3人の姿。
「やあ高木君」
「俺はお前に用は無いぞ右京」
「蓮見先輩と随分仲が良いんだね」
「お前には関係無いだろ」
右京郁人。
こいつは俺と詩織姉さんの関係を知らないはず。
わざわざ説明する必要は無い。
右京の近くにいたS1の女子が俺に声をかけてくる。
この子確か、俺が指名した生徒会副会長。
「あなた、ちょっと宜しいかしら」
「えっと……誰でしたっけ?」
「一ノ瀬です………もう名前お忘れ?」
「守道君、姫の名前はちゃんと覚えておかないと」
「こんな美人の子の名前すぐに忘れちゃうって数馬」
「あはは。良かったね美雪、美人だって」
「明石さんはお黙りなさい」
「美雪怖い〜」
一ノ瀬と明石という子と話をしていると、右京郁人が声をかけてくる。
「ぜひ君とは一度ゆっくり話をしたい」
「副会長の事なら何もしゃべる事は無いからな」
「おっと、それは残念だ。君のクラスの担任だった先生の噂……」
「藤原先生が何だよ」
「さあ、後は自分で確かめるんだね」
以前と同じように、まるで何かを知っているかのように話す右京郁人。
こいつの言葉は、いつも俺を惑わせる。
『辞めるつもりだよ藤原先生』
噂を鵜呑みにするな。
成瀬真弓姉さんから以前言われた事がある。
事実は本人に直接会って聞けと。
その場を去るS1の生徒会メンバー3人。
数馬が声をかけてくる。
「気になる事を言ってたね右京君」
「ああ、数馬」
右京の話を鵜呑みには出来ない。
でも確かめないと気になってしょうがない。
S2クラスに戻り、自分の席に座る。
数馬が自分の席に戻っていく。
入れ替わりに氏家翔馬が近寄り声をかけてくる。
「守道、数馬変わった様子無いか?」
「数馬?別に、いつも通りだけど」
「それやったらええわ」
「何かあったのか?」
氏家翔馬と席に座る数馬を見る。
翔馬に言われて気づく。
少し元気が無いようにも見える。
「生徒会の選挙、ダメだったやろあいつ?」
「あれだけ組織票固められたら、誰だって勝てるわけないよ」
「寮で相当悔しがってたで」
「会長選落選したのが?監査人でメンバー入りしただけで十分だろ?」
「数馬は上しか見てへんのや」
「知ってるよ、どんだけ向上心あるんだよあいつ」
生徒会長になれなかった事を悔しがっていた事実を翔馬から聞かされる。
これだけ身近にいた数馬が、そんな事を考えていたなんて知らなかった。
生徒会監査人の役職に就いて、満足しただろうと勝手に思っていた俺。
「相当溜まってるみたいだぜ数馬」
「溜まってる?何が?」
「ストレス。医者から練習止められとるやろ?体を動かせへんのは、俺たちスポーツマンにとって致命的なんや」
「そうか……そうだよな」
「せやから守道、数馬頼むで」
「もう散々付きまわされてるって」
「せや。お前とおると楽しそうやあいつ」
「そんなもんかな?」
スポーツをまともにした事がない俺。
野球部の数馬がケガで突然練習出来なくなったストレスを、感じ取る事が出来なかった俺。
人は身近な存在であればあるほど、例え親友であってもなおさら本心を隠す生き物なのかも知れない。
会って本人に聞かなければ、本心は分からない事ばかり。
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(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
今日の授業が終了する。
今日俺は、会わなければいけない人がいた。
「守道君、どこへ行くんだい?」
「職員室。数馬も来る?」
「もちろん、誰に会いに?」
「藤原先生」
「なるほど、僕も一緒に」
数馬と一緒に旧担任の藤原先生に会いに行く事にする。
右京郁人の言葉が気になる。
S2クラスの突然の担任交代。
俺は藤原先生が辞めるわけではないと安心し切っていた。
スポーツ大会の応援にS2クラスへ駆けつけてくれた藤原先生。
先生がどこまで俺に話してくれるか分からない。
担任が交代になった事情。
生徒の俺たちには分からない、先生たちの都合。
「失礼します」
「失礼します」
数馬と一緒に職員室に入る。
「あら~」
「あら」
「げっ!?生徒会長!?なんでここに」
「あら~私がここにいてはいけません事~」
「滅相もありません」
叶生徒会長がなんでこんなところに?
あれ?
職員室のデスクの手前、英語教師の叶月夜先生と目が合う。
苗字が同じ叶、珍しい苗字。
顔が似てる。
まさか。
「お姉様、この子たちしっかり可愛がって差し上げて」
「ええ、よくってよ」
「お2人とも御姉妹だったんですか!?」
「あら、知らなかったのあなた?」
「守道君、校内では結構有名な話だよ」
「マジか」
この高校、姉妹多すぎだって。
何歳差だよこの2人。
叶美香生徒会長は、神宮司楓先輩に勝るとも劣らない美貌の持ち主。
いつも白いスーツを見にまとう叶月夜先生と並んで見ると、確かにこの2人とても良く似ている。
「藤原先生かしら?」
「はい叶先生、どちらにいらっしゃいますか?」
「ちょっと待ってて頂戴」
叶月夜先生が自分のデスクを立ち、藤原先生を呼びに行ってくれる。
妹の叶生徒会長と話す。
「あなたたち、あまり野暮な事は聞かない事」
「なんの事です会長?」
「相手の意見も尊重する事。私が言えるのはそれだけよ」
「尊重って」
「ではまたごきげんよう、アデュー」
叶生徒会長がアデューして消えて行った。
姉の叶月夜先生が、藤原先生を連れてデスクまで戻って来てくれる。
職員室の奥にある応接室に、数馬と一緒に藤原先生と3人で入る。
「2人とも生徒会に入ったようですね」
「はい」
「大変結構。頑張りなさい、期待しています」
「はい」
藤原先生を前に、数馬と並んで座る。
先生の言葉はいつも重たく、身が引き締まる。
「先生、あの」
「何かね高木君?」
「良いのかい守道君?」
「うん」
叶会長は何か知っているような口ぶりで、野暮な事は聞くなと俺に忠告してきた。
右京の言葉が頭から離れない。
俺は思い切って、先生に真意を聞く事にした。
「藤原先生。俺が卒業するまでこの学校、ずっといますよね?」
「ふむ……」
腕を組み、考え込むような仕草。
次に口を開いた時、衝撃の事実を聞かされる。
「退職!?」
「この事はまだ口外しないように」
「分かりました」
「そんな……」
藤原先生から聞かされた事実。
生徒たちへの発表は来週。
来月7月末をもって退職を決断されていたようだ。
「元々定年を迎える歳。私も残念に思っています」
「藤原先生」
次に藤原先生は、数馬に顔を向けて話を始める。
「結城君」
「はい」
「怪我をしたのは残念な事です」
「はい」
「陽はまた必ず上ります。諦めずにぜひ野球を続けて下さい」
「分かりました」
数馬に温かい言葉をかける藤原先生。
続いて俺と視線を合わせる。
「高木君」
「はい」
「あなたはスポーツ大会で多くの事を学びました」
「はい」
「高みを目指して勉強を続けて下さい。いつか必ず花開く時がきます」
藤原先生の言葉に聞き入る俺と数馬。
どんな時も俺たち生徒の事を思って言葉をかけてくれる藤原先生。
俺たちよりも早く卒業してしまう藤原先生と会えるのは残り1カ月。
その事実にショックを受けると同時に、最後まで俺たち生徒を見てくれている藤原先生に、俺も数馬も大きな力を与えられる。
先生に別れを告げて職員室を出る。
「重たかったね守道君、藤原先生の言葉」
「今の俺にはこたえるよ数馬」
「僕もだよ。もう頑張るしか無いね僕たち」
「本当だよ」
右京の言葉は本当だった。
本人に聞かなければ分からない本当の気持ち。
叶生徒会長は野暮な事は聞くなと言ったが、男の俺にはストレートに本人に聞く事しか思いつかない。
聞きたい気持ちは直接聞く。
伝えたい事は直接伝える。
「なあ数馬」
「なんだい守道君」
「つらいよな、野球の練習できなくて」
「ああ」
「こんな時読むのに良い本があるから紹介するよ」
「ははっ、何だいそれ?」
「図書館行こうぜ数馬。楓先輩から教えてもらった、とっておきの本」
「ぜひお願いしたい」
数馬と一緒に図書館へ向かう。
楓先輩に紹介してもらった、俺のとっておきの本。
数馬にも読んでもらいたいと思った。
『心は必ず強くなる』
たしか大ケガをした野球選手のエピソード。
たった1度しかない試合に向けて後悔しないように練習する……みたいな。
学力テストで赤点取った俺に、神宮司楓先輩が渡してくれた本。
あの本のおかげで、俺はあの苦しい時を頑張れた気がする。
今の数馬に見せてやりたい。
第二校舎の2階、新図書館へ2人で向かう。
学生証をピッとタッチし、ゲートが開く。
数馬にも見せてやりたい本。
楓先輩から渡された本のタイトルが合っていたか気になる。
スマホで検索をしてしまおう。
「守道君」
「ああ、なに数馬?」
「あれ見て」
―――図書館内ではスマホの使用禁止―――
「マジか、知らなかった」
「校則はちゃんと守るべきだよ守道君」
「真面目だな数馬。校則って言うよりはただの図書館のルールだろ?」
「僕たちは生徒会の役員だろ?ちゃんと規則は守らないと、他の生徒に示しがつかない」
「ルール多すぎなんだってこの図書館」
――試し読みは2冊まで、たくさん持ち歩かない事――
俺が最初に未来ノートで古文の問題を調べるために源氏物語を借りたのは第2巻までだった。
続きを読もうと向かった先で俺は……初めてあの子に出会った。
今は数馬に見せてやりたい本を探そう。
楓先輩に貸してもらう手も……詩織姉さんにまたお小言をいただきそうなのでやめておこう。
楓先輩から見せてもらった事がある本を探すために、新図書館にある共用パソコンの席に座る。
図書館の蔵書を探すためだ。
パソコンで検索するために、本のタイトルの1文字目、「こ」を入力する。
『墾田永年私財法』
あれ?
予測変換?
検索履歴の最新?
誰か検索したのか墾田永年私財法?
「743年だね守道君」
「知ってるよ数馬」
「さすが守道君、勉強してるね」
「中学生でも分かるって」
懐かしい問題の答えが飛び出した。
中学生の時を思い出す。
俺が初めて白い未来ノートを使って調べた、社会の小テスト、未来の問題の答え。
俺は今でもその問題の答えをハッキリと覚えていた。
おっと。
今はそんな事どうでも良い。
俺が調べたいのは、数馬に見せてやりたい本。
『心は必ず強くなる』
あった。
図書館の古典コーナーの近く。
あそこなら知ってる。
「早く行こうぜ数馬」
「守道君、ゆっくり歩こう」
――図書館の中では走らないで下さい――
校則知ってる生徒が、学内にどれだけいるのか分からない。
この図書館ルール多すぎ。
校則知ってる生徒がいるとして、ちゃんと守るのは生徒会のメンバーくらいなものだろう。
守る生徒がどれだけいるのか分からないが、俺も一応生徒会の役員らしいので、校則はちゃんと守る事にする。
あの本は、古典コーナーの近く。
たしかこの辺りに。
あれ?
あの子。
なんで、ここにいるんだ?
彼女もこちらに気づき、無表情だった顔に笑顔の花が咲く。
小走りにこちらに駆け寄る1人の女の子。
「シュドウ君!」
「神宮司」
神宮司葵。
なんで彼女がここにいる?
「静かにしろって神宮司」
「なんで?」
「そこの張り紙見て見ろって」
「張り紙?」
―――図書館ではお静かに―――
「ちゃんと校則守れよ」
「分かった!」
「だから静かにしろって」
「ははっ」
そういえばこの子、最初会った時も1人でいたな。
「成瀬は?」
「結衣ちゃん美術部」
「稽古あるんじゃないのかお前?」
「今日は無いよ」
「楓先輩は?」
「戻ってくるまでここで本読んでなさいって」
「なるほどな」
今日は暇なので神宮寺は新図書館で本を読みながら、楓お姉ちゃんが部活から戻って来るのを待っているらしい。
「シュドウ君なにしてるの?」
「本を探しに来たの」
「ふ~ん」
「じゃあな、行こうぜ数馬」
「ああ」
別れを告げたはずが、先頭を歩く俺の後を勝手についてくる。
共用パソコンで検索した本の場所はたしかこのあたり。
あれ?
無いな本。
「おかしいな、この辺りにあるはずなのに」
「なに探してるの?」
「まだいたのか神宮司。ちょっと探し物だよ」
「何を?」
「本。お前の姉さんが持ってた『心は必ず強くなる』」
「あるよ」
「は?」
「これでしょ?」
「あっ!?」
持ってんじゃんこの子。
俺が探してた本、またこの子先に取ってるよ。
「えへへ」
「あっ、神宮司。お前校則違反だぞ」
「なにが?」
本3冊持ってるじゃんこの子。
「校則ちゃんと守れって神宮司」
「校則?」
「ほら、そこの張り紙」
「え?」
――試し読みは2冊まで、たくさん持ち歩かない事――
「なっ?それこっち」
「ダメ」
「えっ?」
「私が先に取ったの」
「ズルいだろそれ」
「えへへ」
「守道君、今日は諦めよう。姫が先に読みたいらしい」
「このお姫様、校則違反だろ?」
あれ?
姫がスマホ出した。
タイマー。
30分。
なにやってんだこの子?
「シュドウ君」
「なんだよ」
「30分で良い?」
「……ちょっと良いか神宮司」
「なに?」
「守道君」
「女子に甘すぎるぞ数馬。あそこの張り紙見て見ろ」
―――図書館内ではスマホの使用禁止―――
「彼女は生徒会じゃない」
「生徒会監査人として校則を守らせるぞ数馬」
「彼女の美しさは拘束できない」
「お前監査人失格だろ?」
「読まないの?」
「読むよ読む。ほらこっち」
「ダメ、もうわたしの」
「意地悪するなって神宮司」
「じゃあ……葵のお願い聞いてくれる?」
「どんな願いでも1つだけ叶えてやるよ」
「本当!じゃあ、はい」
「サンキュー」
(ピコン)
「あっ、お姉ちゃん」
「楓先輩?」
「じゃあまたねシュドウ君」
「ああ、じゃあな」
「バイバイ」
胸の前で手を小さく振りながら図書館の入口に向かう神宮司。
お姉ちゃんのところには迷わず迎えるらしい。
彼女の謎お姉ちゃんセンサーは楓先輩を逃さないようだ。
「良かったのかいあんな約束して?」
「どうせ大した用事じゃないって」
「仲が良いね」
「はいはい、超モテてるよ俺は。はいこれ」
「すまない」
楓先輩から一度見せてもらった本を数馬に渡す。
高木守道、一押しの本。
大怪我をして手術をした野球選手の話。
それを乗り越えて、ふたたびマウンドに立つピッチャーの話。
――――――――――――――――
試合に出られる。
試合で投げられるのは、その時、その一瞬だけ。
一度マウンドを降ろされたら、どんなに自分が後悔しても、2度とそのステージには戻れない。
だから死ぬほど練習する。
たった1度の試合に備えて。
死ぬほどの努力をする。
自分自身を追いつめて。
そして試合で投げられる時は、精いっぱいの力を尽くす。
今自分が持てる、最高のパフォーマンスを出し切る。
後でそのステージを降りた時、自分自身が後悔しないために。
――――――――――――――――
数馬も本のタイトルに惹かれたらしい。
さっそく本を読みたいと、新図書館の席で読み始めた数馬。
俺はその近くの自習室でそのまま勉強して帰る事にする。
まずは藍色の未来ノートのチェックから。
俺の相棒は気まぐれ。
どうせ今日の1ページ目も白紙のはず。
また白紙なら今日は数馬もいるし、日本史の勉強から始めよう。
分からない問題も相談できるし、予習にもなるから一石二鳥。
ここ最近江頭先生の日本史の授業、小テストが続いてるんだよな。
藍色の未来ノート、相棒の1ページ目を開く。
……出た。
いつぶりだ?
相棒は本当にいつも気まぐれ。
この分量、小テスト。
問題はどう見ても日本史の小テストに違いない。
相棒は俺に未来の問題を見せてきた。
その第1問。
『聖武天皇は―――さらに743年「墾田永年私財法」の詔を発した』
相棒の1ページ目。
ご丁寧に青い色の答えまで浮かび上がってる。
この答えなら俺はもうとっくに知って……。
『墾田永年私財法』
あれ?
ちょっと待て。
なんでこの問題。
「守道君、この本素晴らしいよ」
「あ、ああ数馬。だよな、分かる」
数馬が『心は必ず強くなる』の本に食いついたようだ。
それはとても嬉しい。
ケガをして手術をして復活した野球選手の書いた本。
今の数馬にピッタリの本。
嬉しい。
だがちょっと待て。
さっき相棒の1ページ目に浮かび上がってた青い色の、日本史の小テストと思われる第1問目の答え。
『墾田永年私財法』
「守道君。この選手、手術の直前なにしてたと思う?」
「静かにしろって数馬、校則」
「おっと、すまない」
夢中になると我を忘れる結城数馬。
本に夢中になっている数馬から感想を求められる。
数馬は日本史マニア。
しかもさっきまで俺と一緒に行動を共にしていた。
図書館の共用パソコンを使うタイミングは無かったはず。
『墾田永年私財法』
誰だ?
一体、誰が調べた?




