131.「生徒会役員選挙」
月曜日、朝。
S2クラスに登校する。
6月も残すところ、あとわずか。
梅雨が明けるのは来月7月。
朝からバイトを始め、登校時間に終了。
日曜日に試合があった翌日、朝練が休みだった野球部。
太陽が俺をバイト先のコンビニまで迎えに来てくれた。
「ようシュドウ、おはようさん」
「おはよう太陽。もうすぐ終わるから待ってて」
「おう」
逆に今日は詩織姉さんが迎えに来る事は無かった。
太陽と一緒に御所水通りを歩いて進む。
普段朝練で一緒に登校する事が無い太陽と2人で並んで歩く。
話題は昨日の日曜日に行われた野球部の練習試合の話。
「悪い太陽、俺バイトあったし見に行けなくて」
「シュドウも戦ってるだろコンビニで」
「コンビニのレジでどう戦うんだよ」
「あはは」
太陽と俺は月とすっぽん。
俺にとって太陽は、いつも輝く太陽のような存在。
先日、一瞬だが失いかけたその輝きは、楓先輩が無事に取り戻してくれた。
あの死球から自信を喪失していた太陽が、ついに練習試合に投げられるまで戻ってきてくれた。
「勝ったぜ試合」
「マジか、太陽は?」
「投げたよちゃんと。6回から最後まで」
「おめでとう太陽」
「サンキュー、シュドウ」
成績優秀、スポーツ万能の朝日太陽。
昨日日曜日の練習試合。
平安高校は地元の公立高校相手に8-0で大勝。
俺はバイトがあったので行けなかった。
太陽が野球部のマウンドで戦っている間、俺はコンビニでレジを打っていた。
野球部2年生の先輩が先発、太陽は6回から登板したらしい。
3年生エースピッチャーを出すまでもなく試合は平安高校の完勝。
ベンチで記録員の楓先輩が見守っていたのが余程効果があったようだ。
1年生の中で唯一練習試合に登板したと言う太陽。
来月7月の地区予選でもベンチ入りは望めるかも知れないが、楓先輩を甲子園に連れて行ったと言えるほどに胸の張れる活躍が出来るかどうかは分からない。
当たり前の話だが、2年生もいれば3年生もいる強豪校の平安高校。
去年は夏の甲子園にも出場。
先日テレビも取材に来ていた。
平安高校は、地元の民である俺でも知ってる名門中の名門。
7月の第2週から、いよいよ地区予選が始まる。
太陽は別の戦いをしていた。
地区予選のベンチ入りをかけた、同じ野球部内でベンチ入りをかけた仲間同士の争い。
「次の登板は?」
「次の練習試合がラスト登板。そこで7月から始まる地区予選のベンチ入りメンバーが決まる」
「ベンチ入り出来ると良いな」
「厳しいが、やるしかねえな」
平安高校の正門に到着する。
白い石畳が校舎までまっすぐに伸びる。
桜の木は緑色に生い茂り、昨晩降った雨で葉や枝から雨の雫が地面へポツポツと落ちていく。
なにやら騒がしい声が聞こえる。
校舎の方で生徒たちが騒いでいる。
中間テストはとっくの昔に終わっているはず。
「なあ太陽。最近張り出されるようなテストあったっけ?」
「違うぞシュドウ、選挙だよ選挙」
「選挙?」
生徒会の選挙?
何も知らなかった。
生徒会長は1人全校生徒投票を実施して選出。
生徒副会長以下は立候補制による任意加入が平安高校生徒会のルールらしい。
故に太陽の話では、唯一1人選ばれる生徒会長のイスは、全校生徒から選ばれたという絶対的存在と言えるらしい。
掲示板の前で太陽と一緒に居ると、遅れてバイト先のコンビニから到着した岬と末摘さんが合流。
岬れなの毒舌がさく裂。
「あの掲示板ダサ過ぎ」
「掲示板?うわ!?」
「す、すげえな」
「キャー」
末摘さんの悲鳴をあげる。
目を掲示板に移し、校舎の前に張り出された立候補者の掲示板を確認する。
ビックリ仰天とはこの事。
立候補者実に12名。
1年生から3年生まで多種多様な人材が立候補している。
ド派手な選挙ポスターの数々。
左上から確認。
うわ、出た、叶美香。
空を飛んでいた虫が叶美香のポスターを避けて、隣のポスターの男の顔に取りついた。
「たくさんいるな候補者」
「消費税廃止とかミラエモン新党とか全然関係ないの混ざってんじゃん」
「名前が売れれば良いって人も多いんじゃない?」
「自由過ぎるだろこの学校」
中には公約を公言するポスターも目立つ。
「校則廃止とかあるな。おい岬、お前あいつに投票しろよ」
「どういう意味?」
「校則廃止すれば大出を振って茶髪で校内歩けるだろ?」
「死ね」
自動販売機増設とか、食堂の日替わり定食・ランチタイムサービス導入とか魅力的な公約がたくさん並ぶ。
「こうしてみると結構迷うな」
「あんた、変な公約ばっか見てないで、ちゃんと人を見ろし」
「はは、言われてるぞシュドウ」
「うるさいな岬。ちゃんと人で選ぶって」
選挙戦は今日1日で終わるらしい。
立候補者の掲示板を見ていた俺たち4人。
末摘さんが再び悲鳴を上げる。
「キャ!?」
「どうした花?」
「岬さん、あれ」
「はっ?あいつバカじゃん」
「誰がバカだって?」
「おいシュドウ、あれ見ろ!」
「えっ?どこだよ太陽?」
「ミラエモンの隣だよ!」
「ミラエモンの隣?」
『結城数馬』
「うっそだろおい!?太陽知ってた?」
「俺が知るかよ、シュドウはどうなんだよ?」
「刺激が欲しいとか何とかってずっと言ってた」
「あんたらホモ?」
「うるさいよ岬。何がどうなってんだよこれ」
「私が知るわけないっしょ」
「パン研のお前らがどうして知らないんだよ」
大混乱の俺たち4人。
1年生男子、結城数馬、生徒会長選に立候補。
『僕は常に新しい刺激を求めている』
何考えてんだよ数馬。
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第一校舎、3階に上がる。
S2クラスに到着。
クラス内はお祭り騒ぎ。
結城数馬の席にクラスの全員が群がっていた。
「結城君、立候補したんだ」
「まあね」
「わたし投票しちゃう」
「宜しく」
「本気なんやな数馬」
「翔馬君、僕の新しいステージへようこそ」
「斬新過ぎるやろそのステージ。いきなり今朝伝えてくるやつがあるかいな」
氏家翔馬もビックリしている。
俺はS2クラスの一番後ろの席。
俺が席に座るなり、数馬がこちらに気づき群衆の輪を抜け近づいてくる。
「やあ守道君、おはよう」
「おはようじゃないよ、なにやってんだよ数馬!」
「ははっ。先週立候補者の締め切りだったみたいでね。ポスターも間に合わなかったから手書きで書いたよ」
「達筆過ぎるってあの選挙ポスター!」
数馬の言うように、校舎前にある立候補者掲示板には数馬の顔写真は無かった。
ただ名前だけ『結城数馬』と自筆の文字。
名前が主張する力強さ、結城数馬に顔写真は不要。
「野球部どうすんだよ数馬」
「この右手では来年まで満足に動けない」
向上心の塊の数馬。
常に上だけを向く男。
来年まで待たずに、骨折したまま生徒会長選に立候補しやがった。
来年甲子園に出場すれば、現役生徒会長が甲子園出場という前代未聞の大騒ぎになるかも知れない。
「そういえばこの前、生徒会に興味あるとか言ってたもんな数馬」
「そういう事、とりあえず立候補届だけ先週出しておいた。辞退もすぐに出来るらしいし、決めたのは今朝」
「そんなラフな選挙なのかこれ?」
「君にはラインを送っておいたんだけど」
「ライン?あっ、今朝じゃんこのメッセージ!?」
「ははっ、守道君らしいね」
「朝はバイト中でスマホ見てなかったんだって数馬」
生徒会長選に立候補していた結城数馬と話をしていると、S2クラスに太陽が入ってきた。
「数馬。どういう事か俺に説明しろ」
「あれ?驚かせちゃったかな?」
「野球部どうすんだよ数馬」
「ははは、僕は常に新しい刺激を求めていると覚えておいてもらいたい」
「説明になって無いだろそれ」
骨折したから会長選に立候補。
俺の親友はやる事成す事スタークラス。
1日限りの熱い選挙戦がスタートした。
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(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
昼休憩。
校舎の廊下ではひっきりなしに生徒会長候補者を広報する人が行き来する。
「生徒会長への投票は、河野太郎、河野太郎に清き1票を~」
結城数馬は選挙活動があるからと言って、S2クラスを出ていきどこかへ消えてしまった。
「ようシュドウ」
「太陽、パン研来るか?」
「よし行くか」
S2クラスの廊下に出ると、成瀬結衣がいた。
「高木君」
「成瀬、これから歌会?」
「それは春と秋限定なの」
「ウソ、なんで?」
「雨降ってるし、冬寒いし」
「なるほどな」
第二校舎の中庭でやっていた曲水の宴は春秋限定らしい。
雨でも雪でも夏日でも負けずに歌会やってると思ってた俺。
コンビニと一緒で、歌会も天候に左右されるらしい。
「あれ?神宮司は?」
「もう楓先輩が迎えに来られわ。これから各部活にお願いしに行くって」
「お願い?何を?」
「現職の叶美香会長が2期目に立候補されたの。その応援するってお姉ちゃんも言ってたし」
「真弓姉さんが動いてるのか」
成瀬、太陽と一緒に3人でお昼を一緒に取る事になった。
3人で一度、第二校舎の1階にある購買部に向かう。
「それ俺のだろ!」
「俺が先だ!」
「カレーパン完売しました~」
購買部の戦場に到着。
初めて見る血の戦場に、成瀬結衣の顔が青ざめる。
「怖い、何あれ?」
「成瀬はここで待ってて」
「行くかシュドウ」
「ああ」
「行かないで2人とも」
引き留める成瀬を待たせて、購買部の戦場へ突撃する俺と太陽。
無事にパンをゲットして帰還。
「はぁはぁ」
「高木君大丈夫?」
「これからパン研だろ?パンが無いと話にならない」
「ようシュドウ、どうだ?」
「今日はウインナーロールがゲットできた」
「上出来だシュドウ」
「いつもこうなの?」
「そうなんだよ」
今日も戦場を勝ち抜き、太陽と成瀬を連れてパン研部室に到着。
南部長は今日もパソコンに向かってタンタンの観察を続けている。
先に到着していた末摘さんは部長の隣。
岬は大胆に足を組み、昼からプリッツをポリポリ食べていた。
「お疲れ様で~す」
「あ~今忙しいから適当にしてって~」
「う~っす」
「失礼しま~す」
「お邪魔しま~す」
自由過ぎるパン研。
ここだけ校内の熱い選挙戦から隔離された異世界。
太陽と成瀬。
俺は岬の隣に座り4人でパン研部室の一角にある席を囲む。
「シュドウ、お前もう生徒会選挙のサイト見たか?」
「サイト?なにそれ?」
「スマホで立候補してる生徒会長候補が見られるサイトだよ。ほら、これIDとパス」
「サンキュー、スマホ無かったら見られなかったよ。最近何でもスマホだな……で、なにが分かるんだこれ?」
「今日が選挙日だよ高木君。生徒会長に立候補した各候補者が公約に掲げてる内容をスマホで見て、自分が一番投票したい人に今日の授業が終わったら一斉に投票するの」
スマホの画面で生徒会サイトの初期登録中、成瀬が3年生の真弓姉さんから聞いた情報をレクチャーしてくれる。
うちの部長からは一切の説明がない。
今日の選挙戦はすべて成瀬からの真弓姉さん情報が頼り。
「以前は全校生徒にうまい棒配ってた人がいたらしいわよ」
「すげえなそれ」
「高木君、お菓子もらったら投票しちゃうでしょ?」
「もち」
「あんた最低」
以前は1週間とか告示期間があったらしいが、加熱する選挙戦で買収やお菓子の配布が横行した事で1日限りの短期決戦に変わったらしい。
食事をしながらスマホに4人で目をやる。
話題はもちろん生徒会選挙。
スマホの生徒会選挙サイトにログイン。
誰なんだこんな凝ったサイト作ってるの?
メチャメチャ画面キラキラする……謎の超電磁サイト。
「なにこのサイト?」
「投票は講堂で今日の14時半からでしょ?このサイトで自由に支持したい候補者を応援できるの」
「このボタンは?」
「シュドウ、それ押したらその候補者に仮想だが1票入るぞ。選び直しも自由」
「へ~実際の投票前に人気が分かるって事か……予備選挙みたいなやつだなこれ。ちなみに数馬は?」
「ここだよ高木君」
「どれ成瀬?」
「ここ」
「おう」
成瀬に超電磁サイトのレクチャーを受けて結城数馬の情報板にたどり着く。
――――『購買部 総菜パン 男子専用コーナー増設』――――
「待ってたんだよそれ数馬」
「高木君、この公約さっきの?」
「そうなんだよ成瀬。見ただろさっきの購買部の男子コーナー?毎日戦場なんだって」
「わたし知らなかったよ」
成瀬が生徒会長候補の数馬の公約に納得する。
数馬の公約は的を得ている。
生徒会長は結城数馬を置いて他にはいない。
「凄いな数馬、1年生なのに叶美香についで第2位じゃん」
「隠れファンが多いんじゃないのかシュドウ?」
「女子票だろどうせ?」
現在暫定1位は現職の叶美香。
2位はフレッシュ新人の結城数馬が後を追う展開。
「おいシュドウ、新しい公約出したやついるぞ」
「新着?」
生徒会長候補者からの新着情報?
謎の党名「我が青春の日々」を掲げている。
この新着公約ってなんだ?
―――『スクール水着復活。本年より全校生徒義務化』―――
「いやーー」
「死ねし」
成瀬と岬が悲鳴を上げている。
さすがの俺も過敏に反応。
スクール水着……気になってしょうがない。
もう他の候補者が目に入ってこない。
「凄い、支持率一気にトップになったなこいつ。あっ、ついに暫定1位の叶美香抜いたぞ」
「いやいや、絶対ダメだよこれ~」
「岬、お前こいつの支持ボタン押しただろ?」
「死ねし」
謎の政党「わが青春の日々」。
現職の生徒会長、叶美香を抜いて暫定トップに躍り出る。
支持率はうなぎのぼり。
グラフがバイ~ンしてる、昇竜拳だよ昇竜拳。
スマホが面白すぎてもう画面から目が離せない。
「これリアルタイムで支持してる生徒の数が分かるんだな……スクール水着を主張するあたり、あえて女性票を捨てる作戦かこいつ?」
「いや待てシュドウ、よく見て見ろ。支持者の男女比のタブ開いてみろって」
「えっ?どこ」
「これこれ」
「ああ、これね……男女比6対4!?嘘だろこれ、俺絶対9・1くらいだと思ってた」
「2人とも変な話しないでよ」
「意外にも4割女子が混ざってるあたり、あの子のスク水見たいって隠れファンが結構いる証拠だな」
「冷静に分析するなし」
引き続き生徒会役員選挙の激しい戦いがネット上で繰り広げられている。
たった1つ。
生徒会長のイスを賭けた激しい選挙戦。
生徒会長に選ばれれば学校を支配したも同然。
真弓姉さん情報によると生徒会副会長以下は任意の立候補制らしい。
生徒会長自身の考える学校作りを目指す人たちも自然と集まってくるだろう。
現職で2期目を目指す叶美香にとっては、去年から1年間の生徒会長としての成績簿といった戦い。
最初こそ好調だったスクール水着義務化公約を打ち出した「我が青春の日々」。
次第に冷静になった生徒たちの票が離れていき、支持率は急低下。
スマホに表示される支持率のグラフが大暴落。
「あっ、俺の青春が消えていく」
「高木君、そんな青春いりません」
「マジ?」
「それよりこっちの候補者は凄く真面目な考えで共感できます」
「誰だよ成瀬?」
「このレディーファーストの方です」
「いかにも怪しい名前だろそれ?」
レディーファーストの党。
立候補者が男?
どういう意味だ?
そもそも1人で立候補しといてナゼ党を結成してる?
おピンクのサイト。
候補者の顔写真は不明。
乙女心の塊のようなサイト。
成瀬のような女子生徒をターゲットにしているのは明らか。
えっと公約公約……。
なにやってんのこの人?
「……おい成瀬、この人おかしいって」
「凄く考えがしっかりしてます」
「どこがだよ」
―――『帰りの遅い旦那の帰宅時間、申告を義務化します』―――
「いやいやいや、意味分かんないって」
「どうして?続き読んでみて」
「え~……とりあえず読む」
『晩御飯を作って帰りを待ってたのに、「今日外で食べてきたから」と連絡も無いなんてヒド過ぎます』
「ね?共感できるでしょ?」
「いや、そりゃ共感はできるけど……どうだ太陽?」
「俺に聞くなってシュドウ。ただ続きの公約はちょっと俺もどうかと思うぞ」
「どれ?」
―――『門限は19時。遅れる際は15時までにラインにて嫁に報告の一報を』―――
「いやいやいや、無理だってこれ」
「どうして?」
「19時までに家に帰れる旦那って日本人の何パーセントだよ?」
「検索したぞシュドウ、20パーセントだってよ。パリが80パーで先進国で最悪の水準らしい」
「だろ?」
「晩御飯の準備って大変なの。毎日献立考えないとだし。しかも連絡無しに食べて帰るって最低です」
「それ生徒会選挙と全然関係ないじゃん。専業主婦かよ成瀬?」
「共働きでも当然です。岬さんはどう思う?」
「事前に連絡とか普通っしょ」
「マジか。俺結婚とか絶対無理」
「ちゃんと連絡しろし」
「ははは」
普段主張しないはずの成瀬結衣が、ここぞとばかりに激しく主張。
平和過ぎる平安高校。
生徒会役員選挙の熱戦がネット上で続く。
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(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
今日の授業が間もなく終了する。
この後全校生徒は講堂に集まり、生徒会長に立候補した12名の生徒の所信表明演説を聞くらしい。
ただ12名立候補はしたが、実際に演説するのはたったの3人との事。
残り9名はすでに選挙戦から離脱し、他の候補の応援に回っている。
無駄な時間演説すると生徒たちから嫌われてしまうとか、元々名前だけ売りたかった生徒が目的を達成したのが要因らしい。
十中八九、現職の叶美香で決まりだろうが、パン研を会計監査でイジメにイジメ抜いた現職候補。
このままでは叶美香の独裁体制2期目がスタートしてしまう。
あまり良い気はしない。
俺が立候補しているわけでは無いこの選挙戦。
対抗馬は……やはりあの男しかいない。
講堂に移動する。
全校生徒が入れる講堂はとても広い。
何段も横一列の弓型の席が講堂内一杯に連なる。
特別進学部、S2クラスの俺と岬は並んで座る。
演説の持ち時間は1人5分。
生徒会長候補に残る3人が順番に演説を始める。
俺の一押し、「我が青春の日々」はすでに選挙戦から離脱。
今年度中のスクール水着復活の芽は閉ざされた。
成瀬の一押し、「レディーファーストの党」もすでに消滅。
未来の旦那に文句を言って、十分満足できたらしい。
さらには自身の支持者に「叶美香へ投票せよ」と恐ろしいコメントを載せている。
これで成瀬のような真面目な女子生徒たちの票はすべて叶美香へ流れてしまう。
この人、元々叶美香の支持者だろ?
選挙戦の深い闇を感じる。
1人目の候補者が講堂の演説席に登壇する。
全校生徒出席義務だから結構真面目な時間。
そして真面目そうな男子生徒が登壇。
静まり返る講堂。
「この度、生徒会長に立候補しました、特別進学部 S2クラス 1年生、結城数馬です」
(「キャー」)
(「結城君〜」)
フレッシュな生徒会長候補の登場。
我らのヒーロー、結城数馬。
講堂に集まる全校生徒から歓声が上がる。
特にS2女子のかん高い声がひときわ大きく講堂に響く。
超イケメン。
超真面目そう。
誠実かつ爽やか、なにより滑舌が良い。
数馬が何言ってるか内容は全然分からないけど、なんだか学校をより良くしたい~的な事言ってる。
5分間の演説スピーチが終了し、講堂内から拍手が沸き起こる。
2人目の生徒会長候補も男子。
2年生の特別進学部在籍者。
主張はとても立派なもの。
やはり1人目に登場した1年生の結城数馬の登場が新鮮。
数馬を置いて他にはいないと感じさせられる力強い演説。
(ザッザッザッザッザッザ)
なんだなんだ?
いきなり講堂の前面ステージに現職の生徒会メンバーと思われる集団が一斉に隊列を組んで現れる。
一糸乱れぬ軍隊行動。
その中には右京郁人の姿もある。
続いて現れる、ひときわ綺麗な女子の姿。
『うちの姉ちゃん出てきた』
「あれ、あんたの姉さんじゃん」
「あ、ああ」
「生徒副会長だったわけ?」
「そ、そうだよ。なんだよ」
「別に」
岬に言われて激しく動揺。
隊列が整う。
(カツカツカツカツ)
出た。
最後に。
出たよ出た。
ユーアーザ・クイーン。
「おーほっほっほ」
衝撃的登場に講堂の全校生徒が静まり返る。
何もしゃべらなくて良いから、もういいじゃんこの人で。
「わたくしの掲げる目標はただ1つ。平安高校の生徒たるものの品位と自覚を持って――」
はい俺もう失格。
理路整然、気品あふれる演説に全校生徒が見守る。
品位がまったくない俺は叶美香の演説にグの字も出ない。
叶美香に付き従う現職の生徒会メンバーたち鉄壁の布陣。
平安高校の未来は君たちで決まりだ。
3候補に絞られた生徒会長候補者たちの演説が終了する。
1人5分で計15分。
開始は14時、投票は14時30分。
これから投票まで15分の休憩タイム。
今年の選挙戦。
現職の叶美香率いる生徒会メンバー対改革派の1年生、2年生の新人で争うと言った感じ。
休憩中に通路脇でSAクラスの太陽と立ち話をしていると、S1クラスの成瀬と神宮司が合流してくる。
「神宮司、お前誰に投票するんだ?」
「えっとね、お姉ちゃんから叶先輩に投票しなさいって言われてるの」
「また姉ちゃんかよお前」
「えへへ」
この15分の休憩タイム中に、現職の生徒会メンバーたちの動きも慌ただしい。
太陽や成瀬の話では、各部活の部長クラスに話をしているらしい。
現職の叶派は部活単位の組織票を固める様相。
「野球部は全員叶先輩に投票するぞシュドウ。今朝のミーティングで徹底されてる」
「マジかそれ。よく改革派に票が流れないな……これも楓先輩の力なのか」
「楓先輩が叶先輩応援してるでしょ?うちのお姉ちゃんも他の部活で仲の良い部長さんたち多いし」
「成瀬の姉さんも裏で糸を引いていたのか」
「うちのお姉ちゃんが悪い事してるみたいに言わないの」
楓先輩が現職の叶美香を応援した時点で、野球部の選手たち全員が楓先輩に付き従う構造。
太陽もその1人、誰1人として例外なく。
3年生の女子マネージャーが何故か監督よりも強大な権力を握る謎野球部。
楓先輩の一言ですべてが決まる。
球児たちに「逆らう」という選択肢は存在しない。
状況は圧倒的に叶美香に傾いているが、唯一対抗できそうなのがやはり結城数馬。
現職の叶会長と、S2クラスの結城数馬の一騎討ちは誰の目にも明らかだ。
詩織姉さんには申し訳ないが、現職の生徒会に良い印象は受けない。
誰が投票したか分からない選挙なら、わざわざパン研に会計監査吹っかけてきた現職に投票する必要は一切ない。
結城数馬はデキる男。
野球が出来ない数馬に生徒会長をやらせたい。
俺はフレッシュなその才能とルックスにすべてを託す。
「シュドウ君は誰に投票するの?」
「えっ?誰に投票したって別に良いだろ神宮司?」
「お姉ちゃんが叶先輩にしなさいって言ってたよ」
「楓先輩……」
楓先輩にも悪いが、あの叶美香は危険な女。
この先、俺の平安高校ライフに牙をむく超危険人物。
このまま2期目に突入すれば、ますます図に乗ってあの高笑いを聞き続けなければいけない。
このまま簡単にアデューさせてなるものか。
この再選、なんとしても阻止しなければならない。
「神宮司。お前なに姉ちゃんの言う事ばかり聞いてんだよ。もっと自分の考えを持った方が良いぞ」
「自分の?」
「そうだ」
「ちょっと高木君。神宮司さんを誘わないの」
「そうだぞシュドウ。後で先輩たちに何言われるか分かってるだろ?」
巨大な権力は必ず弊害を生む。
先日もパン研を危機的状況に陥れた現職の生徒会メンバー。
パン研にそこまで思い入れがあるわけでは無いが、あの叶美香の自由にさせてなるものか。
「神宮司。俺は長期独裁政権は腐敗の温床だと思ってる。ここはフレッシュな改革派の先鋒、結城数馬で決まりだ」
「う~ん……」
「シュドウ、やめとけって」
「神宮司、黙って俺について来い」
「うん、そうする」
「ちょっと高木君」
ノーベル賞を取ったオジサンが言っていた。
日本人は同調性が強すぎる。
部活の方針で生徒会長を選ぶとか、俺には考えられない愚行。
「お前の部活はどうなんだシュドウ?」
「パン研なら昼間お前らも来てただろ?うちの南部長から何一つ選挙の話なんて無かったぞ」
「南先輩とうちのお姉ちゃんたち仲良いのに何でだろうね?」
「タンタンラブのうち部長が選挙に興味なんてあるわけ」
「誰がパンダだって?」
「げっ!?南部長……ごきげんよう」
「なにか言ったかね後輩君」
まさかの南部長の登場。
しかも楓先輩と真弓姉さんを引き連れて。
しかもしかも話題の先鋒、生徒会長候補筆頭、叶美香様と4人でご降臨。
「ちょっと南先輩、なんでその危険な3人連れて来るんですか!?」
「葵ちゃん、ここに居たのね」
「お姉ちゃん。わたしね、シュドウ君と一緒に結城君に投票するの」
「あらあら、この子ったらどうしましょう」
「ちょっと高木。葵ちゃんになに言った?」
「あのねあのね。シュドウ君が長期独裁政権は腐敗の温床だって言ってたの」
「こら高木!ちょっとあんたこっちに来なさい!」
「あら~宜しくてよ。このわたくしに牙をむこうなど、面白い男じゃありません?」
14時30分、投票開始。
14時50分、投開票が終了。
現職候補、叶美香。
有効投票数、全校生徒の7割以上の支持を得て圧勝。
生徒会長役員選挙に圧倒的勝利、無事2期目に向けた再選を果たす。
俺は自ら掘った墓穴にハマり。
15時ちょうど、投票終了後。
3年生の先輩たちに拘束され、生徒会室へ連行されてしまう。




