129.「腹切り饅頭」
生徒会室を先に出ていった生徒会長の叶美香と神宮司楓、そして蓮見詩織姉さんの3人。
楓先輩と詩織姉さんが生徒会に所属していたのは初耳だったし、パン研の不正会計に関しては玉虫色の決着に終わる。
俺が言いたかったのは生徒会はここ2年間、パン研の会計処理に適正意見を出し続けていた事実。
たまたま発見した2年前のパン研会計報告書。
そこには生徒会会計担当、叶美香と神宮司楓の名前が載っていた。
当然去年の会計報告書にも目を通す。
そこには去年の生徒会会計担当、蓮見詩織の名前が載る。
一瞬発言を躊躇した俺だが、南部長の助けを求める声に、俺は自分の良心に従って発言した。
消滅必死と思われたブラックカンパニー、パンダ研究部はひとまず窮地を脱したように見える。
「ふみ~ん。良かったよ真弓ちゃん~もうダメかと思ったよ~」
「しっかりしなさい夕子、あんたはまったくもう……。それにしても高木、よく言ってやったわね」
「何がです真弓姉さん?」
「私も聞いてて気持ち良かったわよ。まさか楓と一緒に生徒会長みずから、このズサンな会計報告認めてたなんて」
「部費使い込んでた共犯は俺も真弓姉さんも一緒ですからね」
「そうね~これからはちゃんと帳簿を付けましょう。分かったわね夕子」
「ふみ~ん」
パンダの研究にしか興味がない南先輩。
なんでもすべて部長に押し付けるのも申し訳ない気がする。
部室も旧図書館も自由に使わせてもらってる。
基本南先輩が悪い人ではないのは俺が一番よく知ってる。
「南部長はこれまで通り活動していただいて結構ですよ」
「高木君?」
「俺バイトで会計勉強してるんで、会計帳簿なら俺が作りますよ」
「本当?」
「年一の報告書なんてシレてますって。南先輩は何か部費を使ったら領収書だけちゃんと保管しておいて下さい」
「でも高木君にやらせるのは申し訳ないし……」
年に一度の会計報告くらいなら勉強の邪魔にもならないだろう。
パン研の会計担当、これならいくらか南先輩の負担も軽くなるだろう。
「そうしなさい夕子。あっ高木、野球部でも使ってる会計ソフトあるからそれ使って。年に1回溜まった領収書を打ち込めば印刷してすぐに会計報告出来るわよ」
「そんな便利なソフトあるなら手で書かなくてもいいですね。お願いします姉さん」
手書きを覚悟していた会計報告。
真弓姉さんの申し出はありがたい。
「今度うちに来た時に渡すね~。今日はカッコ良かったし、最近デキる男になってきたわね」
「おだてても何も出ませんよ」
「夕子こんなだし、高木が一緒にいてくれて良かった、ありがとね」
「え、ええ」
珍しい真弓姉さんからのお褒めの言葉。
生徒会とのドタバタが一段落。
生徒会室に同行していた数馬が俺に声をかけてくる。
「さすが守道君、さっきは素晴らしい適正意見だったね」
「何がだよ数馬?」
「翔馬君が言われてた時もそうだったけど、あの場面であそこまで言える君が僕はうらやましいよ」
「俺がなんだって?」
「勇気があるって事さ」
「結城はお前だろ数馬」
「ははっ、確かに」
「ははは」
以前氏家翔馬が背が低いとバカにされて、短気の俺はついカッとなってS1の男子に言い返した事がある。
俺といると刺激的な毎日が送れると言う数馬。
次に意外な事を口にし始める。
「いやはや、生徒会ってとても刺激的な集まりだったね守道君」
「なんだよ数馬、生徒会興味あるのか?」
「悪くないね」
「マジかよ数馬、怪我して暇だからってやめとけって絶対」
「ははっ、僕の右腕になってくれるんじゃなかったのかい守道君?」
「何考えてんだよ」
数馬が生徒会への興味を口にする。
野球部の数馬の右腕は来月の地区予選には間に合わない。
ただの冗談だとは思うけど。
他の部員が待っている旧図書館の部室に4人で戻る。
岬と末摘さんの2人が部室でパンダのようにダラダラと過ごしている。
「岬、お前も来た方が良かったぞ。アデューだぞアデュー」
「バカじゃん」
「高木君、うちの部どうなるの?」
「とりあえず大丈夫そうだよ末摘さん」
「本当?良かった~」
末摘さんがパン研存続にホッと胸をなでおろす。
あれ?
そういえば光源氏の姿が見えない。
「末摘さん、神宮司は?」
「神宮司さんなら、楓お姉さんがさっき迎えに来たよ」
「マジか」
楓先輩は生徒会室で別れたあの足で、パン研の部室にいた妹の神宮寺を迎えにきたようだ。
末摘さんが口を開く。
「そういえば、なんでパンダ研究部だけ臨時で会計監査あったんだろうね?」
「あんた目付けられたわね」
「目を付けられたのは部長だろ?」
「どうだか」
岬の言う事は的を得ている。
言われて見れば2年間放置されていたパンダ研究部の会計帳簿に対して、いきなり監査が入るのは不思議な話。
1年生の俺には、その理由を知るよしもない。
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翌日、平日。
外では雨が降り続く、梅雨空の6月。
S2クラスの教室から、美術室で行われる美術Ⅰの授業に向けて移動する。
「行こうか守道君」
「ああ数馬」
美術室の手前の廊下で、見た顔の男1人と女子が2人。
男の方は生徒会メンバー、右京郁人。
女子の2人は……誰だっけ?名前覚えてないや。
俺の隣にいる結城数馬を無視して、目の前に来て視線を合わせる右京郁人。
爽やかな笑顔とは裏腹に、俺への熱視線。
冷静にガン飛ばしてきてる。
怒ってるこいつ。
「やあ高木君」
「俺に話しかけるなよ右京」
「名前を憶えてもらって光栄だよ」
「S2の俺に用はないだろ?」
妙に絡んでくる右京の意図が分からない。
続けざまに隣にいた美人の女の子が声をかけてくる。
確かこの子、パン研の会計監査に来てた生徒会の会計担当者。
右京と違って、目に見えて表情が怒ってる。
「ちょっとあなた、宜しいかしら?」
「宜しくないって。なんかしたか俺?」
「あなた、散々叶生徒会長を侮辱しておいて、タダで済むと思わないで」
「ちょっと美雪やめなよ~こいつバカだから思った事全部言っちゃってるだけなんだって~」
「明石さん、あなたはこの子を擁護されるおつもり?」
「だって適正意見出しちゃってるし」
美雪と呼んでいる隣いたラフな感じの彼女は明石という名前らしい。
何度聞いても、いつの間にかこの2人の名前をすぐに忘れてしまう。
右京が再び話始める。
「会長はおろか、蓮見先輩まで侮辱するとは」
「散々うちの部長イジメといて言えた口かよ」
「おっと2人とも、そこまでにしようじゃないか」
「数馬」
隣で聞いていた数馬が、俺と右京の間に割って入る。
「あ~大人~」
「ははっ、どうも明石さん。S2の僕たちに何か用かな?」
「美雪~お話するんなら将来有望の結城君とお話しといた方が良いわよ」
「知りません」
「ちょっと美雪~」
美雪と呼ばれた女子が怒って先に美術室の中に消えて行く。
それを追うように、明石と呼ばれる女子と右京が続いて美術室の中へと消えて行った。
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
美術Ⅰの授業が始まる。
朝のホームルームに続いて美術室の教壇に立つ、我らS2クラス担任、御所水先生。
「皆さん~今日は絵を描いちゃいます~」
「え~」
おピンク先生、S2クラス担任、御所水先生。
美術室の入口近くに置かれたデカイ壺。
俺と先生の合作、『桐壺』。
華道家という肩書があるらしい御所水先生と俺の作品が、ヨーロッパで賞を取ったらしい。
高木守道の名前までご丁寧に彫り込まれている。
先生の破天荒な行動に、俺はいつも振り回される。
それは特別進学部の生徒全員が思っている事のはず。
今日の美術Ⅰでは絵のデッサンをするらしい。
絵心が無い俺が、いきなりスケッチ用の三脚に置かれたボードが並べられる席に座る。
美術室の中で、2つの円が形成される。
1つの円になって中央を向く。
スケッチ用のボードがセットされた三脚は、円の中心を向いている。
生徒たちが輪になり、その三脚の前に座る。
「ようシュドウ」
「太陽、どうしよ俺」
「ははは、気合入れて描けよシュドウ」
「気合でデッサンとかどうすりゃ良いんだよ!」
太陽の言う精神論には限界がある。
気合で美術Ⅰのデッサンがどうにか出来れば苦労しない。
藍色の未来ノート、相棒のチェックを毎日怠らない俺。
1ページ目にも、最終ページにも、絵のデッサンの問題も答えも載ってはいなかった。
あれ?
おかしいな。
太陽の隣に座って気づく。
いつも美術の時間、太陽の隣に座る成瀬の姿が無い。
「おい太陽、成瀬どこ行った?」
「さっきからいないんだよシュドウ」
「マジか」
美術Ⅰの授業には、特別進学部S1クラスの成瀬結衣とSAクラスの朝日太陽も混ざって授業を受けている。
美術部に所属、超真面目な成瀬が授業をサボるはずがない。
俺の近くの席にいた、岬れなが声を出す。
「あの子どっか消えたっしょ」
「あの子?……マジか岬!?光源氏どこ行った!?」
「光源氏って誰?」
「神宮司だよ神宮司」
「ジしか合ってないっつってんの」
岬の言う通り、美術室に神宮司葵の姿も見えない。
成瀬結衣がいつも、迷子癖のある神宮司の引率をしている。
成瀬が消えて、もれなく神宮司が迷子になってしまったのか?
「はい~それでは今日はお2人にモデルをお願いしました~」
「キャー」
「綺麗~」
マジか!?
美術室の入口から入ってきた女子2人、成瀬と神宮司じゃんよ。
しかも着物姿。
ウソだろ、超綺麗。
「成瀬さん素敵~」
「やっぱり恥ずかしいよ」
「結衣ちゃん行こ?」
「葵さん」
紫色の着物を着た成瀬が超恥ずかしがってる。
恥じらう姿がグッとくる。
逆に藍色の着物を着た神宮司が成瀬の手を引っ張って美術室の中に入ってくる。
神宮司は恥ずかしがる素振りを見せず、まるで普段着のごとく着物を着こなしている。
全然普通じゃない平安高校の美術Ⅰの授業。
同級生の女の子が着物を着てモデルで現れちゃったよ。
「はい皆さん~今日はわたしが顧問をしてる美術部のお2人にモデルをお願いしちゃいました~」
「キャー」
「素敵ーー」
美術Ⅰの授業に集まる特別進学部3クラスの生徒がキャーキャー騒いでいる。
いきなり同級生が着物着て現れたら、そりゃあビビるしドキドキする。
クラス中の男子たちが興奮の雄たけびを上げている。
俺は気が気じゃない。
絵心など皆無に等しい。
散々、中学時代美術部だった成瀬の絵を宇宙だと言ってきた俺だが。
当の俺は絵心皆無。
ヤバい、ヤバいよ。
美術の予習なんて全然やってないよ。
俺の座る円の中心に紫色の着物を着た成瀬結衣が座る。
超恥ずかしそうにしてる、グッとくる。
違う、これは授業だ。
これで下手な絵を書いたら成績に響いて、俺は総合普通科に真っ逆さまに転落してしまう。
藍色の着物を着た神宮司葵は、もう1つの右京たち生徒会メンバーがいる方の円の中心に座っている。
「はい始め~」
「え~」
マジかよ。
まさかのダイレクトデッサン!?
なんかレクチャー無いのかよ先生?
美術Ⅰの授業なんてやっぱり取るんじゃなかったよ。
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「はい皆さん出来たかしら~」
「凄い右京君綺麗~」
「え~どれ~」
デッサンのモデルが神宮司葵の向こうの円で、右京郁人の絵を見に行く生徒たちの姿。
どうやら相当上手に描けているらしい。
対して俺は……。
「おいシュドウ、結衣に怒られるぞそれ」
「だよな、ヤバいよな太陽」
「さすがに俺も、それはちょっとどうかと思うぞ」
早く美術Ⅰの授業終わってくれって。
この絵を成瀬に見られるわけにはいかない。
「あら~良いわよ高木ちゃん~」
「げっ!?先生、こっち来ないで下さいって」
俺の背後からおピンク先生が俺のデッサンボードをのぞき込んでくる。
「ま~良いわ~高木ちゃん、あなたピカソの生まれ変わりに違いないわ~」
「ピカソがこんな日本のド田舎に転生しませんって先生」
「高木君、上手に描けた?」
「く、来るな成瀬」
「高木君?」
ヤバい、ヤバい、超ヤバい。
御所水先生に騒がれて、離れた場所で女子たちに囲まれてた成瀬と視線が合ってしまう。
モデルの着物を着た成瀬が俺の目の前に歩み寄る。
「高木君、見せて」
「やめろ成瀬、俺恥ずかしいからさ」
「わたしも凄く恥ずかしかったんだよ?」
「だろうよ、何で断らなかったんだよ」
「葵さんに言われて断れなかったの」
いつも弱気の成瀬。
昔からお願いされたら断れないタイプ。
神宮司に誘われて、モデルの話を絶対断れなかったに決まってる。
「高木君、私の絵はいつもヒドイ事言ってたのに」
「あれは言葉のあやで」
「シュドウ、俺もあれはちょっとどうかと思ったぞ」
「太陽、いつからお前成瀬の味方になったんだよ」
「俺はずっと結衣の味方だぞ」
「裏切ってんじゃないよ太陽」
顔が終始笑いっぱなしの太陽に裏切られた。
太陽が言うあれ。
そう、あれは中学生の時。
美術部の成瀬がコンクールに出して入選した作品を太陽と一緒に見に行った時の事。
展示場で成瀬の絵を探していた、中学生の俺と太陽。
ふいに目に留まる、インパクトのある地球外生命体の姿に度肝を抜かれる。
『凄いぜ太陽、見て見ろよこの絵。宇宙人だぜ宇宙人』
『ああ、そうだなシュドウ。ん?この絵の作者……』
『朝日君、高木君』
『あ、ああ結衣、おはようさん』
『成瀬も見てよこの絵、ヤバいよな』
『高木君、それ、わたしの絵なんだけど』
絶対あれ、成瀬は未だに根に持ってるはず。
「高木君、見せて」
「うっ」
別に見せても良いんだけど……いや、ちょっと待て。
モデルが超綺麗な成瀬の絵、俺の絵が超ヤバすぎる。
もう見せても見せなくてもヤバい。
「シュドウ君」
「げっ!?光源氏、こっち来るなって」
「シュドウ君凄い!」
「お前、とりあえず凄いって言っとけば良いって絶対思ってるだろ!」
「え?」
着物を着たS1クラスのモデル2人が俺の近くに集い、嫌でも美術室内の生徒から注目される俺の絵。
デッサンボードを全力で隠すゴールキーパー高木守道。
俺の体の隙間から、俺のヤバすぎる絵が見え隠れする。
「高木君?」
「な、成瀬、来るな」
(バタンッ!カラン カラン)
三脚が倒れ、モデル成瀬のデッサンボードが床に落ちる。
大衆の目にさらされる、高木守道画伯の絵。
(プルプル)
「た、た、高木君」
「も、申し訳ありませんでしたーー」
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成瀬結衣に土下座する高木守道を観察するS1クラスの男女3人。
「あははは~見て見て美雪、あいつまた土下座してる~あははは~」
「ぷっ、ふふふ」
「くくく」
「あの子超面白いんですけど~」
「も~何なのあの男」
「本当に目が離せない男だね一ノ瀬」
「あんなダラしない男が会長と副会長を侮辱したなんて、ますます許せません」
「それは僕も同感だ」
「見てよ2人とも~あの変な絵。成瀬さん凄く怒ってるよ~あははは~お腹痛~い」
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平日、授業が終わりパンダ研究部の部室がある旧図書館で授業の宿題を終わらせる。
俺の気持ちは外の天気と同じで雨模様。
今日は、幼なじみの成瀬を超怒らせてしまった。
図書館で藍色の未来ノートの1ページ目を開く。
1ページ目は真っ白のまま、未来の問題は出ていない。
美術の問題や答えは、相棒は俺に教えてはくれなかった。
この図書館の一角から、パン研の部室が視界に見える。
先日あったパン研の会計監査。
まるで狙い撃ちしたかのような会計監査の実施。
俺は今、目標が漠然としていた。
先月5月の中間テストが終わってから、赤点を回避出来た事に一瞬喜びすら感じた。
だがどうだ?
俺の実力は特別進学部の中で地を這っている。
御所水先生にも、藤原先生にも勇気づけられ。
友達のみんなに支えられながら、何とかここまでやってきた気がする。
友人に囲まれて、この6月を迎える。
悪くない日常。
この毎日が続いて欲しいとすら願ってしまう。
だが、俺のその願いは来年の今頃には尽きようとしている。
特別進学部に残留すら出来ない。
今日の美術の時間で露呈した、俺の本当の実力はあの絵も同然の悪い出来。
俺は頭が悪い。
御所水先生も神宮司も、俺の絵が凄いと言ってくれる。
世間の目はそうでは無い。
あの絵と同じ、俺の実力はヒドいまま。
相棒の1ページ目と同じように、俺の未来は真っ白のままだ。
「守道君、ここ違ってるよ」
「マジ?」
旧図書館の席。
隣には結城数馬が座る。
今日、江頭先生の日本史の授業で課題が出た。
宿題を日本史が得意な数馬に手伝ってもらってる。
「今日は成瀬さんカンカンだったね」
「本当だよ、ヤバいよ俺」
「成瀬さんなら許してくれるんじゃないかな?」
「数馬、お前は知らないと思うけど、昔の俺がさらにヤバい事言っちゃってんだよ」
「なんだいそれ?」
俺は昔、中学生の時に成瀬がコンクールで入選した絵を酷評していた過去を数馬に話す。
「それはマズイね」
「だろ、だろ?」
「う~ん、僕ならもっと誠意を見せるかな」
「誠意か?誠意って何だ数馬?」
女心が分からない俺。
女心が分かる友に、怒らせてしまった女子の成瀬の詫びの方法を尋ねる。
「ははっ。お菓子で良いから、こういう時はプレゼントに限るね」
「なるほど」
女心の分かる結城数馬。
安物で良いのでお菓子をあげると女子は喜ぶらしい。
「よし、さっそく行ってくる」
「僕も付き合って良いかな?買い物がしたいと思ってた」
「ああ、それなら一番近い商店街があるから教えてやるよ数馬」
「すまない」
数馬は神奈川出身。
地元の民の俺と違って、地元の地理を知らない。
土地勘がある俺が数馬を地元の商店街に案内する事になる。
傘をさして商店街へ向かう俺と数馬の2人。
こうして2人で過ごせるのは、良い事であり、悪い事でもある。
早く数馬のケガが治って、野球の練習を再開して欲しいと思う反面。
普段遊べない数馬と一緒に買い物にいけるのは嬉しくも感じる。
太陽と一緒で、外で男子2人きりになると、途端に男同士の話になる。
数馬から驚くべき事実を告げられる。
「フラれた!?真弓姉さんに?」
「ははっ、そういう事。残念だ」
数馬は最近、成瀬真弓姉さんにアタックしてフラれたと言う。
さすがに数馬がそんな事をしていたなんて気付きもしなかった。
S2のクラスでは話せない話。
「マジか。上手くいってたんじゃないのか?」
「優しくしてもらえただけで十分かな」
「それ俺と一緒じゃんかよ」
「なんだいその話?」
「この前さ」
御所水通りを2つの傘が並んで歩く。
1つは青い傘。
2つの傘が仲良く並んで進む。
太陽の死球を受けて、真弓姉さんが数馬に付き添っていた。
ケガが治ったら野球を続けて欲しいと真弓姉さんからお願いされ、来年の甲子園を目指すと約束したと話す結城数馬。
約束をした後、真弓姉さんにアタックしてフラれたようだ。
「数馬、それ俺と一緒でデート商法に引っかかったんだって」
「なんだいそれ?」
「やる気にさせといて、契約したらすぐに消えちゃうやつだよそれ」
「ははっ、なるほど」
「笑い事じゃないって数馬」
年上の女性に手駒にされる1年生男子がここにも1人。
太陽も甲子園に行けなければ、楓先輩とはサヨナラ負けする運命だ。
俺に本心も事実も話す結城数馬。
驚きの事実が語られる。
「他に好きな人がいたらしい、僕とはちょっとした火遊びさ」
「お前大人だな数馬。俺なんて告白なんてした事もされた事もないぞ」
「へ~珍しいねそれ」
「それどころか、目の前で告白するの観察させられてばかりだよ」
「それ、朝日君の事かい?」
「他にいないだろ?」
太陽が女子から告白されるのを目の前で観察させられたのは、何も成瀬に限った話じゃない。
中学生時代、エースピッチャーとして名をはせた朝日太陽。
学業も優秀、将来有望な太陽は、幾度となく女子たちから告白されていた。
好きな人に好きと言える勇気は俺にはない。
数馬は俺に勇気があると言うが、そんな勇気は俺はあいにく持ち合わせていない。
平安高校を出て、御所水通りを数馬と歩く。
商店街に到着。
以前紫穂の誕生日プレゼントを買いに来た店が並ぶ。
数馬に商店街にある色々なお店を紹介する。
土地勘がある俺。
大方の店は知っているので、数馬にすべて案内する。
今日も日本史の宿題に付き合ってくれた数馬。
ギブアンドテイク。
俺の知っている事はすべて数馬に教えてやる。
友達だから、当たり前の話。
商店街にある1つのお店に目が留まる。
『空蝉屋』
「へ~お姫様たちと同じ名前だね」
「あの双子マネージャーだろ?ここの店だぞあの2人」
「本当かいそれ?今いるかな」
「いるって、野球部のマネージャーだろあの2人?」
「最近顔を出していないらしい」
「マジか」
空蝉姉妹。
あの容姿ともに瓜二つの双子。
数馬をいつも追っかけてるからなのか、6月に入り数馬がケガをして以降、野球部の練習に顔を出していないようだ。
「守道君、一緒に来て欲しい」
「入る気かこの店?ここな~」
「どうしたんだい?」
「いや、良いよ別に」
あの双子はあまり関わり合いになりたくないと思っていたが、数馬が会いたいと言ってるので店に入る事にする。
「お越しやす」
「お越しやす」
「やあ」
「結城君」
「結城君」
2人とも割烹着姿。
完全にバイト中の看板娘をしている2人。
「おや~高木ちゃんじゃないかい、お越しやす~」
「婆ちゃん今朝ぶり」
今朝コンビニのバイト中にすでに会っている常連の婆ちゃんが店内に姿を見せる。
S1クラスの空蝉姉妹は、結城数馬の姿を見て婆ちゃんの背中の後ろにそそくさと隠れてしまう。
「おやおや、この子たちはまあ~」
婆ちゃんの背中に隠れて、小さな顔をヒョコっと出してこちらを伺うリスが2匹。
黙って俺と数馬の方をじっと見ている。
「高木ちゃん、うちのお餅食べてきな」
「良いの婆ちゃん?」
「お婆ちゃん」
「お婆ちゃん」
「はい2人とも、お客様を御案内してきなさい」
「はい」
「はい」
まったく同時に同じ声で答える。
婆ちゃんの言う事は素直に聞くらしい。
空蝉屋。
常連の婆ちゃんがいる店内には、飲食用の座席が設けられていた。
数馬と一緒に椅子に座ると、空蝉姉妹が温かいお茶を運んでくれる。
数馬の話では、野球部のマネージャーをサボっているらしいこの2人。
今日太陽は野球部の練習に向かっている。
当然野球部はほぼほぼ年中無休。
この子たちがここにいるという事は、そういう事らしい。
お茶を配膳してくれた双子に声をかけてみる事にした。
「お前ら、野球部のマネージャーはどうした?」
「……」
「……」
回答はない。
この2人、やっぱり数馬がいなくなって野球部のマネージャーやる気無くなったのかな?
まるで……スポーツ大会の日、神宮司楓先輩にフラれて目標を見失った太陽と同じように感じる。
「おっとそれは残念だ」
「結城君」
「結城君」
俺とも、太陽とも違う結城数馬。
つい先ほど、第一校舎の屋上であれほど思いを語っていた成瀬真弓姉さんにアタックしてフラれたと話したばかりの数馬。
まったく引きずるような態度は一切見せない。
ケガをして以降、パンダ研究部に入ると言ってきた数馬。
『僕は常に刺激を求めている』
野球だけの話では無かった。
数馬は欲求の塊のようなやつだ。
刺激があると聞けば、神奈川から越県してまでこの平安高校にやってきた。
しかも一般入試の受験を勝ち抜いてS2クラスに突っ込んできた凄いやつ。
練習出来なくなるくらいのケガをしてなお、数馬の欲求は留まる事を知らない。
こいつの心は俺どころか、数馬に死球を与えて心が折れた太陽以上に強い向上心を持っている。
野球部のマネージャーをサボっている空蝉姉妹に、数馬は発破をかけているようにも見える。
「1つだけ良いかなお姫様たち?」
「なに?」
「なに?」
「来年こそ、甲子園で活躍する僕の姿を2人に見て貰いたかった」
双子の婆ちゃんが、俺たち同級生4人の様子を笑顔で見守る。
常に上だけを向いて生きる男の言葉。
双子の目の色が変わる。
力強く数馬を見る眼差し。
人にはきっと、生きるための目標、目指すべき憧れの人が必要なのだと、その時俺は強く感じた。
「じゃあね婆ちゃん、また来るよ」
「ほら文音ちゃん、心音ちゃん。お客様のお帰りだよ」
「おおきに」
「おおきに」
双子の姉妹が頭を下げてくる。
空蝉屋。
幼なじみの女の子を怒らせた詫びの品を婆ちゃんに相談する。
『腹切り饅頭』
取引先に迷惑をかけた時に、サラリーマンが謝りに行く前に買う品と聞きこれをチョイス。
「守道君、これから行くのかい?」
「ああ数馬。成瀬に謝ってくる」
「それが良い。こういうのは、早ければ早い方が良い」
「なるほどな」
女心が分からない俺は、女心が分かる数馬から、言い知れぬ何かのレッスンを受けているのかも知れない。
俺は勝手に、そう思ってる。




