128.「玉虫色の決着」
14時30分。
生徒会室への出頭時間まで残り30分。
第一校舎1階、旧図書館の一角に集まるパンダ研究部のメンバー。
疑惑の総合商社、南夕子部長。
幽霊部員、南部長のお友達、3年生の成瀬真弓姉さんと神宮司楓先輩が部長のピンチに野球部そっちのけで駆け付ける。
「うわ~ん。真弓ちゃん楓ちゃんどうしよ~」
南部長ご乱心、生徒会からの出頭命令。
領収書など、もはやこの世に存在しない。
この短時間ではさすがの部長も捏造は不可能。
パン研廃部必死の情勢。
南部長のお友達、真弓姉さんと楓先輩が慌てるパンダをなだめる。
「落ち着きなさい夕子。嘘なんか付かなくていいから、ありのまま話してくれば良いだけでしょ?」
「私たちも一緒に行くから」
「2人ともありがと~」
3年生の仲良し3人組で生徒会室に弁明に行くらしい。
動物園のフリーパスにパンダストラップ。
部費の怪しい使い道は多岐に渡る。
いくら真弓姉さんや楓先輩が行ったところで、何がどう覆るとも思えない。
生徒会室に呼び出すあたり、一応こちらの話を聞く気はあるようだ。
パン研の消滅はマスト。
十中八九、有罪確定だがいくらか情状酌量の余地が出るか出ないかといったところ。
南部長が突然俺に話を振ってくる。
「高木君も一緒に来てよぉ~」
「なに言ってるんですか部長。1年生の僕がなに話せば良いんですか?」
「私が真面目に部活動してるの知ってるでしょ?」
「まあ、タンタンへの愛は知ってますが」
「こいつ昼間、生徒会の味方してました」
「それチクるなよ岬」
岬の余計な一言。
「岬、お前が行って部長の弁護してこいって」
「生徒会とかマジめんどいし」
「茶髪がなんだよ。お前のパンダに対する情熱はそんなものだったのか?」
「うるさいし」
校則に茶髪を禁止する文言は無い。
ただ平安高校生徒としての振る舞いというオブラートな表記に、茶髪が相応しいと言えるか一般常識が問われてくる。
世間の目は意外に厳しい。
個性も大事だが、県下随一の進学校としての振る舞いを求められれば岬の髪の色は生徒会として許される限度を超えているのかも知れない。
だから岬は一緒に行こうとしない。
以前正門でも口論になってたあの女子とはとてもソリが合う感じではなかった。
楓先輩と一緒に来ていた神宮寺妹が俺に声をかけてくる。
「シュドウ君、私も行く」
「神宮司、大事な話がある。よく聞くんだ」
「なに?」
「お前はここに残ってポッキーを食べながら待っていてくれ」
「ポッキー?」
「そうだ。ほら、あっちに南部長が部費を使い込んで用意したお菓子がたくさんあるだろ」
「うわ~」
「それを岬や末摘さんと一緒に食べながらここで待ってるんだ」
「分かった!」
この子が来ればこの後の生徒会室は間違いなく荒れる。
余計な事は全部話すし、日曜日のポテトやメリーゴーランドの件もすべて白状してしまうだろう。
下手をすれば生徒会室に向かう途中に迷子にもなりかねない。
百害あって一利なし。
岬と末摘、神宮司の1年生女子たちはパン研部室でお菓子を囲んだお茶会を開始。
パン研消滅間近とはとても思えない和やかな雰囲気。
神宮司と入れ替わりで結城数馬がこちらの輪に加わる。
「守道君、楽しそうだね」
「楽しくないって数馬、緊急事態だよ緊急事態」
「ははっ、この部はいつも刺激で溢れてるね」
「もう消滅寸前だって」
結局数馬と俺の2人も3年生の先輩たちと同行する事が決まる。
日曜日の新入部員歓迎会で、真面目に王子動物園でパンダの観察をしていた事実を証言して欲しいと頼まれる。
王子動物園には遊びに行っていたわけではない、部活動のパンダの観察でやむなく行った。
こんな話が生徒会に通用するのか俺には分からない。
南部長、真弓姉さん、楓先輩の3人はこの後に備えて作戦会議を始める。
議題は当然これまで南部長が使い込んでいた部費の使途について。
「夕子~あんた部費どんだけ使い込んでた?」
「う~ん、上野動物園のフリーパスでしょ。それから」
「このパソコンは?」
「パンダ見るためのこのパソコンは、2年前にいた桜井先輩が溜まってた部費使って買ったやつ。私じゃないの」
「2年前ですか?その時の会計報告書とか残ってます?」
「そんなの見てどうするの高木君」
「いえ、ちょっと気になりまして」
バイト先で発注を任されるようになってから、店の収支に関しても店長から教えてもらうようになっていた。
会計に関して多少の知識は鍛えられている。
1年に1回、南先輩が1年生の時から2年間報告してきた前年度、前々年度の2年分の会計報告書を確認する。
「細目も交通費や通信費に分かれて報告してますし、帳簿上は割としっかりしてたんですね」
「なにその帳簿上って言い方?私なにか悪い事した?」
パンダに目がくらみ、会計担当者本人に罪の認識が無いのが最大の問題という気がしてきた。
まあ交通費が何に支出したのか後で根掘り葉掘り聞かれるはず。
一体こんなとんでも会計、今まで誰かチェックする人いなかったのかな。
2年前の会計報告書と、去年の会計報告書に目を通す。
コンビニの収支報告と同じような貸借対照表。
……ちょっと待て。
この人の名前が、なんでここに載ってるんだよ。
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間もなく15時。
3年生の入る第二校舎の3階を目指して移動を開始する5人。
「高木、あんた葵ちゃんの扱い上手いわね」
「なんです真弓姉さんその言い方?あの子ここに来てたら間違いなく荒れてましたよ」
「どうして?」
「南部長、大切な部費でメリーゴーランドまで乗ってたの、バレたらこの後生徒会室でどう言い訳するつもりですか?」
「ふみ~ん。それ内緒にしててよ~」
この部長では早番この部は消滅するだろう。
パン研最後の雄姿をこの目に焼き付けるべく、生徒会室前に到着する。
なんだここ……入口前から赤いカーペットが引かれてる。
漆に塗られたテッカテカの板に『平安高校生徒会』とか立派に掲げられている。
生徒会室への入室を拒んでいた南部長を連れて、成瀬真弓と神宮司楓が生徒会室の扉を開ける。
その後ろをついて行く、証人の俺と結城数馬の1年生男子2人。
(ギィィィ)
「失礼します」
「あら楓、あなたも一緒だったのね」
「お久しぶりです美香さん」
扉の中はカーペットが敷き詰められた別世界が広がっていた。
高そうな応接用のソファと机が見る。
部屋の奥、執務机に座る際立ったオーラを放つ1人の女子生徒。
あの人。
たしか、学生食堂で一度会った事がある人。
生徒会長、叶美香だ。
神宮司楓先輩とタメで話をしてる。
楓先輩、生徒会長と知り合いだったのか?
「どう楓?今からでも生徒会に復帰しない?あなたのイスも用意するわよ」
「お約束通りに」
「あらあら、相変わらず頑固ねあなた」
「お互い様」
生徒会室に入るなり、中央の執務机に座る女が楓先輩に話しかけてきた。
しかも生徒会に復帰とか……まるで今まで生徒会に楓先輩が在籍していたかのような言い方。
取り巻きの生徒会のメンバーと思われる生徒が立ってこちらに視線を送る。
その中にはS1クラスにいる右京郁人の姿。
やっぱりあいつ、生徒会のメンバー。
その傍には昼間、会計監査と称して旧図書館を尋ねに来た一ノ瀬と明石と名乗った女子の姿もあった。
やっぱりパン研の入部希望者じゃなかった。
この3人は生徒会のメンバーだ。
執務机に座る生徒会長が話し始める。
制服を着ているので平安高校の生徒には違いないだろうが、楓先輩に引けをとらない美貌と大人の女性の様相を漂わせている。
(ギィィィ)
不意に、閉じられていた生徒開室の扉が開く。
中に入ってきた1人の女子生徒と目が合う。
「守道さん」
「詩織姉さん」
なんで。
なんで詩織姉さんがこの生徒会室に入って来るんだよ。
「遅れました会長」
「時間ピッタリ、蓮見さんこちらへ」
「はい」
「蓮見副会長、こちらへ」
「ありがとう右京君」
蓮見副会長だって!?
ちょっと待て。
どういう事だ!?
もしかして。
もしかして。
『うちの姉ちゃん、生徒会副会長!?』
「時間ね……郁人、始めて頂戴」
「かしこまりました会長」
詩織姉さんの登場で動揺する俺。
副会長と聞いてさらに動揺。
意味が分からない。
夢でも見てるのか俺?
もしかしてうちの姉ちゃん、凄く偉い人だったの?
「これより校則第17条に基づき、生徒会による部活動の公正な運営管理を目的とした会計監査を実施致します」
右京郁人が議事を進める。
生徒会室の扉は閉められた。
手続きも根拠も正当なもの。
もう逃げ場はない。
「立会人は平安高校生徒会、生徒会長 叶美香」
「宜しくてよ。進めて頂戴」
「はい。生徒会 会計担当 一ノ瀬より報告があります」
「発言を許可します」
詩織姉さんの事も気になるが、パン研がマジで消滅しそうな勢い。
まるで裁判でも始まるような雰囲気。
とにかく今は議論に全集中。
手続きに乗っ取った形で次々と話が進んで行く。
矢おもてに立つ南部長はすでに虫の息。
大丈夫かうちの部長?
「本日我が校パンダ研究部におきまして臨時の会計監査を実施致しました」
「結果は?」
「会計帳簿の存在が無く、部費の資金使途を証明する資料が一切ありませんでした」
「会計報告の適切性は?」
「不適切と判断致します」
もうすでにこの結果は用意されていたものだろう。
さようならパンダ研究部。
また新しい自習室を探さないと。
「ちょっと宜しいでしょうか?」
「発言を許可します。楓、何か意見でもあるかしら?」
「会計報告に不備があるのは認めます。指摘があれば改善をする用意があります」
楓先輩の口頭弁論。
悪い事は認めて、これからちゃんと帳簿を付けますと言っている。
消滅しかけたパン研に再び脈が出てきた。
「失礼ですが、前年度会計報告にもありましたこの交通費とは一体どういった支出なのでしょうか?」
やっぱり脈消滅。
パン研も消滅目前。
「この平安高校から最も近隣かつパンダが飼育されている動物園は王子動物園しかありません。うちはパンダ研究部ですから、当然パンダの観察に行くための交通費です」
生徒会室にいる生徒会のメンバーから失笑が漏れる。
俺は南先輩がどれだけシャンシャンの事を愛しているか知っている。
だが。
申し訳ない。
100歩譲っても南先輩の行動が俺にもまったく理解できない。
「交通費だけで年間3万円を超えています」
「毎週通っているとそれくらい余裕でいきます」
毎週パンダを見に行くこの熱い情熱。
生徒会メンバーの笑いが止まらない。
ずっと終わらない青春18キップ。
だが俺は南先輩のパンダ愛を知っている。
ここで笑うわけにはいかない。
「最近はいつ行かれましたか?」
「この前の日曜日です」
「毎週行く必要があるんですか?」
「本当は毎日タンタンに会いたいの。でも学校あるから土日だけで我慢してるの」
ここで俺が笑うわけにはいかない。
こらえろ……。
こらえるんだ俺。
絶対に笑ってはいけない会計監査。
「部費の使用に関しては各部活の自由裁量となっています。南さんの行動に非はありません」
楓先輩だけは真面目な顔をして弁護を続けている。
だが生徒会メンバーの失笑は止まらない。
南先輩のあまりにも熱いパンダ愛。
1周回ってようやく俺も落ち着いてきた。
真弓姉さんや楓先輩が言うように、本当に南部長はパンダが大好き。
そしてパンダ研究部として夏に予定される国主催のコンクールへの論文提出を控えている。
こんなに真面目な生徒をイジメて、こんな生徒会室でバカにしている方がよっぽどおかしいと感じてきた。
「――はい、それでは一通り話はおしまいね。パンダ研究部の皆さん、最後に何か言いたい事は?」
「後輩君」
「えっ?なんです部長」
「お願い助けて」
南部長が俺に助けを求めてくる。
終始3年生の先輩、3人の後ろにいた俺と数馬。
部屋にいる全員が俺に注目する。
最後の最後に突然発言を求められる。
「あらあなた、たしか1年生の高木君ね」
「俺の名前……」
「発言を許可します。あなたの意見、ぜひ聞いてみたいわ。なんでも言って頂戴」
「じゃあ、遠慮なく」
先輩たちの前に歩み出る。
横目に南先輩と視線が合う。
すでに半泣きになっていた先輩。
視線の先には詩織姉さんを含めた生徒会のメンバー。
S1の右京郁人、岬の容姿が校則違反だと言っていた女子2人の姿も見える。
臨時の会計監査はもっともだが、先輩を責め立てている生徒会に良い感情など湧かない。
「叶生徒会長……でしたっけ」
「そうよ」
「あなた2年前の1年生の時、生徒会の会計担当されてましたよね?」
「あら、懐かしい事聞くじゃない、よく知ってたわね。そうよ、そこにいる楓と2人で一緒に」
「そうだったんですね……」
「ちょっとあなた。今は会計監査の最中です」
「あら一ノ瀬さんいいじゃない。彼の好きに言わせてあげて」
「会長、どうして彼に甘いんですか?」
「こら一ノ瀬。会長は今、彼の発言時間だと言ってる」
「郁人……申し訳ございません」
生徒会の中でのパワーバランスを感じる。
この叶生徒会長という人。
生徒会の中で絶対の権限を持っているように感じる。
今はそんな事はどうでも良かった。
楓先輩と2人で会計担当を2年前にやっていた……それですべてハッキリした。
「部費を支給するだけ支給して、後は自由にやって下さい。それって無責任だと思いませんか?」
「あら、どういう事かしら?」
「こらお前」
「郁人」
「……失礼しました」
「続けて高木君」
この人は生徒会の会長というイスに座り、ある種の高みに登り詰めたに違いない。
俺は底辺にいる平均以下の男子だが、ただイジメられているだけの南部長を黙って見ている事は出来ない。
生徒会は全校生徒の中から選ばれた偉い人たちの集まり。
俺たち一般生徒はただこの人たちを崇めるだけの存在。
もしそうだとしたら……周りがペコペコするような権力なんか、俺は絶対に否定する。
詩織姉さんがいるからって関係ない。
今の俺は、助けを求めてる南部長の方が大事だ。
生徒会なんて、クソくらえだ。
「俺は逆に生徒会の会計監査に対する問題を提起します」
「あら、それはまた大きく出たわね」
生徒会のメンバーから驚きの声が上がる。
生徒会長の目の前で、生徒会批判をする生徒はいないだろう。
「ちょっと高木、言い過ぎ」
「ちょっと黙ってて下さいよ真弓姉さん。おかしいでしょ?南先輩ばっかりイジメられてるの」
「守道君……」
南先輩のドンブリ勘定は決して良い事では無い。
それ以上に、先輩を泣かせる生徒会に、俺は言いたい事を全部言ってしまった。
「先ほど南先輩の話を全部聞きました。ここに2年前のパンダ研究部の会計報告書があります」
「あら……」
旧図書館の部室に保存されていた2年前の会計報告書を全員に見えるように掲げる。
全員が固唾を飲んで見守る。
「少なくとも2年前からこのパンダ研究部のズサンな会計は始まっていました。その部活から出された会計報告書を適正だとした生徒会の証跡がここに記録されています。ここにいる神宮司楓、そして叶美香。当時会計担当だったあなたたち2人は適正意見を出しています」
生徒会室が静まり返る。
生徒会メンバーの誰からも反論意見が出ない。
「確かに南先輩の部費の使用には問題点が多いと僕も感じていました。それは部費を支給した後の使用を正しく監査してこなかった生徒会にも責任があると思います」
「あなた……よくも言いたい事を言ってくれたわね」
「おい一ノ瀬」
「一ノ瀬さんでしたっけ?」
「ええ、なに?」
「あなたはここにいる生徒会長と楓先輩が発見できなかった不備を見事に指摘したわけですから、ここにいる誰よりもかなり優秀な会計担当だと僕は思いますよ」
「なに言ってるのあなた……」
「その理由はこれです」
俺はさらに、2年前の会計報告書と閉じ、もう1冊持ってきた去年の会計報告書の最終ページを開く。
「去年の会計報告書。会計監査で適正意見を出したのは副会長、あなたです」
「守道さん……」
言ってしまった、蓮見詩織姉さんの名前を。
事実は変わらない。
去年の会計報告書、生徒会の会計監査。
会計報告書の氏名には、蓮見詩織の名前が記録されていた。
「ふふ……ふふふふ」
「会長?」
突然笑い始める叶生徒会長。
その高笑いに、会計担当の一ノ瀬が驚いている。
「おーほほほほ、本当面白い子。わたしの思っていた以上の子だったわ」
「会長、笑っている場合じゃありません。部費が不正に使用された疑いがまだ」
「はいはい、もうそこまでよ一ノ瀬さん。この子の言う通り、この問題は生徒会の非を認めるべきだと私は思うの」
「会長……」
「なんだ、話の分かる生徒会長じゃないですかあなた」
「ちょっとあなた、会長に向かってなんて口聞いてるの!」
「ふふ、一ノ瀬さんがこんなに怒るところ初めて見るかしらね」
「会長」
「楓、2年前のあなたとわたし。ちょっとボロが出ちゃったみたいね」
叶生徒会長は今度は楓先輩に視線を移して話始める。
楓先輩との2人だけの関係を感じさせる。
誰も2人の会話に話をはさめなくなる。
「美香。このお話、余計な事をしたのはそっちの方かしら?」
「あら、あなたには敵わないわね。今度お茶会一緒にどうかしら?」
「この後にでも」
「ではさっそく」
「えっ?ちょっと楓先輩どこ行くつもりですか?」
「いけない子……楓はわたしとデートなの」
「え!?」
執務机から立ち上がった生徒会長。
突然俺に近づき、耳元で小さくデートに行くとササやいてくる。
吐息が伝わり、胸がドキリとさせられる。
「あら、意外にウブね。楓、この子の話よく聞かせて頂戴」
「ほどほどに」
「蓮見さん、あなたも一緒に良いかしら?」
「ご自由に」
詩織姉さんが呼ばれ、生徒会のメンバーの輪から1人離れる。
ついカッとなって言ってしまった。
姉さんが間違った事してたって。
怒られる、詩織姉さんに。
詩織姉さんと視線が合う。
無表情で、怒っているのかどうか全然分からない。
叶生徒会長を先頭に、楓先輩と蓮見詩織姉さんの2人が後に続いていく。
「それでは皆さんご機嫌よう。アデュー」
生徒会のメンバーと残りのパン研部員を置き去りにして、叶生徒会長と楓先輩は2人だけで生徒会室から出て行ってしまった。
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生徒会室を先に出ていった生徒会長の叶美香と神宮司楓、そして蓮見詩織姉さんの3人。
楓先輩と詩織姉さんが生徒会に所属していたのは初耳だったし、パン研の不正会計に関しては玉虫色の決着に終わる。
俺が言いたかったのは生徒会はここ2年間、パン研の会計処理に適正意見を出し続けていた事実。
たまたま発見した2年前のパン研会計報告書。
そこには生徒会会計担当、叶美香と神宮司楓の名前が載っていた。
当然去年の会計報告書にも目を通す。
そこには去年の生徒会会計担当、蓮見詩織の名前が載る。
一瞬発言を躊躇した俺だが、南部長の助けを求める声に、俺は自分の良心に従って発言した。
消滅必死と思われたブラックカンパニー、パンダ研究部はひとまず窮地を脱したように見える。
「ふみ~ん。良かったよ真弓ちゃん~もうダメかと思ったよ~」
「しっかりしなさい夕子、あんたはまったくもう……。それにしても高木、よく言ってやったわね」
「何がです真弓姉さん?」
「私も聞いてて気持ち良かったわよ。まさか楓と一緒に生徒会長みずから、このズサンな会計報告認めてたなんて」
「部費使い込んでた共犯は俺も真弓姉さんも一緒ですからね」
「そうね~これからはちゃんと帳簿を付けましょう。分かったわね夕子」
「ふみ~ん」
パンダの研究にしか興味がない南先輩。
なんでもすべて部長に押し付けるのも申し訳ない気がする。
部室も旧図書館も自由に使わせてもらってる。
基本南先輩が悪い人ではないのは俺が一番よく知ってる。
「南部長はこれまで通り活動していただいて結構ですよ」
「高木君?」
「俺バイトで会計勉強してるんで、会計帳簿なら俺が作りますよ」
「本当?」
「年一の報告書なんてシレてますって。南先輩は何か部費を使ったら領収書だけちゃんと保管しておいて下さい」
「でも高木君にやらせるのは申し訳ないし……」
年に一度の会計報告くらいなら勉強の邪魔にもならないだろう。
パン研の会計担当、これならいくらか南先輩の負担も軽くなるだろう。
「そうしなさい夕子。あっ高木、野球部でも使ってる会計ソフトあるからそれ使って。年に1回溜まった領収書を打ち込めば印刷してすぐに会計報告出来るわよ」
「そんな便利なソフトあるなら手で書かなくてもいいですね。お願いします姉さん」
手書きを覚悟していた会計報告。
真弓姉さんの申し出はありがたい。
「今度うちに来た時に渡すね~。今日はカッコ良かったし、最近デキる男になってきたわね」
「おだてても何も出ませんよ」
「夕子こんなだし、高木が一緒にいてくれて良かった、ありがとね」
「え、ええ」
珍しい真弓姉さんからのお褒めの言葉。
生徒会とのドタバタが一段落。
生徒会室に同行していた数馬が俺に声をかけてくる。
「さすが守道君、さっきは素晴らしい適正意見だったね」
「何がだよ数馬?」
「翔馬君が言われていた時もそうだったけど、あのシチュエーションであそこまで言える君が僕はうらやましい」
「俺がなんだって?」
「勇気があるって事さ」
「結城はお前だろ数馬」
「ははっ、確かに」
「ははは」
以前氏家翔馬が背が低いとバカにされて、短気の俺はついカッとなってS1の男子に言い返した事がある。
俺といると刺激的な毎日が送れると言う数馬。
次に意外な事を口にし始める。
「いやはや、生徒会ってとても刺激的な集まりだったね守道君」
「なんだよ数馬、生徒会興味あるのか?」
「悪くない」
「マジかよ数馬、怪我して暇だからってやめとけって絶対」
「ははっ、僕の右腕になってくれるんじゃなかったのかい守道君?」
「何考えてんだよお前」
数馬が生徒会への興味を口にする。
野球部の数馬の右腕は来月の地区予選には間に合わない。
ただの冗談だとは思うけど。
他の部員が待っている旧図書館の部室に4人で戻る。
岬と末摘さんの2人が部室でパンダのようにダラダラと過ごしている。
「岬、お前も来た方が良かったぞ。アデューだぞアデュー」
「バカじゃん」
「高木君、うちの部どうなるの?」
「とりあえず大丈夫そうだよ末摘さん」
「本当?良かった~」
末摘さんがパン研存続にホッと胸をなでおろす。
あれ?
そういえば光源氏の姿が見えない。
「末摘さん、神宮司は?」
「神宮司さんなら、楓お姉さんがさっき迎えに来たよ」
「マジか」
楓先輩は生徒会室で別れたあの足で、パン研の部室にいた妹の神宮寺を迎えにきたようだ。
末摘さんが口を開く。
「そういえば、なんでパンダ研究部だけ臨時で会計監査あったんだろうね?」
「あんた目付けられたわね」
「目を付けられたのは部長だろ?」
「どうだか」
岬の言う事は的を得ている。
言われて見れば2年間放置されていたパンダ研究部の会計帳簿に対して、いきなり監査が入るのは不思議な話。
1年生の俺には、その理由を知るよしもない。




