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127.「会計監査」

(ピコピコ~)



「いらっしゃいませ~」

「守道さん」

「詩織姉さん……」

「ボーっとしてないで、なにか喋れし」

「うるさいな岬」


 

 バイト先のコンビニ、御所水通り店。

 平日の朝。

 6月、梅雨空。

 外ではシトシトと雨が降っている。


 平安高校の制服を着た女性。

 蓮見詩織、俺の姉さん。

 黒いサラサラとした髪をなびかせ、店内の少し離れたところからレジに立つ俺に視線を合わせコクリと一礼する。


 5月、中間テストの前後。

 白い未来ノートを一度手放した前後、突然姿を見せなくなっていた蓮見詩織姉さん。


 また突然、俺の前に姿を見せるようになった。

 無言で俺を見つめる詩織姉さんの視線にドキドキさせられる。


 いつも何を考えているのか分からない人。

 必要な事以外は喋らない。

 必要ない時は、俺とは会う必要が無いという事なのか?


 いつも不思議で、いつも神秘的で、いつも魅力的な俺の本当の姉さんになる人。

 俺の隣のレジに立つ岬れな。

 ハリネズミのトゲが今日もグサグサと刺さる。



「だらしないツラ」

「うるさいよ」

「久しぶりのお迎え続き……あんたたち、なにかあったっしょ」

「なにもないよ」

「ふ~ん、どうだか」



 詩織姉さんの行動はいつも不思議の一言。

 急にまた俺の前に姿を見せるようになった。

 なにがあったのか、こっちが聞きたいくらいだ。



(ピコピコ~)




「お、おはよう高木君」

「おはよう末摘さん。岬、末摘さん来たぞ」

「花、わざわざ寄らなくて良いのに」

「ごめん、迷惑かな」

「そこで待ってな」

「う、うん……」



 男前の岬れな。

 来なくて良いと言う割には嬉しそうに店の奥へと消えて行く。

 俺も詩織姉さんが待ってる。

 急いで身支度を整える。


 8時少し前。

 店長のはからいでいつも早めに店を出させてもらっている。

 御所水通りをまっすぐ歩けば、俺の高校にたどり着く。


 コンビニは基本夫婦で経営している。

 俺と岬がいなくなる直前、店長の奥さんが店に出てくる。

 この朝8時前後は、お互い時間が合わない店長夫婦が顔を合わせる貴重な時間。



「おはようございます」

「高木君、今月からリーダーね」

「ありがとうございます」



 6月に入りリーダークルーに昇格した俺。

 時給は50円アップした。

 店の発注を一部任されるようになり、御所水通り店の1日の収支も把握するようになっていた。


 雨が降ると傘が売れるが、弁当の売り上げが落ちる。

 来店客に及ぼす天候の影響は大きい。


 大人は俺以上に大変だと思う。

 24時間、365日働かないといけない。

 夫婦で経営するコンビニ。


 夫が夜9時から朝9時まで12時間働き、妻が日中8時間働く。

 後はは俺のようなバイトの学生やパートでつなぎ、お店の開いている24時間をカバーする。


 誰が決めたのか分からないが、コンビニは24時間も営業している。

 世の中の常識らしい。

 店長夫婦が一緒に時を過ごせないのは、俺のとっての非常識。


 夫婦だから一緒に時を過ごせないのはおかしい。

 そんな風に考える俺が間違っているのだろうか?

 まだ子供の俺はそんな店長夫婦の姿が不思議でならない。

 店長夫婦に見送られながら、コンビニを後にする。


 紫色の傘を差し、詩織姉さんと並んで歩く。

 姉さんは並んで歩いてくれるが、俺と話す事はない。

 何を考えているのか、まるで分からない。



「守道さん」

「はい」

「今度、大事なお話があります」

「はい……」



 姉さんはそれだけしか言わない。

 大事な事が何なのか。

 今度がいつなのか。

 まるで分からない。


 平安高校の入試問題をあらかじめ知って受験に臨んだ事を、詩織姉さんには知られている。

 4月、第一校舎の屋上。

 今日と同じように雨が降っていたあの日。


 平安高校の今年度の入試問題を手にした詩織姉さんに、俺が今年の1月時点で入試問題を知っていた事実を知られてしまう。


 あれから2カ月の時が過ぎる。

 姉さんはそれをとがめるどころか、ラジオ英会話のレッスンを指導し、英語能力検定4級の資格試験の申し込み手続きまでしてくれた。


 そんな姉さんからの大事な話。

 俺に拒否権は無い。

 詩織姉さんが話があると言えば、俺は無条件に聞くしかない。


 姉さんの話には常にイエス。

 詩織姉さんには、絶対に、逆らえない。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 



 学校に登校。

 1階の下駄箱を過ぎ、詩織姉さんと別れる。

 俺に無言で一礼して、2年生が入る第一校舎の2階へと消えて行く。


 6月、大きな試験の予定は無い。

 先月5月に大きな山場、赤点2回目をかけた中間テストを何とかしのいだ俺。

 ただ赤点を回避するだけの断崖絶壁男。

 クラス最下位の俺に、2年生に上がる際の総合普通科降格の足音が徐々に迫りつつある。


 S2クラスの年間総合成績、下位2位は自動的に総合普通科へ転落。

 対してS2クラスで年間総合成績上位2人は、S1クラスの下位2位とクラス替えが発生する実力主義の特別進学部。


 S2クラスの現在の上位2位が誰なのかを俺は把握していない。

 今、S2クラスのケツにいる俺が考える必要のない事。

 来月7月には期末テストを控える。


 2年生の蓮見詩織姉さん。

 俺は2年生に上がる時に、今いる特別進学部に在籍し続ける事が出来ているのだろうか?


 S2クラスに到着。

 席に座るなり、教室の後ろの入口から入って来る男子。



「ようシュドウ、おはようさん」

「もう昼だって太陽」



 いつも元気な朝日太陽。

 太陽と2人の時は、最近いつもあの人の話題になる。

 


「今日は貰えたのか太陽?」

「ま、まあな」

「今どういう状態なんだよそれ?」

「俺が知るかよ」



 以前パン研の旧図書館で太陽の好物を聞いてきた神宮司楓先輩。

 甲子園に連れて行ってもいないのに、練習頑張れとばかりに最近お弁当を渡されるらしい。


 付き合っている定義は分からないが、3年生の楓先輩から餌付けされ始めた1年生の朝日太陽。

 どうあれ太陽は野球にまい進、楓先輩が見ているという効果は計り知れない様子。

 太陽の心は、楓先輩一色に染まりつつある。


 梅雨の6月、外は雨。

 御所水先生の朝のホームルームが始まるまで少し時間がある。

 S2クラスの一番後ろの席に座る俺。

 教室の前の方では、結城数馬と氏家翔馬が楽しそうに話をしている。


 岬と末摘さんが2人で、俺と太陽が話をしてる輪に入ってくる。

 教室内で俺と太陽だけが分かる話をしていたが、女子が来たので楓先輩のオブラートな話はここでストップ。


 話はコンビニの話題になる。

 店長夫婦の毎日について。



「コンビニも大変だなシュドウ」

「ああ、24時間働くとか考えられない」

「そういえばこいつ、リーダークルーになったし」

「なんだそのリーダークルーって?」



 岬が俺の個人情報を漏洩。

 コンビニのリーダークルーに昇格した事実が公にされる。



「こいつ最近店長から発注任されてるし」

「そうなの高木君?」

「普通だよ普通。弁当以外はほとんどバイトに在庫管理任せるんだって」

「時給も上がったっしょ」

「それバラすなって岬」

「なんだシュドウ、それ良い事じゃねえかよ」

「もはや正社員ね」

「うるさいぞ岬。俺もちょっとそれ思ってたんだから気にするだろ」

「ふふっ」



 時給も少しだが上がり俺の生活は確実に良くなっている。

 生活水準も向上し、スマホも手に入れて高校生らしい生活が出来るようになってきた。

 後は勉強さえ出来るようになれば……。

 末摘さんが俺の顔を見て声をかけてくる。


 

「高木君、今日も眼が赤いよ?」

「そうか?」

「シュドウ、休息も必要だぞ?」

「メリハリだろ?分かってるって」

「どうせ夜更かしでもして遊んでたんでしょ?」

「予習だよ予習。俺の血のにじむような努力を知らないだろ岬?」

「知らないし」



 リーダークルーに昇格したものの、部下である岬の毒舌は止まらない。

 末摘さんのフォローが入る。

  


「この前の日曜日も高木君ずっと勉強してたもんね」

「その割にテストの点数しょぼいし」

「そうなんだけど」



(グサッ)



「うっ」

「ああ、違うの!?」



 クラスの女子から「勉強してる割にテストの点がしょぼいですね」と言われれば、リーダークルーに昇格した鉄の心を持つさすがの俺も激しく傷つく。



「頑張れシュドウ、継続は力なりだ。お前は大器晩成型なんだって」

「晩成する頃にはこのクラスから消えてるっしょ」

「岬さんダメだよ~」

「シュドウ、お前も何か言い返せ」

「何も言えねえ」



 中間テスト1000点満点で590点。

 S2クラス最下位。

 6月の俺の現在地は、外の天気と同じ雨模様。


 




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)



 昼休憩。

 今日の昼は野球部員で食事をすると話していた太陽と数馬。

 野球部の部室で、お昼を部員全員で取るらしい。

 氏家翔馬はサッカー部の先輩たちと食事。


 今日のお昼は野郎3人が揃って部活に向かう。

 S2のクラスメイトかつ同じ部活の岬、末摘さんと一緒に、南先輩がいるであろう1階の旧図書館へと向かう。

 


「お疲れ様です部長」

「あ~お疲れ~適当にしてって」

「そうします」



 南部長は今、パソコンのモニターに夢中。

 それもそのはず。

 東京の上野動物園でパンダが妊娠したかも知れないとのトップニュースがコンビニの朝刊に載っていた。



「部長、デキてます?」

「それを今私がチェックしてるの」

「邪魔してすいません」



 デキたかデキてないか日本中から毎日チェックされるパンダの気持ちは俺には分からない。

 パンダの妊娠期間は3か月から5カ月ほどらしい。

 パン研部室にある、そこの掲示板にそう書いてある。

 

 ここはパン研の部室。

 日常生活に全くと言っていいほど必要のないパンダ情報がそこら中に掲示されている。


 岬と末摘さんの3人で一緒に空いている机で食事を取る。

 末摘さんの弁当箱は相変わらずの女子サイズ。

 俺は手さげ袋の中からあるものを取り出す。



「また店長からパンもらってるし」

「パン研だろここ?コンビニのパンだけで人は生きていけるのか俺が証明してみせる」

「バカじゃん」



 岬のトゲがビシビシと俺に刺さる。

 パン研なのでパンを食う。

 俺の体の半分はコンビニで出来ている。


 下校して家に帰る時にもバイト先に寄る俺。

 理由は言わずもがな。


 店長の厚意。

 バイトを続ける一番の理由。

 妹の紫穂の怒りが止まらない、ダメな兄貴の食生活。


 食事が終わる頃、旧図書館に誰か入ってくる足音が聞こえる。

 太陽たちが来たのかな?

 でも今日は部活に出ていないはず。

 誰だろ。



「失礼します」

「失礼~」




 謎の女子生徒2人。

 南先輩は来訪者に一向に気づかずパソコンに映るシャンシャンに夢中。

 

 1人は見るからに超真面目そうな女子。

 1人はかなりラフな感じの女子。

 まるで正反対の印象の2人組。


 部長は愛しの君のご懐妊の兆候に夢中。

 末摘さんはオドオドしながら座ったまま。

 岬はどうも顔が険しい。

 やむなく俺が来訪者の応対をする。



「えっと……入部希望者ですか?」

「ふふ」

「明石さん不謹慎です」



 俺が何を聞いても女子に笑われる。

 どうやら入部希望者では無いらしい。



「ごめん美雪。突然の訪問失礼します、私たち一度会ってますよね高木君」

「えっ、そうでしたっけ?」

「この前あんたも会ってるっしょ」

「岬、俺こんな美人の知り合いいないって」

「ふふ、美人だって。良かったね美雪」

「明石さん」

「ごめん~この子おかしくって」



 来訪者は制服を着た女子2人。

 どこかで会ったか?

 岬の様子がおかしい。

 この美雪っていう女子に超ガン飛ばしてる。


 あっ。

 この前正門で。



『岬さん』

『面倒なのいたし』

『茶髪は校則違反です』

『うるさいし』

『言われてるぞ岬、俺もそう思う』

『あんたは黙ってな』



「ああ~なんか思い出してきた。そういえばこの子、お前が校則違反の茶髪だからこの前怒ってた子だよな」

「校則違反とか言うなし」

「ふふふ」

「明石さん」

「だっておかしいんだもん」



 俺の話に笑いが止まらない明石と呼ばれる女の子。

 そしてその隣。

 凛とした表情の女子。

 毅然とした態度、透き通るような声に品を感じる。

 

 たしか名前は。



「えっと……誰でしたっけ?」

「……一ノ瀬です」

「名前くらい覚えろし」

「覚えてたところで、こんな可愛い子と今後接点無いだろ?」

「ふふふ」

「明石さん。それにあなた、少しは真面目にしゃべれないの?」

「しゃべってるだろ?ここパンダリサーチクラブだけど何か用か?」



 そういえば以前、詩織姉さんに誘われて学生食堂に行った時、S1クラスの右京と一緒にいるのを見た事がある気がする。



「大切な部費が正しく使われているか確認させていただきに来ました」

「失礼ですが、どんな権限でこちらに?」

「私たち2人、生徒会の会計担当をしております。これより校則に基づきこの研究部の会計監査を実施致します」

「南部長、お願いします」

「ギクッ」



 なるほど。

 この女子2人は生徒会で会計を担当しているらしい。


 疑惑だらけの我がパンダ研究部の会計帳簿にメスを入れに来たようだ。

 パンダに夢中だった南先輩の表情がどんどん曇ってくる。


 それはそうだろう。

 まだこのパン研に入って2カ月ちょっとだが、ここの部の会計は相当怪しい。


 南先輩が会計監査員の2人に取り囲まれた。

 すぐに尋問が開始される。

 


「領収書は?」

「ありません」

「帳簿は?」

「そんなものあるわけ無いわよ」



 南夕子は間違いなく黒だ。



「これまでどのような管理をされていたのですか?」

「何に使ったか全部私が覚えてるの。年に1回の報告書は毎年ちゃんと生徒会に出してるでしょ?」

「それでは、これまで使った部費の使途を証明するものは何も無いと?」

「あるわけないわよ」



 1年生の俺と岬が白い目でその様子を見守る。


 俺の知る限る、直近のパン研から支出された部費の内訳は、毎週王子動物園に部費で通っていると豪語する南部長の東京往復交通費、からの南部長の動物園年間フリーパス、からの日曜日に買ったパンダストラップ8つ、からのポテトとメリーゴーランドエトセトラ。


 生徒会からやってきたマルサの女2名に挟まれる部長。

 南部長が涙目で俺の顔を見ている。



『高木君助けて』



 と言っているように見えなくもない。

 その視線を察知して、会計監査員2名も俺の方を向き意見を求めてきた。


 南先輩が諸悪の根源。

 これでパンダ研究部もおしまいだな。



「高木さん、あなた何か意見でも?」

「俺もずっとおかしいと思ってたんですよ。お2人の意見はもっともだと思います」

「ちょっとあなた、どっちの味方?」

「ふふっ」

「明石さん不謹慎です」

「だっておかしいんだもん美雪~」



 いくら問い詰めたところで出てくるはずがない領収書。

 すべては南部長の頭の中。


 社会を知る男、リーダークルー、高木守道。

 それで世の中通るほど甘くはない。


 新入部員歓迎会直後。

 消滅の危機に立たされる。

 疑惑の部活、パンダ研究部。


 マルサの女はこう言い残して去っていく。


 授業終了後、本日15時。

 生徒会室まで出頭せよ。

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