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122.第14章<生徒会の長>「三者面談」

 土曜日に常勝園グラウンドで行われた紅白戦。

 結城数馬は死球を受け右腕を負傷した。

 

 平日の昼休憩。

 3年生が入る第二校舎の1階、学生食堂前、購買部。



「それ下さい!」

「あれ下さい!」

「ウインナーロール完売しました~」



 地獄絵図。

 購買部で販売されるパンを買い求める多くの男子たち。

 数馬はもう、戦えない。



「おいシュドウ、分かってるな」

「分かってるよ太陽」



 結城数馬は戦えなくなったが、新しい戦力が俺たちに加わった。

 S2クラス、サッカー部、氏家翔馬。



「頼むぞ翔馬、お前の力を貸してくれ」

「任せとき守道。数馬はチョココロネが欲しい言うとったで」

「マジか」


 

 甘党の結城数馬。

 第一校舎の屋上で、負傷して参加できない数馬が俺たちの帰りを待っている。


 時間はあまり残されていない。

 総菜パンはすぐに売り切れてしまう。

 バーゲンセールの会場と化した、購買部男子販売コーナー。



「あれ下さい!」

「それ下さい!」

「カレーパン完売です~」



 常時戦場。

 理不尽しか感じない男たちの戦いを尻目に。

 視線の先に、まったりとお買い物を楽しむ女子生徒たちの姿。




 ――女性用販売コーナーはこちらです――




「また新作~?」

「メロンパンダだって~」

「やだ~超ウケる~」


 

 常にレディーファーストの平安高校。

 学食前の購買部にある調理パンの争奪戦に臨む。

 仕組まれた男たちの戦場。

 

 さらに特別進学部1年生であるがゆえに、校内の購買部に最も遠くにクラスが位置する。

 お昼休憩スタートと同時に、地理的に総合普通科の生徒から大きく出遅れている。



「小倉サンド完売です~」

「あんバターパン完売です~」



 次々と総菜パンと菓子パンたちが消えていく。

 群衆と成す男子たちがさらに殺気立つ。

 このままではエサにありつけない。

 数馬のエサが無くなる。



「ほな守道、また後でな」

「生きて帰れよシュドウ、屋上で落ち合おう」

「じゃあな翔馬、太陽」

「GО!」



 決死隊3名突撃開始。

 血のノルマンディー上陸作戦。

 負傷兵1名が第一校舎屋上で俺たち補給部隊の帰りを待っている。


 俺は以前の高木守道ではない。

 戦う男、燃える闘魂。

 


「痛てぇ!?邪魔だってお前」

「押すなよ!」

「それ俺が取ったやつだろ!」


 

 俺は虎、虎になる。

 必ず生きて帰る。

 生き残りの総菜パンたちを目指して、人口密度がさらに高くなる。



「俺の順番だろ!」

「違う俺が並んでたんだって!」

「ピザパン完売です~」



 待ってろ数馬、今行く。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 戦いは終わった。

 チョココロネ、チョコチップメロンパン、メロンパンダ、カスタードクリームパン。

 菓子パン担当兵、高木守道。

 戦利品を手に、第一校舎屋上へ向かう。


 第一校舎3階の階段から、さらに上の屋上を目指す。

 非常口のピクトグラムが緑色に点灯する。

 重たい金属製のドアを開けると、外から風が内側に吹き抜ける。


 日の光で眩しく、目を閉じる。

 目が慣れてきた。

 視界の先に、2人の女子生徒の姿。



「あなた」

「あなた」

「お、おう」



 そっくり。

 マジで瓜二つ。

 野球部マネージャー。


 S1クラスの空蝉姉妹。

 なんでこいつらがここにいるんだよ。



「結城君の役に立った」

「結城君の役に立った」

「へ?」



 負傷した数馬が屋上にいるって知ってて先に数馬に会いに来てたのか?

 数馬の役に立った?

 そういえば数馬が負傷した紅白戦の後、勝手に病院来てたなこの2人。


 目に見えて数馬ファンの姉妹2人。

 2人の中で、常に結城数馬を中心に世界が回ってる気がする。


 あれ?

 なんか手に木箱持ってる。


 空蝉姉妹が俺に木箱を差し出してくる。

 何だよそれ。



「よってこれを進呈」

「よってこれを進呈」

「ど、どうも」



 2人がまったく同じ角度で俺にお辞儀をしながら木箱を差し出してくる。

 なんだこの木箱?

 木箱には『空蝉餅』と商品名らしきものが印字されていた。



「開けて良いかこれ?」

「恥ずかしいから早くして」

「恥ずかしいから早くして」



 無表情。

 まったく同時に発音。

 恥ずかしそうな感じには見えないが、本人たちが言ってるんだからきっとそうなんだろう。

 じゃあ、遠慮なく。



(パカッ)



 あっ。

 おはぎだ。

 粒あんとこしあん。

 超旨そう。



「ちなみに」

「ちなみに」

「なに?」

「どっちが好き?」

「どっちが好き?」

「俺、断然こしあん派」



(パチン!)



「痛てぇ!?」

「死ね」

「待って心音」



 どっちがどっちだか分からないが、双子の片方が俺にビンタして消えて行った。

 いきなりぶたれた。

 超ショックなんですけど。


 こしあんだろ絶対?

 何がそんなに嫌だったんだよ。



「守道君」

「数馬」



 屋上で負傷兵が待っていた。

 結城数馬の右腕のギブスはまだ固定されたまま。

 太陽と翔馬はまだ戦場から帰ってこない。



「あっ、数馬も木箱持ってんのか」

「ははっ、守道君もかい?良かったね」

「超ブタれたんだけど俺」

「どっちに?文音さん?心音さん?」

「どっちだが聞かれても分かんないよ」



 まったく同じ女子にしか見えない双子姉妹。

 被害届を出そうにも、どちらが容疑者か俺には特定できない。



「ようシュドウ、先についてたか」

「太陽」

「守道。ようさん取れたで」

「翔馬」



 残り2名の補給部隊が帰還する。

 野郎4人、屋上で宴を始める。

 俺がゲットしたチョココロネをほおばりながら、突然メルヘンチックな事を言い始める結城数馬。



「虎は千里行って、千里帰る」

「なにそれ数馬?」

「ことわざさ守道君。どんなに遠くに行っても、必ずここへ帰って来てくれる」

「誰が帰って来るって?」

「君の事さ」

「気持ち悪い事言ってんじゃないよ」

「あはは」



 虎はどこまで行っても、必ず同じ場所に帰って来るから縁起が良いらしい。



「今年は寅年や、タイガースが優勝や〜」

「今ダメ虎最下位だろ?」

「ははは」



 翔馬の野球話を太陽と数馬が笑って聞いている。

 太陽と数馬はとっくの昔に和解していた。



「朝日君、今度練習試合があるね」

「ああ数馬。予選で必ず当たる学校だ、気合が入るぜ」

「来月頼むよ朝日君」



 来月7月。

 野球部、夏の最大の試練。

 甲子園への切符をかけた、地方大会が始まる。



「レギュラーまだ取れてねえのにプレッシャーかけんじゃねえよ数馬」

「あははは」



 投手である太陽の肩には、2つの大きな責任がのしかかる。

 怪我をさせてしまった、結城数馬の想い。

 そして、神宮司楓先輩との約束。



『私を甲子園へ連れて行きなさい』



 あの言葉に、朝日太陽が燃えないはずがない。

 俺にとっては、少し複雑な気持ち。

 来月7月、太陽がベンチ入りして地方大会で活躍出来るだろうか?

 もし満足な活躍をして、楓先輩が認める実績を上げられたなら。



『私、朝日君の事が好きなの』



 太陽の事を想い続ける、成瀬結衣の気持ちは一体どうなる?

 俺にとって、どちらも大切な幼なじみ。

 俺たち3人の関係は、いつまでも同じと言うわけには、いきそうにない。


 朝日太陽と、神宮司楓先輩のあの日がきっかけとなり。

 俺の周りにいる人たちの人間関係に、次々と大きな変化が起こっているような気がしてならない。



「数馬、最近真弓先輩とよく一緒にいるよな」

「はは、お恥ずかしい」

「どうなってんだよ?もっと詳しく聞かせろよ」



 変化は止まらない。

 時間だけが容赦なく過ぎていく。

 明日には違う色に未来が染まっているかも知れない。

 

 俺は俺で来年、この学校に通い続ける事が出来ているのだろうか?


 来月7月、大きな試験、期末試験を控える俺に。

 特別進学部S2クラス、現状最下位の成績という、重い事実だけがのしかかっていた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 平安高校第二校舎、1階学生食堂。

 学生食堂の一番奥。

 小さな観葉植物が無造作に並んだ一角。


 小さな観葉植物の境界線。

 全面ガラスのサッシで陽の光がとても心地よい場所。


 左手に階段。

 5段ほど登るとさらに机とイスが大きなガラスのサッシが映える窓側に並べられる。

 洋風作り。


 かたや右手には畳の敷かれたお座敷のスペース。

 和風作り。

 左と右で和洋折衷、対照的な作り。

 フードコートで良く見る、座って食事ができるスペース。


 左手の洋風作りの一角。

 一番奥の丸いテーブルに座る平安高校の制服を着た3人の女性。


 1人は3年生。

 ティーカップを手に持ち、紅茶を飲む神宮司楓。

 神宮司楓に声をかける女子生徒。



「ダメかしら楓?」

「美香、わたし」

「そう、そうよね。葵さんがいるものね」



 表情が曇る神宮司楓。

 親友からの申し出に、二つ返事で受けられない大きな事情を抱える。



「楓、あなたがいなくなってもう1年が経つわね」

「ごめんなさい」

「ううん、そういう約束だったし。その分この1年、蓮見さんにとても助けられたわ」



 もう1人は2年生。

 お茶を飲む、蓮見詩織。



「蓮見さん、やっぱりダメかしら?」

「申し訳ありません、わたし」

「いいえ、無理にとは言わないわ。ここまで付き合ってもらって、私の方こそ感謝してるもの」



 蓮見詩織のお茶が無くなり、テーブルまでお茶を運んでくる男子生徒。

 S1クラス、右京郁人。



「蓮見先輩、お茶ですどうぞ」

「ありがとう右京さん」

「いえ、僕はこれで」



 蓮見詩織、2年生。



「2人がいないと困るわね私」

「美香、ごめんなさい」

「叶会長」

「ふふふ、冗談よ冗談。しょうがないわね、もうこの話は無かった事にして頂戴」



 テーブル席に座り、神宮司楓、蓮見詩織の目線の先。

 長身で大人びた長い髪の女子生徒。

 3年生、叶美香。

 コーヒーカップを手に取り、まだ温かいコーヒーを一口。

 平安高校を代表する3者が集まる姿に、好奇の目が注がれる。

 


(「あそこにいるの、生徒会長と副会長でしょ?」)

(「神宮司先輩までいるわよ、何を話してるのかしら?」)



 噂が飛び交う学生食堂。

 三者面談の様子を見守る、学生食堂に集まる生徒たちの姿。


 平安高校の昼休憩は、まだ、始まったばかり。

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