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120.第13章最終話「開く扉 2人の未来」

(ピ~ポ~ピ~ポ~)



 結城数馬がバッターボックスに倒れた。

 太陽の投げた内角ストレート。

 バットをすでに振り始めていた数馬。

 不幸にもデッドボールを手元付近に直接受ける。



「ああ!?数馬が!?」

「落ち着けし」

「落ち着いてられるかよ岬!?」

「平安の野球部なら、あそこの病院運ばれてるっしょ」

「知ってるのか岬?数馬の運ばれた病院?」

「うちの兄貴も何度も行ってるし」

「岬の兄ちゃん?」



 理由はよく分からないが、岬れなが結城数馬の運ばれた病院のあてを知っていた。

 マウンドで呆然としていた太陽の事も気になるが、今は怪我をした数馬の方が心配だ。

 俺と岬は球場を飛び出し、数馬の運ばれた病院へと向かう。


 たどり着いた場所は御所水通りにある病院。

 大丈夫なのか数馬は?

 病院の1階で岬が数馬が運ばれているか受付で聞いてくれる。



「いる」

「マジか岬、どこにいる?」

「治療中。今はどの道会えないから」

「じゃあ……待つ」

「そう」



 病院の受付前の椅子に座る。

 岬が並んで座る。



「良いよお前、先に帰って」

「クラスメイトだし」

「そ、そうだよな」



 同じS2のクラスメイトが負傷した。

 さすがの岬も顔が暗い。


 しばらくすると、受付に平安高校の制服を着た女子の姿が何人か見える。

 結城のけがを心配して、ここに同じように駆け付ける者がいるようだ。



「あ」

「あ」

「ああ、お前らか」



 S1クラスの空蝉姉妹だったな。

 どっちが姉でどっちが妹か、俺には見分けがつかない。



「結城君の友達」

「結城君の友達」

「そうだよ、なんだよ」



 2人とも、超心配そうな顔してる。

 こいつらは目に見えて数馬を追っかけて野球部のマネージャーになった女子2人。

 数馬の怪我を心配して、常勝園グラウンドを抜け出してきたに違いない。



「数馬なら、今は治療中で会えないよ」

「そう……」

「そう……」



 双子姉妹もそのまま受付の一番後ろの椅子に座る。

 土曜日、この後は予定は特にない。

 数馬が気になる。

 俺がいたところでどうにもならないが、数馬の事が心配でしょうがない。

 大丈夫だよな数馬のやつ。



「平安高校の生徒さんですか?」

「は、はい」



 病院の人から声をかけられる。

 どうやら今は治療中で、今日中に面会は出来ないと言われる。

 俺が椅子に座っていると、1人の女性が近づいてくる。



「高木」

「真弓姉さん」



 3年生マネージャーの成瀬真弓姉さん。

 どうやら数馬と一緒に救急車に同乗していたらしい。

 その場にいた病院の職員から状況の説明を受けて、監督に報告しているようだ。



「空蝉さん」

「はい」

「高木も、今日はもう帰りましょう」

「ええ!?だって真弓姉さん」

「ここにいても病院のご迷惑になるから。私がついてるから、みんなは帰って。野球部には私が報告入れとくから」



 3年生のマネージャーである真弓姉さんにここまで言われたら引き下がるしかない。

 1年生の俺と岬、病院に駆け付けた空蝉姉妹の4人で病院を後にした。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 紅白戦が行われた次の日の日曜日。

 朝、俺のスマホの音が鳴る。 



(ピコン)



 成瀬結衣からライン……なんで。





―――― 高木守道スマホ ライン ――――



結衣:『高木君、病院にいるお姉ちゃんから連絡がありました』



―――――――――――――――――――――――





 マジか。

 そうだ、昨日真弓姉さんが数馬のいる病院に1人で残ってくれてたはず。

 数馬は実家が神奈川。


 きっと親もすぐには来られないはず。

 だから昨日、真弓姉さんは3年生のマネージャーとして自分が残ると言ってくれた。

 一日いたのか真弓姉さん?


 俺は成瀬とはライン交換してたけど、真弓姉さんのラインは知らない。

 妹の成瀬を通じて、俺に連絡してくれたんだきっと。






―――― 高木守道スマホ ライン ―――



既読 結衣:『高木君、病院にいるお姉ちゃんから連絡がありました』

   

   結衣:『結城君が高木君と話がしたいって言ってるそうです』


―――――――――――――――――――――――――――





 数馬が。

 俺に?


 理由は分からないけど、数馬が呼んでる。

 俺はすぐに着替えて家を飛び出した。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 御所水通りにある病院の1階に到着する。

 受付の窓口に、空蝉姉妹の姿。



「結城君の」

「結城君の」

「お友達だよお友達。いたのかお前ら」



 日曜日の今日も、S1クラスの空蝉姉妹は結城数馬の見舞いに来ているようだ。

 2人が数馬に会えたのかは知らない。

 受付の人に聞いて、数馬がいる病室を教えてもらう。

 俺が病室に向かおうとすると、背中から2人の声がする。



「一緒に連れてって」

「一緒に連れてって」

「お、おう。好きにしろ」



 あんなにS2クラスをのぞき込んで、俺にガンを飛ばしていた双子姉妹がすっかり大人しくなっている。

 小さくコクリと同時に頷く双子姉妹を連れて、数馬のいる病室に向かう。


 病室は3階にあり、エレベーターで3階に上がる。

 数馬がいると教えてもらった部屋の前にたどり着く。


 部屋の奥に仕切られたカーテン。

 部屋の手前は空のベッド。



(「―――痛くない?」)

(「はい――」)



心音(ここね)

文音(あやね)

「ひっ」



 空蝉姉妹から強烈な殺気。

 病室の奥のカーテン越しに、男女の声が聞こえてくる。

 


(「―――どこ?」)

(「ここです――」)



 中から……なんか、なんか変な声が聞こえる!?



「行くわよ心音(ここね)

「ええ文音(あやね)

「ちょ、ちょっと待てってお前ら」

「なに?」

「なに?」



 平常心を失った空蝉姉妹が部屋の中に突撃し始める。

 ダメダメ、ちょっと今は行っちゃダメ。



(シュー)



「あっ、高木来た!」

「ね、姉さん。ごめんなさい、帰りますから俺たち」

「待ってたのよあんたを。結城君、また後でね」

「はい」



 カーテンが開かれる。

 良かった、数馬が元気な顔をしてる。

 1日病院で過ごしたようだ。



「はいあなたたちはこっち~」

「う~」

「う~」



 空蝉姉妹が真弓姉さんに連れていかれる。

 病室で数馬と2人きりになる。


 昨日、バッターボックスで倒れ込んだ数馬。

 今はすっかり元気そうな顔だが……手に包帯巻かれてる!?



「か、数馬!大丈夫なのかその手!?」

「はは、ごめん守道君。折れちゃった」



『折れちゃった』

『折れちゃった』

『折れちゃった』



「あ~~~!?ご、ごめん数馬ーー!!」

「ちょ、ちょっと守道君」



 俺のせいだ。

 俺のせいだ。

 俺のせいだ。


 太陽に散々、発破をかけて背水の陣で臨んだ土曜日の紅白戦。

 太陽に散々プレッシャーかけて焦らせたのは俺のせいだ。



「悪い数馬、俺が悪いんだ」

「悪いのは僕なんだよ守道君」

「違うんだよ数馬。太陽に散々プレッシャーかけたの俺なんだよ。楓先輩にフラれちゃって、レギュラー取って、次は取り返そうぜって散々太陽にプレッシャーかけたの俺なんだよ」

「落ち着いてよ守道君」

「本当、本当ごめん数馬」



 俺のせいだ。

 俺のせいだ。

 俺の。



「おい高木」

「俺の……ま、真弓姉さん」

「ちょっと落ち着けあんた」

「は、はい」



 病室に戻ってきた真弓姉さん。

 部屋の外から、空蝉姉妹がこちらを心配そうにのぞき込んでいる。



「朝日君は確かに厳しいコース攻めてきたけど、キャッチャーのうちの3年もインコース要求してたの」

「えっ?」

「はは、そうだよ守道君。僕の打ち損ないだから、どうか気にしないで欲しい」

「だ、だけどよ数馬」

「僕に技術が無かっただけだよ。それと、朝日君の球が思いのほか速くて、気付いた時にはポキッって」

「数馬~」

「落ち着きな高木」



 完全に動揺してる。

 数馬が骨折してるだけで、俺、もうダメ。



「明日から学校行けるから」

「えっ?ほ、本当なのかそれ?」

「利き腕じゃない右だから、勉強に支障は無いよ」

「大ありだよ数馬!」

「ははっ。そんなに心配してくれるなら、明日から僕の右腕になってくれよ守道君」

「なるよなる。荷物でも何でも持ってやるよ数馬」

「結城絶対無理するから、本当頼むわよ高木。それと、良い結城君?」

「はい」

「えっ?」



 俺がようやく落ち着いたところで、無言で真弓姉さんが病室の外に出ていく。

 部屋の外からのぞき込んでいた空蝉姉妹が、真弓姉さんに再び連れていかれて部屋のドアが締められる。



(ガチャ)



「守道君。君にお願いしたい事がある」

「なんでも言えよ数馬。俺に出来る事なら何でもやってやるよ」

「僕がお願いしたいのは、朝日君の事だよ」

「太陽?」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 日曜日、結城数馬から会いたいと言う、そばに付き添っていた3年生の成瀬真弓姉さんからのメッセージ。

 駆け付けた病室で、自分が負傷したのは自分の技術の無さだと太陽を責めなかった結城数馬。

 それどころか、数馬は俺にあるお願いをしてきた。



「朝日君が心配なんだ」

「太陽が?」



 紅白戦で死球降板となった朝日太陽を案ずる数馬。

 


「野球に怪我は付き物なのさ」

「そうは言うけどよ数馬」

「怪我をした方も辛いけど、怪我をさせた方はもっと辛いんだよ守道君」



 野球は見て楽しむスポーツだと勝手に思っていた俺。

 実際にプレーをする結城数馬だからこそ言える言葉を聞き、俺は太陽の心が大丈夫なのか恐ろしいほどの不安に駆られた。


 怪我をしたのは、太陽も同じ。

 太陽の心が、大きく傷ついている。


 それを教えてくれたのは、結城数馬。

 日曜日の夕方。

 俺は数馬と病院で別れると、すぐに太陽の家に向かった。


 太陽の玄関先に女の子の姿。

 あの寂しそうな背中姿、何度も見てきた俺はすぐに誰だか気が付く。



「成瀬」

「高木君」



 またこの場所で出会った。

 幾度となく、あるいはいつまでもこうなのかも知れない。

 成瀬と俺の向かう先は、いつも、いつだって同じ方向を向いていた。



「太陽は?」

「朝日君、今は誰とも会いたくないって」

「マジか……」



 太陽の家族に面会を断られたらしい。

 成瀬が沈んだ顔で太陽の事を心配していた。


 土曜日の紅白戦。

 1年生であれだけ活躍した結城数馬に死球を与えた太陽を、誰かが責めているかも知れない。


 太陽は悪くない。

 そう言ってくれる人間は少ないはず。


 太陽が故意に相手に怪我を負わせたりしない。

 そう信じているのは、成瀬や真弓姉さん、そして結城数馬本人がそう信じてくれている。



「お願い高木君」

「成瀬」

「高木君なら、朝日君だって会ってくれるはず。自分を責めないでって、せめて一言伝えて上げて欲しいの」



 成瀬が俺にお願いをしてくる。

 果たして俺の呼びかけに、太陽が答えてくれるだろうか?

 成瀬は断られたらしい、俺も太陽の家の呼び鈴を鳴らしてみる。



(ピンポ~ン)



「は~い」

「高木です」

「高木ちゃん?」



 太陽は出てこなかった。

 いつもは勝手に上がり込む、我が家同然の太陽の家の玄関。

 小1の時に太陽と出会ってから初めて、とても、とても遠くに感じた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 日曜の夕方。

 成瀬と2人で、太陽の家の近くにあるベンチに座る。


 太陽の家族を通じて話がしたいと聞いてもらったが、結局俺も断られた。

 俺とも、今は誰とも話は出来ないと断りを入れられた。



「泣くなよ成瀬」

「だって」



 泣き虫の成瀬が泣き始めた。

 太陽が死球を与えて苦しんでるのがいたたまれないようだ。

 それは俺も同じ気持ち。


 俺も憧れる、頭が良くて、スポーツが良くて、何でもできる朝日太陽。

 話が出来ないとまで言われたのは、これが初めて。


 中学3年間、もっと言えば小学生の時から太陽と同じクラスだった成瀬と俺。

 成瀬も思っているはず。

 こんなに落ち込んでいる太陽は、今まで一度だってなかった。



「数馬は太陽を責めてない」

「結城君が?」

「むしろ球を避けられなかった自分のせいだって言ってる」

「そんな」



 日が暮れ始める。

 成瀬を家まで送っていく事にする。


 太陽が落ち込むと、成瀬も元気が無くなる。

 負の連鎖が止まらない。

 成瀬の家に着く頃には、日がすっかり暮れてしまう。



「じゃあな成瀬。俺、明日学校で太陽に声かけてみるよ」

「わたしも……わたしなんかじゃ、ダメだよねきっと」



 弱気の成瀬。

 自信がまるで無い様子。



「太陽は喜ぶよきっと、成瀬が声かけてくれたら」

「うん、そうかな……」

「元気出そうぜ成瀬。俺たちが太陽を元気にしないで、誰が太陽を元気にしてやれるんだよ」

「う、うん。そうだね。わたしもそう思う」

「そうそう。やる気、元気、高木だって」

「ふふっ、何それ」



 成瀬の顔にようやく笑顔が戻る。

 俺は太陽から以前こういう言葉をかけられた事がある。



『逆境の時こそ、笑って乗り越えろ』



 結局最後は精神論。

 俺も太陽も、いつだって最後は笑って何でも乗り越えて来た。



「じゃあ成瀬、また明日学校でな」

「うん、じゃあね高木君。今日はありがと」

「太陽の心配してくれて俺がありがとだよ成瀬」



 俺たちはいつだって3人で1つ。

 誰かが困っていれば、3人で必ず乗り越えられる。


 日曜日の夕方。

 成瀬と別れた時。

 この時はまだ、俺はその希望を抱いていた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 

 月曜日、朝。

 平安高校に登校。


 第一校舎3階、S2クラスの教室の前で成瀬結衣と会う。

 成瀬の口から聞いた、衝撃の事実。



「太陽が来てない!?」

「うん……朝から野球部にも来てないって」

「まさか……成瀬、太陽がこれまで練習サボった事あったっけ?」



 成瀬が首を横にブルブル振るう。

 小学生の時からずっと一緒だった俺と成瀬には分かる。

 朝日太陽が野球の練習をサボった事は、今まで1日だって無かった。



(ザワザワザワ)



「あっ、結城君」

「ええ!?か、数馬!?」

「おはよう守道君」

「おはようじゃないよ数馬!折れてんだからもっと休めって!」

「ははっ、左手一本あれば十分だよ」

「どうやって生活すんだよ」

「そうや守道。こいつにもっと言うてたって」

「翔馬」



 そうか。

 同じS2の氏家翔馬は数馬と同じ男子学生寮で寝泊まりしてる。


 翔馬が数馬の荷物と自分の荷物を2つ抱えて運んでる。

 学生寮から翔馬が持ってきたようだ。


 土曜日の死球は全校生徒に知れ渡っている。

 わずか2日で学校に登場した結城数馬に誰もが目を丸くして驚いている。



「数馬、マジで今日から復活するのかよ」

「練習の再開はしばらく無理かな」

「当たり前だって。無理すんじゃないよ」

「分かったよ、守道君の言う通りにしておこう。それよりも」

「えっ?」

「朝日君、やっぱり来てないみたいだね」

「数馬……」



 数馬が無理して、月曜日に学校来た理由が分かった気がする。



『太陽に心配させないように無理して来てる』



 月曜日の結城数馬の登校に、一番驚いたのがS2のクラスメイト。

 死球を受けたのが利き腕じゃないとはいえ、左手一本の包帯姿が痛々しい数馬。

 俺と翔馬だけじゃなく、S2のクラスメイトが総出で結城数馬のサポートに回った。



「結城君の荷物持ってあげる」

「すまない」

「結城君のノートめくってあげる」

「悪いね」



 結城数馬の右腕を宣言したものの、有り余るほど右腕のサポートが入る結城数馬。

 数馬が最も心配した事。

 朝も昼も、口から出るのは朝日太陽が学校に来ない事。



「やっぱり来ないね朝日君」

「ああ……」



(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)



 ついに。

 ついに朝日太陽は。

 今日1日、SAクラスの教室に来る事が無かった。


 俺の不安は頂点に達した。

 俺だけじゃない。

 昔から太陽を知る成瀬結衣も同じ気持ちになっていた。



「朝日君が学校来ないなんて今まで無かったよ」

「泣くなって成瀬」



 幼なじみの成瀬が心配してる。

 ダメだ。

 このまま放っておいても、太陽は学校に来ないかも知れない。



「守道君」

「数馬」

「僕も一緒に」

「本当か数馬!?」

「結城君」



 怪我をして練習が出来ない数馬が、太陽の家に一緒に行ってくれると申し出てくれる。

 帯同を願い出た氏家翔馬に、サッカー部の部活に行って欲しいと言う数馬の言葉。

 翔馬もそれを受け入れる。

 夜は学生寮で声をかけるように数馬に伝えて、サッカー部へと向かった。


 学校が終わり、成瀬も今日美術部を休んで俺と数馬と3人で太陽の家に行くと言ってくれた。

 俺も正直不安だった。

 昨日、初めてと言っていい、太陽から家に上がるのを断られたからだ。


 成瀬と数馬の3人で下校する。

 行き先は当然、太陽の家。



(ピンポ~ン)



「は~い」

「あの、結城です」

「結城君!?ちょっと待ってて」



 太陽の家族が慌てて玄関から飛び出してくる。



「昨日はわざわざ病院に来てもらってすいません」

「結城君本当にごめんなさい!」

「もう本当大丈夫ですから」



 俺と成瀬はビックリする。

 どうやら太陽の家族が、昨日数馬の病院に見舞いとお詫びに行っていたらしい。

 太陽は……。

 数馬が太陽の家族と話をしてくれる。



「あの朝日君は?」

「それが……部屋から出て来ないのあの子」

「ええ!?」



 状況は思ったよりもっと悪かった。

 太陽は昨日から家族とも口を聞いていないらしい。

 

 怪我をした結城数馬が家に訪ねてきた事で、ようやく太陽の家に上がらせてもらえる事になった。

 結城数馬、成瀬結衣と一緒に、2階の太陽の部屋の前まで上がる。

 いきなり数馬が声をかけたらビックリするはず。

 俺が最初に太陽の部屋の扉をノックする。



(トントン)



「いるか太陽、俺だ、シュドウだ」



(「……悪いシュドウ。俺、俺」)



 ダメだ、太陽のやつ、すっかり心が折れてる。

 太陽の声を聞いた成瀬が動く。

 泣きながら部屋の扉をノックする。



(トントン)



「朝日君、お願い、出てきて」



(「……結衣か。頼む、今日は帰ってくれ」)



 成瀬の声も届かない。

 近くで俺たちの様子を見ている家族が下を向いている。

 きっと家族の呼びかけにも応じていないに違いない。


 最後に、数馬が動いた。



(トントン)



「僕だよ朝日君」



(「数馬……ごめん、ごめん、ごめん」)



「頼むよ朝日君、出てきて一緒に話そう」



 ダメだ。

 泣いてる声しか聞こえなくなった。

 太陽が、太陽が出て来ない。


 力づくでドアを開けるか?

 ダメだ、開かない。

 太陽の部屋のドアを開けたところで、太陽の心は開かない。


 俺でもダメ。

 成瀬でもダメ。

 頼みの数馬でも開かない。


 誰か。

 誰か助けて。

 俺の親友を。



『助けて欲しい』





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 夜、自宅アパートに帰ってくる。

 

 成瀬結衣、結城数馬と3人で太陽の家に行ったものの。

 ついに太陽の部屋のドアが開く事は無かった。


 太陽は今、あの部屋の中で1人泣いている。

 太陽の心に、今大きな負担がかかっている。


 ライバルと公言していた結城数馬に怪我を負わせた事。

 太陽にとって、大きなショックだったに違いない。

 そしてもう1つ。


 今まで努力してきた野球の練習。

 中学3年間、ずっとずっと毎日続けてきた野球の練習を初めてサボった太陽。

 学校にすら来なかった。

 それほど今の太陽は、絶望している。


 俺もついに、勉強に手がつかなくなってしまった。

 太陽をあのままにして、とても勉強なんてやってられない。


 勉強。

 そうだ、相棒。

 俺はとっさに未来ノートにすがりつく。


 藍色の未来ノートの1ページ目。

 無い。

 問題すら映し出されてはいない。

 何も映っていない1ページ目、2ページ目、開いても開いても白紙のまま。


 相棒は気まぐれ。

 本当はテストがあるかも知れないが、問題も答えも気まぐれにしか映し出してはくれない。


 相棒の最終ページを開く。

 神宮司葵の短冊が挟まれているだけ。

 最終ページにも、何も答えらしきものは映し出されてはいない。


 どうすれば良いんだよ相棒。

 どうやったら太陽を助けられる?


 ふいに。

 藍色の未来ノートを開いていた机の上。


 そこには、目に付く緑色の短冊。

 神宮司楓先輩に渡された、緑色の短冊。

 

 今、部屋の机のイスに座っている。

 机の上には透明な保護シートが1枚。


 机と保護シートの間。

 写真や、カレンダーや、色んなものを挟んでいた。


 カラーコードの一覧。

 中学時代3年間、美術部だった成瀬。

 文化祭で美術部の成瀬が配っていたカラーコードの一覧を挟んでいる。


 成瀬が配っていたカラーコードの一覧の隣に、楓先輩の緑色の短冊を挟んでいる。


 未来ノートじゃない。

 未来ノートは太陽を助けてはくれない。

 太陽がこれまでずっと、ずっと心の支えにしてきたのは、最初から最後までこの人だ。



『神宮司楓』



(ガチャ!)



 俺は未来ノートを机の上に置いたまま走り出す。

 あの人なら。

 あの人の声ならきっと、朝日太陽は振り向いてくれるはず。


 あの人しかいない。

 俺は走り出していた。


 夜。

 御所水通りを走り抜ける。

 向かう先は、平安高校の目の前。


 あの人のいる家。

 朝日太陽がずっとずっと憧れ続けた、神宮司楓先輩のいる家。


 着いた。

 楓先輩がいるはずの家。

 鉄の柵に囲まれた大きなお屋敷。

 呼び鈴を鳴らす。



(ピンポ~ン)



(「はい」)

「高木です」

(「あなたは……何の用ですか?」)

「楓先輩に、神宮司楓先輩に会わせて下さい」

(「楓お嬢様はおりません。お引き取り下さい」)



(ガチャ……)



 ダメだ、門前払いかよ。

 クソっ、直接来た方が早いと思ったのに。


 諦めるかよ。

 もうあの人しかいない。

 連絡をつける。

 でもこんな真夜中にどうやって?

 

 どうする、俺。

 スマホ。

 そう、俺スマホあるじゃん。

 ラインだよライン!


 ライン交換してる楓先輩にメッセージ送れ。



―――――― ラインメッセージ―――――



既読 楓:『まだお勉強頑張っていますか守道君?明日の中間テスト頑張って下さい。葵ちゃんが守道君とまた遊ぶのを楽しみにしていました。中間テストが終わったら、また一緒にお話してあげてね』



守道:『楓先輩、家にいらっしゃいますか?』

―――――――――――――――――――――





 ダメか?


 やっぱりいないか?


 

(ピコン)



 きた。



――――― ラインメッセージ―――――


既読 守道:『楓先輩、家にいらっしゃいますか?』



    楓:『いますよ』


―――――――――――――――――――





 いた。

 さっきのは嘘。


 太陽が泣いてる。

 相談したい、話がしたい、楓先輩にしかお願いできない。




――――― ラインメッセージ―――――



既読 守道:『楓先輩、家にいらっしゃいますか?』


既読  楓:『いますよ』


   守道:『あなたに会いたい』

 

―――――――――――――――――――





 なんか間違ったかも。

 ラインメッセージって消せない?

 もう良いやこれで、言いたい事は言えてる。


 太陽に会って、何でも良い、声をかけてやって欲しい。

 俺でもダメ、成瀬でもダメ、数馬でもダメ。

 明日も学校来ないぞ太陽。


 どうだ?

 時間かかってる。

 無視されたかな。


 ダメか。

 俺じゃやっぱり。



(ピコン)



 きた。




――――― ラインメッセージ―――――



既読 守道:『楓先輩、家にいらっしゃいますか?』


既読  楓:『いますよ』


既読 守道:『あなたに会いたい』


    楓:『明日じゃダメかしら?』


――――――――――――――――――――





 今日じゃなきゃダメなんですって楓先輩。

 太陽が、太陽が。


 明日も太陽は絶対学校来ない。

 今日じゃなきゃ、今日じゃなきゃダメだ。


 土下座したって良い。

 何度だってお願いしてみる。


 何とか。

 何とか楓先輩に太陽を叩き起こして欲しい。




―――――― ラインメッセージ―――――



既読 守道:『楓先輩、家にいらっしゃいますか?』


既読  楓:『いますよ』


既読 守道:『あなたに会いたい』


既読  楓:『明日じゃダメかしら?』


   守道:『あなたに会いたい。今すぐに』


――――――――――――――――――――





 ダメか。

 ダメかな。

 やっぱり俺じゃあ。



(ピコン)



 楓先輩。




――――― ラインメッセージ―――――



既読 守道:『楓先輩、家にいらっしゃいますか?』


既読  楓:『いますよ』


既読 守道:『あなたに会いたい』


既読  楓:『明日じゃダメかしら?』


既読 守道:『あなたに会いたい。今すぐに』


    楓:『今どこ?』


――――――――――――――――――――







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






(ブ~ン……キキー!!)



「楓お嬢様。このような夜間に、旦那様に叱られます」

「責任は私が」

「私は何も見ておりません」

「ありがとう玉木さん」



 神宮司家のお手伝いさんの運転する黒光りの車に乗って、太陽の家の前までつく。

 楓先輩と一緒に太陽の家に入る。


 太陽の家族が玄関のドアを開けてくれる。

 神宮司楓先輩の姿に驚いている。


 それもそのはず。

 楓先輩は、寝間着に緑色のカーディガンを羽織っているだけ。

 俺のラインの呼びかけに、慌てて家から飛び出してきてくれた。


 俺はいつだって。

 この人に甘えてばかり。

 紫穂の言うように、迷惑ばかりかけている男。


 それでも楓先輩は、こんなバカな俺の呼びかけに応じてくれた。

 この人の優しさに、俺は甘えた。


 太陽の家に楓先輩と2人で入る。

 2階に上がり、太陽の部屋の前まで来る。


 まずは俺が部屋のドアをノックする。



(トントン)



「太陽、俺だ、シュドウだ」



(「……」)



 ダメだ。

 もう返事もない。

 おとといから飯もちゃんと食ってんのかよ太陽。


 俺が青ざめた顔をしていると。

 近くで見ていた楓先輩が動く。



(トントン)



「朝日君、楓です」



(「ええ!?」)



 聞こえた。

 太陽が驚く声が。



「そこにいるの朝日君?」



(「……」)



 音がしなくなった。

 絶対、絶対太陽は驚いているはず。


 来るわけが無い人がやってきた。

 自分の殻に閉じこもって、聞こえないふりをしてるんじゃないのかあいつ? 



「ここを開けなさい、今すぐ」



 怖い。

 神宮司楓先輩の声が部屋の奥まで響いているはず。

 

 部屋に閉じこもる太陽を。

 楓先輩が。

 怒ってる。



(ガチャ……ギギッ)



 鍵が開く。

 扉が少し開いた。


 中から。

 顔がやつれてる、別人のように元気の無い太陽が見える。



(ガチャ!)

 


 楓先輩が、少しだけ開いていた太陽の部屋のドアを全開にする!?


 

(ドサッ!)



「痛てぇ!?」



 朝日太陽の目の前に、太陽がずっとずっと憧れ続けて、ついこの間フラれたばかりの神宮司楓先輩が目の間に現れた。


 腰を抜かした太陽が尻もちをつく。

 太陽が、鬼の形相をしてにらみつける楓先輩の姿に怯えている。


 太陽がブルブルと震えている。

 構わず太陽を直視して、楓先輩が言葉を発する。



「あなたはなぜ今日練習に来なかったのですか?」

「俺は、俺はもう、野球を辞めます」



 太陽が野球を辞めると言い始めた!?

 そこまで数馬を怪我させた事を思い詰めてたなんて。


 ここまでずっとずっと、毎日毎日野球の練習を続けてきた太陽が。

 自分から野球を辞めるって言い出すなんて。

 ショック過ぎる。


 俺が何度この部屋を訪ねても言ってくれなかった本心を。

 楓先輩は、一瞬で、太陽の本心を聞き出した。


 自責の念を感じていた。

 数馬を負傷させた事を。

 俺が思っている以上に責任を太陽は感じていた。


 気づいてやれなかった。

 数馬が許してるって、俺はもっと太陽に伝えるべきだった。

 考えが甘かった。



「結城君は今日も学校にきました」

「……」

「恥を知りなさい」

「ううっ」


 

 キツい。

 怪我をした数馬は学校に来て、怪我をさせた太陽が学校も練習もサボった。


 確かにそうだけど。

 そうなんだけど。


 楓先輩。

 今の太陽にはキツ過ぎる言葉。

 楓先輩が、座り込んで泣いている太陽の目の前まで歩み寄る。



「朝日太陽」

「ううっ……はい」




『私を甲子園へ連れて行きなさい』




「う、ううっ、は、はいーーっ!!」




(ガチャン)



(「よく頑張ったわね」)

(「先輩、俺、俺」)

(「大丈夫よ。一緒に謝りに行きましょう」)

(「はい、はい、はい」)



 俺は太陽の部屋から出る事にした。

 

 もうこの部屋にはいられない。


 2人だけの世界に、俺がいてはいけない。


 俺でも、成瀬でも、怪我をさせた数馬ですら、なお一層閉じさせ、野球を辞めるとすら言わせた太陽の閉じられた心を。


 一瞬で解き放ったのは、誰よりも厳しく、誰よりも強く、誰よりも優しい、神宮司楓先輩だった。




第13章<沈まぬ太陽> ~完~



【ここまでの登場人物】



【主人公とその家族】



高木守道たかぎもりみち

 平安高校S2クラスに所属。ある事がきっかけで未来に出題される問題が浮かび上がる不思議なノートを手に入れる。パンダ研究部所属。


高木紫穂たかぎしほ

 主人公の実の妹。ある理由から主人公と別居して暮らすことになる。兄を慕う心優しい妹。


蓮見詩織はすみしおり

 平安高校特別進学部に通う2年生。主人公の父、その再婚を予定する、ままははの一人娘。




【平安高校1年生 特別進学部SAクラス】


朝日太陽あさひたいよう

 主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部SAクラス1年生。スポーツ万能、成績優秀。野球部に所属。




【平安高校1年生 特別進学部S2クラス】



結城数馬ゆうきかずま

 平安高校特別進学部S2クラス1年生。野球部所属。主人公のクラスメイト。


岬れな(みさきれな)

 平安高校特別進学部S2クラス1年生。パンダ研究部所属。主人公のクラスメイト。バイト先の同僚。


氏家翔馬うじいえしょうま

 平安高校特別進学部S2クラス1年生。サッカー部所属。主人公のクラスメイト。


末摘花すえつむはな

 平安高校特別進学部S2クラス1年生。パンダ研究部所属。眼鏡女子。主人公のクラスメイト。




【平安高校1年生 特別進学部S1クラス】



神宮司葵じんぐうじあおい

 主人公と図書館で偶然知り合う。平安高校1年生、S1クラスに所属。『源氏物語』をこよなく愛する謎の美少女。美術部所属、パンダ研究部所属。


成瀬結衣なるせゆい

 主人公、朝日とは小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部S1クラス1年生。秀才かつ学年でトップクラスの成績を誇る。美術部所属。


空蝉文音うつせみあやね

 平安高校特別進学部S1クラス1年生。双子姉妹の姉。野球部マネージャー。


空蝉心音うつせみここね

 平安高校特別進学部S1クラス1年生。双子姉妹の妹。野球部マネージャー。




【平安高校 上級生】



神宮司楓じんぐうじかえで

 現代に現れた大和撫子。平安高校3年生。誰もが憧れる絶対的美少女。野球部マネージャー。神宮司葵の姉。


成瀬真弓なるせまゆみ

 平安高校3年生。成瀬結衣の2つ上のお姉さん。主人公を小学生の頃から実の弟のように扱う。しっかりもののお姉さん。野球部マネージャー。


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