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119.「死闘の果てに」

 月曜日。

 今日は6月1日。

 俺が平安高校に入学して2カ月の時が過ぎた。


 昨日の日曜日は英語能力検定4級の試験日。

 英語の筆記テストや、放送から流れてくるリスニング問題。

 簡単な英語力を試す試験。


 4月2日、悲惨な赤点を叩き出したあの学力テストから2カ月。

 俺は毎日ラジオ英会話を聞き、テキストの英文をノートに書き写す日々を重ねてきた。



(レッツ・スピーク・イングリッシュ~)



 正直4級の試験は楽勝だった。

 元々英語力が身についてきたところに、成瀬と紫穂が持ってきた過去問で直前対策も万全。

 ほぼ間違いなく合格出来ているに違いない。

 というか、あれだけ小学生が混じっていた試験で、平安の特別進学部現役生が不合格になるわけにはいかない。


 ともあれ、中学生の紫穂も受ける英語能力検定。

 4級は中学生レベル。

 最近ローズ・ブラウン先生が教師の英語コミュニケーションⅠの授業が億劫では無くなってきた。

 俺の英語力は、まっとうな中学生レベルにまで達しているのかも知れない。

 

 合否の結果はネットのホームページで分かるらしい。

 自宅には合格証書も届くと試験官が言っていた。

 俺の合格証書、一体どこに届くんだ?


 月曜の朝。

 平安高校に岬と一緒に登校する。

 今朝もバイトをしてから2人で登校。

 岬は夏の旅行に向けてコツコツバイトを続けるつもりのようだ。


 4月にあれだけ毎日バイト先まで来てくれていた詩織姉さんは、中間テストの前からすっかり姿を見せなくなってしまった。

 普段学内で何をしているのか分からない、2年生の詩織姉さん。

 あの人が何を考えているのか、俺にはまったく分からない。


 岬と一緒に平安高校の正門まで到着する。

 あれ?

 なんかテレビの取材のような事やってる。

 野球部のユニフォーム着た球児が、何人か正門前で取材を受けてる。

 近くにいる人、監督さんかな?


 カメラマンがカメラ回してる。

 あの人、テレビで見た事ある女子アナ。

 俺の高校、超取材されてんじゃん。

 マジかよ。



「離れて歩くし」

「あ、ああ」

「よう高木ーー!」



(バシッ!!)



「痛てぇ!?」

「あはは、めんごめんご」



 高木デストロイヤー、成瀬真弓登場。



「なんすか姉さん!?」

「あはは、あんたの背中見たらつい叩きたくなっちゃうのよね~」

「そういうパワハラやめて下さいって」

「おはよう守道君」

「楓先輩、おはようございます」

「昨日は葵ちゃんをありがとう」

「いえ、全然です」



 デストロイヤーの隣には、いつももれなく神宮司楓先輩がご一緒。

 昨日の日曜日、先輩の妹を何度も見失った事は内緒にしておく。


 英語能力検定試験が終わってS1の教室から消えた時は肝を冷やした。

 相棒に助けられて、なんとか脱走パンダを探し当てた。


 神宮司が胸に抱えていたのは源氏物語。

 保護者の待機所として解放されていた旧図書館にパンダが迷い込んでいた。



「これ、頂き物なんだけど」

「えっ?なんですこれ?」



 楓先輩からご褒美が支給される。

 可愛い包装、とても軽い。

 包装紙には商品名の刻印。



『源氏あられ』



 光源氏の引率は精神がすり減る。

 紫穂にも協力してもらった。

 楓先輩からのご褒美、今度紫穂と一緒に食べる事にしよう。



「あはは、高木良かったわね」

「はいはい、もう涙が出そうなほど嬉しいですよ」




 野球部の3年生マネージャーが2人。

 やっぱり今、野球部の取材とかやってるのかな?


 真弓姉さんが、隣にいた岬れなに近づく。

 あれ?

 岬と成瀬真弓姉さん知り合いだったのか?



「岬さん、いつもお兄さん頼りにしてます」

「うちの兄貴がいつもご迷惑おかけしております」

「そんな事ないよ~」



 兄貴?

 頼りにしてる?

 なんの話だ一体?



「楓、そろそろ私たちの番ね」

「そうね」

「真弓姉さんたち何かあるんですか?」

「聞いて驚け高木。美人マネージャーとしてわたしたちインタビュー受けるわけ」

「ええ!?マジっすか」



 真弓姉さんたちも野球の選手に交じって取材を受けるらしい。

 すげぇ。

 平安高校、高校野球の名門校は注目度が半端ない。



「そうよ~今年も良い選手揃ってるし、ちゃんと楓を甲子園に連れて行ってもらわないとね」

「真弓姉さんは去年記録員でベンチ入りしたんですよね」

「まね~じゃあね高木。浮気すんなよ」

「なんの話ですか」



 うちの高校を代表する美人マネージャー2人が、野球部のユニフォームを着た球児たちに交じって取材を受けている。

 どうやら朝練から密着取材でもしているらしい。

 先生たちの姿も見える。

 1流の有名校は1流の取材を受けるようだ。


 岬とその光景を見ながら正門を通り抜ける。

 第一校舎まで到着。

 3階に上がり、S2の廊下まで歩いてくる。

 岬と別れてロッカーにカバンを入れていると、聞き慣れた男の声がする。



「ようシュドウ、おはようさん」

「おはよう太陽。今日テレビ来てたよな」

「ああ、高校野球の取材だってさ」

「マジか」



 やはり朝から密着取材をしていたらしい。

 今日は地元のローカル局が取材に来ていたようだ。

 テレビと聞くだけでテンションが上がる。

 俺にはまったく無縁の世界。



「太陽は無いのか取材?」

「実績無い俺が取材来るわけねえだろ。今日は4番打ってる主将と3年生の何人かが取材を受けるんだってよ」



 先ほど正門にいた野球部のユニフォームを着た球児は全員3年生らしい。

 実績の無い1年生の太陽にお声はかからないようだ。



「今週だな」

「ああ」



 今週の土曜日。

 6月第1週の土曜日。

 甲子園出場を目指し、地方大会に臨む野球部のレギュラー決定に向けた紅白戦がある日。


 太陽にとっては、惨敗した神宮司楓先輩を振り向かせる登竜門となる試合がある日。

 太陽が狙うのは、1年生に必ずベンチ1枠が用意されているピッチャーのポジション。


 当然野手も候補になろうが、去年甲子園に出場している上級生がほぼレギュラーを占めている。

 ここでレギュラーを取れないようでは、楓先輩への再アタックどころの話ではなくなる。

 来年には楓先輩は平安高校を卒業してしまう。



「おはよう守道君」

「おはよう数馬」



 結城数馬と挨拶する。

 太陽と同じ野球部。

 太陽がSAの教室に来たタイミングで一緒に戻ってきたのだろう。



「よう」

「ああ」



 あれ?

 おかしい。

 朝日太陽と結城数馬。


 片言のやりとり。

 いつもならもっと親しく話し合ったりするのに。

 2人から超ピリピリした空気を感じる。



「なあシュドウ。今週は俺、1人で昼飯食うわ」

「あ、ああ。分かった。今週だもんな」



 ピリピリムードが太陽からも伝わってくる。

 1人で飯を食う。

 それは昼間、屋上で数馬と顔を合わせない事を意味する、


 今週の土曜、甲子園に向けたメンバーを決める紅白戦が予定されている。

 今朝、3年生が取材を受けている姿を太陽も数馬も見ているはず。


 注目されてる、世間から。

 知ってはいたけど、テレビが入ると実感が沸く。

 平安高校の野球部は凄くレベルの高い世界だと感じた。


 太陽の話では、レギュラーのほとんどは3年生が占める情勢。

 去年の夏の甲子園出場メンバーも含まれるらしい。


 残りを2年生がポジションにつき、1年生の野手は今年はゼロ。

 1年生はベンチ入りをかけて、土曜日の紅白戦で実力をアピールする。

 次の土曜日の紅白戦は、レギュラーが確約されていない1年生から3年生の球児に取って最大の試練となる。


 太陽と別れて、S2クラスに入ろうとする。

 見慣れた仲の良い2人の姿。



「おはよう高木君」

「成瀬、おはよう」

「おはようシュドウ君」



 S2クラスの廊下の前で、並んで歩く成瀬結衣と神宮司葵が挨拶してくる。

 成瀬が俺に話しかけてくる。



「昨日は試験どうだった?」

「バッチリ。多分大丈夫」

「そう、良かった」

「結衣ちゃん、わたしも出来たよ」

「凄いわ葵さん」



 成瀬が楓先輩のように神宮司を褒めている。

 すっかり仲良くなってる2人。

 成瀬は本当に下の子の面倒見が良い。

 下の子じゃないけどこの子。



「おい成瀬」

「なに?」



 成瀬に声をかける。

 神宮司は不思議そうにこちらを見ている。

 俺は成瀬に話したい事があった。



「どうしたの高木君?」

「成瀬凄いな、お前いつもこの子と一緒にいるんだろ?」

「そうだけど」


 

 光源氏と半日過ごして、紫穂と一緒に右往左往した。

 一瞬で消える、迷子癖のある神宮司葵。



「成瀬。俺、お前の事尊敬するよ」

「ちょっと意味分かんないよ高木君」



 俺は成瀬の偉大さに感動した。

 神宮司と半日一緒に居て神経をすり減らした俺は、1日中S1クラスで一緒に時を過ごす成瀬結衣の偉大さに感動している。


 成瀬が一緒にいないと、この子は地球の裏側まで迷子になってさまよい歩く。

 楓先輩まで頼りにしている成瀬結衣に、この子の未来を託して2人と別れる。


 S2クラスの中に入る。

 俺の日常がスタートする。



「おはよう」

「おはよう高木」

「おはようー」


 

 6月。

 S2クラスの朝は挨拶が飛び交う明るい雰囲気に変わった。



「よう守道、まいど~」

「翔馬、おはよう。随分機嫌良いな」

「そうやそうや。守道、俺今度試合でベンチ入りできる事になったで~」

「マジかよ翔馬。いつ?」

「今度の土曜の試合。監督に途中から出す言うてもろうたで」

「凄いじゃん翔馬、やったな」

「お前のおかげや守道。この前S2が優勝したのが大きかったで」

「素人の試合なんて関係ないって。お前の実力だよ翔馬」



 背が低い事を気にしていた氏家翔馬。

 高校に入学して、初めてサッカー部の対外試合で出場する事が出来るようだ。

 サッカー部の事はよく分からないが、翔馬が試合に出られると聞いただけでとても嬉しく感じる。


 翔馬が自分の席に向かうと、入れ替わりに近くにいた男子の輪から声をかけられる。

 


「よう高木」

「朝の取材見たか」

「見た見た」



 今話しているのは、S2のゴールを一緒に守り抜いた旧ディフェンダーの集団男子たち。

 ゴールキーパーで守護神だった俺は、最終ラインを一緒に守るディフェンダー組の6人と仲良く話をするようになっていた。

 みんな正門で取材を受けていた野球部の話題で持ちきりの様子。



「ビックリしたな」

「俺にも取材来るかな」

「帰宅部の俺たちに取材来るかよ」

「あははは」



 ガリ勉男子たちのくだらない話。

 あのスポーツ大会が転機になって、クラスのあちこちで笑顔の花が咲く。


 スポーツ大会の優勝チーム。

 わずか20分の変則ルールではあるが、1年生S2の男子たちが優勝出来た意義はとても大きかった。



「来年またあるかな」

「毎年恒例だろサッカー?」

「次はお前がキーパーやれよ。死ぬほど痛いぜあれ」

「S2の守護神はお前だろ高木」 



 S2の守護神。

 今の俺の異名に、俺は心地よさすら感じていた。



「やあ守道君」

「おはよう数馬。土曜日、紅白戦だよな」

「そうだね。守道君、今日からしばらく」

「分かってるよ。昼は別にしよう」

「すまない、僕も集中したい」



 数馬の言う集中。

 俺と朝日太陽、結城数馬は大事な友達。

 だけど、同時にライバルでもある太陽と数馬。


 あるいはどちらかが野球部のレギュラー、あるいはどちらかが補欠になるかも知れない厳しいスポーツの世界。


 白黒つくまで、しばらく昼飯は別々に取る。

 太陽と数馬が2人でそう意思表示してる。

 野球部ではない俺が口を挟める事じゃない。


 ただ俺の心境、超複雑。

 太陽には楓先輩の事もありレギュラー取って欲しいし。

 数馬はS2の大親友。


 正直2人がライバルでもあり、いざ試合で2人が戦い合う姿が今週の土曜日に予定されると聞くと、もう俺はどちらを応援すれば良いのか分からなくなる。


 どっちもレギュラー取って欲しいし、どちらもベンチ入りすら出来ない可能性の方が高い厳しいスポーツの世界。

 

 

「そろそろ授業始まるね」

「ああ。なあ数馬」

「なんだい守道君?」

「頑張れよ土曜日」

「ああ」



 結城数馬が俺に返事をするその顔。

 あのスポーツ大会サッカー決勝戦。

 最後のPK戦に臨む時の、真剣な眼差しだった数馬の表情に重なる。


 素人が戦ったサッカー大会とは違う、太陽と数馬の真剣勝負。

 本気の2人のレギュラー争いの戦いは、すでに始まっていた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 土曜日、太陽と数馬の試練の日が訪れた。


 朝日太陽と結城数馬。

 日頃2人がどんな練習をしているのか俺はあまり知らない。

 月曜日の朝、S2教室前の廊下で、太陽は今週昼飯は1人で食べると宣言した。


 ライバルである結城数馬とはツルまない。

 男らしい太陽は宣言通り、昨日の金曜日まで数馬と一切の関係を絶って今日に臨んでいる。


 それは数馬も同じ事。

 月曜日、S2の教室で数馬は俺にこう話した。



『集中したい』



 数馬の本気を感じた。

 コンディションを整えて、今日2人は試合に臨むはず。



(ピコピコ~)



「いらっしゃいませ~」

「ませ~」

「おい岬、なに省エネパンダしてんだよ。もっと声出せ、声」

「うるさいし」



 太陽と数馬が土曜日、昼過ぎからの紅白戦に臨む日。

 俺と岬は絶賛コンビニでバイト中。

 俺の青春の半分はコンビニでできている。

 相変わらず若い男子たちが岬のレジに列をなす。



「岬ちゃん今日も可愛いね」

「どうもです~」



 対して俺のレジは。



「お~高木君~」

「じいちゃん、いつものポテト?」

「お~」

「岬、ちょっとポテト揚げてくるからレジ頼む」

「オッケー」



 このじいちゃんは土曜日昼間の常連の客。

 「お~」と言うのは、レジ横にある揚げ物の商品、フライドポテトを3つ揚げたてが欲しいと言う意味。


 コンビニの揚げ物は、時間が経つと鮮度が次第に落ちていく。

 ちなみにフライドポテトは2時間で廃棄がルール。

 いつ来るか分からないじいちゃん。

 たまに来ない日もある。


 俺はフードロスを抑えるために、いつもじいちゃんが来店してからフライヤーにポテトを投入する。

 ハンバーガーショップも同じ事だが、ポテトは揚げたてが最高に旨い。



「はいじいちゃん、ポテト3つ」

「お~」



 以前俺が揚げたてのポテトを並べた瞬間、このじいちゃんがポテトを買って家に持って帰ったらホクホク出来立てで最高に旨かったと家族に喜ばれたらしい。

 それ以来じいちゃんは毎週、揚げたてのポテトを3つ、何かにとりつかれたように毎週買いに来ている。


 俺がコンビニで青春を謳歌している最中、今日の昼13時から、太陽と数馬が実戦形式で試合を行う。

 決戦の舞台は平安高校敷地内にある常勝園(じょうしょうえん)グラウンド。

 もうすぐバイトが終わる時間を迎える。


 今日は朝から快晴。

 太陽と数馬、1年生球児のレギュラーをかけたアピールの場。

 去年の夏の甲子園出場メンバーが3年生に何人もいる中、1年生がそこに割って入るのは余程の事。

 限られたチャンスをものにできるのかが、2人の運命を分けるはず。


 甲子園がある夏に向けた大事な紅白戦。

 俺のいる特別進学部S2クラスの競争と同じ。

 朝日太陽、結城数馬もレギュラー争いというふるいにかけられる厳しい世界。


 バイトが終了。

 いつもは朝から15時までだが、今日は早めに帰らせてもらう事を店長に申告していた。

 シフトの調整は店長の仕事。

 今日は非番のパートのおばちゃんが俺の代わりにシフトの穴を埋めてくれる。


 バイト先のコンビニから、直接平安高校を目指す。



「岬、お疲れ」

「うっーす」



 岬のうっす。

 よく聞くこの返事。

 思い当たるフシがあった。



『真弓先輩』

『太陽君、ちょっとお願いして良い?』

『うっす』



 野球部1年生の太陽が、3年生マネージャーの成瀬真弓姉さんにパシリにされる時の返事。

 野球部ではこの「うっす」が部内での返事のやりとりという文化が根付いているようだった。

 岬は野球部じゃなくてパンダ研究部。

 なんで岬がうっすうっす言ってるんだ?


 コンビニを出て、御所水通りを平安高校方面に岬と並んで歩く。

 今日俺は平安高校に行くつもりだったので、当然制服を着てバイトに出てきた。


 岬れな、この子も今日は制服。

 学校に何か用事でもあるのか?


 御所水通りを歩いて進む。

 すぐに向かって左にある岬れなの住んでるマンションにたどり着く。

 マンションの入口で岬が家に帰ると思いきや、そのまま一緒に通り過ぎようとする。



「ちょっと待て岬。家着いただろ?」

「あんたと同じ」

「同じ?俺今日野球部の紅白戦見に行くんだけど」

「だから同じだって言ってるでしょ」



 岬が野球に興味があるなんて知らなかった。

 野球に興味と言うよりも、紅白戦を見に行く理由でもあるのか?



「選手の中に彼氏がいるのか?」

「死ねし」



 理由は分からないが、ハリネズミのトゲがビシビシ飛んでくる。

 これ以上は刺激しない事にしよう。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



(「お待たせ致しました。平安高校野球部紅組対白組の試合、間もなく開始でございます」)



 高木守道、岬れなが平安高校の紅白戦が行われる常勝園グラウンドに向かう中。

 すでにグラウンドでは場内放送がスタートしていた。



(「守ります白組のピッチャーは」)



(「わーーーー」)



 選手紹介のアナウンスに場内が一斉に沸きあがる。

 紅白戦が間もなく開始される。



(ウ~~~~~~~~~~)

(わーーー!!)



 良かった。

 何とか試合開始の時間に間に合った。

 試合開始のサイレンが鳴り響き、それと同時に球場から大歓声が上がる。


 土曜日にも関わらず、球場には多くの生徒の姿があった。

 時刻は昼の13時。


 平安高校の敷地内にある、いつも野球部が練習に使っている常勝園グラウンドに入る。

 普段は立ち入りできないが、今日の紅白戦は平安高校の生徒に一般開放されていた。


 岬と並んでベンチに座る。

 座席の椅子は固い石だが、座って観戦するには十分だ。

 マウンドに立つピッチャーの姿を見て愕然とする。

 1回の表、紅白戦、白組の先発ピッチャーは、結城数馬。



「数馬!?」

「うるさいし」

「岬、お前数馬がピッチャーだって知ってたか?」



 岬がクラスメイトの数馬がピッチャーで先発している姿を見てあまり驚いていない様子。

 1年生でピッチャーしてるの、幼なじみの朝日太陽しか知らなかった俺。



「逆にあんたはなんで知らないわけ?」

「聞いてないよ」

「いつもあんたら屋上行って何話してたわけ?」



 くだらない話で昼はいつも太陽と数馬と3人で盛り上がっていた。

 数馬がピッチャーやってたなんて知りもしなかった。


 結城数馬が野球部に入っているのは当たり前の話。

 逆に今までポジションとか聞いた事は一度も無かった。


 1年生で先発。

 しかも左投。

 サウスポーの結城数馬が、第1球を投げる。



(ビュ!バシッ!!)



「ストライク!!」


(「おお~~」)

(「凄~い」)



(パチパチパチパチパチ)


 

 メチャメチャ玉速い。


 1年生で紅白戦先発の結城数馬の第1球はストライク。

 球速は分からないが、球、超早い。

 観衆からサウスポーの数馬の一球にどよめきが起きる。



(ビュ!バシッ!!)



「ストライクツー!!」



(パチパチパチパチパチ)



 平安高校の敷地内にある常勝園グラウンドに歓声と拍手が沸き起こる。

 数馬の投げる第2球は変化球。

 バッターのバットが空を切る。

 結城数馬、もしかして凄い選手だったの? 


 スコアボードに目をやる。

 投げるピッチャーも当然打席に立つ。


 後攻白組、ピッチャーの数馬の打順は一番後ろの9番。

 先攻紅組、平安高校の4番に目がとまる……岬?

 岬れなと同じ苗字……偶然か?


 ホームベースのネット裏に座る俺と岬れな。

 マウンドに立つ数馬の顔がよく見える。


 1塁と3塁の内野席。

 平安高校の吹奏楽部、チアリーディング部、応援団が紅白試合にも関わらず土曜の試合に大挙して駆けつける。

 さすが京都の名門校。

 流れてくる応援歌に気持ちも高揚する。



(ビュ!バシッ!!)



「ストライク!!バッターアウト!」



(パチパチパチパチパチ)



 3球で1アウト。

 左投サウスポー、結城数馬の変化球にバッターのバットが再び空を切る。

 数馬の変化球凄いんですけど。



(「キャー」)

(「結城君ーー」)



 女子の黄色い声援がこだまする。

 数馬、超モテてる。


 内野席に今日の紅白戦に出ないと思われる球児たちの姿が見える。

 みんな黄色いメガホン持ってる。

 全員が紅白戦に出られるわけでも無いのか?

 太陽の姿がどこにも見えない。

 太陽は、太陽はどこだ?


 いた。

 1塁側のベンチの中にいる。

 1塁側は先攻の紅組。


 後攻白組が先発の結城数馬のいるチーム。

 太陽は紅組の数馬とは別々のチームのようだ。


 ベンチにいるメンバーの多さで分かる。

 守りについている選手がグラウンドに出ている分、3塁側の白組のベンチの人数は少ない。


 1回表から先発で登板している数馬と違い、スコアボードの先攻紅組のスターティングメンバーに朝日太陽の名前は無い。

 ベンチスタートではあるが、ピッチャーの太陽。

 この後登板する機会もあるはず。

 信じてるぞ太陽、お前のチャンスもあるって必ず。


 スポーツ大会とは違う、ガチの試合のガチの勝負。

 ここで活躍できる選手が、甲子園への最初の1歩、高校野球選手権地方大会への出場の切符を手に入れる事が出来る。


 プロのスカウトもどこかで見ているかも知れない。

 この前、平安高校の正門では取材のためにテレビまで来ていた。

 マスメディアから注目される、未来のプロになる球児たち。


 野球のプロともなれば、契約金だけでマジで億とかもらえるんだよな。

 俺のコンビニの最低賃金の何倍だよって話。

 数馬と太陽の2人は、そんな夢のような舞台で今、まさに戦ってる。



(「キャー」)

(「頑張ってー」)



 1塁側にも、3塁側と同じくらいの生徒がひしめく。

 その中に、野球部の女子マネージャーの姿が見える。

 姉の成瀬真弓と並んで座る成瀬の姿もそこに見えた。

 やっぱり成瀬、さすがに今日は太陽の応援に駆け付けたようだ、

 




~~~~~成瀬結衣視点~~~~~




(ビュ!バシッ!!)



「ストライク!!バッターアウト!」



(パチパチパチパチパチ)



 1年生の成瀬結衣と並んで座る、姉の成瀬真弓。

 


「ゆいちゃん、結城君カッコ良いね」

「う、うん」



 結城君、もうアウト1つ取っちゃった。

 朝日君はベンチスタート。

 あんなに毎日練習頑張ってきたから、きっと大丈夫。

 

 神様お願いします。

 朝日君が今日の試合で活躍できますように。

 1軍のレギュラーになれますように。



「あら~そんな心配しなくても、この後朝日君もちゃんと出てくるわよ」

「お姉ちゃんうるさい」

「こわ~い」




~~~~~~~~~~~~~~~~






(カキーン!)

(わーーー!!)



 うわっ!?数馬が打たれた!

 セカンド正面、一塁に投げてアウト……ヤバい俺まで冷や冷やする。

 数馬には活躍して欲しいが、数馬が活躍すると太陽のレギュラーが遠のく。


 どっちもレギュラー取って欲しいけど、1年生が2人もレギュラー取れるほど甘くない世界。

 頑張れ数馬、でも太陽が。

 俺はどっちを味方すれば良いんだ?



「あんた」

「なんだよ岬」

「さっき店長にポテトもらってきたっしょ」

「あるよ」

「さっさと出しな」

「こんな時にカツアゲしてんじゃないよ、ほらよ」



 俺が手に汗握っている時に、隣のパンダからポテトの催促。

 今日はお昼にバイトが終わったので、店長から差し入れてもらった売れ残りのポテトを岬に渡す。

 食べ始めるとパンダが途端に大人しくなる。



(カキーン!)

(わーーー!!)



 うわっ!?また打たれた!

 今度はショートゴロ。

 1塁に送ってアウト。


 サウスポーの結城数馬。

 1回の表、先攻紅組の攻撃は、数馬がナイスピッチングで3者凡退に抑える。

 俺もホッと胸をなでおろし、1回裏の平安高校白組の攻撃に移る。


 左投の1年生ともなれば、甲子園でも起用の余地があるんじゃないのか?

 いきなり先発任されてる結城数馬。

 監督の期待の高さが素人の俺にも分かる。


 プロ行けるんじゃないか?と期待をさせるエースの働き。

 俺の親友がこんな舞台に立っている事を俺自身も誇らしく思う。

 

 3塁側のベンチに戻っていく結城数馬が、同じ白組のベンチメンバーとハイタッチしてる。

 超カッコいい。


 バックネット裏から見守る俺。

 1塁側のベンチに目を向けると、遠目にも悔しそうな太陽の姿が見て取れる。

 数馬の活躍は、太陽のレギュラー獲得の大きな壁に違いない。

 親友2人の姿を見て、とてももどかしい気持ちになる。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 試合は7回裏。

 3-3の同点。


 先攻の紅組は5回に4番の岬という選手が2年生ピッチャーからレフトスタンドへスリーランホームランを叩き込み、球場のボルテージが一気に最高潮に達する。

 対して後攻の白組は、小刻みに得点を重ね同点にもつれ込む緊迫した試合展開。

 


(カキーン!)

(わーーー!!)



 7回の裏、平安高校後攻白組、数馬のいるチームの攻撃中。

 後攻白組8番バッターがレフト前にヒットを放つ。

 ノーアウト1塁。






~~~~~朝日太陽視点~~~~~

 


 1塁側、先攻紅組のベンチ。


 朝日太陽に近づく、平安高校野球部、迫田監督。

 


「朝日」

「はい監督」

「肩作ってこい」

「うっす!」



~~~~~~~~~~~~~~~~






(「結城君ーー!」)

(「頑張ってーー!」)



 ネクストバッターズサークルから結城数馬が打席に向かう。

 結城数馬は3回表まで投げ切り、先発してすでに3回無失点の好投。

 守備位置をレフトに移し、そのまま9番打者として3打数2安打1打点。


 ピッチャーとして左投、バッターとして左打ち。

 数馬と一緒に勉強してて知ってるけど、あいつ左利き。

 太陽と全部逆。


 1年生らしからぬ超人的活躍で、今も打順に名を連ねたまま。

 超カッコいい。

 俺が女子なら絶対こいつと付き合う。

 隣のパンダコメントテーターからコメントが入る。



(ポリポリ)



「あんたとは月とすっぽんね」

「うるさいな岬。当たり前だろ、結城数馬だぞ?」

「そうね」

「なにプリッツポリポリ食べてんだよ、太るぞ岬」

「うるさいし」



 店長支給のポテトはとっくの昔に岬の胃袋へと消えて行った。

 やけに岬が大人しいと思ったら、隣で追加のプリッツをポリポリ食べてご機嫌のご様子。

 


「あんたも食べる?」

「俺は良いよ。今それどころじゃないんだって」

「あっそ」



 俺はやきもきしていた。

 7回裏まで進んで、朝日太陽がまだ登板していない。

 数馬が大活躍してるのは嬉しいけど、嬉しいけど、太陽がまだ紅白戦に出場出来ていない。

 太陽もきっと焦ってるはず、目の前で1年生の数馬がこれだけ活躍してるのを見て悔しいと思っているに違いない。


 朝日太陽は中学生の時から右投げ右打ちの右利き。

 数馬と全部逆。


 なんで太陽の出番がまだ来ないんだよ。

 数馬の方が期待されてるのか?


 あれ?

 打席に向かっていた数馬の足が止まる。

 内野手が全員、2年生ピッチャーがいるマウンドに集まる。

 場内放送でウグイス嬢がアナウンスを始める。



(「守ります紅組、選手の交代をお知らせ致します。ピッチャー鈴木君に変わりまして、朝日君。9番ピッチャー朝日君、背番号――」)



(「わーーー!」)

(「朝日頑張れーー!!」)



 きた!

 太陽の出番がきた!

 球場内の生徒も大歓声を上げている。


 って、ちょっと待てよ!?

 次のバッター、数馬じゃんかよ!?


 3-3、7回裏の同点。

 しかもノーアウトランナー1塁。

 監督もキツイとこで太陽使ってきた。


 それでもようやく巡ってきた太陽のチャンス。

 太陽は燃えてるはず。

 でも、相手のバッターは。





~~~~~朝日太陽視点~~~~~

 


 ようやく俺の出番が来た。

 もう7回の裏、3-3の同点。

 絶対に点はやれねえ大事な場面。


 1塁にランナーがいる。

 盗塁も警戒しないといけねえ。

 あの1塁の先輩、足早いんだよな。

 変化球は投げられねえ、ストレート1本勝負。


 だがバッターがたちが悪い。

 数馬の野郎は左打ちでミートも上手い。 


 絶対監督は俺が数馬を抑えられるか試してるはず。

 抑えてやる、絶対。


 1塁側、あの人も俺の事を見てる。

 絶対に抑えてやる。



~~~~~~~~~~~~~~~~






 マウンドに立つ1年生の朝日太陽。


 左バッターボックス、打席に立つ結城数馬。


 1塁のランナーに牽制球を1球。


 すかさず戻る2年生ランナー。


 盗塁を警戒する朝日太陽の落ち着いた対応を。


 バッターボックスで笑顔で見守る結城数馬。





~~~~~結城数馬視点~~~~~

 


 さすが朝日君、ランナーがいても落ち着いてるね。

 おっと、にらまれてる。

 怖い怖い。


 大事な場面で永遠のライバル登場という事で。

 気合が入ってるね朝日君。


 僕は君を追ってこの平安高校に来て、本当に良かった。

 今日、この日が来るのを楽しみにしてたよ。


 さあ、楽しもう。

 僕たちの夢の舞台を。



~~~~~~~~~~~~~~~~





 最初1塁へ牽制球を投げる朝日太陽。

 数馬への第1球。


 

(ビュ!バシッ!!)



「ストライク!!」


(「おお~~」)

(「凄~い」)



(パチパチパチパチパチ)




「はやっ」

「当たり前だろ岬、あれが太陽の火の玉ストレートだよ」



 パンダの岬も思わずうなる火の玉ストレート。

 超早い、何キロ出てるあのストレート?

 数馬のバットが微動だにしなかった。

 

 だが数馬もここまで2安打1打点。

 狙ってる、絶対数馬は狙ってるはず。




~~~~~結城数馬視点~~~~~

 


いや~速い速い。


これは長打は無理だね絶対。


しっかり当てていきますか。


~~~~~~~~~~~~~~~~




~~~~~朝日太陽視点~~~~~

 


畜生、数馬の野郎、ニヤニヤしやがって。


絶対に抑えてやる。


それにしても1塁の先輩のリードが大きい。


盗塁する気満々じゃねえかよ。


ここは冷静に1球入れとく。


数馬との勝負はそれからだ。




~~~~~~~~~~~~~~~~




 朝日太陽が1塁へもう1度牽制球。



(ビュ!バシッ!!セーフ!!)


(「わーー!!」)



 1塁にいる2年生のランナーがギリギリのタイミングで1塁に戻る。

 もう少しでアウトだったのに、惜しい。



「今のアウトでしょ」

「だろ?だろ?お前もそう思うよな岬」

「興奮すんなし」

「今の絶対アウトだって!」

「うるさいし」



 1ストライク。

 太陽の2球目。



(ビュ!カキーン!)

(「わーーー!!」)




「うわ!?ファウルかよ!?」

「あんたはどっちの味方?」

「どっちも味方だよ!」

「うるさいし」



 もう頭ゴチャゴチャの大パニック。

 今の数馬のファウルでツーストライク。

 左バッターの数馬は太陽に追い込まれた。


 逆に太陽は数馬を追い込んだ。

 太陽のストレートはこれまで見たどのピッチャーよりも速く感じる。

 

 勝負ついちゃうのかこれ?

 太陽が押さえたら数馬はどうなるんだよ?

 もう見てらんないよこの勝負!?

 



~~~~~結城数馬視点~~~~~

 


これは予想以上の速さ。


しかも手元でボールが伸びてくる。


当てるので精いっぱい。


朝日君、中学生の時より球速増してるね~。


~~~~~~~~~~~~~~~~





~~~~~朝日太陽視点~~~~~

 


数馬の野郎、合わせてきやがった。


さすがに上手い、ミートも天才的だぜこいつ。


ストレート1本だと厳しい。


キャッチャーの先輩のサイン。


内角のストレート……それしかねえ。


1塁のランナーは次走ってくるかも知れねえ。


先輩のミットめがけて、全力で放り込む。


~~~~~~~~~~~~~~~~




 7回裏、白組の攻撃。

 ノーアウトランナー1塁。


 マウンドにはこの回途中から登板した朝日太陽の姿。

 バッターボックスには結城数馬。


 1塁ランナー大きくリード。

 セットポジションから朝日太陽が第3球を投げる。



(ビュ!)




~~~~~結城数馬視点~~~~~

 


 きた。


 速い。


 内角インコース、もらった。


~~~~~~~~~~~~~~~~




(バチン!)



「キャーー!!」

「結城ーー!!」



(カラン カラン カラン)



 太陽の投げたインコースのストレートが、数馬の手元付近に直撃した。

 手元を抑えてバッターボックスに倒れ込む結城数馬。


 マウンドで呆然と立ち尽くす朝日太陽。



「(「白組、結城選手。けがの治療のため、しばらくお待ちください」)」



 

 場内が騒然とする中、けがの治療のアナウンスだけが虚しく響き渡る。


 結城数馬が担架に乗せられて、バッターボックスから運ばれていく。



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