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116.「紫の届け物」

 パン研部員と集団下校をする。

 3年生の南夕子部長。

 クラスメイトの岬、末摘さんと4人で下校。


 夕方、日が沈む時間帯。

 辺りは暗くなってきた。

 先頭を歩く南夕子部長が声をかけてくる。



「歓迎会?」

「そう、後輩君も来るでしょ?」



 岬が引っ張ってきたクラスメイトの眼鏡女子、末摘花さんのパン研加入を機に歓迎会を企画したらしい。



「みんなでパンダでも見るんですか部長?」

「当たり前でしょ後輩君?」



 聞いた俺がバカだった。

 パンダを観察する、ただそれだけのためにある部活。

 


「行きませんよ部長」

「なんで?」

「予習で忙しいんです」

「予習?」



 自習では無い、予習だ。

 藍色の未来ノートに映された未来で俺が受けるテスト問題の予習。


 それが終わればさらに他の科目も普通に予習しないといけない。

 遊んでいる暇はない。

 余裕がまったく無い俺。



「後輩君にも来てもらわないと困るの」

「先輩」



 南部長が俺を必要としてくれている。



「生徒会に出す活動報告書が書けなくなるの。部費も欲しいし、来てもらわないと困るのよ私が」


 

 部費の確保に俺が必要らしい。

 俺が必要な理由、なんか思ってたのと大分違う気がする。


 とはいえ、学内では廃部寸前の我がパン研だが、俺にとっては利用価値がとても高い。

 パンダ研究部の部室は1年生が入る第一校舎1階、旧図書館の一室。


 新図書館は3年生が入る第二校舎の2階。

 人が多いあちらの新図書館より、旧図書館は何かと俺にとって都合が良い。


 人が少なく、自習がはかどるのは言うまでもない。

 多少古いが書籍も豊富。

 御所水通りにある中央図書館とそん色がない。

 何より藍色の未来ノートで答えを調べている姿を、他の生徒にさらすのには問題がある。

 



 ―――憂鬱―――




 先月、4月の話。

 現代文担当、藤原宣孝先生が作成したはずの小テストの問題。

 ひらがなから漢字を書かせる問題。



『ゆううつ』



 一瞬だけ未来の問題が浮かび上がり、すぐに消えた。


 小テスト当日になって、憂鬱の漢字の答えは書けないと思った俺。

 その問題を調べるために向かった新図書館。

 そこでパソコンの検索履歴に残っていたのが、あの憂鬱という検索ワード。


 あの時、白い未来ノートに未来の現代文の問題が浮かび上がって、そう時間は経っていないタイミングでパソコンの画面に表示された憂鬱の検索履歴。

 未来ノートの所持者である俺だけが抱いた、まるで未来の出題問題を調べていたかのような履歴。



『第2の未来の問題を知るものが、新図書館に直前までいた痕跡』



 バカバカしい考えだが、そもそも俺は何だよって話。

 そう、俺こそ。



『未来の問題を知る生徒』



 あの時。

 白い未来ノートさえあれば、何とでもなると勘違いして平安高校に入学した俺に悲劇が襲った。


 未来の問題が出たら、その答えを調べて、暗記して、テストでその答えを記入する。

 このサイクルが通用しなくなったのが、わずか入学2日目の学力テスト。

 たった5問の古文の設問の表示にとどまり、あの時は白い未来ノートに裏切られたとすら感じた。 


 未来の問題が出たら、その答えを調べて、暗記して、テストでその答えを記入する。

 このサイクルはすでに破綻している。

 サイクルが上手くいったのは、平安高校の入試を受ける前、中学3年生のあの日までだ。


 問題は出たり出なかったり。

 最近は答えまで出たり出なかったりする。

 俺の相棒は本当に気まぐれだ。


 いつまでもこんな事は続けていられない。

 ノートに頼り続ければ、学力テストの二の舞だ。

 俺は、いち早くこの未来の問題が浮かび上がるノートから卒業しなければいけない。 



「どう後輩君?行かない一緒に?」

「俺本当予習しないとヤバいんですって先輩」



 南部長が未来の部費確保のために、俺を新入生歓迎動物園に必死に誘ってくる。



「女の子いるよ」

「そんな理由で行きませんからね」



 部長はエサの与え方が天才的だ。

 思わず行きますと答えたくなるがグッとこらえる。

 予習は大事。



「動物園で予習どう?」

「動物園で勉強してる人なんています?」

「わたししてるよ、毎週動物園で」



 いた。

 俺の目の前に。

 この人に俺の常識は一切通じない。



「じゃあ検討します」

「もう~強情なんだから。真弓ちゃんに言うわよ」

「ちょっとそれやめて下さいって先輩。あの人絡んだら俺死んじゃいますから」

「ふふ~ん」



 しまった。

 3年生の南部長は成瀬の姉さん、成瀬真弓の知り合い。

 真弓姉さんが絡むと、もれなく神宮司楓先輩までついてくる。

 3年生の先輩たちに囲まれたら、俺に拒否権がなくなる。

 


「あそこ、一番星」

「花、見つけるの早い」

「そ、そうかな」



 俺が南部長と並んで歩きながら、新入生歓迎動物園に誘われている最中。

 前を歩く末摘花が空を指さし、並んで歩く岬れなと一番星の話をしている。

 南部長が2人に近づき話を始める。



「末摘さんは星が好きなの?」

「は、はい」

「夜の動物園って行った事ある?」

「夜の動物園ですか?」

「夏休みになると夜行性の動物たちを観察するツアーがあるの。夜だから当然星が綺麗に見えるの~」

「うわ~楽しそう~」

「良いわよ~星の中を歩く動物園は一生の思い出よ~」



 南部長が何やら乙女チックな話を始めた。

 ああいう話は御所水先生が好きそうだな。

 夜になると教科書が見えなくなる、男子の俺には関係の無い話。


 辺りはすっかり暗くなってきた。

 御所水通りに差し掛かったところで、南部長と末摘さんの2人と別れる。



「じゃあね後輩君~岬さん宜しく~」

「バイバイ」



 南部長と末摘さんの2人と別れる。

 


「あたしらも行くっしょ」

「ああ」



 朝はバイト先も同じクラスメイトの岬れな。

 海外旅行の費用を自力で稼ぐ目的でバイトを続けている彼女。



「なあ岬」

「なに?」

「また旅行でも行くのか?」

「夏」

「なるほどな」

「なにが?」

「なんでバイト続けてるのか気になってさ」

「うるさいし」

「普通だろ聞くの?」



 御所水通りを2人で歩いて帰る。

 バイト先から朝平安高校に向かう一本道。

 帰りは逆に、平安高校から家に向かって歩く。

 並木通りのこの先に、岬の自宅マンション、さらに先にはバイト先のコンビニがある。



(ギュ)



「またかよ」

「うるさいし」

「へいへい」



 夜になると、岬はやたらと夜道を怖がる。

 無言のまま、俺の制服の袖をつかんでくる。

 理由は分かってる。

 つきまといを恐れているに違いない。



「岬」

「なに?」

「誰か襲ってきたら俺が守ってやるよ」

「は?」

「なんせ俺はS2の守護神だからな」

「ぷっ、ふふふ」

「そこ笑うとこかよ?」

「あはは」



 怖がっているようにも見えた岬の顔に笑顔が戻る。

 ゴールキーパー、高木守道の名は伊達じゃない。

 赤点男から、1日にして俺はS2の守護神とクラスメイトから呼ばれる存在になっていた。



「失点多いし」

「PKの俺のパンチング見ただろ?」

「最後失敗したし」

「ああそうだよ」



 なんだかんだで、この子との付き合いも長くなってきた。

 突然今日、岬が早朝バイト先にショートヘアで現れた時はビックリした。

 女の子は髪型1つで、極端に印象が変わりドキリとさせられる。



「たまにはヤルじゃん」

「たまにだよ、たまに」



 岬なりに俺の事を褒めてくれているような気もする。

 俺は勝手にそう思ってる。


 岬の自宅マンションに到着する。

 無事に姫を自宅までお届け。

 南部長への義理は果たせた。


 マンション1階のエントランス。

 何組かの住人が、オートロックの自動ドアが開き、そこを通って奥にあるエレベーターへと消えて行く。

 岬と向かい合う。



「ありがと」

「良いよ別に、どうせ帰り道だし」



 ここから御所水通りをしばらく自宅方向に歩けばバイト先。

 岬と俺の帰り道はたまたま同じ方角。


 岬もマンションの住人達と同じように、オートロックの扉の前まで進む。

 まだ自動ドアの扉は開かない。

 一度背を向けた岬が、俺の方を再び振り向く。



「あのさ」

「おう」

「カッコ良かったよ、今日のあんたは」



 自動ドアの扉が開き、岬は俺に背を向けると奥のエレベーターへ向かってそそくさと消えて行く。

 オートロックの扉が閉まる。


 岬がここまで俺を褒めるなんて、今までに無かったこと。

 きっとこれも、未来ノートのせいだろう。

 あるいは、未来ノートの呪いの1つに違いない。

 俺という男が実力でモテる事なんて、あるはずがない。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 自宅アパートに到着する。

 アパートの2階。

 部屋の電気は当然消えてる。


 

(カンカンカン)



 階段を上がり、部屋の前までたどり着く。

 あれ?

 部屋のドアノブに何か袋がぶら下がってる。

 なんだろこれ?


 袋を取って、家の中に一度入る。

 部屋に入るなり、すぐに良い匂いがする事に気づく。

 母さんと同じ味、肉じゃがの匂い。

 この懐かしい肉じゃがを作れるのは、妹の紫穂だけだ。


 今日も家に寄ってくれたに違いない。

 今年中学2年生になった妹の紫穂。

 成瀬と同じ美術部のかたわら、週に何日かは必ず家に寄って、出来の悪い兄のために食事をこしらえてくれる。

 

 玄関で袋の中身を確認する。

 たくさんのプリント、何だろこれ?


 少し大きめの封筒。

 中には手紙が1つ入っていた。

 紫色の手紙。

 手紙を開く。






―――――――――――


お兄ちゃんへ。


ちゃんとご飯食べて下さい。


ちゃんと掃除して下さい。


――――――――――――





 うるさいな紫穂のやつ。


 やっぱり紫穂の手紙か。

 来たんだな今日ここに。





―――――――――――――



今度の試験ちゃんと勉強してる?


過去問のプリント置いていきます。


受験票持ってくるの忘れないで下さい。



紫穂


―――――――――――――




 プリント?

 受験票?

 あっ、封筒に何か入ってる。


 あった、英語能力検定4級の受験票。

 今度の日曜。

 やっぱりもう1週間切ってるじゃん!?


 受験票の所在を確認したの今だよ。

 今から勉強して本当に間に合うのか4級の試験?


 しかもなんだよ、過去問のプリントって。

 うわ。

 この袋の中に英語能力検定4級の過去問プリントたくさん入ってるよ。

 マジかよ。


 もうあるんだって、俺のカバンの中に。

 成瀬結衣が、担任の叶月夜先生にお願いして準備してくれた過去問。


 同じ試験の過去問2セットもあるよ、何年分印刷してんだよこれ。

 スマホでリスニング試験の音源がホームページで公開されているらしい。

 これは、やれって事だよなやっぱり。

 

 太陽との約束の時間まで、あと2時間近くある。

 野球部の練習に休みは無い。

 楓先輩とどうなったのか、夜の8時までは結果は分からない。


 よし、やるか。

 紫穂の肉じゃがをいただいたら、さっそくまた過去問に取り掛かる事にする。

 

 蓮見詩織姉さんに、以前申し込まれていた英語能力検定4級の受験票が俺の手元に届いた。

 試験まであと数日という、いつもいつもギリギリのタイミングでやってくる俺の試練。

 受験票には俺の名前がしっかりと印字されている。

 詩織姉さんは、ちゃんと申し込みの手続きをしていてくれたようだ。


 妹の紫穂も受験する。

 妹が合格して、俺が落ちたらシャレにならない。


 バカにされる。

 絶対に紫穂にバカにされる。

 すでに地を這う兄の威厳が、奈落の底まで落ちてしまう。

 


『お兄ちゃん、特別進学部の生徒なのに落ちちゃったの4級?』



 ダメだダメだダメだ、絶対にダメだ。

 そんな未来を俺は認めない。

 やるぞ過去問。

 絶対合格。


 さっき旧図書館で、答えの出ていない化学の問題と、紫色の答えの出ていた英語の問題はすでに予習が終わっている。

 続けて演習した、成瀬が渡してくれた英語能力検定4級の過去問。

 

 紫穂が持って来てくれた過去問も使って演習を繰り返す事にする。

 中学生レベルの4級の試験。

 高校生、しかも平安高校特別進学部の生徒の俺が不合格になるわけにはいかない。


 大事な兄の威厳。

 不合格の影響は計り知れない。


 紫穂の憧れる、同じ美術部だった成瀬結衣。

 成瀬結衣はすでに英語能力検定の準2級を取得している。


 俺の遥か先を進む同級生の成瀬。

 英語が超得意な女の子。

 俺は今、成瀬が遥か昔に取り組んだ英語能力検定4級の試験に挑もうとしている。


 遅ればせながら、今から成瀬の背中を追う俺。

 合格したところで恥ずかしいの一言だが、受けない事には追いようのない背中。

 成瀬が合格した準2級って、あと何回試験受けたら追い付けるんだ?


 中学生レベルで恥ずかしいが、負けられない戦いにはもう1つ理由がある。



『神宮司葵』



 あの子だって受験するのを知っている。

 あの子は絶対合格する。

 もう勉強終わっていると言っていた。

 スーパー記憶力を持つあの子の事だ、きっと遊ぶくらいの感覚で申し込んだに違いない。


 負けられない。

 妹が合格して。

 同級生のあの子が受かって。

 俺だけ落ちるわけには絶対にいかない。


 女が2人が合格して、男の俺が落ちてたまるかよ。

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