113.第12章サイドストーリー「枕草子は浸りたい」
土曜日。
神宮寺家、一室。
古典の書籍に目を通す、平安高校教師、枕草子先生。
足を組み、コーヒーを一口。
白いスーツに身をつつむ。
クールな大人の雰囲気が漂う。
「素晴らしい、傑作だ」
三大随筆の1つ、平安時代、古典文学を代表する作品。
清少納言、枕草子を絶賛する枕草子先生。
(トントン、ガチャ)
部屋の扉が開く。
緑色の着物を着て近づく女性の姿。
神宮司楓。
「先生、コーヒーをどうぞ」
「ありがとうございます楓さん」
「先生」
「いけません、今は葵さんのお勉強中です」
「はい……」
2人の視線の先。
黒い洋服を着た神宮寺葵が、古典の家庭教師から与えられた課題をこなす。
「終わった!」
「ふふっ」
「終わりましたか葵さん?では次は徒然草の問題を」
「え~葵、源氏物語が良い~」
「葵ちゃん、め」
「だって~」
平安高校教師にして。
神宮寺家、家庭教師を務める。
清少納言、枕草子出題の問題集が終わるや。
徒然草出題問題を神宮寺葵に課す。
渋々、問題に取り組む神宮寺葵。
「変わりませんね葵さんは」
「申し訳ありません先生、ワガママな妹で」
「昔のあなたにそっくりですよ楓さん」
「恥ずかしいです、そのお話」
神宮寺楓の幼少を知る枕草子。
昔の姉と、机に座り課題に取り組む妹の背中姿を重ねる。
以前の神宮寺楓は、妹と、そっくりだと。
「葵さんはあれ以来、すっかり元気になられた」
「はい先生。お友達が出来て、毎日学校生活がとても楽しそうです」
「それは結構な事です。ただ、一点気になる事が」
「なんでしょうか先生?」
神宮寺楓の入れたコーヒーを一口。
しばらくして、枕草子が口を開く。
「お友達は選ばれた方が良い。そばにいた人間がいなくなる悲しみは、あなたが一番良くご存じのはずです」
無言になる神宮寺楓。
枕草子は、再びコーヒーを飲む。
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平安高校、職員室。
職員室にいる人の姿はまばら。
奥にある応接室。
そこの黒いソファに腰掛ける、日本史担当教師、江頭中将先生。
1人座る江頭先生。
応接室に入ってくる教師の姿。
(ガチャ)
「お待たせしました江頭先生」
「家庭教師はもう宜しいのですか?」
「ははっ、なかなか手難しい生徒なものでして」
「ははは、理事長のご息女はどちらも一筋縄では参りませんな」
「おっしゃる通りです」
平安高校勤続年数が、枕草子先生よりも長い江頭中将先生。
後輩教師である枕先生を、新入教師時代から知る旧知の仲。
かつて神宮寺楓の家庭教師をしていた枕草子先生の事情を知る、数少ない人物。
話題は5月中旬に実施された中間テストの話に。
「私は先に準備させていただきました」
「なるほど、結果は?」
ある生徒の中間テスト、日本史のテスト結果に話題が及ぶ。
「なるほど。漏洩の懸念は?」
「一切ありません」
「なるほど」
「先生の古文は?」
中間テストの話題が続く。
漏洩防止対策。
「当日作成ですか。古典文学に精通されていらっしゃる枕先生だからこそ出来る事」
「設問の組み換えなど無限に組み合わせが可能です。問題はわたしの頭の中に」
「結果は?」
「可もなく不可もなく」
「ほう。では?」
「S2では最下位です。成績も総合普通科の生徒と大差がない。現状では、来年降格は間違いありません」
話題は変わり、前回理事会の話。
「よく藤原先生がご納得された」
「生徒のあらぬ疑いを晴らすなら、わたしでもそうするでしょう」
「では現代文のテストは?」
「総合普通科のあの方が担当されました」
「ほう」
現代文の中間テスト作成者が変更されていた事実。
藤原宣孝先生の処遇が話題に。
「理事長の説得にもよく応じられた」
「いやはや、半ば強引にといったところでしょう。理事長にあれだけ留意されれば、本人もご納得されたはずです」
「藤原先生は今年でご定年でしたな。これまでのご貢献を考えれば、理事の皆さんもご納得されるはず」
「御所水先生がおおまでおっしゃられた。S2クラスの話です、我々には口を挟む余地はありません」
「おっしゃる通りですな」
平安高校が夜の闇に包まれる。
職員室の明かりは、まだ、消えない。




