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111.第12章最終話「決勝戦 対特別進学部1年生S1クラス戦」

(「わーーー!!」)

(パチパチパチパチパチ)



 なんだこれ。



(「頑張ってーー!!」)

(「頑張れーー!!」)

(「キャーー!!」)



 なんだよこの大歓声。

 校庭に出た瞬間、校庭に集まる全校生徒から大歓声。

 S2のイレブンと一緒に、大歓声に包まれながらピッチの中心へと向かう。

 

 しかもトーナメントの準決勝までと違って、校庭全面使用したガチサッカーじゃんかよ!?

 試合を行うフィールドが凄く広く感じる。


 時間はトーナメント4試合と同じ20分、だが注目度は100%。

 今日のスポーツ大会、もうこの男子サッカーの決勝戦を残すのみ。


 女子のバスケ、全試合はすでに終わっている。

 女子が戦っていた体育館、あそこは全校生徒が入れない大きさ。

 しぶしぶ定員オーバーで観覧できなかった生徒も多いはず。


 試合が無ければ、俺も神宮司楓先輩の試合は見に行きたかった。

 きっと決勝戦を戦った1年生のSAクラス女子の応援に、朝日太陽は体育館へ向かっていたはず。


 歓声に包まれながらピッチの脇、タッチライン付近まで進むS2イレブン。



「おいシュドウ!」

「太陽!」

「気合を入れろ!前だけ向け!」

「分かった、分かったよ太陽」


 

 みんなが見てる前で恥ずかしい応援。

 うるさいって太陽。


 相変わらず精神論で何とかしようとするタイプ。

 きっと体育館で行われた女子バスケの決勝戦で、神宮司楓先輩の雄姿を堪能して興奮しているに違いない。


 精神論か。

 以前俺は、中間テスト直前深夜勉強をしている時。

 太陽の憧れの人、神宮司楓先輩に救われた事がある。

 


『まだお勉強頑張っていますか守道君?明日の中間テスト頑張って下さい。葵ちゃんが守道君とまた遊ぶのを楽しみにしていました。中間テストが終わったら、また一緒にお話してあげてね』



 太陽は中学1年生の時から楓先輩を想い続けていた。

 俺が神宮司楓先輩に出会ったのはついこの間の話。

 1年生の下級生にここまで面倒見の良い先輩は、楓先輩をおいて他にいない。

 

 あっ。

 あそこに楓先輩と真弓姉さんが2人でこっち見てる。

 手を振ってくれてる、とても元気が出る。


 ピッチに向かって進む。

 S2クラスの頼もしくなった男子のみんなの背中の後ろをついていく。

 俺の目の前には広い校庭が広がる。


 この広い校庭は、普通のサッカーでやる広さ。

 ハーフのピッチで戦っていた準決勝と光景がまるで違う。

 しかもここまで4試合戦ってきて、お互いのチームの生徒が試合に慣れて動きもドンドン良くなってる。

 女子に見られてる、ただそれだけで男子のアドレナリンは全開だ。




(「氏家君頑張ってーー!!」)

(「結城君ーー!!」)


 

 S2クラスでここまで戦い抜いたヒーロー2人がメチャメチャモテてる。

 1年生から3年生まで、女子たちから超モテてる。



「結城ーー頑張れーー!!」

「真弓先輩頑張ります」



 結城数馬がピッチに入る前に、ちゃっかり成瀬真弓姉さんにアピールしてる。

 うわっ。

 あそこにいる双子マネージャーが超機嫌悪そう。

 あいつらには絶対関わらないようにしよう。



(「紀藤君ーー!!」)

(「サッカー部の力見せてやれーー!!」)



 S1クラスの男子も超モテてる。

 紀藤、紀藤光(きとうひかる)って言ったよな。

 たしかあいつはサッカー部で1年生からレギュラー取ってるつ。


 同じサッカー部の控え選手、俺の親友の氏家翔馬を背が低いってバカにしてた嫌な奴。

 女子からの黄色い声援、サッカー部で有名なんだろうなあいつ。


 おい、ちょっと待てよ。

 S1男子たちが応援に来てたS1クラスの女子と声を掛け合ってる。


 紀藤が2人組の女子のところに駆け寄って声をかけてる。

 向かった先は。


 神宮司葵と、成瀬結衣がいる場所。


 同じS1クラスのクラスメイトだから、当然の話。

 別にクラスの男子と女子が話すのは普通。


 でも、あの紀藤って男子が成瀬たち2人と楽しそうに話をしているのは、さすがの俺も不愉快に感じてくる。

 あの紀藤ってやつは、俺にとって嫌いな男子。


 そいつが成瀬たち2人と楽しそうにお話しているのを見るのは凄く不愉快だ。

 なんだろ、この嫌な気持ち。



(「右京君ーー!!」)



 右京……たしか右京郁人(うきょういくと)って名前だったな。

 最初に会ったのは神宮司の家に初めて行った帰り道、平安高校の正門前。

 そして図書館の前の廊下で、藤原宣孝先生が辞めるつもりだって俺に情報流してきた男。


 S2クラスと同時にピッチの中心に向かって歩いていくS1クラスの男子たち。

 いる。

 あの何に、右京郁人の姿が。


 おい。

 ちょっと待て。

 あいつ、右京のやつが女子のいるところに駆け寄る。


 右京郁人が試合の前に話しかけてる女子の生徒の姿。

 あの綺麗な人。

 右京が話しかけてる、俺の憧れていた人。


 蓮見詩織(はすみしおり)姉さん。


 詩織姉さんは2年生の特別進学部S1クラスの生徒。

 俺じゃなくて、あの右京郁人と試合前に話をしてる。

 

 やっぱり姉さん。

 もう、俺の事嫌いになっちゃったのかな。


 考えていてもしょうがない。

 試合前に何余計な事考えてんだよ俺は。



「どないしたん守道?」

「早く行こう守道君、みんなが待ってる」

「あ、ああ。悪い翔馬、数馬」


 

 詩織姉さんと右京が話をしている姿を見てショックを受ける。

 ぼーっとした俺がS2のみんなから離れたのを見て、氏家翔馬と結城数馬が声をかけてくれた。



「最後だから頑張ろう守道君」

「数馬」

「女ばっかり見とらんで、ちゃんとボール見いや守道」

「分かってるよ翔馬」

「お前はS2の守護神や、ゴールは任せたで」

「おう」



 そうだった。

 今の俺は、S2クラスのゴールを守る守護神だった。

 神様がこんな浮足立っててどうするんだよ。

 

 気合だ気合。

 太陽の言葉を思い出せ。



『気合を入れろ!前だけ向け!』



 俺は男だ。

 準決勝ではミスして最後に失点したけど、絶対にこの試合は0点に抑えてみせる。


 詩織姉さんとS1クラスの右京が話すところを遠目に見ながら、俺はピッチの中心へ進むため、校庭に引かれた線、タッチラインをまたいでピッチの中に足を踏み入れる。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




(ピッ!)


「互いに礼!」

「宜しくお願いします!!」



 平安高校の文化、試合前の礼儀。

 S1クラスとS2クラス、正直仲は凄く悪い。


 俺たちS2クラスの多くの生徒は、中学3年間成績トップでこの平安高校に呼ばれて入学してきたS1クラスの生徒たちに劣等感を抱いているはず。


 俺たちS2クラスは、学年が2年生に上がる時、上位2位の成績の生徒がS1クラスに昇格できる。

 その反面、S2クラスで下位2位の生徒は、自動的に総合普通科へ転落する。

 

 S1クラスで学年が2年生に上がる時、下位2位の生徒は俺が今いるS2クラスに入れ替わる。

 総合普通科までは転落しない。

 S1クラスの生徒は、推薦入学で平安高校の特別進学部に入ったアドバンテージをすでに得ている。


 中学3年間、俺の知らない大変な努力を積み重ねて得た特別進学部S1クラスのアドバンテージ。

 誰も文句は言えない。

 中学時代3年間、勉強をまったくやってこなかった俺には発言する権利は何もない。


 たった1度の入試を突破し、かろうじて特別進学部のS2の席を確保出来た俺にとっては特にそうだ。



(ピッ!)

「キャプテン、前へ」



 キャプテンと言われて、ちゃんとそんな役決めてなかった俺たちS2クラスの男子。

 だがそれは逆に、話し合う必要も無い無駄な議論。



「頼むぞ氏家」

「氏家頼む」

「任せとき」



 すでに俺たちS2クラスにはキャプテンがいた。

 みんなのリーダー、藤原宣孝先生が指名した俺たちのリーダー。



「紀藤頼むぞ」

「おう」



 どうやらS1クラスはサッカー部の紀藤がキャプテンらしい。

 相手はサッカー部のレギュラー1年生。

 ピッチの中心で向かい合う、サッカー部控え選手の氏家翔馬。


 俺たちS1クラスとS2クラスの力の差を感じる。

 レギュラー取れた生徒と、レギュラーが取れなかった生徒の差。

 社会的な差と言っていい。

 

 どちらがサッカー部でレギュラー取ってて、どちらが控えに甘んじているのか。

 噂はすぐに学内に広がる。

 ピッチの外で応援しているみんなは、すでに紀藤と翔馬の関係を知ってるはず。


 サッカー部のレギュラー取ってる生徒がいるチームが勝つ。

 サッカー部の控え選手である翔馬がいるS2は、S1クラスより劣っているって思われるのは俺は嫌だ。

 翔馬は違う、俺はS2のゴールからずっと氏家翔馬の動きを見てきた。

 

 あいつは凄い才能持ってる凄い男だ。

 控え選手かも知れないけど、ただ1つ言える事。



『翔馬は凄い』



 サッカーのセンスの塊のような男。

 確かに背が低いかも知れないが、3年生のSAクラス相手にワントップで頑張ってる姿をピッチの真正面で見た俺には良く分かる。

 

 あいつはサッカーが上手。

 俺は勝手にそう思ってる。


 2人のキャプテンがそれぞれのクラスの代表としてピッチの中心に立つ。

 S1クラスの紀藤光と、S2クラスの氏家翔馬が握手をする。

 なにか話をしてる。

 

 あっ、審判の先生がコイントス始めるみたい。

 マジでサッカーじゃん。

 キャプテンの2人が何か話し合ってる。


 コイントス終了。

 キャプテンが戻ってくる。



「攻めるゴールは左側のあっち、守るゴールは右や」

「おお」

「俺たちのキックオフでスタートや。全員配置につくで!」

「おお!!」



 フォワードの氏家翔馬と結城数馬を残して、全員が校庭向かって右側のゴール方面へ散っていく。



(パチパチパチパチ)

(「頑張ってーー!!」)

(「頑張れーー!!」)



 選手がポジションへ配置につくだけで、校庭には大歓声が沸き起こる。

 経験した事のない緊張感。


 ミッドフィルダーに選ばれた4人がまず立ち止まる。

 6人でじゃんけんをして決めたミッドフィルダーの4人。


 ディフェンダー役の6人は、準決勝で出ていない生徒から優先的に選出した。

 ポジション別に選手の決め方は様々だった。


 2-4-4。

 氏家キャプテンの指示に、全員が従う。

 俺たちS2クラスのツートップは攻撃力抜群。

 前線を突破する破壊力は3年生のSAクラス戦ですでに見せつけている。

 俺たちS2クラス自慢の攻撃陣だ。


 対してディフェンスライン。

 今日の第一試合を戦っていた頃とは、見違えるほど気合が違うのがディフェンダーの4人。



「おい高木、俺たち頑張るからお前も頼んだぞ!」

「頼りにしてるのはこっちの方だよ」



 本当に頼もしくなったディフェンスライン。

 準々決勝、準決勝を戦う頃には。

 何度も突破された初戦と違い、気迫のディフェンスの数々。

 第一試合のあの頃のゴミディフェンスとは雲泥の差になっていた。

 本当に頼りにしてる、頼んだよお前ら。

 

 ゴールに到着。

 校庭を埋め尽くす全校生徒の観戦するギャラリーの人、人、人。

 

 俺の守る校舎から見て向かって右側のゴール近く。

 

 おい、マジかよ。

 なんでS1クラスの女子が全員ここに集まってんだよ!?



「シュドウ君ーー!!」



 神宮寺が叫んでる。

 俺はS2で、あの子はS1。


 敵のゴールキーパーに声かけてどういうつもりだ?

 相変わらず成瀬と一緒で宇宙だよ宇宙。


 成瀬と視線が合うが、なんかモジモジしてる感じ。

 野球部の太陽の応援をネット越しに見てる時みたいに、目がうるうるしてる。

 視線の先、俺の向こう側にいるS1の男子たちなのかも知れない。

 

 俺はゴールの近くにいるS1女子たちから目を背け、振り返る。

 俺が見るのは相手ゴール。

 S1の女子たちじゃない。


 S1女子が俺の守るS2のゴール近くにいるのは分かっている。

 平安高校の文化らしいが、ゴール近くには決勝戦で戦うチームの女子たちの優先観覧席がご丁寧に用意されていたらしい。


 俺の背中にいる女子たちは、全員S1クラスの男子たちが得点するシーンを待ち望んでいる。

 それすなわち、俺の失点。


 俺は相手のS1男子にゴールを許せば、S1女子たちからの大歓声を聞かなければいけない。

 クソっ。

 さっきもあの紀藤ってやつも、詩織姉さんと楽しそうにお話してた右京もいるS1クラスの男子にゴールさせてたまるかよ。


 ゴール絶対死守。

 S1の女子の歓喜する声を、俺は絶対に認めない。



「シュドウ君頑張ってーー!!」



 神宮寺だけ宇宙。

 敵であるゴールキーパーの俺を応援する謎の女の子。

 あの子はマジで意味分かんない。



(ピピーー!!)

(「キャーー―!!」)

(「頑張れーー!!」)



 試合開始のホイッスル。

 大歓声が校庭に響き渡る。

 翔馬と数馬のキックオフ。

 俺たちS2クラスの最後の決勝戦がスタートした。





 ~~~~~氏家翔馬視点~~~~~




(ピピーー!!)

(「キャーー―!!」)

(「頑張れーー!!」)



「いくで数馬」

「予定通り、翔馬君」



(バスッ)



 氏家翔馬がボールを数馬にパス。

 2人同時にセンターサークルを抜け敵陣に突撃する。

 後方からS2味方ミッドフィルダー4人も同時に前線を押し上げる。



(「キャーー!!」)

(「結城君ーー!!」)




「来るぞ!結城を抑えろ!」



 S1男子がみんな結城数馬を警戒しよる。

 予定通り数馬が右サイド上がりよる。

 どんどんあっちに集まっとるな。


 後ろの味方ももうすぐ追いつく。

 俺はこのままペナルティーエリアまで突っ込むで。


 単身ドリブルで右サイドを駆け上がる結城数馬。

 囲まれるものの、後続の味方ミッドフィルダーにパスをつなぎ、次第に敵陣のペナルティーエリア付近まで駆け上がる。



「結城をマークしろ!2人つけ!」



 S1の連中が相当、数馬を警戒しよる。

 俺へのマークが手薄や。

 少し遠いが数馬ならいけるはず。

 今がチャンスや。



「数馬!!」

「翔馬君!」



(バスッ!)



 右サイドの深い位置から、ゴール前に向かって結城数馬がセンタリング。

 弧を描いてボールがペナルティーエリアゴール前に落ちてくる。


 ええで数馬、良いボール。

 いける、ダイレクトでボレーシュートや。

 もらった!



(バッシューー!!バチン!)



 ウソやろ!?

 止められた!

 俺の渾身のシュートやったのに、あれを止めおった。

 

 誰やあいつ。

 サッカー部ちゃう。

 ゴールキーパーは……右京郁人(うきょういくと)





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 

 マジかよ!?

 翔馬のシュートを受け止めやがった!?

 

 数馬が絶妙なセンタリングで翔馬へつないだパス。

 氏家翔馬のダイレクトボレーシュート。

 ゴールキーパーの右京郁人にゴールを止められた。



「キャーー!!」

「右京君カッコいいーー!」



 俺の背中の後ろから、黄色い歓声が響いてくる。

 S1の大ピンチを救ったゴールキーパー右京のスーパーセーブ。

 興奮したS1女子たちから歓声が上がってる。


 右京郁人。

 あいつどこか体育会系の部活でも入ってるのか?

 運動神経良すぎるだろ。

 あんな弾丸ボレーシュート、絶対俺は取れない。


 あんな遠くから飛んできたセンタリングを、ダイレクトでボレーシュートする翔馬はサッカーが上手すぎる。

 絶妙なシュートだったのに、あのプレーは止めたキーパーを褒めるべきだ。


 あっ。

 もうS1クラス攻撃にこっち来てんじゃんよ。


 ヤバいヤバい。

 ハーフライン越えてもうこっちの陣地来てるよ。

 パスを細かくつないで攻め込まれてる。

 凄い組織的なパスのつなぎ方。


 こいつら、全員絶対練習してる。

 あんなポンポン、パス繋げるかよ。



(「キャーー!!」)

(「紀藤君ーー!!」)



 サッカー部の紀藤が攻め込んできた。

 S2のディフェンダーが必死に張り付いてるけど、紀藤の方が動きが機敏だ。

 ダメだ、突破される。



「うわっ!?行ったぞ守道!」



 ディフェンスライン突破された!?

 紀藤がシュート打ってくる。

 相棒、俺たちの未来頼むぞ。

 



□□□□□□□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□□□□□□□





(バッシューー!!)



 くる?



「キャーー!!」

「惜しいーー!」



 外した!?

 良かった。

 ゴールの上を弾丸シュートが飛んで行った。

 俺が受けるまでも無かった。



「ああクソッ!」



 紀藤が悔しがってる。

 蹴り損ねたのか?

 どちらにしても、こっちも助かった。


 あれ。

 藍色の未来ノートの最終ページ。

 藍色に浮かび上がるサッカーゴールのような答え。


 相棒、真正面が答えだってメッセージだったよな。

 今のはカウントされないのか?

 まあ、どのみち俺はまっすぐ飛んでいくるシュートを防げば良いんだよな。

 そうだよな相棒。



 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 試合時間はわずか20分。

 残り時間はあっという間に5分を切っている。

 終わろうとしている、俺たちの戦いが。



「キャーー!」

「右京君ナイスセーブ!!」



 氏家翔馬と結城数馬のシュート本数は5本。

 うち2本はゴールを外したものの、最初の翔馬のボレーシュートを含めて3本は決定打にも見えた。

 3本とも、ゴールキーパーの右京郁人に阻まれる。


 入らない。

 点が、入らない。



「紀藤君ーー!!」

「決めてーー!」



 S1クラス、あの紀藤のワントップかよ。

 シュートきた!



(バッシューー!!バチーーン!)



「キャーー!」

「まだ残ってる!!」



 紀藤のシュートはゴール上のクロスバーに直撃する。

 ペナルティーエリアに転がるボールを、味方ディフェンダーがクリアしてくれる。

 危なかった。


 でもおかしいな。

 もう試合時間終わるのに、まだ1回も俺の真正面にボールが飛んでこない。

 なんでだ?

 もう試合終わっちゃうよ。


 残り時間1分。

 氏家翔馬と結城数馬が最後の攻撃を仕掛けてる。

 


(「氏家君ーー!」)

(「結城君ーー!」)



 うちのクラスのヒーロー2人がS1のゴールに襲い掛かってる。

 でも、もう時間がない。



(ピ・ピ・ピーー!)

(パチパチパチパチ)



 終わった。

 俺たちの戦いが。


 翔馬、数馬。

 お前ら2人、良く頑張ったな。



「これよりPK戦を始めます!!」

「キャーー―!!」

「頑張れーー!!」



 え?

 え?

 ええ!?

 

 ちょっと待てちょっと待て。

 ウソだろウソだろ。


 

(「頑張ってーー!!」)

(「頑張れーー!!」)

(「キャーー!!」)



 PK戦の開始を聞いて、全校生徒から大歓声が上がる。

 ちょっと待てよ、知らなかったよ。

 0-0でおしまいなんじゃないのかよ。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 


 

(「わーーー!!」)

(パチパチパチパチパチ)


 


 俺が守っていたS2ゴールの周りに両チームの選手が集められる。

 決勝戦、まさかの両チーム無得点。


 全校生徒が大注目。

 拍手喝采。

 大盛り上がり。



(「頑張れーー!!」)

(「キャーー!!」)



 見てる方は面白いだろうが、やってるこっちは超緊張してんだよ。


 校舎向かって右側のゴールに集められる選手。

 これからガチのPK戦が始まる。


 守るのは当然俺。

 ディフェンダーは当然いない。

 失点したら全部俺の責任。

 

 みんなに見られてる。

 超見られてる。


 なんだよ。

 PK戦が見える位置が確保できなかった生徒たちが、勝手に校舎の2階3階に上がって、教室の窓全開にして校庭の見える教室からこっち見てるよ。


 決勝戦でPK戦。

 みんな面白過ぎるに決まってる。



(ピピ!)



「キャプテン、前へ」

「はい」

「はい」



 審判にS2キャプテンの氏家翔馬と、S1キャプテンの紀藤光が呼ばれる。

 どっちのチームが先に蹴るのか、またコイントスして決めてる。



「よし!!」

「クソッ」



 翔馬が負けた!?

 なんかS1クラスが凄く喜んでる。

 なんだ?

 何が起こった?



「守道君。どうやら僕たち後攻のようだね」

「数馬、なんでコイントスで先攻取れたS1喜んでるんだ?」

「先攻で点を取られたら、後で蹴る選手はプレッシャーを感じると思わないかい?」

「だな、絶対入れないとだもんな」

「俗に言う先攻有利説だよ」

「迷信だろそれ?」



 数馬がいつも通り冷静に分析してるけど、いつもの数馬の顔じゃない。

 珍しく数馬が、緊張してる。

 少し武者震いしてるのが俺には分かる。

 相当プレッシャー感じてるな。



(ピピ!)



「ゴールキーパー、前へ」

「は、はい」



(「頑張れ高木ーー!!」)

(「高木君頑張ってーー!!」)

(「キャーー!!」)



 PK戦とか聞いてなかったよ。

 相棒の見せてくれた未来が分かってたところで、ちゃんと俺がゴール守れる保証なんてどこにもないだろ。

 テストと一緒で、結局自分自身の力で何とかするしかないじゃないかよ。


 まっすぐ飛んでくるボールだって、弾道が動けば速さも違う。

 準決勝ではパンチングミスって失点した。

 PK戦にミスは許されない。


 あれ。

 おい。

 おいおいおい。

 ちょっと待てよ。


 相棒。

 もしかしなくても相棒。

 お前の見せた未来はこれだったのかよ。



□□□□□□□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□□□□□□□




 これがあと5つ。

 5人蹴るから5回これがノートの最終ページに藍色の答えとなって浮かび上がってた。

 そういう事だろ。

 そうなんだろ相棒。



(「キャーー!!」)



 キャーキャーうるさいんだよ。

 S1の誰だか知らない生徒がボールを地面にゆっくり置く。

 いつ蹴ってくるか分からない。


 えっと、えっと。

 PK戦、PK戦。


 そう。

 先週の土曜日、俺平安高校に来て、サッカー部の翔馬からPK戦のルール1回聞いてた。



『守道、試合時間が20分しかない。サッカー部の先輩の話やと毎年PK戦が何試合か行われるらしいで』

『PK戦?1回ずつ蹴れば良いだけだろ?』

『ちゃんとルール理解してるか?キーパーは相手が蹴るまでゴールラインより前に出るな』

『おう』

『蹴る方は助走したり止まったりするけど後には戻れん。フェイントも当然使こうてくる、最後までボールをよく見いや』

『オッケー、覚えた』



 ちゃんと覚えてたよ俺。

 まさか土曜日の翔馬のレクチャーが助けになるとは思わなかった。


 シュートの弾道はちゃんと予習してる。

 藍色の未来ノート、俺の相棒の最終ぺージで。

 審判がPK開始の笛を吹く。



(ピピーー!!)

(「キャーー!!」)



 きたぞ、きたぞ、きたぞ。

 最初のキッカーが動き始めた。

 もう止まれないはず。

 微妙にゆっくり、でもまた動き出す。

 あれはフェイント。


 ボール最後まで見ろ俺。


 きた、正面!

 パンチング!



(バッシューー!!バチンッ!!)


(「キャーー―!!」)

(「あ~~~~~」)



「よしっ!!」

「やったぞ守道!!」

「高木!」

「高木偉いぞ!!」



 歓声と落胆の声が交じり合う。


 よし!よし!よし!

 ヤバい。

 俺のアドレナリンが大爆発する。



「守道君凄いよ!!」

「当たり前だろ数馬!」

「高木偉いぞ!!」

「分かってるって」



 逆にS1の男子は落胆している。

 すぐに気持ちを切り替えようとしている。



「ドンマイ、ドンマイ!」

「まだ1本目!」

「右京頼んだぞ!」

「任せて」

「右京頑張れーー!!」



(「キャーー!!」)

(「右京君頑張ってーー!!」)



 あれ。

 ゴールキーパーの右京郁人が紀藤光と何やらヒソヒソと会話をしてる。

 終わったようだ。

 

 ゴールに向かう右京。

 おい。

 ちょっと待て。


 右京がゴールに向かう途中、ゴールの近くで顔を合わせる女性の姿。

 あそこに立って、右京と視線を合わせてる女性。


 蓮見詩織姉さん。

 

 PK戦になって、ゴールの近くに右京の応援に駆け付けたのか?



(「頑張れーー!!」)



 後攻のS2男子の1人目のキッカーが、S1クラスのゴールキーパーが守る右京郁人に挑む。

 審判がPK開始の笛を吹く。



(ピピーー!!)



 頼む。

 


(バッシューー!!バチンッ!!)



(「右京君凄いーー―!!」)

(「やったーーー!!」)



「よしっ止めた!!」

「よくやった右京!!」

「右京!」



 やられた。

 右京郁人にゴールを阻まれた。

 あいつ、ゴール右に飛んでいったシュートコースを読み切っていた。


 右京のやつ、また詩織姉さんと顔合わせやがって。

 ふざけやがって。

 あいつと詩織姉さん、一体どんな関係なんだよ。



(ピピピ)


「S2のゴールキーパー、前へ」



 呼ばれてる。

 今は試合に集中しろ俺。

 ゴールに向かう俺。

 詩織姉さんは俺に顔を合わせようともしない。


 ゴールを背に振り向く。

 もう詩織姉さんの事は忘れるんだ。


 S1の相手キッカーだけに集中する。

 俺の守るS2クラスのゴールには。

 俺の背中には、30人のS2クラスの運命が託されてる。


 相棒は嘘をつかない。

 未来の答え。

 次は間違いなく。




□□□□□□□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□□□□□□□




 2本目、ど真ん中。

 審判がPK開始の笛を吹く。



(ピピーー!!)

(「キャーー!」)



 集中、ど真ん中、全部パンチングで叩き落してやる。


 敵のキッカーが動き始めた。

 蹴ってくる!



(バッシューー!!バチンッ!!)



(「キャーー―!!」)



「よしっ!!よしっ!よしっ!」

「偉いぞ守道!!」

「守道君!!」



 翔馬と数馬が俺に駆け寄ってくる。

 3人で抱きしめ合う。

 もう嬉しくて嬉しくてしょうがない。



(「凄い高木君ーー!」)

(「高木君カッコいいーー!」)





 ……俺が




 …………俺が




 ………………この俺が。




 カッコいい?



(「高木君凄いーー―!!」)

(「高木君素敵ーーー!!」)




 どうしたんだこれ?



(「凄い高木君ーー!」)

(「高木君カッコいいーー!」)



 一体今、俺、どうなってる?

 S1クラスの女子がゴール近くにいる。

 

 俺を見ているS1女子2人。

 成瀬結衣、神宮司葵の2人。



「シュドウ君カッコいい!」

「高木君頑張って!」



 これって。


 もしかして。



 突然。



 突然。



 突然、突然。



『突然モテ始めた?』




(バッシューー!!バチンッ!!)



「キャーー!!」

「右京君ーー!!」

「カッコいいーー!!」



 ああ!?

 くだらない事考えてたら、後攻2回目のS2クラスのキッカー、またゴールキーパーの右京郁人に止められてんじゃんよ!?


 また蓮見詩織姉さんに視線送ってる。

 あいつ、絶対詩織姉さんに気がある、絶対そうだ。


 これで2本ずつキッカーが蹴り合って、お互いまだ1点も取れてない。

 どうなってんだよこのPK戦。



(「わーーー!!」)

(パチパチパチパチパチ)



 お互いのゴールキーパーがスーパーセーブ連発して、学校中が大歓声に包まれる。

 

 惑わされるな、周りの雰囲気に。



『勝って兜の緒を締めよ』


 

 分かってます藤原先生。

 俺の視界に藤原宣孝先生と、御所水流先生の2人が俺を並んで見ている。

 頑張れ高木って、目でそう訴えかけている。

 聞こえてますよ先生。

 俺、超頑張ります。


 俺の守るS2クラスのゴールには。

 俺の背中には、30人のS2クラスの運命がかかってる。

 絶対にゴールは守り抜く。

 

 気合入れろ俺。

 次は先攻、相手の3本目。

 PK戦は全部で5本。

 失点したらS2はかなり不利な状況になる。

 



□□□□□□□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□□□□□□□




 3本目、ど真ん中。

 審判がPK開始の笛を吹く。



(ピピーー!!)

(「キャーー!」)



 全集中、ど真ん中。


 敵のキッカーが動き始めた。

 蹴ってくる。

 パンチング!



(バッシューー!!バチンッ!!)



(「キャーー―!!」)

(「あ~~~~~」)



「よーーっし!!よしっ!よしっ!」

「やったぞ守道!!」

「守道君!!」

「高木!」

「高木偉いぞ!!」



 歓声と落胆の声が交じり合う。

 S1はこれでシュート3発、すべて失敗に終わった。

 先攻が3本のキックをすべて失敗した。


 PK戦は全部で5本。

 

 逆にS2は俺が3本ともシュートを防いだ。

 翔馬と数馬だけじゃなくて、俺にS2男子15人全員が駆け寄ってくる。

 俺を中心に全員が抱きしめ合う。


 全員が1つになれた気がする。

 やった、やったぞ!



(「凄い高木君ーー!」)

(「高木君カッコいいーー!」)



 俺の名前が超連呼されてる。

 ウソだろ。

 女子からこんなにカッコいいなんて言われた事、俺、これまで生きてて1回も無かったよ。

 信じられない、モテてるのかこれ?


 次、3本目、S2クラス後攻の攻撃。

 PKのルールでゴールキーパーの俺は、味方の選手が蹴る時はペナルティーエリアの外で待機する。


 後攻のS2男子の3人目のキッカーが、S1クラスのゴールキーパーが守る右京郁人に挑む。

 審判がPK開始の笛を吹く。



(ピピーー!!)



 頼むぞ、3人目。

 1点、1点決めてくれ。

 


(バッシューー!!バシュ~ン!!)

(ピピーー!!)




(「あ~~~~~~」)

(「キャーー―!!」)

(「入ったーー!!」)

(「やったーーー!!」)




 やった!

 入った!

 3人目の味方が決めやがった!!


 S2の男子全員が駆け寄る。

 やりやがった、ガリ勉男子がPK戦で1点取りやがった!


 右京がうなだれてる。

 やった、やった、やったぞ!!


 3回目、先攻、後攻を終わった時点で、1点リード。

 


 よし、4回目の先攻S1の攻撃が始まる。

 右京郁人がペナルティーエリアの外へ向かっていく。 


 どうせ未来は分かってる。

 相棒の未来は。




□□□□□□□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□□□□□□□




 4本目、ど真ん中。


 S1クラスのキッカーは、あのサッカー部レギュラーの紀藤光。

 氏家翔馬をバカにした嫌な奴。


 右京郁人がペナルティーエリアの外に出る直前。

 何やらキッカーの紀藤光と話をしてる。


 右京がペナルティーエリアの外に出た。

 友達をバカにする紀藤の事は、俺は好きになれない。

 あいつのシュートは、何が何でも止めてやる。



(「紀藤君入れてーー!!」)

(「入れてーー!!」)

(「お願い入れてーー!!」)



 クソっ。

 絶対。

 何が何でも止めてやる。



(ピピピ)



「S2のゴールキーパー、前へ」



 配置に着く。

 審判がPK開始の笛を吹く。



(ピピーー!!)

(「キャーー!」)



 全集中、ど真ん中だけ見ろ俺。


 キッカーの紀藤が動き始めた。

 蹴ってくる。



(バッシューー!!バシュ~ン!!)

(ピピーー!!)




(「キャーー―!!」)

(「紀藤ーー!!」)

(「紀藤君やったーーー!!」)

(「紀藤が決めたーーー!!」)




 バカな!?



『相棒が未来の答えを外した!?』



 藍色のノートの最終ページに出ていた答えと全然違う。

 俺の右真横にボールが飛んでいき、ゴールネットを揺らす。


 真正面じゃなかった。

 俺は絶対、ど真ん中にいたはずなのになぜだ!?


 どうして。

 どうした相棒。

 お前が答えを間違えた事なんて、今まで一度も無かったはずなのになぜ!?



「ドンマイ守道君」

「守道、切り替えや。まだ同点や」

「あ、ああ」



 ショック過ぎる。

 4本目のS1クラスのキッカーは紀藤だった。


 俺はど真ん中1本にくるシュートとばかり思っていたのに。

 微動だにしなかった。

 

 すると俺の真横右に弾丸シュートが打ち込まれた。

 ど真ん中じゃなかった。



『相棒が答えを外した』



 ショックだ。

 反応できなかった俺も力不足だ。


 相棒のせいなんかにできない。

 未来ノートの答えを信じて行動した、すべては俺に責任がのしかかる。



(「凄い紀藤君ーー!」)

(「紀藤君カッコいいーー!」)



 今日のヒーローがコロコロ変わる。

 みんながお祭り騒ぎに夢中になってる。

 

 すぐに次の4人目、後攻。

 S2クラスの後攻4人目は、俺たちのヒーロー、結城数馬だ。

 大丈夫。

 数馬なら、絶対に俺の失点を取り返してくれるはず。


 PK戦は全部で5本。

 後攻のS2男子の4人目のキッカー、結城数馬がS1クラスのゴールキーパーが守る右京郁人に挑む。



(「結城君ーー!」)

(「頑張ってーー!」)


 

 うちのS2クラスのヒーロー、結城数馬にひときわ大きな声援が送られる。



(「右京君止めてーー!!」)

(「止めてーー!!」)

(「お願い止めてーー!!」)



 入れろ。

 ぶち込め数馬!

 審判がPK開始の笛を吹く。



(ピピーー!!)



 頼むぞ数馬。

 1点、1点決めてくれ。

 


(バッシューー!!パチィィィ~~~ン!!)



(「あ~~~~~~」)

(「キャーー―!!」)



 数馬が外した!?


 ゴール上のクロスバーに直撃。

 


「ああクソッ!」



 数馬が天を仰ぐ。

 数馬が相当悔しがってる。

 珍しく思ってる事を声に出してる。



「ドンマイ数馬!」

「大丈夫だ!まだ5本目残ってるぞ!」

「大丈夫、大丈夫」



 S2の男子が俺たちを決勝戦まで連れてきてくれた結城数馬を、誰1人として責めようとしない。

 当然の話。

 数馬がいなかったら、こんな決勝戦の大舞台に俺たちは来られなかった。



「高木頼む」

「5本目止めてくれ」

「頼むで高木」

「分かってる」

「守道君」

「数馬」



 数馬が相当落ち込んでる。

 4本目の後攻、シュート外した事を相当悔しがってる。

 自分で決めるつもりだったに違いない。

 


「ごめん守道君、負担かけて」

「任せとけ数馬。俺が止めれば済む話だろ」

「本当にごめん」

「謝るなよ数馬、俺に任せとけって」



 ペナルティーエリアからゴール前に移動する。

 落ち込んだ数馬を励ましてみたものの、正直俺は超焦ってる。


 その理由。

 さっきの4本目、先攻のS1クラスの攻撃。

 紀藤光のシュートがど真ん中に来ると読んでたのに。


 藍色の未来ノートの答えは間違えていた。

 右、真横に消えていった紀藤のシュート。


 ここにきて。

 この土壇場、5本目、先攻のS1クラス最後のシュートの時になって。

 1本前の敵のシュートコースの答えを間違えてる相棒。


 その相棒の、5本目最後の答え。




□□□□□□□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□■■□□□□

□□□□□□□□□□




 ど真ん中。

 これ。

 合ってるのか相棒?


 相手ゴールキーパーの右京郁人がペナルティーエリアの外に出ていく時に、俺とすれ違う。



『何も知らない君に教えておいてあげよう』

『それ、どういう意味だよ』

『辞めるつもりだよ、藤原先生』



 あいつに忠告されて。

 右京郁人に図書館で忠告されて。


 俺はあの後、わらをも掴む思いで母校の小学校に向かい、白い未来ノートを桐の木下から掘り起こした。

 その時、変わった。


 白い未来ノートは。

 藍色の未来ノートに。



(ピピピ)



「S2のゴールキーパー、前へ」



 呼ばれてる。

 考えている暇はない。


 じゃあどうするって?

 気まぐれの藍色ノート。

 俺の相棒をたった1度のミスだけで切り捨てるつもりか俺は?


 審判がPK開始の笛を吹く。



(ピピーー!!)

(「キャーー!」)



 PK戦最後の5本目。

 先攻S1の男子がシュートの態勢に入る。

 視界に結城数馬の姿が見える。

 とても心配そうな表情。

 

 なにシケた顔してんだよ数馬。

 お前らしくも無い。

 たった1回ミスったくらいでヒーローのお前がうなだれてたら、赤点取ってる俺は何回下向きゃ良いんだよ。


 太陽の暑苦しい声が、今になって俺の心に響いてくる。



『気合を入れろ!前だけ向け!』



 結局最後は精神論。

 未来ノートはきまぐれ。

 結局最後に頼れるのは自分自身。



『気合を入れろ!前だけ向け!』



 太陽を信じろ。

 ど真ん中だけ見ろ俺。


 相棒を最後まで信じ抜け。

 ど真ん中だけ見続けろ俺。


 S1キッカーのが動き始めた。

 蹴ってくる。



(バッシューー!!)



 きた、ボール真正面!

 パンチング!




(パスッ!バチーーーーンッ!!)




(「キャーー―!!」)

(「高木君ーーーー!!」)








 ……シュドウ君!?







 …………高木君大丈夫!?







 ………………あんたしっかりしろし!





 うっ。


 

 俺。



 どうなった?



 仰向(あおむ)けの体。



 頭の後ろに、やわらかい感触。



 目を開く。




「シュドウ君大丈夫?」

「ああ、神宮司か」

「高木君大丈夫!?」

「成瀬か、痛てて」

「あんたバカじゃん!なんでそんなヘタクソなの!?」

「うるさいな岬」



 神宮司葵。

 成瀬結衣。

 岬れな。



 仰向けになった俺が目を開くと、3人の同級生の姿。

 その女子の後ろに、3人の俺の親友。



「おい、大丈夫かシュドウ!?」

「太陽、平気平気」

「守道君、ボール当たったけど平気?」

「大丈夫だって数馬」

「立てそうか守道?」

「ああ、大丈夫だよ翔馬。悪い、パンチングミスって」



 朝日太陽。

 結城数馬。

 氏家翔馬。



 パンチングミスって、右こぶしで当てるには当てたけど、それたボールを左肩に受けて後ろに倒れちゃったよ。


 あれ!?

 ゴールは守れたのか俺!?


 柔らかい感触のあった頭。

 上半身を起こす。



(バッ!)



「翔馬!ゴールはどうなった!?」

「大丈夫や」

「PKは!?」

「今中断しとる、1-1のままで止まっとる」

「次はどうなる!?」

「俺の番や」

「翔馬で最後か」



 良かった。

 オウンゴールとかしてなくて。


 パンチングミスってボールが肩に当たってこけた程度。

 たいした事ない、それよりも恥ずかしい。

 よく見たら、全校生徒に心配そうに見守られてたじゃんかよ俺。



「守道さん」

「えっ?」



 立ち上がった後で、慌てて振り向く。

 俺の事を守道さんと呼ぶのは。

 母さんとあの人しかいなかったはず。



「詩織……姉さん」

「ああ、良かった守道さん」



 正座。

 校庭の地べたに。


 ちょっと待て。

 さっきの、頭の後ろのやわらかい感触って。

 まさか。



「君」

「は、はい」

「大丈夫かい?怪我は無いかい?」

「肩に当たって態勢が崩れただけです。まったく問題ありません」


 

 直撃でもない、パンチングミスって体に当たったボールでこけたくらいで、恥ずかしい姿をさらしてしまった。

 よく見たら詩織姉さんまでいるし。

 俺、もう頭超パニック。

 


「それは良かった。試合を再開させるが、君は一度退場させます」

「ええ!?ど、どうして!?」



 しまった!?

 審判の先生に心配されてドクターストップかけられた!?



「守道、お前はもう休んどけ」

「翔馬」

「後は俺に任せとけき」

「悪い翔馬」

「お前の根性、見せてもろうたで」



(パチパチパチパチパチ)

(「よくやったぞ高木ーー」)

(「高木偉いぞーー」)



 赤点男の肉壁らしい、微妙な最後。

 肩にボールが当たってこけたくらいで、俺はまだ戦えるのに。


 戦いたい。

 俺はまだ戦える。

 最後まで、みんなと一緒に戦いたかったのに。


 悔しい。

 まだPK戦が残っているのに。

 S2の男子の中で、真っ先に退場しないといけないなんて。

 

 こんな悔しい思いをするなら。

 先週の土曜日、もっと数馬と翔馬と一緒にキーパーの練習しとけば良かった。


 予習不足。

 完全に俺のサッカーの予習が不足していた。


 もっと練習をしておけばよかった。

 いまさら後悔してももう遅い。

 テストと一緒だ。

 結果がすべて。

 その結果を迎える前に、どれだけ予習してたかが今結果になって俺に跳ね返る。



『予習不足』



 生半可にその場しのぎのパンチングの技術だけで、最後まで戦えるなんて甘い考えを持っていた俺が間違っていた。


 もし翔馬がPKの5本目失敗したら、サドンデスの6本目にゴールキーパーとしてゴール前に立つことはできなくなった。


 サドンデスの6本目のゴールキーパーとして立つことはできない。

 まさか。

 おい、相棒。


 俺の、俺たちS2クラスの未来ってまさか。

 5人目後攻、最後のキッカー氏家翔馬がシュートを外して。

 俺が守れない、先攻S1の6本目のシュートで負けるなんて未来じゃないよな?


 俺がゴールキーパーじゃなくなったから。

 6本目を守る資格を失ったから。


 藍色の未来ノートの最終ページには、答えは5本のシュートしか映ってはいなかった。

 だから藍色の未来ノートの最終ページに、次の6本目の答えが出ていなかった。

 ウソだよなそんな未来。



(ピピピ)



「S1のゴールキーパー、前へ」

「はい」



 ゴールキーパー、右京郁人がゴール前に立つ。

 配置に着く。



「頼むぞ氏家ーー!!」

「氏家頼む!!」

「おう」



 ああ、クソッ。

 もう俺はゴールに立てない。


 俺にパンチングの技術。

 サッカーのルール。

 PK戦の戦い方まで教えてくれた、サッカー部の氏家翔馬。


 あいつの力にもうなれない。

 なってやれない。

 俺はもう。



『あいつを応援してやる事しかできない』



 S2クラス、ゴールキーパー不在のままPK戦は再開される

 1-1の同点。

 PK戦、後攻5人目を蹴るのは、氏家翔馬。

 お前が点入れたら優勝できる。

 頼むぞ翔馬。



(「キャーー!」)

(「氏家君入れてーー!」)

(「右京君止めてーー!!」)



 S1クラスの応援と、S2クラスの応援が入り乱れる。

 勝て。

 勝ってくれ翔馬。



「頑張れ翔馬ーー!!」



(ピピーー!!)



 審判がPK開始の笛を吹く。



「しゃーーー!!」



 氏家翔馬の雄たけび。

 シュートを放つ。

 



(バッシューー!!バシュ~ン!!)

(ピピーー!!)




 翔馬が決めた!!




(「キャーー―!!」)

(「入ったーー!!」)

(「やったーーー!!」)




「やったぜ翔馬!!」

「氏家ーー!!」

「やったぜ氏家!!」



 やった!やった!

 入った!

 翔馬が最後に決めやがった!!


 S2の男子全員が走って翔馬に駆け寄る。

 やりやがった、ガリ勉男子がPK戦に勝利して優勝しちゃったよ!


 S1クラスの男子全員がうなだれてる。

 やった、やった、やったぞ!!


 歓喜の輪の中で翔馬と抱き合う。



「やったで守道!」

「翔馬、お前最高!」



(「氏家君ーー!」)

(「氏家君カッコいいーー!」)



「見ろよ翔馬、お前モテモテだぞ」

「今だけや、明日にはみんな忘れとる」

「一生忘れるもんかよ。明日のヒーローはお前だ翔馬」

「控えのヒーローがどこにおるんや」

「あはははは」



 相棒は裏切らなかった。

 藍色の未来ノートは、俺のいるS2クラスを勝利へと導いてくれた。


 未来ノートは使い方次第。

 自分のためだけじゃない、友のために使えるノートだと、クラスメイトに囲まれるヒーローを前にして、強くそれを確信した瞬間だった。




第12章<明日のヒーロー> ~完~



【ここまでの登場人物】



【主人公とその家族】



高木守道たかぎもりみち

 平安高校S2クラスに所属。ある事がきっかけで未来に出題される問題が浮かび上がる不思議なノートを手に入れる。パンダ研究部所属。


高木紫穂たかぎしほ

 主人公の実の妹。ある理由から主人公と別居して暮らすことになる。兄を慕う心優しい妹。


蓮見詩織はすみしおり

 平安高校特別進学部に通う2年生。主人公の父、その再婚を予定する、ままははの一人娘。




【平安高校1年生 特別進学部SAクラス】


朝日太陽あさひたいよう

 主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部SAクラス1年生。スポーツ万能、成績優秀。野球部に所属。





【平安高校1年生 特別進学部S2クラス】



結城数馬ゆうきかずま

 平安高校特別進学部S2クラス1年生。野球部所属。主人公のクラスメイト。


岬れな(みさきれな)

 平安高校特別進学部S2クラス1年生。パンダ研究部所属。主人公のクラスメイト。バイト先の同僚。


氏家翔馬うじいえしょうま

 平安高校特別進学部S2クラス1年生。サッカー部所属。主人公のクラスメイト。


末摘花すえつむはな

 平安高校特別進学部S2クラス1年生。パンダ研究部所属。眼鏡女子。主人公のクラスメイト。





【平安高校1年生 特別進学部S1クラス】



神宮司葵じんぐうじあおい

 主人公と図書館で偶然知り合う。平安高校1年生、S1クラスに所属。『源氏物語』をこよなく愛する謎の美少女。美術部所属、パンダ研究部所属。


成瀬結衣なるせゆい

 主人公、朝日とは小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部S1クラス1年生。秀才かつ学年でトップクラスの成績を誇る。美術部所属。


空蝉文音うつせみあやね

 平安高校特別進学部S1クラス1年生。双子姉妹の姉。野球部マネージャー。


空蝉心音うつせみここね

 平安高校特別進学部S1クラス1年生。双子姉妹の妹。野球部マネージャー。


右京郁人うきょういくと

 平安高校特別進学部S1クラス1年生。


紀藤光きとうひかる

 平安高校特別進学部S1クラス1年生。サッカー部所属。




【平安高校 上級生】



神宮司楓じんぐうじかえで

 現代に現れた大和撫子。平安高校3年生。誰もが憧れる絶対的美少女。野球部マネージャー。神宮司葵の姉。


成瀬真弓なるせまゆみ

 平安高校3年生。成瀬結衣の2つ上のお姉さん。主人公を小学生の頃から実の弟のように扱う。しっかりもののお姉さん。野球部マネージャー。


南夕子みなみゆうこ

 平安高校3年生。パンダ研究部部長。




【平安高校 教師・職員】



叶月夜かのうつきよ

 平安高校特別進学部S1クラス担任教師。教科、英語を担当。


御所水流ごしょみずながれ

 平安高校特別進学部S2クラス、主人公のクラスの担任教師。

 華道 御所水流 第54代家元。謎のお姉系乙女男子教師。平安高校芸術科目、美術を担当。美術部顧問、パンダ研究部顧問。


藤原宣孝ふじわらのぶたか

 主人公のクラスの旧担任教師。教科、現代文を担当。


枕桑志まくらそうし

 平安高校特別進学部SAクラス担任教師。教科、古典を担当。


《ローズ・ブラウン》

 平安高校特別進学部、英語コミュニケーションⅠを担当。






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