110.「気まぐれな未来」
戦いは終わった。
1年生特別進学部S2クラス対3年生特別進学部SAクラスの一戦。
3年生にとっては、初戦で3年生特別進学部S1クラスを撃破して迎えた第2試合。
ガリ勉男子の弱小1年生が相手、完全に油断していたはず。
試合開始直後、ゴールキーパーに2発のシュートをセーブされ、カウンターで失点。
氏家翔馬の決めたこの貴重な1点を、最後は全員で守り抜いた。
「お疲れ様ーー」
「カッコ良かったよーー」
第一校舎3階。
お昼休憩の時間。
休憩後、試合は再び再開される。
すでに初戦で負けているS2クラスの女子たち。
先程の試合で、俺たちクラスメイトの男子の応援に駆けつけてくれた女子たち。
「やったぜ俺たち!」
教室でハイタッチ。
外では見せる事の無かった喜びを教室で爆発させる。
「皆さん~」
「御所水先生~」
「お・め・で・とう~」
担任の御所水流先生が教室に入ってくる。
先生は女子なので、体育館で女子バスケの審判員をしていた関係で観戦する事は出来なかった。
先程のジャイアントキリング達成後、俺たち男子を褒め称えてくれたのは、他でもない藤原宣孝先生だ。
『良くやりました皆さん』
『はい』
『勝って兜の緒を締めよ』
『はい!』
『次の試合も期待してます。頑張って下さい』
みんな先生に褒めてもらいたかった。
俺もその1人。
俺たちS2クラスの生徒は全員、藤原先生が大好きだ。
御所水先生が、何やら大きな箱を持って教室の前の教壇の上に置く。
(ドカッ!)
「差し入れ~他のみんなには内緒~」
「キャー」
「これ知ってる。ヒレカツで作ったトンカツサンド」
「あの有名な千かつサンドだぜこれ!」
御所水先生が、飛び切り美味しそうな千かつサンドを差し入れてくれる。
女子たちが箱から出して、男子に渡してくれる。
「結城君最後カッコ良かった~」
「たいしたプレーじゃないよ」
「ウソだよ~」
俺も女子に同感。
最後のクリア、あれは絶対たいした事無いプレーなんかじゃない。
あれで最後に打ち込まれて見ろ。
どうなってたんだよ俺のクラス。
「氏家君凄いよね」
「サッカー上手なんだ」
「ははっ、俺控えやし。レギュラーちゃうし」
「それ監督が絶対間違ってるよ~」
俺も女子に同感。
3年生男子最強クラス、特別進学部SAクラスに勝てたのはエースストライカーの氏家翔馬がいなければ達成できなかった。
しかも翔馬。
ワントップになった時もふわりと浮かせたループシュートで、あわよくば2点目を狙いにいった。
俺が監督なら絶対レギュラーで使う。
凄い野心的なエースストライカーだ。
しかも頭も良い。
翔馬の立案した試合中のフォーメーション変更も見事にハマった。
あのタイミングで数馬をディフォンダ―に下げなかったら絶対に勝てなかった。
氏家翔馬のリーダーシップが、俺たちS2を勝利に導いた。
同じ部活の岬と末摘さんが俺の席に近づいてくる。
「ほい」
「サンキュー」
岬が運んできてくれた御所水先生の千かつサンド。
マジで旨そう。
隣にいる末摘さんが、お茶を渡してくれる。
「はい高木君」
「ありがと末摘さん」
「ううん」
「花、ずっと点入れられないかハラハラしてたし」
「違うの~」
「はは、ごめんね。頼りないキーパーで」
俺自身覚悟してた大量失点。
よく全部防げたよ。
普段自分をあまり褒めない俺も、さすがに良く頑張ったと自己評価。
「あんなにパンチングばっかして、手痛くないわけ?」
「あの弾丸シュート、痛くないわけないだろ」
「テーピングしてる?」
「なにテーピングって?」
「アホ」
岬れなが一度教室の外の廊下へ出る。
すぐに何かを持って戻ってきた。
「手、出しな」
「なにそれ」
「さっさとしろし」
「あ、ああ。でもなんで?」
「ゴールキーパーは突き指しやすいの」
「なるほど。たしかに」
岬が俺の指に白いテープをクロスさせて貼ってくれる。
キャッチやパンチングの際に、弾丸シュートを受ける時に突き指するのを防止する効果があるらしい。
アスリートじゃない俺。
そんな事、今まで考えた事も無かった。
「こんなのあるなら先に頼むよ岬」
「あんたがあんなにセーブ連発するなんて誰も思わないっしょ」
「だな、たしかに」
正論。
俺の第1試合の動きを見れば、テーピングの必要性など誰も感じなかったはず。
躍動する肉壁。
たまに飛ぶ。
先週の土曜日に、翔馬から教わったパンチングの技術がここにきて成果を発揮する。
そもそもキャッチすれば、こぼれ球をシュートされる事もない。
でも無理。
弾丸シュート、あんな速いボールキャッチとか今の俺には絶対に無理。
パンチングではじくのが精いっぱいだ。
岬のやつ、今日ショートヘアにばっさり髪切ってたし。
本当に今日のバスケに備えて、こんなものまで準備してたんだな。
普段持ち歩く物じゃないはずだ。
俺テーピングとか知らない。
岬は慣れた手つきで俺の指にテープを貼る。
まるで経験があるような感じ。
「これ食べて次も頑張りな」
「はいよ」
肉壁に千かつサンドを渡してくる岬れな。
勝てば勝つほど体がボロボロになっていく。
なんだよこのトーナメント戦。
S2クラスの男子と女子が、楽しそうにお喋りしながら千かつサンドを口にする。
御所水先生が男子1人1人をねぎらってくれる。
なんか。
勝って、凄く一体感感じる。
S2クラスが、勝てば勝つほどドンドンとまとまっていく感じがする。
岬が俺に声をかけてくる。
「あんた次、準々決勝ね」
「マジ?」
もう準々決勝。
ということは、あと3回勝てば優勝か。
「次も0点ね」
「俺がいつも0点取ってるみたいに言うなよ」
「あわわ、2人とも喧嘩しないで」
「うちらはいつもこんなだから、花は反応し過ぎ」
俺と岬の喧嘩やり取りを心配する末摘さん。
ハッキリ言って、今日の岬は機嫌が良い。
「あんな頑張ってモテたいわけあんた?」
「肉壁がどうやってモテるんだよ」
「きしし」
ショートヘアになった岬に笑顔が絶えない。
SAクラス3年生を撃破した件、大変お喜びになっているご様子。
勝った後はテーピングまで申し出てくれた。
俺をいつもジト目で見てるこいつのやる事とは思えない。
岬と末摘さん。
同じ部活の3人で話をしていると、近くの席にいる女子の会話が聞こえてくる。
「サッカー、SAクラス負けちゃったみたいよね~」
「やっぱりチーム戦だと違うのかな~」
SA?
気になる。
今までは何かあっても、クラスメイトに気軽に声をかける事が無かった俺。
今は何でもみんなに話しかけられる、そんなアットホームな雰囲気がS2クラスにはあった。
気になって、近くの女子に話しかけてみる事にする。
「ねえ、SAが負けった話、どこのクラスの話?」
「隣だよ高木君」
隣って……まさか、太陽のいる1年生のSAが負けた!?
「ちょ、ちょっと待って。どこに負けたの?3年?」
「違うよ」
「隣のS1クラスに負けたの」
ウソだろ!?
スポーツ推薦で集まってるアスリート集団、太陽のいるSAクラスが。
俺たちのクラスの隣、1年生のS1クラスに負けた?
信じられない。
ま、まあ。
俺のいる1年生S2クラスが、男子3年生のSAクラスに勝ったんだから、あり得る話ではあるよな。
だけど。
俺は相棒の力を借りてこの戦いに勝利した。
シュートコースをあらかじめ予習してたおかげ。
だから勝てた。
もちろん、答えが分かってて簡単に勝てる試合では無い事は、この俺が十分良く分かってる。
一定の練習と行動は必要だった。
そうでもないと、3年生のSAには勝てなかった。
勝てたのは優秀な翔馬と数馬がいてくれたおかげでもある。
アスリート集団、スポーツ推薦で入学したSAクラスに、学力優秀で推薦入学したS1クラスが本当に勝てるのか?
太陽。
神宮司楓先輩の前でカッコ良いところ見せたかったはず。
落ち込んでないといいけど。
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昼休憩が終了し、午後の試合が再開された。
準々決勝の試合に挑むS2クラスの男子たち。
「キャーー」
「氏家君ーー」
俺たちS2クラスの快進撃は止まらなかった。
その中心にいたのが、氏家翔馬だ。
「今や!攻めるでーー!!」
「おおーー!!」
いつしかリーダーシップを発揮した氏家翔馬に、クラスの男子たち全員が従うようになっていた。
彼の判断はとても的確なものだった。
そして翔馬を支えたのが、もう1人のスター選手、結城数馬。
「数馬君ーー」
「頑張ってーー」
氏家翔馬と結城数馬の2人は得点を重ねていった。
その裏で。
あまり目立たない存在が1人。
肉壁ゴールキーパー。
高木守道。
(バッシューー!!バチンッ!!)
「痛ってぇ!?」
「キーパー狙うな!どこ蹴ってんだよ!」
誰もが蹴った先にたまたまゴールキーパーがいると勘違いしている。
あるいはミスキック。
違う。
そうじゃない。
サッカーボールが飛んでくる場所に俺が立ってる。
誰も知らない真実。
だが未来の答えが分かるとは言っても、すべてのシュートを止められるはずもなく。
テストと一緒。
答えが分かっているからといって、暗記できるかどうかはその人次第。
テストの答えが分かっているからと言って、どう活かすかはその人次第。
(バッシューー!!バチンッ!!)
「痛ってぇ!?」
「キーパー狙うな!いないとこ狙えって」
違う、そうじゃない。
ボールが来るところに肉壁の俺が待機しているだけ。
テストの答えが分かっているからと言って、どう対応できるかはその人次第。
準々決勝に勝利したS2クラス。
奇跡の進出。
躍進するガリ勉男子チーム。
トーナメント戦が進むにつれて、次の試合までの時間がドンドンと短くなってくる。
勝てば勝つほど、次の試合は早くやってくる。
S2クラス、ついに準決勝に進出。
残り4チーム。
あと最大で2試合。
ここまで勝ち続けてこられたのは、相棒である藍色の未来ノートのおかげ。
だが、俺の相棒はきまぐれ。
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『大体そこら辺にボール飛んできます』
この程度の未来予測。
俺は相棒を愛している。
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『あとは自分でなんとかして下さい』
無言で俺への熱いメッセージ。
きまぐれな相棒。
答えも問題も、出たり出なかったり。
俺は、相棒を、愛している。
(バッシューー!!シュバ~ン)
(ピピーー!)
「あ~」
準決勝。
総合普通科のどこだか知らないクラスとの対戦。
センチ単位で、パンチングをミスったボールが俺たちS2クラスのゴールネットを揺らす。
(ピピーー!!)
2-1。
最後の10秒で1失点。
マジで微妙な俺。
「キャーー」
「氏家君ーー!」
「数馬君ーー!」
2得点をあげた2人。
この2人のいるおかげで勝てている。
俺は1得点も入れていない。
ゴールキーパーだから当然の話。
得点源となった2人はモテまくり。
スター選手からさらに進化。
もはやヒーローと言って過言ではない活躍。
最後に失点したゴールキーパーの俺は超微妙な存在。
パンチングを重ねた右手は痛いし。
体中に弾丸シュートを受け続けてボロボロ。
俺って、一体。
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「うっーーし!」
「よっしゃーー!」
お昼休憩が終了してから、準々決勝と準決勝が終了する。
試合の合間に教室に戻って休憩を取っていた1年生S2クラスの男子イレブン。
イレブンと言っても15人。
フォワード2人とゴールキーパー以外は、基本交代で出場している。
「高木、次も頼む」
「変わるぜゴールキーパー」
「お前の方が絶対上手いって」
俺はいつしか、S2クラスの赤点男から大変身。
S2の守護神、高木守道と言われるようになっていた。
俺の立つ場所に必ずボールが飛んでくる。
「高木、お前サッカーボールに愛されてるぞ」
「ふざけるなって。弾丸シュート、今日何発食らったと思ってんだよ」
「あはは」
弾丸シュートを受け続ける俺の身にもなって欲しい。
「次の決勝戦の相手、隣のS1らしいぜ」
「うわーマジかよ~」
マジか。
S1クラスの男子たちと戦う事になるのか。
今は校庭の整備中。
しばらく準備ができるまで教室で待機している最中。
最後の決勝戦だけは、校庭の全面使ってガチのサッカーするようだ。
準決勝までは校庭を2分割して戦っていた。
突然広いピッチで試合をする事になる。
しかもまさかの1年生対決。
3年生最強のSAクラスは、俺たちがジャイアントキリングしちゃったもんな。
それにしても隣のクラスと決勝戦か。
そういえば決勝戦の相手、隣のS1クラスから音が聞こえてこない。
誰もいないのかな?
静かともいえる第一校舎の3階フロア。
突然。
体育館の方から大歓声が聞こえてくる。
(「わーーー!!」)
体育館は女子バスケットボールの試合が行われているはず。
「聞いた?バスケの試合、隣のSAクラスと、3年生のS1クラスの女子が決勝戦してるみたいよ」
「凄~い」
3年生の特別進学部S1クラス……神宮司楓先輩と成瀬真弓姉さん。
ついでにうちのパン研の南夕子部長がいるクラスだ。
太陽いるSAサッカー男子チームは隣のS1クラスに敗れてしまったようだが、1年生SAの女子チームはバスケで決勝戦まで勝ち上がっていたようだ。
きっと太陽たちSAクラスの男子は、体育館でクラスの女子を応援しに行ったに違いない。
神宮寺楓先輩も出場してる試合。
太陽、一体どっちのチーム応援してるんだろうな。
(ピンポンパンポ~ン)
(「体育館で行われていた女子バスケットボール決勝戦。優勝チームは、3年生特別進学部S1クラスに決まりました」)
(「おおーー」)
(「そうかーー」)
校内放送が教室に流れる。
響きわたる歓声が学校中から聞こえてくる。
どうやら俺たちの試合より先に、女子バスケットボールの決勝戦が終了したようだ。
スポーツ推薦で入学したアスリート女子SAクラス1年生を相手に、さすが3年生の貫禄と言ったところか。
神宮司楓先輩と成瀬真弓姉さんがいる3年生が勝利したようだ。
順当と言えば順当な試合。
ジャイアントキリングをしておいてなんだが、今年のスポーツ大会男子サッカーの決勝戦もまさかの1年生対決。
「やあ守道君」
「守道、いよいよやな」
「2人とも大活躍だもんな今日」
「お前のおかげやろ守道?」
「なんでだよ?」
「僕もそう思うよ守道君。そうそうあんな上手にシュートは止められないよ」
「2人とも、褒めても何も出ないからな」
「ははは」
氏家翔馬、結城数馬。
2人とも、本当今日輝いてる。
これだけの勝利を重ねて、俺たちS2クラスはみんな本当に仲が良くなった。
先月の一件から、今日でみんな吹っ切れたように感じる。
俺たちはただのガリ勉クラスじゃない。
アスリート集団のSAクラスにも勝てる、凄いクラスなんだぞって学校のみんなに示す事が出来た。
「さあ守道、最後の勝負や」
「S1戦か、やるのか翔馬?」
「ここまできて2位で満足できるわけないやろ?」
「僕も同感だね」
「分かった、分かったよ。S2のゴールは俺に任せとけって」
「頼むで守道」
「頼んだよ守道君」
あんなに頑張ってる翔馬と数馬に言われたら、俺だけ頑張らないわけにはいかないだろ。
確認しとくか、相棒を。
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マジ?
次、決勝戦だよな相棒?
相手は1年生特別進学部S1クラス。
あのアスリート集団、3年生特別進学部SAクラスとの対戦を考えれば恐れるに足らず。
シュートが飛んでくる方向は分かった。
全部ど真ん中、全部でシュート5発。
もう覚えた。
俺は相棒をカバンにしまう。
(ピンポンパンポ~ン)
(「校庭の整備が終了致しました。決勝戦に出場する1年生特別進学部S1クラス、1年生特別進学部S2クラスの皆さんは校庭へ集合して下さい」)
氏家翔馬が声を出す。
「さあ、行くでみんな!」
「おお!!」
男子たちに気合が入る。
翔馬はすっかり、S2クラスのリーダーのような存在だ。
「頑張ってみんな!」
「応援するね」
女子たちも興奮してる。
みんながクラスメイトの男子を応援してくれる。
S2クラスはすでに1つにまとまっている。
ここまで4勝。
次が最後の決勝戦。
お互い1年生同士の戦い。
あの3年生、特別進学部SAクラスを撃破した俺たちならやれる。
絶対に勝つ。
勝利を目指す俺たちS2クラス男子たちに。
未来ノートが映し出すことが無かった、予測不能の未来が待ち構えていた。




