108.「俺たちのジャイアントキリング」
サッカー男子、学内全クラスの男子が戦う1発勝負の1回戦。
2年生S2クラスに対してフォワード2人の活躍で、辛くも勝利した俺たち1年生特別進学部S2クラス。
午前中最後の試合となる第2試合、対3年生特別進学部SAクラス戦がまもなく始まろうとしている。
トーナメント方式で全クラスが戦うため、午前中は多くて2試合。
クラスメイトの女子の話では、体育館で行われている女子のバスケはトーナメント全試合のすでに半数を消化したらしい。
初戦に敗退して暇になったS2クラスの女子たちは、この後行われる俺たち男子の第2試合に応援に来てくれるらしい。
ザルゴールキーパーの俺としては、恥ずかしい姿を女子にさらす事になる。
女子のバスケの試合もそうだが、全員が1回は試合に出られるように頻繁に選手交代がクラス内で発生。
交代は審判の先生に申告すれば好きな時に交代できる特別ルール。
10秒だけ出場して消えて行く記念出場の選手が後を絶たない。
「次お前出ろって」
「いいよ俺、さっき出たからお前出ろって」
女子たちが見守る前で恥をかきたくないS2クラスの男子たち。
御所水先生がいる時に各担当するポジション別に分かれた男子。
次の敗戦濃厚な試合、アスリート集団かつインターハイサッカー男子が5人含まれる対3年生特別進学部SAクラス戦。
ミッドフィルダー4人枠に誰が出るか、6人の男子たちがじゃんけんを始める。
S2クラスの男子たち、ディフェンスチームの4人枠でも6人の男子たちが同じくじゃんけんを始める。
誰も恥をかきたくない。
氏家翔馬と結城数馬が俺の席に近寄ってくる。
「守道君、次の試合はぜひ勝ちたい」
「ウソだろ数馬!?なにをどうしたら勝てるんだよ」
「僕と翔馬君でかき乱して見せるよ。ねえ翔馬君」
「そうや、数馬の言う通りや。絶対点取ってやるさかい、頼むで守道~」
「マジかよ~」
クラスの男子が不毛な責任の押し付け合い、敗戦の未来が約束された3年生アスリート集団戦に出場しないためのじゃんけんを行っている中。
たった2人だけ。
勝つ気満々の1年生男子が、2人だけ俺のクラスにいた。
「守道、ジャイアントキリング知っとるか?」
「ジャイアニズムか?俺の物は俺の物だろ?」
「ちゃうちゃう、大番狂わせや。倒すんや3年生を」
「本気かよ翔馬」
「数馬と俺がおったら何とかなる、なあ数馬」
「そういう事」
「どういう事だよ」
さすが体育会系は闘争本能が違う。
このやる気、俺にはまったくない気持ち。
ボールが飛んでこないでくれとすら考えていたザルゴールキーパーの俺。
氏家翔馬はサッカー部の男子。
当然3年生SAクラスにはサッカー部のレギュラー取ってる3年生の先輩も出場するはず。
控えに甘んじる氏家翔馬だが、内に秘める闘争本能は俺の比ではない。
翔馬、意外に野心的な心を持ってるやつだな。
俺とは正反対の性格。
やっぱり、太陽に似てるなこいつ。
突然。
結城数馬が俺の耳元まで顔を寄せてコソコソ話をしてくる。
「守道君」
「気持ち悪いだろ数馬、なんだよ」
「次の試合は、真弓先輩が見に来る」
「真弓姉さん?ああ、そういえばさっきの試合で3年生のS1クラス負けてたもんな。暇だから見に来るって事?」
「そういう事」
「それでそんなに元気なのだよ数馬~そこに俺を巻き込むなって」
「なんの話だ2人とも?」
氏家翔馬は不思議そうに俺と数馬の話を聞いている。
頭の良い数馬の話では、先程俺たちS2クラスが2年生相手に泥んこ試合をしているお隣で、3年生屈指の好カードだった特別進学部S1クラスが敗戦した事で、3年生の女子がSAクラス男子の応援に回る可能性が高いといった話。
朝日太陽も含めて俺たち3人、上級生の女子の魅力にとりつかれている。
第1回戦の前に、女子たちが戦っている体育館で神宮司楓先輩と成瀬真弓姉さんの戦う姿を見てしまった。
太陽も興奮して壊れていたが、人知れず壊れていた男がもう1人いたようだ。
結城数馬の想い人が俺たちの試合の観戦に絶対来るはず。
さっきの試合で数馬の先制点を帳消しにしてしまった戦犯ゴールキーパーの俺としては、大量失点して数馬の見せ場をつぶすわけにはいかなくなった。
「おい、そろそろ行こうぜ」
「頑張ってみんな~」
「わたし緊張してきちゃった~」
すでに敗戦しているクラスの女子たちからかけられる期待の声。
2回戦にして最終決戦3年生SAクラスに臨む1年生ガリ勉男子たちに、言い知れぬプレッシャーがのしかかる。
まもなく試合が始まるため、教室を出ようとする時。
氏家翔馬が俺に最後のアドバイスをしてくれる。
「おい守道、土曜日のあれ、覚えとるか?」
「パンチングだろ?親指折って、グーで力強く握って」
「手を痛めるから気いつけや。こぶしに当てる事だけ考えや」
「オッケー。分かってるって翔馬」
2年生と戦ったさっきの第1試合ではみんなに恥ずかしい姿を見せてしまった。
「行くで数馬」
「オッケー翔馬君」
氏家翔馬と結城数馬、フォワードの2人は本気で3年生から点を取る気満々だ。
2人の背中が大きく見える。
目標に向かって戦う男の背中は、とても大きく感じる。
守りたい。
2人が試合で活躍できるように。
S2のゴールは、俺が守る。
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1年生の入る第一校舎、1階の下駄箱を経由して靴を履き替え、校庭にクラスの女子と男子全員で向かう。
「大丈夫~」
「本当応援してるね」
「勝てるわけないだろ3年生に~」
「ははは」
女子も男子もみんなが対3年生の試合にドキドキしているはず。
勝てるわけがない試合。
でももしかしたら勝てるかも知れない。
「結城君頑張って~」
「氏家君、今度もお願いね」
「数馬に言うてや~」
「え~」
うちのS2クラスに誕生したスター選手2人の存在。
フォワードの体育会系男子2人にすべての期待が託される。
俺に近づく短髪茶髪女子の影。
岬れながニヤニヤしながら俺に近寄ってくる。
「あんた、絶対0点。負けたら全部あんたのせいね」
「うるさいな岬、俺緊張してきたんだからプレッシャーかけんなって!」
「あんた0点取るの得意でしょ?」
「さも俺が毎日赤点取ってるみたいに言うなよ」
「きしし」
今日いきなりショートヘアにばっさり髪を切ってきた岬れなが、満面の笑みで俺にプレッシャーをかけてくる。
遊んでやがるこいつ。
俺が大量失点するって絶対思ってる。
「あ、あの高木君」
「ああ、なに末摘さん?」
「今度は取られなかった良いね、点」
(グサッ)
「うっ」
「ああ!?違うの、そんなつもりじゃ」
「花、言ってやれし。5失点までは許してやるって」
「違うの~」
クラスの女子から「5失点くらいまでなら上出来ですね」と言われれば、無いに等しいゴールキーパーの俺のかすかなプライドも激しく傷つく。
これから3年生の弾丸シュートがバシバシ飛んでくる運命の俺。
クソっ。
さっきの第1回戦で2年生のへなちょこシュートを2発も見逃してしまった俺は完全にバカにされてる。
同じパン研の女子2人。
しいてはバイト先が同じ岬から完全にバカにされてる。
見てろよ。
俺には相棒がついてる。
S2のゴールは俺が守る。
氏家翔馬と結城数馬。
翔馬と数馬の足を引っ張るわけには絶対にいかない。
2人のスター選手に期待が寄せられる中、俺は敗戦の未来を変えるべく、相棒と共にジャイアントキリングに挑む決意を固める。
「頑張ってーー!」
「優勝お願いーー!」
うわっ。
校庭に出たら3年生の女子たちが俺たちの戦う試合のあるコートでスタンバってる。
スポーツ推薦で集まっている特別進学部SAクラス。
午前中の各トーナメント戦が消化されて、敗戦して暇になったクラスの生徒たちが男女問わず見たい試合に集まり始めた。
試合が進めば進むほど、負けたクラスの男女が暇になって校内をさまよい始める。
なんだよこのスポーツ大会、意味分かんないって。
入学して初めて知る平安高校の謎文化。
俺が言うのもなんだが、負けたチームは普通に午後から授業で良くない?
1日中体育の謎文化。
「キャーー!」
「岬君ーー!」
岬君?
岬れなと同じ苗字だな。
珍しいもんな、岬って苗字。
黄色い声援が飛び交うのは、ダラダラと試合会場に降りて来た俺たち1年生男子に向けられたものでは当然ない。
うわ。
3年生のSAクラスの男子が、すでにコートに入ってウォーミングアップを始めてる。
女子たちがウォーミングアップをしている3年生のSAクラスの男子たちに集中しているそばから、先生が1人俺たちS2クラスに近づいてくる。
藤原宣孝先生だ。
「藤原先生~」
「先生~」
みんな先月の事もあり、藤原先生大好き。
今は担任では無くなったが、先生に相談しに職員室に通う生徒も多いと聞く。
女子の御所水先生は体育館で審判員をしているはず。
俺たちの男子の応援に来てくれたようだ。
藤原先生を囲んで円陣を組むガリ勉男子イレブン。
残りの男子4人は、さっきクラスでじゃんけんで勝って補欠の席を獲得した戦犯回避の男子4人。
試合会場はすでに多くの生徒が観戦待ち。
そのほとんどが俺たちの敵。
ほぼ全員が、下級生1年生のガリ勉男子の集うS2クラスが負けるはずだと信じて疑わない。
完全にアウェーの状況。
ここにいる俺たちの味方は、藤原宣孝先生だけだ。
「皆さん。次は手ごわい相手ですが、死力を尽くして戦い抜いて下さい」
「はい」
ガリ勉イレブンに気合が入る。
みんな藤原先生の言う事はちゃんと聞く。
藤原先生が俺たちの話をちゃんと聞いてくれる先生だから。
先月のあの一件以来、俺たちS2クラス全員が藤原先生に信頼を寄せている。
最後まで俺たちを見捨てなかった藤原先生は、俺たちS2クラス生徒全員の心のより所だ。
「氏家君、君が中心になってみんなを引っ張りなさい。期待していますよ」
「はい先生」
氏家翔馬がサッカーが大好きで、レギュラー取れなくて控えって事も藤原先生は覚えていてくれている。
このS2クラスの中で一番サッカーが上手いのは翔馬だって事、先生はよく分かってくれている。
「みんな行くで!」
「おう!」
藤原先生から声をかけられた氏家翔馬が燃えている。
ガリ勉イレブンに気合の掛け声。
イレブンに気合が入る。
「高木君」
「藤原先生」
良かった。
俺も超緊張してるから、先生、俺にも何かお言葉を下さい。
「獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くします」
「それって、この前授業で出た獅子搏兎じゃないですか~」
「ははは」
先生がこの前現代文の授業で出た四字熟語を引用してくる。
「3年が全力で1年潰しに来るって事じゃないですか先生」
「その通り、最後までボールをしっかり見なさい。手加減してはくれませんよ」
「ううっ、分かりました」
獅子が襲ってくる。
藤原先生にカツを入れられたウサギゴールキーパー高木守道。
カツと言うよりは、俺の緊張をほぐしてくれている?
(ピピピピ)
審判の先生が早くピッチに集まれって催促してくる。
もう行くしかない。
「高木~」
「げっ!?真弓姉さん」
「なにがげっ!?よ~頑張んなさいよあんた~6点目取られたらコールド負けだから恥ずかしいわよ」
「超プレッシャーかけないで下さいって姉さん!」
「あはは、はいはい。あんたの雄姿、このわたしがちゃんと見ておいてあげるわよ」
「俺は見ないで結城数馬だけ見といて下さい」
「数馬君?もちよ、もち」
「じゃあ俺行きますんで」
最後に成瀬真弓姉さんに会ってしまった。
隣で神宮司楓先輩が笑ってみている。
俺の天敵がコールド負けの未来を予告する。
誰もが俺たち1年生が勝てるなんて思っちゃいない。
俺はとにかくゴールを守る。
頼むぞ、翔馬、数馬。
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(ピー―!!)
(「キャーー」)
試合開始と共に大歓声が上がる。
試合時間はわずかに20分。
トーナメント戦の1発勝負、1年生S2クラス対、3年生SAクラス戦がスタートする。
いきなり守勢。
中盤で俺たち1年生が軽々と突破される。
もうディフェンスラインまで来ちゃったよ!?
開始10秒経ってないじゃんよ。
単独超上手いドリブルで上がってきた3年生が、薄皮最終防衛ラインを軽々と突破してくる。
もう俺の目の前、ペナルティーエリア来ちゃってんじゃん。
「キャーー」
「森山君ーー」
誰だよ森山って。
ピッチに響き渡る女子の声援。
完全アウェー。
全員3年応援してるじゃんよ。
ちょっと待てって、ヤバいって。
どうすりゃ良いんだよ相棒。
□□□□■■□□□□
□□□□■■□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
相棒が上って言ってた。
ゴールのど真ん中にいる俺。
もう俺はここを動かない。
3年がシュート態勢。
最後までボール見ろ。
絶対真ん中、上に来るはず。
打ってくる。
(バッシューー!!)
右手グー!
肉壁ジャンプ!
昇竜拳。
(バチン!)
「痛てぇ!?」
「キャーー―!」
「おしいーー!」
なんとか右手こぶしに当てる事が出来た。
ボールがバウンドして俺の右前方に跳ねる。
ちょっと待てって。
俺のチームのディフェンダー、失点覚悟で全然動いてなかった。
誰か知らない3年生がこぼれ球に反応してペナルティーエリアに侵入してくる!?
もう2発目かよ、どうすんだよこれ!?
□□□□■■□□□□
□□□□■■□□□□
□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□
上の次、上。
右手グー。
もう上しかこない。
信じろ、俺の相棒を。
シュート態勢、ヤバい、来る。
(バッシューー!!)
肉壁ジャンプ!
昇竜拳。
(バチン!)
「痛てぇー!?」
(「キャーー―!」)
(「ウソでしょ!?」)
いきなりシュート連発されながら、スーパーセーブ2連発に会場が一気に湧き上がる。
右手超痛いよ、なんだよあの弾丸シュート。
翔馬にパンチングの技術を教えてもらってなかったら、右手のグーがはじかれて絶対ゴールされてた。
土曜日の特訓、予習の効果が初めて生かされた。
はじかれたボールをディフェンスラインまで後退していた氏家翔馬が拾ってくれる。
「ナイス守道!」
「走れ翔馬!」
翔馬がドリブルで一気に左サイドを相手チームのハーフラインまで駆け上がる。
3年生たちが油断していた。
さっきの2発のシュートで完全に得点できるだろうと油断していたに違いない。
1年生のカウンター攻撃。
3年生のミッドフィルダーが左サイドを駆け上がる翔馬の進路をふさぐ。
~~~~~氏家翔馬視点~~~~~
はぁはぁ。
クソ、前が塞がっとる。
3人も来た。
あかん、レギュラーの先輩たち。
負けらへん。
誰か。
誰かおらんか?
おった。
右サイドがら空きや。
3年生が俺の方を全員向いとる。
3年の背中の死角から走り込んできおった。
やっぱり数馬はセンスあるな。
よし、今や!
「数馬!」
(バスッ!)
(「キャーー!!」)
左サイドにいた翔馬が、手薄になってる右サイドに大きくボールを蹴る。
右足一本でダイレクトキャッチ。
すかさず結城数馬が右サイドを相手陣地、ペナルティーエリア付近まで駆け込む。
~~~~~結城数馬視点~~~~~
やっぱり翔馬君、クロスも上手いね。
ゴール前、キーパーと残り2人はディフェンダー。
ダイレクトでシュートはちょっと厳しい。
おっと。
ディフェンダー2人こっち来たね。
シュート、と見せかけて。
見えてるよ、翔馬君。
右サイドからペナルティエリア付近までドリブルで上がってきた数馬が、オーバーラップしてきたディフェンダーを見るなり、中央ゴール前に向かってセンタリング、ボールを蹴り込む。
オフサイドラインからゴール前に一気に飛び込む1人のヒーローの姿。
(バッシューー!!シュバ~ン)
(ピピーー!)
(「キャーー―!」)
(「氏家君ーー!!」)
俺たちの試合を見守っていた3年生のギャラリーが静まり返る中、ギャラリーの一角で女子15人が沸きに沸く。
大喜び。
1年生のS2クラス、女子15人。
完全アウェー、誰もが3年生SAクラスが勝利すると確信して臨んだ試合。
開始5分。
まさかの最初の先制点が、1年生S2クラス、氏家翔馬の足から生まれた瞬間だった。




