106.「特別進学部1年生 春季スポーツ大会」
5月、3日間の日程で行われた中間テストが終了。
その中間テストが終了した後、平安高校で毎年行われているスポーツ大会が始まる。
朝。
いつものようにコンビニに朝出勤。
先に出勤した俺から遅れる事1時間、俺のクラスメイトが出勤してくる時間。
(ピコピコ~)
「うっーす」
「……」
マジか。
岬れな。
岬れなが。
「なに?」
「いや、なんでも」
「ウザいし」
バッサリ切ってる。
茶髪の髪を。
肩の下まであったはずの長い髪が、綺麗さっぱり、ショートヘア。
可愛い小さな顔が、ショートヘアでより小さく見える。
モデルかよこの子。
これなら客がもっと来る。
売り上げ伸びるぞ、俺のコンビニ。
違う、そうじゃない。
マジかよ。
何かあったのか?
「いらっしゃいませ~」
「ませ~」
「おい岬。省エネ接客するなって」
「うるさいし」
「ませしか聞こえないぞ、ませしか。お前の髪と一緒で短すぎるって」
「死ね」
相変わらずハリネズミのトゲが突き刺さるが、成長した俺の鉄の心はそれをはじく。
入学して2カ月、岬れなの耐性がついてきた。
毒も受け続けると耐性がつく。
俺が被験者兼実験台。
毒を吐き続ける後輩バイトクルー、毒を受け続ける先輩バイトクルー。
「岬、コピー用紙補充して」
「あんたがして」
「じゃあレジ頼む」
「オッケー」
動かない、まったく。
パンダみたいに全くレジから動こうとしないショートヘアになった岬れな。
それでいて賢い。
俺と言うバイト先の先輩の使い方が上手すぎる。
単に俺が怖くて指示できないだけ。
常に省エネ。
目的を達成するために最短距離を目指すタイプ。
レジから動きもしないパンダ女子、もとい、うちのコンビニの看板娘。
店長が岬に声をかける。
「岬ちゃん、お菓子たくさんあるから持って帰る?」
「いります」
レジにいるパンダに、飼育員から笹や竹が支給される。
全部持って帰ると言う岬。
パン研の部室であれだけ南部長から与えられたお菓子ポリポリ食べて、あのスレンダー体形を維持できているのが不思議でならない。
絶対太るだろ。
「なに?」
「いや別に」
「キモいし」
危ない。
俺が何考えているか分かるのかこの子?
岬の前で太るは今後NGワードだ。
若い男性のお客さんが俺じゃなくて岬がいるレジに向かう。
岬の常連のお客さん。
「岬ちゃん髪切った?」
「はい、そうなんです。似合います?」
「凄く可愛いよ」
「どうもです~ありがとうございました~」
女子は接客の時や電話に出る時だけ、メチャメチャ女子してくる。
女の武器。
まれにスマホにかかってくる買ってもいない宝くじの電話。
電話先はいつも綺麗な女性の声。
相手が何歳なのかも分からない電話先の女性。
岬の女子トークに、底知れぬ女子の闇を感じる。
(ピコピコ~)
「高木ちゃん~」
「婆ちゃん、いらっしゃい。いつもの新商品?」
「そうそう」
「和菓子の新商品でしょ?婆ちゃんがまだ買ってない、生どら焼きの新しいやつ持ってきてあげるよ」
「頼むよ~」
俺のレジにはおじいちゃんやお婆ちゃんばっかり並ぶ。
この婆ちゃんは、以前俺が紫穂の誕生日プレゼントを買いに行った時に店にいた婆ちゃん。
市場調査とか言ってたな、この婆ちゃん。
俺はただのアルバイトなので、婆ちゃんが産業スパイだろうがお客様はお客様。
婆ちゃんが和菓子屋の産業スパイだと店長にバレたところで、新商品を開発しているのは東京にある本部の社員。
俺と店長には関係のない話。
「じゃあね高木ちゃん~」
「またね婆ちゃん」
俺がお年寄り1人に丁寧な接客をしている間に、仕事の早い岬のレジには男子たちが列をなす。
売り上げでも負けてしまう。
しかもこのパンダ、仕事覚えるの早い。
もう教える事がほとんどなくなった。
先輩クルーの威厳が無くなれば、このパンダ、ますます先輩である俺の言う事を聞かなくなってしまう。
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「おはよう~」
「キャー!?岬さん、その髪どうしたの?」
「イメチェン?」
「今日バスケあるし、切ってきた」
「凄~い」
「気合入ってる~」
朝のS2クラスに入る。
岬と一緒に登校。
茶髪の長い髪をバッサリ切ってショートヘアにした岬に群がるS2の女子たち。
今日は1日中体育。
平日のこの1日を使った、毎年恒例と言われている謎のスポーツ大会。
女子と男子の試合。
全試合が終わり次第、授業も終了、解散となる。
女子は体育館でバスケットボールの試合。
男子は朝からサッカーの試合が行われる。
1年生から3年生の特別進学部S1、S2、SAクラスの各3クラス、合計9クラスが参加。
ここに総合普通科の1年生から3年生のクラスも当然加わる。
特別進学部の生徒が、試合を通じて総合普通科の生徒と交流する場所ともなる。
「皆さん~おっは~」
「御所水先生~」
「おはようございます~」
おピンク先生がS2クラスに入ってくる。
乙女男子は女子の人気者。
「皆さん、おはようございます」
「藤原先生」
「先生」
旧担任である藤原宣孝先生。
わざわざ藤原先生が、S2の朝のホームルームに駆け付けてくれた。
今日は終日スポーツ大会という事もあり、テンションが全員上がってる。
女子も男子も、藤原先生に群がる。
みんな、藤原先生の事が大好きだ。
俺も藤原先生に近づきたいのに、おピンクの影が忍び寄る。
「高木ちゃん~」
「ひっ!?なんすか御所水先生?」
「この前のお・つ・ぼ」
「へ?つぼ?」
なんだっけ、つぼって。
「なんだか賞をいただいっちゃったの~今度一緒にお祝いしましょうね~」
「賞?」
御所水先生が何を言っているのか理解できない。
藤原先生は、男子サッカーの審判をやるらしく、すぐに教室を後にする。
御所水先生はバスケットボールの審判をするようだ。
女子たちに声をかけている。
「じゃあハニーのみなさんは体育館でお着替えよ~」
「は~い」
女子が全員去った後のS2クラス。
もうここに女子はいない。
今日はスポーツ大会でガリ勉男子たちもハイテンション。
話す内容は、誰かの悪口かエッチな話しかあるはずもなく。
女子は全員体育館でお着替えと聞いただけで大興奮。
扉も締められるらしい、のぞき見は不可能。
だがS2のガリ勉男子は諦めない。
脳みそをフル回転して、体育館の壁をどうやったら透視できるか本気の議論がスタートする。
ガセ情報がクラスに飛び交う。
「おい、体育館の裏から中がのぞける場所があるらしいぞ」
「どうやってそこまで行くんだよ」
「ここから角度的に体育館の中見えるんじゃないのか?」
「マジかよ」
ほぼ全員が窓に向かい、わずかに見える体育館を3階から見下ろす。
角度的に中をのぞく事は不可能だった。
しかも体育館の窓には黒いカーテン。
「カーテン閉まってんじゃんよ」
「ちょっとあそこ開いてるぞ」
「マジか」
ミリ単位の穴を探すが見えないものは見えない。
透視を諦め、話題が変わる頃には、窓側にほぼ全員がいた男子たちが教室の中央に戻り輪を作る。
「おい、総合普通科に可愛い女の子いるらしいぞ」
「本当か?どのクラス?」
体育館を諦めたエロ男子たち。
S2クラスの教室で体操服に着替える15名。
サッカーよりも体育館の女子たちの試合が気になるところ。
サッカーの話題は一切出ない。
すでに終戦モード。
それもそのはず。
このクラスのお隣には、スポーツ推薦で集まったアスリート集団、平安高校特別進学部SAクラスの存在。
一般入試で塾に通っていたガリ勉男子たちの集団が勝てるはずがない。
この時、全員がそう思っていた。
今日の男子サッカー大会。
トーナメント方式で予選無し。
試合に負けたらそこでおしまいの一発勝負。
朝から始まる第1試合で負けた場合、残り半日、敗軍のクラスとして校内をさまよう事になる。
「後でうちのクラスの女子の試合、応援行こうぜ」
「お前岬さん目当てだろ?」
「違うよ、応援だって応援。でも可愛かったよなあのショート」
「だよな」
負けたら負けたでS2の男子たちにも色々とやる事がある。
この後は同じS2クラスの女子の応援へ体育館に行かなくてはいけない。
体育館では女の子だらけのバスケットボール大会。
正直試合の結果など、どうでも良い。
男子たちが体育館に向かう理由。
目当ての女の子の試合を観戦するのが最大の目的。
女子たちもバスケの試合はトーナメント方式。
負ければ試合終了、すぐに校庭でサッカーの試合をしている男子の応援に向かわなければいけない。
負けたチームのクラスの試合は2度と見られない。
特定の試合に観戦者が片寄るケースはざらに発生する。
少なくとも1試合はあるトーナメント。
決勝まで進むチームは4試合以上を戦う事になる。
抽選はいつの間にか決まっており、校舎1階の掲示板にデカデカと張り出されていた。
1年生なので誰がどのクラスにいるか、ほとんど分かっていない。
組み合わせを見たところで意味が無いと思い、俺も岬も掲示板を今朝スルーしている。
日頃バスケットボールをやらない同じクラスの女子たち。
日頃サッカーをやらない同じクラスの男子たち。
突然スポーツ大会で同じ競技で競いそう。
クラスの仲が良かろうと、悪かろうと。
学年が1年生だろうと、3年生だろうと。
必ずどちらかのチームが勝者となり、敗者となる。
勝ったチームは徐々に上手くなり、いずれトーナメントの最後に決勝戦を迎える。
今日のスポーツ大会で勝つことを考えていないS2クラスの男子たち。
俺もその中の1人。
だが勝つ気満々な男子が、2人だけ、俺のいるガリ勉男子の集合体であるS2クラスに存在した。
氏家翔馬、そして結城数馬だ。
「準備ええか守道?」
「守道君、準備は良いかな?」
「俺たちの試合いつあるの?」
「組み合わせ見とらんのか守道。今9時やろ?俺らS2の第一試合は10時からや」
「そんなに待つの?何すれば良いんだよそれまで」
「女子の応援見に行くに決まっとるやないかい」
トーナメントに出場するクラスが特別進学部3学年だけで9クラスもある。
俺たち特別進学部S2クラスの第一試合まで1時間以上も待機しなければいけない。
俺も暇だし、体育館、みんなと一緒に見に行ってみるか。
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体育館。
女子たちだけのバスケットボールの試合。
女の戦いが始まる。
第一試合、特別進学部1年生S1クラス対特別進学部1年生S2クラスの組み合わせ。
体育館が2つに仕切られ、第一試合と第二試合、左右2つのコートで学年対抗トーナメントが同時に始まる。
不遇にも1年生同士のカード。
お隣同士のクラスはとかく仲が悪い、どこかの国と一緒。
「みなさ~ん、頑張って~」
「は~い」
S2クラス担任、おピンク先生、御所水流。
とにかく頑張れ。
気持ちで戦う。
「プランB」
「はい」
S1クラス担任、叶月夜。
謎のプランBを指示。
S1クラスのコートにいる女子たちがフォーメーションを組む。
コート中央で対峙するS1クラス女子、一ノ瀬美雪。
対峙するS2クラス女子、岬れな。
「お久しぶりです岬さん」
「あんたとか、マジでうざいし」
「髪切られたのかしら?」
「うるさいし」
(ピー―!!)
試合開始の合図。
コート中央、センターサークルでジャンプボール。
一ノ瀬美雪と岬れなが同時にジャンプする。
(バンッ!)
~~~~~体育館2階席、応援に来たS2男子たち~~~~~
「頑張れ岬さーーん」
「いいぞーー」
(バン!バン!バン!)
『おい岬。省エネ接客するなって』
『うるさいし』
岬が。
(バン!バン!バン!)
『岬、コピー用紙補充して』
『あんたがして』
パンダみたいにまったくレジから動かない岬れなが。
(バン!バン!バン!)
『お菓子ポリポリ食べてるだけだろ岬?なんだよそれ』
『プリッツ』
『太るぞ岬』
『死ね』
パンダみたいに竹と笹むしゃむしゃ食べてるだけで、まったく動かなかった岬れなが。
(バン!バン!バン!)
「凄いぞ岬さーーん」
「いいぞーー」
(わぁぁ~~!!)
S1の女子をドリブルで抜いてる。
動いた。
パンダが、動いた。
~~~~~岬れな視点~~~~~
(バン!バン!バン!)
なにあの双子。
マジうざいんですけど。
「心音」
「文音」
S2の岬に立ちはだかる双子姉妹。
「頑張れ岬さんーー」
「結城君」
「結城君」
(バン!バン!バン!)
「あっ」
「あっ」
よそ見してんじゃないっしょ。
ゴール前、花いるじゃん。
(バン!バン!)
「花」
「は、はい」
双子をドリブルで抜いて、末摘花にボールをパスする。
シュートゾーンからバスケットゴールにシュートする末摘花。
「えいっ」
(カツン!)
「ああ」
おしくもバスケットゴールを外す。
末摘花がシュートしたリバウンドボールをキャッチする岬れな。
オフェンスリバウンド、岬がすかさずキャッチし再びゴールポストへシュートする。
(パスン!)
(ピピーー!S2、2点)
「わーーー!!」
「良いぞ岬さんーー!!」
うるさいし。
~~~~~体育館2階席、応援に来たS2男子たち~~~~~
「凄いね守道君」
「あ、ああ。岬があんなに動いてるの初めてみたよ」
「どこ見とんのや守道」
「翔馬は黙ってろ」
岬のゴールで2点、2-0。
今度は攻守逆転。
S1女子の攻撃の番になる。
(バン!バン!バン!)
揺れる。
「わーー!」
「成瀬さんーー頑張れーー!」
(バン!バン!バン!)
体育館1階、控えで交代を待つ女子たちの声援。
2階席からの男子たちの声援が入り乱れる。
「キャーー!!」
「良いぞ成瀬さんーー!!」
体育館が揺れている。
~~~~~成瀬結衣視点~~~~~
(バン!バン!バン!)
どうしよ。
ボール持っちゃった。
誰かにパスしないと。
岬さん凄い上手。
だめ、岬さんのいる方は無理。
あっ。
叶先生があっちにパスしろって。
3ポイントラインの外、葵さんだわ。
「結衣ちゃん」
「葵さん、はい」
成瀬結衣、フリーになっている神宮司葵にパス。
「とう」
(ヒョロヒョロヒョロヒョロ~スポ~ン)
(ピピーー!S1、3点!)
「わーー!!」
「凄いーー!!」
~~~~~体育館2階席、応援に来たS2男子たち~~~~~
神宮司葵の3ポイントシュートで3点、2-3。
S1に逆転されるS2。
「ウソだろ!?絶対おかしいって、入るわけないだろあのへなちょこシュート!?」
「凄いね神宮司さん、なかなかのやり手だね」
「冷静に解説してんじゃないよ数馬」
コートで神宮司葵をS1の女子たちが囲んでる。
重力に逆らってゴールネットに吸い込まれていった。
光源氏。
こっち見てる。
「シュドウ君!」
なに叫んでんだよ神宮司。
こっち見てVサインしてる。
今の俺はお前の敵だって。
「ぶい!」
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(ピピー!)
体育館。
女子バスケットボール、第1試合が終了する。
「ありがとうございましたー」
(バチパチパチパチ)
体育館から試合終了と共に、S1クラスてS2クラスの両チームに拍手が送られる。
1年生S2クラスの女子15名。
15名全員がコートに立った。
S1クラスの猛攻に耐え切れず、終始劣勢のまま本年度のS2クラスの試合が終了する。
「皆さん~良く頑張ったわよ~」
「御所水先生~」
「ダメだった~」
1階で試合を見守っていた御所水流先生が、健闘むなしく敗れたS2クラスの女子たちを慰める。
「皆さんお疲れ様でした、良く頑張りました」
「藤原先生~」
応援には旧担任、藤原宣孝先生の姿もあった。
藤原先生、後で俺たち男子のサッカーも見に来てくれるだろうか?
「おっと、S2の連中だ」
「バカがうつるから近寄るなよみんな」
先ほどまでお互いのクラスの女子の応援をしていた1年生のS1クラスとS2クラスの男子が鉢合わせになる。
俺たちS2クラスの顔を見て笑うのは、1年生S1クラスの男子たち。
S2クラスの男子たちは何も言い返さない。
みんな我慢していた。
先月あのトラブルがあったせいだ。
元々S1クラスは中学3年間、それぞれの学校で成績がほぼ満点に近い学力を誇った生徒たちの集まり。
対してS2クラスは一発勝負、1000人を超える受験生が30人の席を求めて全国から集まった集団。
経緯は個々で違うものの、S1クラスの男子たちは全員が成績優秀者。
他のクラスメイトがどう感じているかは分からないが、俺はS2クラスの生徒として、中学3年間真面目に勉強を続けてきたS1クラスの生徒に劣等感を抱いている。
互いのクラスは先月以降、大きな溝が出来たままだ。
「S2は放っておいて、早く試合に行こうぜ」
「おう」
先に試合に向かうS1クラスの男子たち、
すれ違いざまに薄ら笑いを浮かべる。
いい気持ちはしない。
俺のクラスメイト、氏家翔馬と誰かが話をしている。
あいつ、サッカー部の翔馬を背が低いってバカにしてた、紀藤って男子。
翔馬がまた黙り込んでいる。
あの紀藤って男も翔馬と同じサッカー部。
S1のあいつはサッカー部のレギュラーで、S2の翔馬はレギュラーではない。
きっとまた、何か言われているに違いない。
2人の近くに向かおうとした時、突然声をかけられる。
「やあ高木君」
「お前、右京か」
「ようやく名前を憶えてもらえたね」
「S1クラスだったのかお前」
右京郁人。
俺に以前、藤原宣孝先生が辞めるつもりだと言ってきた男。
あの日、右京はその言葉を俺に言った後、蓮見詩織姉さんと共に消えて行った。
あれ以来の再会。
まさか1年生S1クラスの男子だったなんて知らなかった。
こいつも詩織姉さんは、一体どんな関係なんだ?
「いくぞ右京。S2のやつなんかと喋ってないで、早く行こうぜ」
「今行くよ。では僕はここで」
S1クラスの全員が体育館の2階席から降りていく。
それと入れ替わるように、下の階から男子たちの集団が大挙して上がってくる。
なんでこんなに男子が体育館に集まるんだ?
次の女子バスケの第3試合、第4試合がすぐに始まるようだ。
普段見ない上級生、2年生や3年生の女子の先輩たちが試合のスタンバイに入る。
(ガヤガヤ)
(ザワザワ)
体育館の2階席にますますたくさんの男子たちが上がってくる。
体育館の一面コートは2つに分かれ、第3試合と第4試合が同時に始められる。
男子たちの向かう先は、3年生の先輩たちが準備をしている方の試合。
「神宮寺先輩あっちだな」
「急げよ、もうあんなに集まってるぞ」
S2クラスの女子の応援をしていた、体育館向かって左側のコートを見下ろす位置にいた俺たちS2クラスの男子の生徒たち。
この2階席は体育館の入り口すぐにある階段からしか上がれない。
男子生徒は1階は立ち入り禁止。
何年生かも分からない集団が、一斉に2階席を埋め尽くす。
元々クラスメイト女子の応援をするために場所取りをしていたS2男子たち。
体育館向かって右側で始まる、3年生女子の試合をそのまま最前列で観戦する。
体育館の外でやっている他クラスの男子サッカーの試合には興味などない。
「神宮司楓先輩だ」
「成瀬真弓先輩もいるクラスだろ?」
成瀬真弓、危険な女の名前が出てくる。
いた、俺の天敵、成瀬真弓。
真弓姉さん、今日はポニーテール、超気合入ってる。
「いいね~」
「なに興奮してんだよ数馬」
「僕は今日、この試合を見るためにこの高校に来たのかも知れない」
「なに言ってんだよ数馬」
結城数馬はおかしい事を言い始めた。
黙ってれば最強美女の成瀬真弓姉さんだが、俺にとっては高木デストロイヤーに過ぎない。
美人なのは認めるが、あの人のどこが良いのか俺には理解できない。
「おっと、僕は守道君に会うために来たんだったね」
「ブレブレなんだよ数馬。お前も少しは太陽を見習って」
「ようシュドウ、おはようさん」
「うわ!?い、いたのか太陽」
「試合さっき終わってな、急いで走ってきたぜ」
「太陽、SAはどうだった?」
「まあ完勝だな」
朝日太陽のいる1年生SAクラスは、総合普通科のクラスを相手に見事にサッカートーナメントの初戦に勝利したらしい。
さっそく次の試合に駒を進めたアスリート集団、SAクラス。
この後S1クラスが初戦を戦う。
俺たちS2は間もなく敗戦する未来が待っているはず。
「太陽のいる1年生のSAクラス、楓先輩のいるクラスと戦うんだな」
「もちろん楓先輩のチームが勝つに決まってるぜシュドウ」
「何言ってんだよ太陽。お前がいるSAの女子応援しろって」
「俺のチームが勝ったら、ポニテもう見れなくなっちまうだろ」
「お前はどっちの味方なんだよ太陽」
「ははは」
数馬も笑っているが、太陽と数馬の視線の先は3年生のチーム。
3年生チームが出る試合、体育館2階席にいる男子たちの応援が一気に膨れ上がっていた。
みんなの視線の先は神宮司楓先輩がいる3年生チームに注がれる。
「シュドウ、見ろ」
「楓先輩もポニテで激萌えって言いたいんだろ」
「そうだよ、そうだよ」
「大事な事は2回言うなって。楓先輩の試合、負けたらこれで最後だからちゃんと見とけよ太陽」
「これで最後とか言うなってシュドウ」
「悪かった、悪かったよ俺が」
太陽は神宮司楓先輩の事になると朝日太陽ではなくなってしまう。
ただのスケベ男子に豹変。
負けたらもう見られない神宮司楓先輩の雄姿。
食い入るように楓先輩に熱視線を送っている。
今日のスポーツ大会が終われば太陽は……気合入ってるだろうな。
「今日は頑張れよ太陽」
「分かってる、分かってる」
「ヘマするなよ」
「分かってる、分かってる」
こりゃダメかも知れないな。
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体育館で激しさを増す女子バスケットボールのトーナメント戦。
第三試合、特別進学部3年生S1クラス対特別進学部1年生SAクラスの組み合わせ。
1年生とはいえ、太陽と同じアスリート集団のSAクラス女子。
対して特別進学部3年生S1クラスには神宮司楓先輩と成瀬真弓姉さん。
それに、なんだと……気にもしなかった女の姿。
パンダ研究部部長。
いるじゃん、うちの部長が一緒に。
南夕子。
あのパンダの事しか考えていないうちの部長が、まさか、まさか楓先輩や真弓姉さんと同じ3年生の特別進学部S1クラスの才女だったなんて、世の中間違ってる。
動くのかあのパンダ?
試合開始と同時に歓声が一気に巻き起こる。
さっきのうちのクラスの試合よりも、明らかに大きな声援。
ギャラリーがとにかく多い。
中央、センターサークルでジャンプボール直前。
対峙する1年生SAクラスの女子と、3年生S1クラスの成瀬真弓姉さん。
3年生の真弓姉さんの方が圧倒的に体格差が上。
1年生SAクラスで一番背が高いと思われる女子が向かい合うが、それでも真弓姉さんの方がデカい。
背も高い。
とにかくデカイ。
(ピー―!!)
(わーー!!)
中央、センターサークルでジャンプボール。
大歓声。
揺れる揺れる。
体育館が激しく揺れる。
1年生SAクラスの女子と、3年生S1クラスの成瀬真弓姉さんが同時にジャンプ。
(バンッ!)
~~~~~成瀬真弓視点~~~~~
(バン!バン!バン!)
ボール確保。
この子なかなか素早いわね。
楓どこかしら。
マークされてる。
フリーなのは夕子ね、任せてみるか。
「夕子!」
「ちょっとダメ!?真弓ちゃん、こっちパスしないで!?」
バスケットボールの受け取りを拒否する南夕子。
動く気配も無ければやる気も無い。
ある意味ブレない。
開始直後に選手交代。
パンダがコートから消えて行く。
まさかの記念参加。
南夕子部長の3年生最後のスポーツ大会がここで終了する。
南夕子へのパスを諦めた成瀬真弓が、ドリブルで自ら前線を押し上げる。
(バン!バン!バン!)
夕子消えたし。
ヤバ、囲まれた!?
「真弓こっち」
「楓!」
成瀬真弓から神宮司楓へバウンドパス。
ボールをキャッチした神宮司楓がジャンプ。
シュートゾーンからバスケットゴールにシュートする。
(パスン!)
(ピピーー!S1、2点!)
「わーーー!!」
「先輩ーー!!」
体育館に歓声が沸く。
大盛り上がり。
1年生SA女子も負けずに反撃に出る。
~~~~~体育館2階席男子たち~~~~~
「うおぉぉぉぉぉぉ」
「うるさいよ太陽」
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神宮司楓先輩と成瀬真弓姉さん、ついでにパンダ研究部のうちの部長がいた3年生特別進学部S1クラスの試合が終了する。
太陽が自分のいる1年生SAクラスから造反。
最後まで3年生に熱視線を送り続ける不届きな親友。
かくいう俺も目が離せなかった大接戦。
試合は僅差で3年生チームが勝利した。
というか、あれだけ声援が3年生に偏って、1年生SAクラスの女子たちの動きはあきらかに硬かった。
戦犯は同じクラスなのに1年生SAクラスを応援しなかった太陽が悪いと、俺は勝手にそう思ってる。
場所は変わり、校庭。
俺のいるS2クラスの初戦を迎える。
緊張感はまるでない。
「それでは1年生のS2の皆さんはここに集まって下さい」
「は~い」
「2年生のS2の皆さんはこちらへ」
「は~い」
俺のいる1年生S2クラス、初戦の相手はまさかまさかの2年生S2クラス。
最低の組み合わせ。
ガリ勉男子で多少頭が良い集まりとは言え、上には俺たちよりももっと偉いS1クラスが存在する。
校庭は2つに分けられ、俺たちの試合は校庭の半分という狭い空間でサッカーを行う。
人口密度は意外に高く感じる。
お隣の試合にはたくさんの女子ギャラリー。
それもそのはず。
お隣は特別進学部3年生S1クラス対、特別進学部3年生SAクラスの対決。
本校屈指の好カード。
(「頑張って~」)
対してこちらの1年生と2年生の特別進学部S2クラス対決。
ほぼ誰も見てない。
俺たちS2クラスの試合に誰も注目すらしていない。
俺のクラスのS2の女子たちはどこへ行った?
(「頑張って~」)
いた。
あっちの3年生の試合を観戦してる。
俺たちはアウトオブ眼中。
いや、見えてすらいないだろう。
見えるんだけど、見えない俺たち。
隣のコートにいる俺たちには一切目もくれず、3年生の男子の先輩の試合開始を固唾を飲んで見守っている。
「それでは試合始めます~」
「は~い」
御所水先生は体育館で審判員をしている。
藤原先生はどこかで俺たちの試合を見ているはず。
超地味に試合が始まろうとしている。
盛り上がりのかけらもない。
自由に散らばっていく互いのチーム。
闘争本能を感じない、初戦にして消化試合。
そんな中、こちらの1年生S2クラスに、闘争本能を宿した2人の男がいた。
「おい守道、ゴール頼むで」
「はいよ。翔馬気合入ってるな」
「当然や、行くで数馬」
「オッケー」
フォワードの2人。
サッカー部の氏家翔馬と、野球部の結城数馬。
先週の土曜日、平安高校に集まり。
俺を含めた3人でサッカーの練習をした。
あの2人、やたら気合入ってるよな。
こっちまで刺激されそう。
あっ。
なんか相手のゴールネット裏に、S1クラスの双子姉妹がいる。
数馬見てるな。
ほぼいない俺のいるS2のギャラリーの中に、わずかに点在する女子生徒。
お目当ては数馬らしい。
俺はゴールキーパー。
まあ、どうせテストじゃないし。
そこそこ頑張れば良いかな。
(ピー―!!)
(「キャーー」)
試合開始と共に大歓声が聞こえてくる。
隣の試合から。
(ピピー―!!)
今の笛は、試合開始直後にガリ勉男子S2の誰かが蹴り損なってボールがどこかへ飛んで行った笛。
タッチラインを割って、コートの外へボールがコロコロと転がっていく。
最初からグダグダ。
「数馬君!」
流れがすぐに変わった。
結城数馬がボールを受けると、一気にドリブルでフィールドを駆け上がる。
2年生のS2クラス男子がついていけない。
凄いぞ数馬、さすが野球部。
「キャーー」
「結城君ーー」
初めて響く女の子の声援。
ガリ勉男子の集合体、1年生S2クラス紅一点の閃光がペナルティエリアまで駆け上がる。
~~~~~結城数馬視点~~~~~
さて。
ゴール前まで来たものの、次はどうする。
おっと。
良いところに来てくれた。
彼、やっぱりスピードあるね。
「翔馬君!」
「数馬!」
数馬からパスを受けた氏家翔馬、ボールをすかさず左足でシュートする。
(バッシューー!!バァァン)
相手チームのディフェンダーに当たり、ボールが数馬の近くへ転がってくる。
おっと。
これはいただき。
(バッシューー!!シュバ~ン)
(ピピーー!)
「キャーー」
「数馬君カッコいいーー」
~~~~~ゴールキーパー高木守道~~~~~
俺たち1年生S2クラス、2年生S2クラスを相手にまさかの先制点。
信じられない。
フォワードの結城数馬が超モテてる。
隣の3年生の試合にギャラリーが集中する中。
結城数馬が1人輝き、わずかに集っていた女子たちのキャーキャー叫ぶ黄色い声援が聞こえ始める。
その声につられて、結城数馬目当ての女子が徐々にこちらの試合に集まり始める。
(ピピーー!)
うわっ。
女子が集まり出して、2年生のS2の先輩たちの動きが機敏になってきた。
ゴールキーパーの俺。
フォワードの数馬と翔馬ははるか敵陣でこちらを見ている。
あの体育会系男子2人以外は、うちの守備陣はあてにならない。
ほら見ろ。
ボールがどんどん俺のいるゴールに近づいてくる。
メッチャドリブルしてるよあの人。
そんなに頑張るなって先輩。
最終防衛ライン突破。
なにやってんだよ、うちのディフェンダー。
全然動いてないじゅんよ。
シュート打ってきた。
ヤバいよ。
(バッシューー!!シュバ~ン)
(ピピーー)
女子のギャラリーが増えて、突如動きが良くなった2年生S2の先輩。
ボールが俺の右側を飛んだと思った瞬間、ゴールネットを揺らす。
これで1―1の同点。
「あ~」
「やだ~」
ザルゴールキーパー、高木守道。
結城数馬の先制点が一瞬にして吹き飛ぶ。
せっかく数馬が点を取ってくれたのに早くも失点。
俺。
このままじゃあ。
戦犯じゃんよ。




