105.「届かぬ想い」
土曜日。
バイトが終わり、俺は平安高校に向かう。
数馬と翔馬に誘われている。
2人と一緒に、サッカーの練習をするためだ。
そしてその後、2人で勉強会をする予定。
野球部で数馬と一緒に練習している太陽にも会いたい。
太陽、スポーツ大会が終わったら、いよいよ……。
『俺さ、告白しようと思ってる』
『やるのか?ついに』
『ああ』
来週のスポーツ大会。
太陽のやつ、今から気合入ってるだろうな。
ダメかな。
いけるかな。
神宮司楓先輩だからな。
断られた後のダメージデカいだろうな。
スポーツ大会が終わった日の夜は、8時にいつもの公園で待ち合わせをしている。
ダメでも成功しても、俺は公園に向かう事にする。
中学1年生の時から太陽が憧れていた神宮司楓先輩。
太陽の大事な1日。
俺は応援したい。
『――私、朝日君の事が好きなの』
あの日からずっと成瀬の言葉が俺の頭から離れない。
楓先輩への告白。
太陽の事は応援したい、もちろん応援したい。
だけど、太陽の神宮司楓先輩への告白の成功。
それを成瀬が知ってしまった時、成瀬はどんな思いでそれを受け止めるだろうか、どうしても考えてしまう。
俺にとって、成瀬も大事な幼なじみだ。
紫色のCDプレイヤー、今では毎日2年前のラジオ英会話を勉強するようになった俺。
英語が得意な成瀬が、俺を応援するために渡してくれた大事なもの。
最近、英語の力が徐々にだが身についてきた実感を持てるようになった。
この前、偶然職員室の前で出会ったローズ先生とも簡単な英会話が出来るようになった俺。
それはきっと、成瀬結衣と、蓮見詩織姉さんのおかげだと俺は勝手に思ってる。
太陽も俺にとって大事な親友。
太陽が神宮司楓先輩と並んで歩く姿を見て、成瀬はどう思うだろうか?
俺は太陽を応援し、かたや成瀬の事も心配してしまう。
2人の事を考えると、太陽が楓先輩へ告白すると聞いただけで頭の中がグチャグチャになる。
平安高校に到着する。
校庭ではサッカー部が練習をしている。
土曜日の3時半過ぎ。
サッカー部は何やら練習試合をしているようだ、紅白戦かな?
あっ。
試合には出ていない選手の中に、氏家翔馬の姿があった。
翔馬、やっぱり試合、出られてないのかな?
校庭の光景を見ながら、野球部が練習している常勝園グラウンドへ向かう。
野球部の練習、まだ続いてるかな?
(バシッ!)
「痛てぇ!?」
「よう高木、のぞき見?」
「なにやってんすか姉さん!?」
「めんごめんご~」
出た。
俺の天敵、黙ってればルックス最強女子、成瀬真弓。
久しぶりに会ったばかりなのに、いきなり俺の背中ぶっ叩いてきた。
悪魔だこの人。
背中に重傷を負った俺を笑いながら見ている成瀬真弓。
3年生の野球部マネージャー。
警戒するのを怠っていた。
ここには危険な女がたくさん……。
「あ」
「あ」
「あ?ひぃぃ!?」
でた。
いつから野球部、こんな危険地帯になってんだよ。
S1クラスで俺にガン飛ばしてくる双子姉妹いるじゃん。
紫穂の誕生日プレゼント買いに入った店で、割烹着を着てバイトしてた2人。
俺を敵とか言ってる双子。
「真弓先輩」
「真弓先輩」
「はいはい、あら~もう可愛い~」
なにやってんだよあの双子姉妹。
買い物行った日のコンビニ常連の婆ちゃんの背中に隠れるみたいに、今日は真弓姉さんの背中の後ろに隠れて、ヒョコっと顔だけこっち出して見てきてる。
寄りにも寄って、俺が絶対に逆らえない真弓姉さんの後ろに隠れやがって。
汚いぞあいつら、何も手を出せない。
「高木、あんたこの子たちに何かしたわね」
「何もしてないですって姉さん」
「こいつにイジメられました」
「こいつにイジメられました」
「こら高木!なにうちの子イジメてんのさ!」
「いつからうちの子になったんですか」
「白状しろや」
「痛てぇぇぇぇ!?」
ほっぺたギュゥとつねられる。
痛い痛い。
あの双子。
俺を見てニヤニヤ笑ってやがる。
ハメられた。
俺が何したって言うんだよ。
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「ようシュドウ」
「太陽」
野球部の練習が終わったようだ。
太陽を見つけて話を始める。
「どうしたシュドウ?顔がはれてるぞ」
「野獣に襲われた」
「ははは、また真弓先輩か?」
「あと新種のハムスター2匹にやられた」
「ああ、あいつらな。真弓先輩が引っ張ってきた、新しい1年生の女子マネージャーだな」
真弓先輩のコミュ力は半端ない。
すぐにどこからともなく新しい1年生を連れてくる。
勧誘が上手。
汚いやり方も熟知している百戦錬磨のやり手、成瀬真弓。
見事に引っかかった俺は、今やパンダ研究部の幽霊部員。
神宮司楓先輩と成瀬真弓姉さん。
あの2人にタッグを組まれたら、もう誰も逆らう余地が無い。
双子姉妹。
あの新種のハムスター2匹を野球部のマネージャーに引っ張ってきたのも。
裏で糸を引いているのは、いつも黒幕、成瀬真弓の仕業に違いない。
俺には分かる。
デート商法に引っかかり、パン研入部の契約書にサインしてしまった俺には。
「悪いなシュドウ。来週スポーツ大会あるだろ?これからSAのみんなでサッカーの練習する約束なんだ」
「へ~SAクラスも練習するんだな」
「数馬がさっき、シュドウが部屋に泊まりに来るって言ってたな」
「なに!?あいつ言いふらしてんのかよ」
「ははは、俺は別にそういうの嫌いじゃないぜ」
「何言ってんだよ太陽、お前来週フラれちまえ」
「うるせえよ」
一応持っては来た。
学生寮、夜の8時になると門限で扉が閉まるらしい。
万一、万一学生寮の扉が閉まった時のためのお泊りグッズ。
夜になると、数馬は、数馬は……。
「やあ守道君」
「うわ!?」
「結城君」
「結城君」
「ひぃ」
今日は災難続きだ。
数馬が声をかけてきたと思ったら、なんで双子マネージャーもここにいるんだよ。
「あの」
「あの」
「おっと、すまない」
「え?」
「え?」
ヤバい。
ただでさえ無表情の双子姉妹が、S2クラスをのぞき込む時と同じぶっ殺すって殺気半端ない顔にみるみる変わっていく。
(ダキッ)
数馬が俺の肩に手をまわしてくる。
「数馬!?」
「今日僕は、これから守道君とデートの約束があった」
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「守道、数馬」
「やあ翔馬君」
「おう」
「どないした守道、元気ないな」
「あるわけないだろ」
この前、紫穂の誕生日プレゼントを買いに行った時の事もある。
完全にあの双子姉妹に目をつけられてしまった。
マジでガン飛ばして消えて行った。
今度会った時俺はあの2人に消されるかも知れない。
何なんだよ、俺が一体何をした?
数馬が俺に近づくと、どういうわけかあの双子、俺を敵と思って殺気丸出しでガン飛ばしてくる。
サッカー部の練習が終わったのか、S2のクラスメイト、氏家翔馬が合流してくる。
太陽はSAクラスの生徒と約束があるようだ。
来週のスポーツ大会に向けて、各クラス練習に余念がないといった感じ。
S2クラスで来週のサッカーに向けて練習しようなんて連中。
氏家翔馬と結城数馬の2人くらいなもんだ。
俺は勉強のついで。
数馬が日本史と数学一緒に勉強してくれるって言わなかったら、わざわざこんなところまでは来なかった。
俺のカバンの中には、相棒と一緒に数学の教科書や日本史の教科書も入れてきた。
俺は本当はサッカーの練習がしたいんじゃなくて、相棒に頼らなくても良いように授業の予習がしたいんだよ。
サッカーボールを持ってきた氏家翔馬。
数馬と3人で場所を移動する。
平安高校の敷地は広い。
荷物を置いて、空いているスペースで三角形になりお互い離れる。
氏家翔馬、結城数馬と俺で三角形の3点に立ち、サッカーボールを蹴り始める。
翔馬は数馬に、数馬は俺に、俺は翔馬に蹴っていく。
まっすぐ蹴られるようになってきた。
最初はゆっくり蹴るサッカーボール。
3人を行き交うボールのスピードも少しずつ速くなる。
なんか、男子は太陽とずっと2人でこれまで過ごしてきて。
この前も公園で夜、キャッチボール2人でするの、超楽しくて。
3人でボール蹴るとか、俺初めてかも。
楽しい、凄く楽しい。
俺たちの近くには、少しネットがボロボロになっているサッカーゴールが1つ。
ウォーミングアップ終了。
翔馬が俺に指示を出す。
「守道、お前さんゴールキーパーやで」
「知ってるよ」
「パンチング教えたる」
「マジか、パーか?」
「グーや、グー」
サッカー部の氏家翔馬から、ゴールキーパーとしてのテクニックをいくつか伝授される。
横で聞いてる数馬がフンフンうなずいている。
「ええか守道。来週の第一試合は校庭が2つに分けられてもうてフィールドが狭い。ディフェンダーの4人が近くにおるから、ボールをパンチしてはじくんや。近くのもんがクリアするさかい」
「ドッジボールみたいにキャッチするんじゃないのか翔馬?」
「守道、お前俺のシュートキャッチできるんか?」
「絶対無理」
第一試合はフィールドが狭いので、どうせ受け止められないからパンチしろって言われてる。
はじけばなんとかなる、らしい。
まともにサッカーなんてやった事が無い俺には分からない。
動体視力もクソも無い帰宅部だった俺に、弾丸シュートが目視で受け止められるわけもなく。
気づいたら俺という肉壁に当たるか当たらないか。
しかもガリ勉男子の集まり、一般入試組のS2クラス。
ディフェンダーという防御壁が4枚あるらしいが、誰だか知らないS2のそいつらはあてにしない方が良い。
あって無いような最終防衛ライン。
ガリ勉男子の薄皮防衛ラインは期待できない、無いと思っていた方が身のためだ。
しかも唯一S2で体育会系の部活に入る氏家翔馬と結城数馬は、俺というゴールキーパーから最も離れて敵陣にツッコむ、一番女子にモテるポジション。
俺は失点したら自動的に戦犯扱い必死のゴールキーパー。
今になって、みんながゴールキーパー避けてた理由が分かってきた。
ハメられたんだよ俺。
「練習始めるで守道」
「おう」
「もっとやる気出せや」
「出ないよ、んなもん」
「シュート止めたらカッコええで?」
「止めたら手が痛いだろ」
正直サッカーにまるで興味が無い俺。
日本代表ナショナルチームくらいは応援するが、好きなサッカーチームと言われると微妙。
ゴールキーパーのゴの字も知らない俺。
「パンチ出来なかったらどうするんだ?」
「お前肉壁やろ守道?」
「結局それかよ」
「あはは」
肉壁となって体でボールを受け止める。
微妙に動く肉壁、高木守道。
この前の体育の授業では、翔馬の弾丸シュートを肉壁となって体で受け止める事しか出来なかった。
一通りのゴールキーパーのイロハを氏家翔馬から教えてもらう。
ボールを万一キャッチできた時のスローイング。
相手チームの選手にボールが渡らないようにするフェイント。
ゴールキーパーも意外に奥が深い。
翔馬は俺へのレクチャーを終了させると、今度は数馬と話を始めている。
どうやら今度はフォワードのフォーメーションやら秘密の合図を話し合っているようだ。
俺はその間に。
あっ。
そうそう、俺の相棒。
藍色の未来ノート。
この前の体育の授業で、2人が蹴り込んでくるシュートコースらしきものが、藍色の未来ノートの最終ページに映り込んでて。
まったく同じような場所に弾丸シュートが蹴り込まれて。
3発目の最後のシュート、翔馬が蹴り込むど真ん中のシュートをあらかじめ予測した俺は、結局キャッチできずに肉壁ガードしてゴールを防いだ、超痛かったよあれ。
なんか2人が指でサインを作ったのか、話が長引いてる。
そうそう。
この前の相棒の最終ページ、ちょっと気になる。
見て見るか、カバン、サッカーゴールの近くに置いてるし。
俺のカバンの中には、数学の教科書と、日本史の教科書。
そして相棒こと、藍色の未来ノートが入ってる。
最終ページを開く。
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俺の相棒、気まぐれ過ぎる。
この藍色の部分に、サッカーの弾丸シュートが打ち込まれる。
そう言いたいんだろお前?
無言の未来ノートから、俺は言い知れぬメッセージをこの藍色に浮かび上がる答えに感じる。
ここに立て。
肉壁となって。
マジかよ。
立てば良いのかここに?
どこに立てば……。
「守道、いくで」
「あ、ああ」
(バッシューー!!)
サッカー部の氏家翔馬。
弾丸シュート。
気づいたらゴールネットが揺れている。
「反応せえや守道」
「反応できるかよ」
そんな事できるわけ。
あっ。
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□□□□□□□□□□
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□□□□□□□■■□
2発目、同じ場所くる。
「いくよ守道君」
「おう数馬」
(バッシューー!!パチン!!)
「当たった」
「凄いよ守道君」
「もう一回、頼むよ」
「今度俺な」
「おう翔馬」
数馬のシュートを足で防ぐことが出来た。
なんだ、分かってれば余裕で止めれるじゃん。
(バッシューー!!)
きた!
□□□□□□□□□□
□□□□■■□□□□
□□□□■■□□□□
□□□□□□□□□□
(バシッ!!!)
「痛ってぇーー!?」
「凄い凄い。あははは」
肉壁直撃。
分かってて止められるほど、甘いもんじゃない。
藍色の未来ノートの最終ページ。
相棒が見せてくる未来の答えに従っていたら、俺の身がいくらあっても足りないよ。
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「枕先生、お茶です」
「いつもありがとうございます楓さん」
「いえ」
神宮司家。
一室。
土曜日、夕刻。
「いつも葵がすいません。好き嫌いはいけないと、いつも言っているのですが」
「ははは、今日も源氏物語が良いと聞きませんでして」
「本当に申し訳ありません」
「あなたが謝る事じゃない。意志が強いのは大変素晴らしい事ですよ」
緑色の着物を着た神宮司楓。
そのそばに座る、平安高校教師、枕草子先生。
神宮司家、家庭教師。
古典文学に精通する、平安高校古文担当教師。
「先生、わたし」
「申し訳ありません」
「ですが」
「いけません。あなたのお父様に叱られてしまう」
(ガチャ)
「お姉ちゃん」
「葵ちゃん、終わったの?」
「う~ん……枕草子より、葵、源氏物語が読みたいの」
「あらあら、この子ったら」
黒い私服を着た神宮司葵。
家庭教師の稽古の時間。
「ふふっ、これは随分と嫌われたものです」
「葵ちゃん、好き嫌いはいけません。枕先生を困らせないの」
「でも~」
「ここはわたしが。葵さん、同じ名前で恐縮ですが、枕草子は古典文学の最高傑作の1つ。わたしがその魅力を教えて上げますので、どうぞあちらへ」
「え~」
「葵ちゃん、め」
「う~ん……分かった」
しぶしぶ部屋に戻る神宮司葵。
その後に続いて入る、平安高校教師、家庭教師でもある枕先生。
その2人を見送る、神宮司楓。
「先生……わたしには、その優しい言葉をかけては下さらないのですね」




