100.第11章最終話「特別進学部1年生 春季中間テスト」
中間テストは10科目。
1科目100点、全部で1000点。
平均点は7割を超える予想の熾烈な競争。
俺がいるクラスは、総合普通科ではない。
県下随一の進学校。
平安高校、特別進学部、S2クラス。
先月行われた学力テストで赤点を取った俺。
1科目、平均26点の絶望的な実力。
本当に情けない。
今の俺の実力では、中間テストの10科目はまったく歯が立たない。
わらをも掴む気持ちで、桐の木の下に埋めた白い未来ノートを掘り起こす。
突然の藍色への変色。
表紙も裏も藍色一色に染まる、変わってしまった未来ノート。
10科目ある中で、3科目、化学、物理、日本史だけは、問題も答えも浮かび上がっていた。
俺は中間テストの残り1週間を切る中。
昼夜を問わず、ただひたすらに。
答えが浮かび上がらなかった数学と英語の中間テストの問題をひたすら調べ続けた。
ポンコツの俺が、図書館の問題集で調べるには限界がある事は分かっていた。
絶対の正答と言える、3科目以外はすべて実力で臨まざるを得ない過酷な状況。
藍色の未来ノートに、問題だけが浮かび上がった数学と英語。
調べるには調べたものの、正直言って自信はない。
こんな点数じゃ、藤原先生は納得してくれない。
周りを黙らせるだけの点数がとにかく取りたい。
替え玉入試なんて言われて、黙って赤点取ってられるかよ。
時間がない。
暗記する時間も、数学と英語の勉強をする時間も。
中間テストまで残り2日。
朝早く起きて俺は、藍色の未来ノートの問題と答えを、ひたすら別のノートに書き写して暗記した。
『おいシュドウ、元素記号は穴があくほどノートに書いて書いて書きまくれ』
『こんなの覚えてどうすんだよ太陽』
『馬鹿野郎!そんな甘ったれた考えだから赤点取ってんだよおめえは!』
『うっ、うっす……』
結局最後は精神論。
気合だの根性だの、結局俺は太陽の背中を追い続けている。
眠くなるたびに。
サボりそうになるたびに。
太陽の声が俺の脳裏に浮かんでくる。
あいつがいなかったら俺は。
とっくの昔に終わっていた。
太陽、お前に小1の時初めて出会って。
あの学童クラブで1人で遊んでたお前に声かけちゃって。
腐れ縁がここまで続いて。
全部全部、太陽のせいだ。
俺がこんなに苦しんでいるのも、俺がこんなに友達が大事だなんて思わせるのも。
全部全部、始まりはいつだって朝日太陽だ。
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中間テストの前日。
明日の1限目から化学のテストがスタートする。
前日の夜。
俺は自宅アパートの机の上に、藍色の未来ノートを広げる。
自宅アパートで初日に行われる1限目の化学、4限目に行われる数学の問題に目を通す。
もう準備は出来ている。
だが2限目の現代文と3限目の古文は、未来ノートの2ページ目以降、未だに問題すら出ていない。
どういう事だ?
やっぱりこの藍色の未来ノート。
全部は見せてやんないぞって事なのか?
クソっ。
お前がその気なら、こっちだってやってやるよ。
夜10時。
俺は神宮司楓先輩からもらった、現代文の問題演習に使うための、あるノートに目を通す。
この普通のノート。
楓先輩が特別進学部の1年生に在籍していた時。
先輩が現代文の授業を受けた時の、とても綺麗な字で書かれた、2年前に楓先輩が書き写した、現代文の授業のノート。
その緑色のノートには、先輩の綺麗な字で、現代文の文章問題の回答ポイント、過去の中間テストで実際に出題された問題を例に、本物の過去問のポイントが事細かに書かれていた。
『筆者の主張が抽象的で分かりにくい時、筆者はそれを身近なものに例えたり、例示したりしてを繰り返す。例え象徴する比喩が長い文章であっても、それに惑わされない事。現代文の回答のポイントは、まず主張を抑える事』
楓先輩の分かりやすいポイントの解説。
この問題で出る筆者の主張。
相当に何を言っているのか分からない。
単純にこの現代文の設問の回答、この問題の筆者の主張はこれが答えだ。
『毎日勉強する事』
藍色の未来ノートは、現代文の未来の問題も答えも映し出してはくれなかった。
明日初日に向けて、俺は神宮司楓先輩の渡してくれた、先輩が1年生の時の現代文の授業のノートに目を通し、ひたすら問題集を解く事を繰り返した。
そして明日の3限目、かつて小テストで0点を取ってしまった、鬼門の古文。
4月。
平安高校に入学して初日。
白い未来ノートの1ページ目に映し出された、古文の、たった5問の設問を調べるために。
俺は平安高校の、第二校舎の2階にある図書館へと向かった。
古文の設問をパソコンで調べると、それは源氏物語という古典からの出題であると知った。
軽く調べられるものと、古典に関する知識がゼロだった俺。
パソコンで検索できないなら、図書館に置いてある源氏物語の原文から答えが拾えると思い立ち、向かった図書館の古典コーナーで、初めて神宮司葵と出会った。
原文の小説から、直接空欄になっている設問の文章を拾う事が出来る。
安易な考えだった。
それほど俺は古文と言う科目を知らなかった。
恐ろしいほど長い長編小説、源氏物語。
5時間半も調べて、結局白い未来ノートに映し出された未来に出題される古文の設問の答えを発見する事は出来なかった。
そして後で浮かび上がる、あの藍色の答え。
今でもあの白い未来ノートの現象が何だったのか、俺には理由がさっぱり分からない。
あれはもう先月4月の過去の話。
俺は明日、中間テストの初日を迎える。
神宮司楓先輩からもらった現代文の問題を2時間。
夜12時。
もうかなり眠たい。
さすがに古文まで勉強する気力が……。
(ピコン)
あれ?
俺のスマホが光ってる。
連絡を誰かとやりとりする手段が無かった以前の俺。
スマホを手にしてからは、誰とも知らない向こうの人から、一方的に用件だけ瞬時に伝えてくるようになった。
ラインだ。
誰だろ?
『まだお勉強頑張っていますか守道君?明日の中間テスト頑張って下さい。葵ちゃんが守道君とまた遊ぶのを楽しみにしていました。中間テストが終わったら、また一緒にお話してあげてね』
深夜に楓先輩のラインとかヤバ過ぎる。
今ちょうど、先輩が昔使ってた緑色のノートで勉強してたところなのに。
俺が勉強してたのが分かってたのかこの人?
(ピコン)
ん?
また楓先輩からライン。
ええ!?
なんで葵姫の寝顔写メ送ってきてんだよ!?
ヤバ過ぎるこれ、ヤバ過ぎるこれ。
はぁはぁ……心臓止まるかと思った。
天使過ぎる。
削除か?
いやちょっと待て俺。
そもそもラインの写真ってどうやって消す?
これ紫穂にバレたらなんて言い訳すればいいんだ?
今ので一瞬で目が覚めたよ。
何考えてんだあのお姉さんはまったく。
神宮司は姉妹で同じ部屋に寝ているのか?
お姉さんも妹も自由過ぎる。
白い未来ノートを捨てた後、神宮司姉妹とも縁が切れたとばかり考えていたのに。
実際にはそうはならなかった。
2人が何を考えているのか分からないけど。
2人は俺に気をかけてくれている事は、これだけで十分分かる。
よし、もう1時間、勉強延長。
神宮司葵から渡された、源氏物語からの出題ばっかりフセンが貼られた古文の問題集。
全部、全部源氏物語。
どんだけ源氏物語好きなんだよ、あの子。
やれば良いんだろ神宮司。
この問題集でフセン付いてるとこ、全部終わらせて明日の古文のテストを受ける。
時間は夜の12時を過ぎる。
ガムや飴。
いくら口に含んでも、どうしても眠たくなってくる。
そんな時はスマホ、これだ。
クソっ。
この子の寝顔、なんて可愛いんだよ。
マジ死ぬ。
超目が覚める。
藍色の未来ノート。
問題全部見せてやらないよって言いたいんだろ。
そっちがその気なら、こっちだってやってやるよ。
明日3限目の古文の中間テスト、俺は実力でテストに臨んでやる。
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翌日、中間テスト初日。
運命の日がやってきた。
S2クラスの席に座る。
朝、ホームルーム。
藤原先生が教壇から、クラスのみんなへ声をかける。
「今日から中間テストが始まります。みなさん日々勉強を重ねてきた事でしょう。悔いが残らないように、精いっぱいやり抜いて下さい。期待していますよ」
いつも優しい。
いつも温かい俺たちの担任の先生。
辞めるつもりなんて、誰1人。
みじんにも感じていないはず。
右京郁人のあの言葉が、今の俺の頭の中を支配している。
『何も知らない君に教えておいてあげよう。君が今度の中間テストで平均点はおろか、また赤点取るような事があれば、もはや君1人だけの責任では済まないからね』
『それ、どういう意味だよ』
『辞めるつもりだよ、藤原先生』
そして右京の去り際。
一瞬だけ視線が重なった、蓮見詩織姉さん。
入試の問題を解いてもらった、詩織姉さんはもういない。
姉さんには頼れない。
もう俺は平安高校を受験していた頃の俺じゃない。
自分1人で、やるしかない。
ここまでやるだけの事はやった。
そしてついに。
中間テスト、初日の1限目を迎える。
1限目、科目は化学。
太陽、もうすぐ始まるよ。
学力テストで赤点取ったその日。
S2クラスの今いる、俺の座るこの席にわざわざ隣のSAクラスからやって来て。
太陽、お前。
俺にこう言ってくれたよな。
『シュドウ』
『お、おう』
『特訓だ』
『は?』
『今日から俺が勉強教えてやる。絶対に来月の中間テスト、赤点なんか取るんじゃねえぞ』
太陽。
俺、どうなるか分からないけど。
テストの問題、ちゃんと解けるか分からないけど。
最後の1問まで、全部問題埋めて見せる。
『失敗したら次頑張れば良いだけの話じゃないか』
結城数馬。
俺が学力テストで赤点取った初日。
初対面の俺に、あの太陽よりも先に声をかけてくれた、今では俺の親友と言える大事なクラスメイト。
数馬、日本史あんなに教えてくれて本当ありがとう。
お前は自分も勉強になるから、人に教えるのは良い事だとか言うけど。
普通のやつが、そんな面倒な事なんかするわけ無いって俺には分かる。
太陽も数馬も、2人とも大馬鹿野郎だ。
あんな良いやつらに、こんな面倒な事させてる。
勉強教えて、赤点回避させようなんて思わせてる俺。
一番バカなのは、頭の悪い俺なんだよ俺。
こんなポンコツの俺だけど、この山きっと乗り越えて。
お前たち2人の背中、追いかけていきたい。
まぶし過ぎる、頭も良くて、スポーツが出来て、カッコいいお前ら2人。
お前たち2人の背中、少しでもいい、追いつきたい。
白い未来ノートを捨てて分かった事。
俺を支えてくれようとするみんなの優しさに触れて、1人じゃないって事の大切さ、とても強く感じた。
藍色に変わった未来ノート。
未来ノートには、不思議な力が宿っている。
浮かび上がる未来の問題と答え。
浮かび上がらない未来の問題。
この差はなんだ?
藍色のノートは、相変わらず不思議だらけ。
全部は教えてやんないよ。
結局そういう事なんだろ。
だったら俺がこいつに頼らなくてもいいように、勉強超頑張るしか、俺に未来はやってこないじゃないか。
周りを不幸にはさせられない。
良い点取って、見返してやる。
この中間テスト。
藍色のノートが俺に与えてくれた最後のチャンスなのかも知れない。
未来ノートに問題が浮かび上がろうと、そうでなかろうと。
いつでも良い点取れるように、そんな自分にいつか絶対になってやる。
藤原先生。
俺、頑張って良い点取るから。
S2のみんなに、辞めるなんて言わないでくれよ絶対。
太陽、数馬。
勉強あんなに教えてくれてありがとう。
お前たち2人がいたから、俺、今日から戦える。
今度は俺が、いつかきっと。
2人に勉強教えてやるくらい、頭が良くなって見せる。
自信を持って言えるその日まで、俺は藍色のノートと共に歩む決意を固めた。
「それではテストを始めて下さい」
ここから始める。
中間テストを突破して、俺は高校生活をここから始める。
テストで良い点必ず取って見せる。
藤原先生、待ってて下さい。
『中間テスト、希望を捨てず、最後まで頑張りなさい。君が今できる最大限の努力を惜しまないように』
今日から3日間。
先生が言ってくれたように、俺、今俺が持てるすべてを使って中間テスト、頑張ります。
5月。
まだ俺の高校生活は始まったばかり。
まだやり直せる。
藍色の未来ノートは俺に、勉強をやり直すチャンスを与えてくれた。
藍色の未来ノートがあれば、なまけていた自分を変えられる。
太陽、数馬。
2人の背中に追いつくその日まで、俺、勉強頑張るよ。
第11章<藍色に染まる未来> ~完~
【ここまでの登場人物】
【主人公とその家族】
《高木守道》
平安高校S2クラスに所属。ある事がきっかけで未来に出題される問題が浮かび上がる不思議なノートを手に入れる。パンダ研究部所属。
《高木紫穂》
主人公の実の妹。ある理由から主人公と別居して暮らすことになる。兄を慕う心優しい妹。
《蓮見詩織》
平安高校特別進学部に通う2年生。主人公の父、その再婚を予定する、ままははの一人娘。
【平安高校1年生 特別進学部S2クラス】
《結城数馬》
平安高校特別進学部S2クラス1年生。野球部所属。主人公のクラスメイト。
《岬れな》
平安高校特別進学部S2クラス1年生。パンダ研究部所属。主人公のクラスメイト。
《氏家翔馬》
平安高校特別進学部S2クラス1年生。サッカー部所属。主人公のクラスメイト。
《末摘花》
平安高校特別進学部S2クラス1年生。眼鏡女子。主人公のクラスメイト。
【平安高校1年生 特別進学部SAクラス】
《朝日太陽》
主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部SAクラス1年生。スポーツ万能、成績優秀。野球部に所属。
【平安高校1年生 特別進学部S1クラス】
《成瀬結衣》
主人公、朝日とは小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部S1クラス1年生。秀才かつ学年でトップクラスの成績を誇る。美術部所属。
《神宮司葵》
主人公と図書館で偶然知り合う。平安高校1年生、S1クラスに所属。『源氏物語』をこよなく愛する謎の美少女。美術部所属、パンダ研究部所属。
《空蝉文音》
平安高校特別進学部S1クラス1年生。双子姉妹の姉。野球部マネージャー。
《空蝉心音》
平安高校特別進学部S1クラス1年生。双子姉妹の妹。野球部マネージャー。
《右京郁人》
平安高校特別進学部S1クラス1年生。
【平安高校 上級生】
《神宮司楓》
現代に現れた大和撫子。平安高校3年生。誰もが憧れる絶対的美少女。野球部マネージャー。神宮司葵の姉。
《成瀬真弓》
平安高校3年生。成瀬結衣の2つ上のお姉さん。主人公を小学生の頃から実の弟のように扱う。しっかりもののお姉さん。野球部マネージャー。
《南夕子》
平安高校3年生。パンダ研究部部長。
【平安高校 教師・職員】
《神宮司道長》
平安高校理事長、実質トップの地位に立つ権力者。平安高校教師陣を束ねる扇の要。
《叶月夜》
平安高校特別進学部S1クラス担任教師。教科、英語を担当。
《藤原宣孝》
平安高校特別進学部S2クラス、主人公のクラスの担任教師。教科、現代文を担当。
《枕桑志》
平安高校特別進学部SAクラス担任教師。教科、古典を担当。
《江頭中将》
平安高校特別進学部、日本史担任教師。
《御所水流》
華道 御所水流 第54代家元。謎のお姉系乙女男子教師。平安高校芸術科目、美術を担当。美術部顧問、パンダ研究部顧問。
《ローズ・ブラウン》
平安高校特別進学部、英語コミュニケーションⅠを担当。




