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「ところで、集めていた土や草は何に使うんだ」


「錬金術の材料にするのよ。今日採ったものでなら…そうね、湿布でも作ろうかしら」


最近、爺が関節が痛い痛いとぼやくのよね。

状態のいいミルトと、痛覚を鈍らせる樹液を手に入れたし、今度来た時にでも湿布を渡してやりましょう。

手順を脳内で考えていると、隣を歩く男が口を開いた。


「君はもしかして、教会の錬金術師なのか」


「教会で暮らしているし、錬金術師でもあるわね。あなた、わたくしのことを知っていたの?」


「この辺りで剣を持つ人間なら、大抵知っているはずだ」


男性によると、こういうことらしかった。

元々教会の軟膏というのは、駆け出しの冒険者が使うようなごく効果の弱いものであった。

その代わりに値段自体は教会に対する寄付として、購入者が金額を決めていいため、非常に安価で買うことができたそう。

言って仕舞えば、安かろう悪かろうというやつね。

しかしこの地域ではあらゆる回復薬は貴重品だったので、実力がまだ弱い人々はありがたく使っていたのですって。

それに教会への寄付を主目的として、ご家庭のちょっとした傷薬として使っていた層もいたのだとか。

ところが最近、教会の傷薬が突如パワーアップした。

明日に傷が塞がっていればいいかというつもりで使った冒険者の、浅い怪我がその日中に治る。

治療院に行くお金がなくて気休めとして塗った傭兵の、打ち身が急激に痛まなくなる。

そんな事例が頻発した結果、教会の軟膏は最近めきめきと注目され出したのだとか。

当然、どうして軟膏がそれほどに効果を発揮するようになったのか、そんな疑問が生まれる。

教会まで来て修道士に質問する人もいたらしいのだけれど、詳しく教えてはもらえなかったらしい。

それでも噂というのは出回るもので、この薬が錬金術によって作成されているようだという推測から、最近教会に錬金術師がいるという話が、冒険者などの間で流れているのだとか。


「思っていたより、重宝されていたのねあの軟膏」


かなり初歩的な錬成なので、大抵の錬金術師ならあの程度の薬効のものは作成できるのだけれど。

この辺りには、錬金術師はいないのかしら。


「錬金術は、基本的に貴族のものだからな。彼らが作ったものが、平民の間に出回ることは滅多にない」


「そうなの?」


知りませんでしたわね。

しかしそう言われれば、庶民の錬金術師というのは見たことがないかも。


「元々、高度な知識を要するものだ。それに環境を揃えるのにも、何かと金がかかる」


確かに、わたくしは錬金術師になるため夥しい量の本を読みました。

その一冊一冊が庶民にとっては高級品なのだと、聞いたことがありますわ。

釜だって特注ですし、その他のコストも考えると傷薬なんて作っている場合ではないことは理解できます。

わたくしだって、商売としてならあの軟膏を作る気持ちにはならなかったものね。

どう考えても、その辺の石を宝石にした方が儲かるもの。

さらに言えば、お金のある貴族に取り入って彼らの願いを叶えるのが一番儲かるでしょうね。


「しかし、貴族自身が錬金術をしているのも珍しい。習得するのも、並大抵の努力ではなかったろう。どうして、君のようなお嬢さんが錬金術を学んだんだ?」


あら、この男はわたくしが(元)貴族であると理解しているのね。

修道服を着ていても、この気品は隠せないということかしら。


「わたくしの祖父が錬金術師だったの。幼い頃におじい様が色々と錬金術を見せてくださって…それで、自分でもやってみたくなりましたの」


そう言えば、おじい様自身は貴族ではありませんでしたわね。

公爵家の跡取りであったおばあ様と大恋愛の末、周囲の反対を押し切って結婚なさったのだとか。

その息子であるお父様はおじい様のことを嫌っていましたけれど、私は大好きでしたわ。

おじい様の錬金術は恐ろしく高度で、記憶の中のアイテムでもいまだにどうやって作ったのか、よくわからないものがいくつかあります。

空飛ぶホウキに、無限に水の湧く瓶。

あまりにも優秀な錬金術師だったために、一部では賢者の石を持っていると噂されていたほどでした。

いつかわたくしも、錬金術師としての最高到達点と言われる賢者の石を、錬成してみたいものですわね。


「素晴らしい祖父殿だったのだな」


「ええ」


尊敬する祖父を褒められると、素直に嬉しい。

我が家ではみんなおじい様の話は忌避とともに語られるので、こうしてただ優秀な人間として扱われるのは新鮮でしたわ。

もしおじい様がまだ生きていれば、錬金術師になったわたくしを見て何を思うでしょうか。

わたくしが五歳の頃、事故で亡くなってしまったのでもはや知る術はありませんが。


しんみりしているうちに、教会が見えて来ました。

もちろん正門から帰るわけにはいきませんわ。

宝石にリボンを巻いて、明かりを封じてしまいます。


「見送りご苦労様でした、それではわたくしはここで」


「…………もしやとは思っていたが、抜け出して来ていたんだな」


「なんのことかさっぱりですわ」


呆れたような目でこちらを見る男性を放置して、私は他の修道士たちに見つからないようそそくさと自分の部屋に戻りました。

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