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夜に紛れる黒い外套。
わたくしの身長ほどの愛用の杖の先端に、エーテルを封じ込め灯りとして錬成した宝石の嵌まったブローチを下げる。
黒いリボンを巻いて、脱走を完了するまでは光らないようにするのも忘れない。
それから腰に採取用の小さなナイフを下げ、ポーチを肩からかけた。
あまり容量はないので大したものは入りませんけれど、下働きで多少筋肉がついたところでわたくしは元令嬢。
そもそも装備品だけでちょっと重いくらいなので、どの道たくさんの採取は無理でしょうね。
か弱いって大変ですわ。
修道士の服装は、男女兼用で黒色のロングワンピース。
それに足元は動きやすいようブーツを履いているので、野外活動もそれなりにこなせるでしょう。
公爵令嬢だった頃は、ヒールのある靴ばかりを履いていたので、なんだか新鮮ですわ。
夜もとっぷりと深まった頃、私は静かに自分の部屋から出た。
廊下の明かりは消えているけれど、流石に教会の構造くらいは覚えましてよ。
静かに静かに教会の中を歩いて、誰にも見つからないように脱出しました。
正門は大きくギイギイと音を立てるけれど、教会の目立たない場所にいくつかある通用口を使えば大して難しくはありませんでしたわ。
息を殺して外に出ると、夜の冷たい空気が肺を満たす。
見上げれば、久々に満天の星空が視界に入ってただでさえ上がり気味だった気分は急上昇。
わたくしは今、この上なく自由なのだわ。
教会は、緩やかな丘の上にある。
全てには足りませんが、小高いところから辺境の街が少し見渡せました。
修道士達が寝る時間になっても、一部の人々はまだ起きているようですわね。
おそらくは繁華街である一角には、煌々と明かりがついておりますわ。
宵っ張りの人間を見ると、少しだけ王都での暮らしを思い出す。
あの頃はことあるごとにパーティだなんだと夜更かしばかりしてて、楽しかったわ。
華やかに着飾って踊るのは、大好きだった。
できるだけ目立たないように道の端を歩いて、草原に向かいます。
思っていたより、距離がありますわね。
ちょっとした散歩程度のつもりだったのだけれど、聞くのと行うのとでは大違いですわ。
しかし、今夜のことはとても楽しみにしていたの。
予想外に遠い程度では、わたくし勢いは止められなくてよ。
市街地を抜ければ、農業地帯にたどり着く。
畑の間を歩きに歩くと、今度は子供達が採取を行っていると話していた原っぱが出て来た。
近くには溜め池があるらしいから、気をつけて歩かなければ。
ここまで来ると街のそこ彼処にあった光も届かなくなって、真っ暗ですわね。
風が吹いて足元の草が揺れる音が聞こえ、それでここが草原だと理解します。
周囲では、小さな虫達がコロコロとかケロケロとか、一斉に唄ってつがいを読んでいますわ。
虫というのは、婚約制度がないから自分で伴侶を見つけないといけませんのね。
いえ、それは人間の庶民も一緒でしたわ。
ニコラったら、うっかり。
杖につけていた宝石のリボンを外して、あたりを照らす。
たっぷりとエーテルを込めておいたので、すでに暗闇に慣れた目には結構よくあたりが見えました。