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自分のささくれを治すのも忘れて、子供の切り傷を治して一週間ほど後のこと。
わたくしの仕事に、“錬金”が加わりました。
「毒殺女っ!草持ってきたぞ」
「ジャック、ニコラさんでしょ!」
私の部屋に素材を持ってきたジャックが、すかさず助手のリリーに窘められています。
子供のわりに、リリーの方はちゃんと礼儀というものを弁えておりますわね。
反抗の意図で変顔をしてから、走り去っていくジャックを見送った後、リリーは私の窯の横で素材のより分けを始めました。
わたくしはといえば、窯の方を愛用の杖でぐるぐるとかき回しながらエーテルを注いでいます。
均一に、均一に。
この早すぎても遅すぎても、エーテルが多すぎても少なすぎても品質に支障をきたしますから、なかなか大変な作業ですのよ。
先日子供達の前で塗り薬を作ってみたところ、彼らは随分と感動したらしくその足で他の修道士の元へと駆けて行きました。
そして、わたくしを薬作りの仲間に迎え入れるべきだと主張したのです。
最初は渋っていた修道士達も、子供達の熱烈な説得についには折れました。
そしてこれからは週に二度ほど、私が錬金術で軟膏を作ることに。
わたくしの仕事を勝手に決められる不快感はありましたが、それでも雑巾掛けやら洗濯に比べれば楽しさもある作業ですわ。
子供達の尊敬に満ちた視線に免じ、わたくしは教会の錬金術師として働くことに同意しました。
晴れた日には、子供達が教会の周囲や魔物のいる境界とは反対側の原っぱなどから、素材になる草を取ってきます。
そしてそれを助手となったリリーがより分けたり洗ったりしたものを、私が錬金術で薬にするのです。
このルーチンが始まって、そろそろ一ヶ月くらいでしょうか?
最近は軟膏の薬効が、境界を守る冒険者や騎士達にも伝わり始めたようで、教会の軟膏は以前よりも欲しがる人が多いらしい。
おかげで教会には寄付金がたくさん集まり、かなり潤いつつあるようですわね。
相変わらず修道士達とはちょっと距離感があるけれど、錬金術の素晴らしさ自体は実感しているでしょうから、わたくしはそれなりに満足しております。
「しかし、物足りませんわね……」
「ニコラさん?」
「錬成を行うのは好きですが、こうも同じものばかり大量に生産していても満たされませんわ。他に素材があれば、もっと色々作れますのに…」
「ニコラさんは、外出禁止ですもんね」
そうなのよ。
修道士見習いが、みんな外出禁止なわけじゃない。
自分の先輩などから許可があれば、おつかいに行ったりそのついでに息抜きをしても問題はない。
だが、わたくしに外出の許可をくれる先輩は存在しない。
なぜならわたくしは、学び舎で級友を毒殺しようとした危険人物(濡れ衣)だから……。
ここでも何度か冤罪を訴えてみましたが、修道士達は曖昧な笑顔で「主神は全てご存知ですよ」と流されるだけ。
全く、この国の人間のボンクラ率はどうかしておりますわ。
おかげで、わたくしが手に入る素材は軟膏に使う草ばかり。
最初のうちはそれでも楽しんでおりましたけれど、そろそろ別のものも錬成したい。
冬のために蓄えている薪などをくすねたら、流石に怒られるでしょうね。
寄付金が増えてきたとはいえ、教会は基本的に貧乏です。
ちょっと窘められる程度ならともかく、真剣に怒られるのは面倒臭いのでごめんですわ。
そろそろ教会の人々も慣れればいいのに、修道士達はわたくしが何かしていると、観察せずにはいられないようですの。
日中に不審な動きをすれば、すぐにベロアに連絡が行って指導が入ることでしょう。
しかし、教会の分からず屋どもにいつまでも抑圧されているわたくしではなくってよ。
日中がダメなら、夜中にうろつけばいいじゃない。
幸いにして、この教会の警備は緩い。
こんな危険な地区なのに、人間同士では割と治安がいいからでしょうね。
おそらく、領主がしっかりしているのですわ。
確かつい最近先代が魔物の襲撃で亡くなってしまったはずだけれど、後継者の方も有能なようね。
もっとも、こんな土地だから有能でなければやっていけないのかもしれませんが。
外出は制限しても、情報を制限することはなかなかできません。
特に、近くに子供がいる時は。
わたくしは実のところ、すでに教会周辺の地理を大まかに把握しています。
少しは道具を用意する必要はあるけれど、今度夜中に出かけて近くにあるという採取地を冷やかしてきましょう。
「ニコラさん、なんで笑ってるの?」
若干引いた様子でわたくしを見るリリーに向かって、さらにもう一段階深い笑顔を向けて差し上げました。
夜のピクニック、楽しみですわね。