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ふん。
わたくしは、かっとすると子供でも殺しかねない毒殺女。
教会の皆さんは、そういう風に思っていたわけね。
やけによそよそしい修道士達の態度の意味が、ようやくわかりましたわ。
ここの人たちも、所詮は濡れ衣を見抜けないお間抜けさんってことですの。
何が「神々は全て見通しておられる」よ。
聖職者がここまで節穴なんだから、神々の神通力だって怪しいものだわ。
ムカムカしながら、裏庭の雑草を引っこ抜いた。
最近は、子供から遠ざけるために中庭より他の場所で仕事をさせられることが多い。
どこの仕事であろうと、わたくしにとっては等しく苦痛なのでどうでもいいことではあるけれど。
裏庭の畑には、毎日毎日雑草が生えている。
土の栄養状態がいいということでしょうけれど、肝心の育てている野菜に届かせたい栄養が雑草に取られてますのね。
さっきから雑草雑草と呼んでいますが、生えてるのは主にミルトという立派な薬草よ。
数が多すぎるせいで持て余しているけれど、他の草と錬金術で合わせると、簡単な割りになかなか薬効の高い軟膏になりますわ。
火傷にも切り傷擦り傷にも効く、万能薬といってもいいでしょう。
あとは癒し草……ちょっと自然のあるところにいけば当たり前に生えているポピュラーな草があれば、作れるのに。
最近の手荒れを治すためにも、できれば入手したい一品ですわ。
ブチブチと草を抜いていると、少し向こうから子供たちがガヤガヤと喋りながら歩いてきた。
チラリ止めをやると、木の皮で編んだ籠に癒し草をたっぷり詰めて歩いているではないの。
わたくしが目を離せずにいると、集団の中で一番の悪童ジャックがそれに気づいてびくりと肩を跳ねさせました。
この子供の中で、わたくしはどんな凶悪人物だと認定されているのかしら。
「な、なんだよ」
「その癒し草、どうしますの」
「どうって…すり潰して傷薬作るんだよ。騎士様とか傭兵さんとかに売って、教会の運営費にするんだ」
「それ単体で?」
「当たり前だろっ、毒は作れるくせに薬のことは何も知らねえのか」
相変わらず失礼な子供ですわ。
ベロアや他の修道士にしっかりと私の悪評を刷り込まれているでしょうに、どうしてこんな不遜な態度が取れるのかしら。
背後の子供達は、かなりビクビクしているのだけれど。
「お前がわたくしに無礼な口をきいたこと、他の修道士には黙っておいてあげますわ。その代わり、摘んできた癒し草を少し分けてちょうだい」
「何に使うんだよ」
「ミルトと混ぜて、軟膏を作るの」
「ミルト?」
「この草のことよ」
「雑草じゃねえか!こんなの混ぜたら、薬がダメになっちまう!」
「あら、お前は知らないのね。錬金術を使えば、切り傷も火傷も…うちみだって治る軟膏が出来上がるのよ」
「レンキンジュツ?なんだそれ」
ジャックが、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
ここが実家なら、涙も出尽くすようなお仕置きをさせるんだけれど。
後ろで様子を伺っていた、小柄な子供がおずおずと口を開いた。
「あ、私知ってるよ。お姉さん…錬金術が使えるの?」
「そうよ、趣味なの」
心なし胸を張ってそう答えると、小柄な子供の表情があからさまに輝いた。
何を感じているか一目瞭然のその顔を見ていると、なんだかくすぐったい気分になりますわね。悪くないわ。
「お前、錬金術に興味があるのね?」
「はいっ、私のお母さんも錬金術師だったの。ねえ、ミルトがあったら薬を作れるの?」
「作れるわよ。見たいなら見せてあげましょうか?」
「ほんと!?」
小柄な子供の声が跳ねた。
よほど錬金術に興味があるのね。
「あなた、見所があるわ。今日は助手にしてあげましょう、名前は?」
「やった!リリーです」
赤毛のおさげを指に巻き付けながら、少女が笑う。
歳のころは、八歳といったところかしら?
成り行きを見守っていたジャックやその他の子供たちが、戸惑った表情でお互いに顔を見合わせている。
リリーとわたくしは、それを無視してちゃっちゃと錬金術の準備を始めました。
この程度の錬成ならば、必要なものはシンプルですわ。
出来上がった軟膏を入れるための容器…信じられないことに小瓶は貴重品だというので、仕方なく小皿を用意。
それからエーテル液を満たして混ぜるために、一時的に井戸のバケツを釜として代用する。
ついでに、井戸水をたっぷりと入れました。
本当は不純物をきっちりと除いた方がいいのですが、この教会では純水など手に入るわけもないので仕方ないですわね。
それに手をかざして、ゆっくりと私の中にあるエーテルを注ぎ込みます。
金色の光が、バケツの中を満たして輝く。
何度見ても、この光景は胸が踊りますわね。
錬金術を成す基本の、神秘の水。
ちなみに個々人が持つエーテルによって、色味は微妙に違いますわ。
そこに材料の癒し草とミルトを適量入れる。
金に光る液体の中に沈んで、素材は全く見えなくなりましたわ。
かき混ぜる棒は今回どこにもちょうどいいものがなかったので、バケツを中が混ざるように揺らした。
我ながら、なんと雑な錬成。
しかし今回はごく単純な調合だったので、うまくいったようね。
「わぁ……!」
少しの間待ってみると、金色の液体の中から軟膏が浮いてきました。
準備していた小皿ですくって大気中に晒すと、金色の液体はキラキラと光ながら気化していった。
皿の上には、薄緑の軟膏がちょんと乗っている。
「すごい、すごい!お母さんがやってたのと、おんなじだ!」
「てっ、手品なんじゃねえの?毒殺女が、そんなことできるわけねえじゃん」
素直に感心して見せるリリーの横で、ジャックの方は全く可愛げのないことを言っておりますわね。
「お前、その傷は?」
可愛くないジャックの手元をよく見ると、出血こそしていないものの、赤い筋が人差し指を走っている。
少し前に、切ってしまったようね。
「ん、これ?さっき癒し草をとってくるときにやったんだよ。これから薬作ってついでに塗るから、明日には治る」
確かに、子供の回復力を持ってすれば、癒し草単体でも明日には傷跡もなく治っているでしょうね。
単体でも薬効がそれなりにあるからこそ、癒し草はそう呼ばれているのだから。
「手をお出し」
「へっ、なんでオレが…!」
「お姉さん、はいっ」
「リリー!」
抵抗を試みたジャックは、私の忠実な助手と化したリリーに手を取られて顔を真っ赤にする。
口では嫌がっていながら…この抵抗のなさ、表情……あらまぁ……。
まあ小汚い子供同士の小さな恋のメロディはどうでもいいので、差し出された手にさっさと出来上がった軟膏を塗ってやりました。
「何すんだよ!ネチャっとしてるぅ!」
「そういうものですわ……さ、傷口をごらんなさい」
子供達が固唾を飲んで見守る中、ジャックの些細な傷は数秒も待たずに完治した。
かなり雑な錬成でしたが、どうやら大成功のようですわね。
自分の才能が、恐ろしい……!