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「限界ですわ〜!!」
「お嬢様、まだ修道女生活は三日目では」
「何日目とかじゃないのよ、見なさいな爺。わたくしの美しかった手が、こんなに荒れて!」
「人差し指にささくれができておりますな」
「そう!なんて恐ろしいの!」
修道女としての生活は、想像を絶しておりました。
正直に言いますわ、舐めてましたわ。
まさか掃除や洗濯が、あんなに大変な仕事だなんて。
大体この教会、広いくせに人が少ないのよ。
それに修道士達はみんな妙によそよそしいから、爺が遊びにきた三日目まで人とろくに喋ってなくて、ちょっとおかしくなりそうだったわ。
ベロアは一応仕事を教えるときは親切にやってくれるけれど、忙しいみたいで全然会わないし。
午前は洗濯、午後はあちこちの掃き掃除拭き掃除。
そして日が落ちたら洗濯物の取り込み。
粗末な夕食、お祈りの時間、風呂、就寝。
やろうと思ってた錬金術だって、全然やれていない。
くたくたで寝るせいで朝起きるのも大変だし、最悪。
今日は爺が来たので息抜きとして、中庭の隅のベンチでおしゃべりを許された。
彼が帰ったらまた下働きに駆り出されるので、ここに一生いて欲しい。
「爺、あなた出家に興味はないの」
「お嬢様、私はお客だから休憩を許されているんですよ」
「それもそうね」
いけないいけない、労働が嫌すぎるせいで浅はかになっていたわ。
しかしこんな暮らし、ずっと続けていたら絶対変になってしまうわね。
どうにかして、破門になれないかしら。
わたくしが考えを巡らそうとした時、足下に何かが転がってきた。
これは……。
「ボール?」
「あ、修道女様ごめんなさいっ」
中庭で遊んでいた子供達が、誤って私の方に転がしてきてしまったらしい。
子供達と同じく、お粗末なおもちゃですのね。
豚の膀胱を膨らませて布で包んだものだけれど、その作りは随分と雑だ。
我が家でフレッドが蹴って遊んでいた物とは、雲泥の差だわ。
「よくってよ、早く持って行きなさいな」
「なんだ、感じわるぅい」
最初に私に謝ったのとは別の、黒い巻き毛の子供が唇を尖らせて言った。
平民の子供にこんな口の利き方をされるとは、私も落ちたものね。
「ジャック、やめなよぉ。そのお姉ちゃんを、怒らせちゃダメってベロアさん言ってたじゃん」
それからまた別の子供が、ジャックと呼ばれた少年を諫める。
「なんだよ、ビビってんのか?こんなよわっちそうな女、全然怖くねえよ。見てろよ……」
ジャックがにやりと笑って、地面の砂を掴む。
それから、私の顔に向かってばっと投げた。
直前に目を瞑ったから痛みはないものの、頬や鼻に湿気を含んだ不快な感触がパラパラと当たる。
「ちょっと、何するの!」
流石に看過できないわ。
怒りに任せて立ち上がると、ジャックと他の子供達が怯んだように一歩下がる。
このままお説教でもしてやるかと口を開ける直前、彼らの背後から血相を変えたベロアが飛んできた。
「あなたたち!彼女に近づいてはだめと言ったでしょう!」
まるで子供達を庇うように彼らと私の間に立ったベロアが、眉尻を下げて喋り出した。
「ごめんなさい、ニコラ。この子達には私から叱っておくから、許して上げて…すぐに自分たちがしたことを、反省すると思うから」
「ええ、まあ…ベロアがそう言うなら…」
あまりの勢いに、毒気を抜かれてしまった。
わたくしが曖昧に彼女に同意すると、ベロアは心底ほっとしたような表情になって子供達を連れてどこかに去っていく。
その時どうしてか吹いた向かい風に乗って、彼女達の会話が少しだけ漏れ聞こえた。
「……んだよぉ…、…れ、ドクサツ女なん……怖く……ぞ……」
「世の…で怖い…は、魔物だけ……ないの」
歳の割に聴力のしっかりした爺が、白髭を撫でながら呟いた。
「お嬢様の悪評は、辺境まで轟いておりましたなあ」
「おだまり」
いつも通りの返事をしたつもりだったけど、その声にはちょっと張りが足りなかった。