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突然ですが、王太子の婚約者として邁進していたわたくしにも、趣味というものがあありますの。
それは、錬金術。
魔術や聖術に比べてマイナーではありますが、これも神秘に触れる術ですわ。
大釜の中にエーテルを溶かし込んだ水を満たし、その中に材料を入れてグルグルかき回すと一度分解され術者の望む通りに再構築されアイテムが錬成される。
ただし何でも材料を入れれば何とかなるというわけではなく、術師がちゃんとその素材やアイテムのことを理解していなければよく分からないゴミができてしまうのですけれど。
単純なようで奥深い錬金術に、わたくしはかなりのめり込んでおりました。
通っていた学園の一室を王太子の婚約者権限で自分専用の部屋にし、自分の大釜を持ち込んで、暇な時間ができれば錬金術に精を出していたのです。
自宅でやると、家族が嫌な顔をするものですから。
ちょっと匂いがするとか、ちょっとわけのわからない失敗作が部屋から溢れるからって、心の狭い人たちでしたわ。
境界での生活がどんなものになるかは分かりませんが、大釜はちゃんと持ってきました。
あちらでも、好きあらば適当な石から塩を抽出してみたり、その辺の葉っぱからインクを作ってみたりしようかと思っています。
「お嬢様、窓の外からフレッド様がのぞいておりますね」
馬車に乗り込むなり、爺が内側についているカーテンを少し開けて言いました。
彼の言葉に反応して覗き込むと、確かに屋敷の窓に人影がおりますわね。
「フレッドォオ〜……」
できるだけ怒りを込めて低く呼ぶと、窓の人影がびくりと跳ねました。
わたくしの念が、届いたのかしら?
気絶もさせられないだなんて、まだまだですわね。
「お嬢様のこういうところが、“何かやらかしそう”という印象を積み上げていったんでしょうな」
「おだまり……というか、いつまで乗ってるのよあなた。もう馬車は出発する頃でしょう」
「言っておりませんでしたか、境界へはこの爺もお供いたします。そろそろトシですから、引退したら王都を離れてゆったり暮らそうと思っておりまして」
ホッホ、と笑いながら爺が真っ白な口髭を撫でる。
わたくしが生まれた時から、爺はすでに老人でしたわね。
一体、今いくつなのかしら。
「わたくしの勘当が決まってから、まだ三日目よ。いきなり辞めては、みんな困るのではなくて?」
「なあに、元々引退を視野に入れておりましたから。すでに爺がおらずとも十分屋敷は回ります」
本当にそうかしら。
そういえば、屋敷を出ていく時使用人たがかなり沈痛な面持ちをしていたわね。
もしかして奴ら、わたくしが放逐されることではなく、爺がいなくなることを惜しんでいたのではなくって?
自慢じゃないけれど、わたくしは使用人たちにさほど愛されてはいませんでしたから。
どうもわたくしの赤い目が怖いらしくって、彼らはこっちと目を合わせることすら難しかったようですもの。
「言っとくけど、わたくしは無一文ですわよ」
「お嬢様には何の期待もしておりません、ご安心ください」
それはそれで腹が立つわね。
爺は関節を曲げるときに若干苦労をするらしく、いたたたと小さい声で漏らしながらわたくしの向かいの座席に座りました。
五歳の頃から世話をしてくれていた侍女ですら断った辺境行きに同行するなんて、物好きな老人ですわね。
そういう趣味のおかしいところが、スムーズに退職できる秘訣なのかしら。
おかしな老人と不幸な公爵令嬢を乗せた馬車が、馬のいななきと共に動き出す。