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目が覚めてまず視界に入ったのは、知らない天井でした。
修道院のボロっち…いえ、格式のある天井とは違う、よく手入れの行き届いたシックな茶色の天井。
全身に感じるふかふかした感触は、まるで王都で暮らしていた時のベッド。
「お目覚めになりましたか、お嬢様」
「どなた?」
声の方向に視線をやると、見覚えのない男がベッドの脇に座っておりました。
こんなに広さのあるベッド、久々に寝たわね。
男の年の頃は、三十代くらいかしら?
ボサボサの黒髪で、前髪もモサモサなために目元が見えません。
顎髭を半端に生やしてなんとなくモテを意識してそうな感じが、洒落臭いですわね。
「おわかりにならないのも、無理はありませんな……私です、爺ですよ」
「うちの爺はもっとシワシワしておりましてよ」
正確な年齢は知らなかったけれど、少なくとも三十代に見えるようなポテンシャルは秘めておりませんでしたわ。
突如世迷いごとを抜かす不審者に、警戒心が高まり始める。
不審者は苦笑してから、話を続けました。
「あとで、他の人にでも尋ねてみてください。二人になれるチャンスが今後あるかは分かりませんから、今しかできない話をしましょう」
「今しかできない話?」
「ええ。結論から申し上げますと、お嬢様は賢者の石です。そしてそれを、他の人に悟られてはなりません」
狂人かしら。
さっとベッドの周囲に目を走らせますが、人を呼ぶためのベルは見当たりませんでした。
状況が悪いわね。
「今から十年ほど前、お屋敷が火事になったことがあったでしょう。お嬢様の祖父、マキシム様がご存命だった頃です」
「覚えているわ、倉庫の一つが火の不始末で燃えて、わたくしが大火傷を負ったやつでしょう?」
とは言っても、おじい様のおかげでわたくしの身体に痕が残ることはなかったのですが。
あの時の火傷が残っていたら、婚約はもっと早々に破棄されてしまったのかしら?
「ええ。あの時実は、お嬢様は死んでしまったのです」
「生きてるわよ」
死んでもおかしくない状態だったとは聞いているけれど、わたくしは今こうしてピンピンしているわ。
「当時お嬢様を溺愛なさっていたマキシム様は、お嬢様の死を受け入れられなかったのです。ですから、密かに持っていた賢者の石を使ってお嬢様を蘇らせました」
おじい様が賢者の石を持っていたですって?
そうでもおかしくないほどの錬金術師ではあったけれど……。
「お嬢様が今普通の人間と変わらないのは、融合した賢者の石が生命エネルギーを代替しているからなのです……私には錬金術がよく分かりませんので、これはマキシム様の受け売りですが」
「……お前が若返ったのも、わたくしの賢者の石によるものと主張するつもり?」
もしわたくしの中に賢者の石があるのなら、死にかけの人間を復活させて、その上若返らすなんて造作もないのは確かですわね。
この男が、何一つ偽りを言っていないとすれば、の話ですが。
「さすがお嬢様、聡明でいらっしゃる。では、お嬢様の中に賢者の石があると知られるとまずいのもご理解いただけますな」
「ご理解いただけないわよ」
そもそも、わたくしの中に賢者の石があるという前提が不審なのよ。
この男、何が目的でこんな荒唐無稽な話をわたくしにするのかしら。
「賢者の石は、ある程度無制限に願いを叶える存在です。もし他の人間がお嬢様がそうであると気づいたら、文字通り骨の髄まで利用しようとされるでしょう」
——沈黙。
自分の中に賢者の石があると仮定して、どんな目に遭うか想像してしまいましたわ。
錬金術師の最高到達点である、奇跡の物質。
それがあれば死者すら蘇り、その辺の土から金塊を作り、巨万の富を得ることでしょう。
欲深な者は、どこにでもいますわ。
もしそんな人間に目をつけられれば、恐ろしいことになるわね。
ま、それもこの男が本当のことを言っていたらの話ですけれど!
そもそも爺を名乗ってるところから嘘っぽいので、ありえない話ですわね。
男の向こうにある扉が、ノックされました。
返事をする前に、見覚えのある殿方が入ってきます。
「あら」
夜の採取で出会った、人のいい青年だわ。
「目覚めたか、気分は?」
彼がこの屋敷の主人であることは、一目で分かりました。
上質ながらにラフな服装、遠慮のない振る舞い。
もし当主でなかったとしても、当主の家族か何かね。
でなければ、こんなにリラックスした状態でうろつけるはずがないもの。
夜に出くわした時は、暗いのと外だったせいで、それなりに身分があるなんて気づかなかった。
「ご機嫌よう。悪くなくってよ……ところでこの男性は、あなたの侍従ですの?ずっと自分をわたくしの爺だと主張しているのだけれど」
「……彼の言っていることは事実だ」
えっ。
つまり……えっ?




