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天気は快晴、時刻は昼下がり。

これ以上ない、お出かけ日和ですわ。

わたくしは目元を隠す仮面と、髪を隠すフードをつけて。

爺とリリーはいつもとさほど変わり映えのしない格好で、街の近くにある小さな森にやってきました。

ぽかぽかと暖かい日差しが、木々に遮られて少し涼しい。

悪くありませんわね。


「ニコラさん、夕方までには帰ろうね」


「承知しておりますわ、さっさと済まして参りましょう」


とはいえ、人間があまり踏み入らない場所の素材というのは、みんなツヤツヤして大振りで、思わずうっとりしてしまうようなフィールドです。


「何を集めればいいの?」


「自分で悩んで、目についた物をとってきなさい」


リリーが素材を見る目を養えば、採取の効率は大幅にアップします。

彼女は少し緊張した面持ちで、周囲を見渡し採取に入りましたわ。

足元に生えていたハーブを見比べながら、採るべきは大きいものなのか若いものなのかを悩み始めましたわね。

ここで素直に考えて動くあたり、彼女にはやはり錬金術師の素質があるのでしょう。

……もったいないわね、どこかで初級本でも手に入れられないかしら。

わたくしの部屋にあった本棚を、回収できれば話は早いのですけれど。


おや、あそこの木にはちょっと珍しい実がなっておりますわね。

わたくしやリリーでは届きませんが、爺ならいけそうです。


「爺、あの赤い実をとってちょうだい」


「かしこまりました」


爺が老木のような身体で枝に向かって手を伸ばした時、背後でがさりと音がしました。

まるで人よりも遥かに重い生き物が、動いた時のような音。

反射的に振り返ると、わたくしたちを睨み付けている熊がいました。

初めてみる、紫色の毛皮。

背中には何本かの矢が刺さっており、生臭い血がマグマのように沸騰しながら地面に滴っておりました。

熊の血が触れた草が、あっという間に茶色く萎れていきます。


——魔物。

誰に説明されるでもなく、その生物の正体が魔物であると確信いたしました。

わたくしと爺からほんの少し離れた、誰よりも熊から距離のあるリリーが息を飲む音が聞こえます。


「逃げなさい、早く……っ」


目の前の魔物を刺激しないように、低く静かにリリーへと命じます。


「で、でも」


「ここに残って、あなたに出来ることがあって?」


「この老骨も、お嬢様に賛成ですな。リリーさん、さあ走って」


爺の言葉が、背中を押しました。

恐怖に固まっていたリリーが、ひらりと背中を向け街の方に走っていきます。

魔物がその動きに反応しましたけれど、ポケットからガラス玉を取り出して鼻先に投げつけました。

うまく当たらず地面で砕けたそれから、強烈な匂いの霧が魔物の周囲に立ち込めます。


「グルルルッ!?」


動揺した魔物が、二本足で立って鼻先を前足で擦りました。

それから、怒りの咆哮を上げわたくしの方を睨みつけます。

誰がこんな苦痛をもたらしたのか、しっかりと理解しているようね。

爆弾や毒薬でも持っていれば、なんとかなったのかしら。

ガラス玉以上の護身具を持っていないわたくしには、実はもうなす術がございません。


万事休す。絶対絶命。

そんな言葉が、頭の中で手を繋いでダンスし始めました。

ああ、卒業式の舞踏会で華麗なダンスをお披露目したかった。

ドレスのデザインだって、もうすでに決めていたのに。


「ガアア!!」


殺意を濃縮したような、凶暴な声。

腐ってしまった地面を蹴って、魔物が私の方に駆けてきます。

わたくしの一生は、ここまでのようね。

死んだらまず、弟を祟りにいきましょう。


「お嬢様!」


覚悟を決め魔物の血走った目を見つめていた私の前に、人影が飛び出してきます。

長身ではあるけれど老いによって軽くなった身体が、魔物の凶悪な爪によって引き裂かれ、紙切れのように吹っ飛ばされていきました。


「爺!!」


そんな。

わたくしが爺を呼ぶ声は、みっともなく裏返って最後にはかすれておりました。

視界のはしで魔物が今度こそわたくしを殺そうと唸っているけれど、それどころじゃないわ。


「爺……!」


もつれる足でなんとか爺の元に駆けつけると、白かった髭を真っ赤に染めた爺が横たわった状態で私を見ました。


「お嬢様、早く…お逃げください……」


「爺、嫌よ!お前までわたくしを置いていくなんて、許さないわ!」


背後で、獣の咆哮がする。

でも、そんなことどうでもよかった。

爺が死んでしまう、死なないで、置いていかないで。

こんなお別れは、決して認めませんわ。

追い詰められた現実とは裏腹に、胃の腑は怒りに燃え上がっていました。

ひどいわ、爺までわたくしを置いていくだなんて。

背後に迫る死の気配を感じながら、わたくしは爺のことを心の中で目一杯なじりました。

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