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ニコラ・ローレンスは、巷でも有名な悪女だ。

元々気性が荒く、友人は少なく、王太子の婚約者であったことが不思議なほどの、家柄だけのご令嬢。

その上自身の至らなさを棚の上に上げて、王太子の御学友である少女を毒殺未遂までした。

彼女が辺境の教会に送られたのは、誰がどう見ても懲罰だった。

当然だ、どこをどう見ても極悪な女。罰されて然るべき。

教会に望まれたのは、悪女を二度と俗世に戻さないことだった。

過酷な土地で、ただ自分の命があることだけを感謝して、神に祈り一生を終えろ。

貴族が紡ぐ華やかな物語に、決して現れるな。

王太子の横に立つのは、心優しき少女シャーリーのみ。

過去にいた女のことなど、誰も思い出したくはないのだ。


だからニコラが錬金術師として存在が知られるのは、教会としては都合が悪かった。

教会は稀代の悪女を受け入れ忘れさせていくための代金として、多額の寄付金を王家からもらっていたから。


「だったら、軟膏も世間に売るべきではなかったのでは?」


つい思ったことをそのまま口に出すと、ベロアが気まずそうに目を逸らしました。


「お嬢様、お金の誘惑というのは聖職者ですら抗えぬものなのです」


「まあ、そういうものなのね」


わたくし、お金に困った記憶がないのでわかりませんでしたわ。

軟膏を錬金術で作るようになってからは、教会への寄付金も上がったそうですから、それはそれは随分と強い誘惑だったのでしょう。


「しかし王家から寄付金をもらっていたなら、欲をかかなくても良さそうですけれど」


「お嬢様でもお気づきになりますか」


「口に気をつけなさい」


「ホッホ、失礼いたしました。私も妙に思いまして調べたところ、どうやらこの教会には随分と多額の借金があるようでして」


「しゃっきん」


聖職者が借金だなんて、許されるの?

通常教会は国中にいる信徒から巻き上げたお金を、中央教会へと集めて運営が芳しくない地方の教会へと分配するものです。

なので、正しく暮らしていればどんな貧しい地方の教会でもお金が足りなくなってしまうことは、なかなかありません。

だというのに、借金。


「…………この教会にも、色々あるのです」


聞いてみれば、王家からの寄付で補填してやっと借金はあと少しになったらしい。

つまり、まだ借金している。

どれだけのお金を、どういうわけで浪費したのかしら。


「なるほど、それはお金が必要なはずですわね」


気持ちはよくわかりませんが、理由は理解しましたわ。

突如教会の懐事情を暴露されたモリーが、側で気まずそうに立っていますわね。


「では尚更のこと、わたくしが錬金術で稼いだ方がよろしいのではなくて?」


「修道士殿、もしお嬢様の世間的評価が上がるのが心配だからうなづけないと言うのなら、こうしてはいかがでしょう。偽名を使うのです」


「偽名?」


「ええ。ジョニーでもダニエルでもタイラーでもよろしいですが、とにかくお嬢様ではない誰かが錬金術師である、対外的にそういうことにすれば誰も困りません」


「確かに、どうせこんな辺境の錬金術師の身元なんて、確かめにくる人間などいませんでしょうしね」


わたくしの肖像画は、一応王太子の婚約者だった都合でそれなりに出回っております。

しかし正確に描かれているようなものは、ごく一部。

庶民やその辺の富裕層に流通している絵は割といい加減で、王城などに飾られていたレベルの正確な肖像画を見た在野の画家が、記憶を頼りに描き、さらにそれを見た野良の画家が…と言ったふうに複製を重ねて行った結果、作画にブレができるようになってしまっておりました。

ものによっては、目の色すら違う始末。

正式に王太子妃になった暁には、ちゃんとわたくしの容姿を国中に知らしめてやろうと計画しておりましたが、こうなるとかえってよかったわ。


わたくしが名乗らなければ、そして教会の人々が情報を漏らさなければ、全ては丸く収まる……のかしら?


「どうでしょう、修道士様」


「……修道士長に相談してきます」


しばしお待ちを。そう言って去っていくベロアの背中は、妙に小さく見えましたわ。

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