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「だから!私が彼女のお茶に毒を入れた証拠はどなたも持っていないんでしょう!?」


「しかし毒物を作ったのは事実であろう!使う気がなかったというのなら、なぜそんな物を……」


「千倍に薄めると殺虫剤になりますの」


「貴族の令嬢が、どうして殺虫剤なんか作ってるんだ!いい加減、言い逃れはよせ。

直接入れた証拠がなくとも、動機も道具も揃っている。君がシャーリーを殺そうとしたのは明白だ」


目の前の青年——私の婚約者、レイモンド王太子殿下は言い終わるなや否や、隣に立っていた小柄な少女の細い肩をぐっと抱き寄せた。

綿飴みたいにふわふわのピンクの髪の彼女の名前は、先ほど殿下が言った。

飴玉のようにまんまるな水色の目を潤ませて、不敬にも私の方を睨み付けている。

私を睨んでいるのは、彼女だけではない。

正面にいる王太子殿下も、その取り巻きの上級貴族の子息たちも、それから、この騒ぎを一眼見ようと集まってきた野次馬生徒も、一身に私へ視線を注いでいた。


「ニコラ様…どうしてこんなことを……」


「決まっているだろう、君が邪魔だったからだ」


「邪魔だったことは、否定しませんわ。私の婚約者であるレイモンド殿下の周囲を、毎日毎日恥ずかしげもなくうろついておりましたもの。ずっと目障りでした」


自分の婚約者に寄り付いては媚びをうる女に、どうして良い印象が持てましょうか。

私が正直に意見を述べると、殿下は凛々しい眦を吊り上げて、エメラルドグリーンの目でこちらを睨みました。


「真実は明らかになったようだな、ニコラ……残念だが僕はここで君との婚約破棄を宣言する」


「えっ?」


えっ?


ーーーー


わたくしの名は、ニコラ・ローレンス。

誉高きローレンス公爵家の、長女でした。

年齢は、今年で十八。

いずれこの王国を導くことになるレイモンド殿下と同じ歳であり、また家柄も釣り合うことから、三歳の頃から婚約関係にありましたの。

当然のように同じ学園に入り、また当然のように殿下とは親しく過ごしておりましたわ。

何もわからないうちから大人たちに決められた婚約でしたが、わたくしに不満はございませんでした。

だって、殿下はこの国で最も尊いお方。

眉目秀麗成績優秀、歩く姿は生きた絵画。

ですからわたくしは、殿下とより良い関係を作っていこうと努力しておりました。

もちろん、お妃教育にだって文句も言わず励みましたわ。

それなのに、まさか。

二年生になったある日、突然編入してきた男爵家の令嬢にこうして奪われるだなんて!


「納得いきませんわ…!!」


「お嬢様はコミュニケーション能力が致命的ですからなあ」


「おだまり」


回想をしつつ憤っていると、荷物をまとめているじいが余計な一言を入れてきました。

私の部屋では、数人の使用人たちが服や他の小物などをまとめています。

嫉妬からシャーリーを殺そうとした咎で婚約を破棄された私は、ただいま勘当の真っ最中。

家門にこってりと泥を塗ったわたくしを、王家からの命令もあって遠くへとやることにしました。

卒業まで、あとたった一年弱でしたのに。中退です。


「爺、わたくしはあのシャーリーとかいう馬の骨に毒なんて盛っていませんのよ」


「はいはい、よく存じ上げておりますよ。お嬢様はそこまで凶暴な方ではございません。たとえ、かっとしてシャーリー嬢をビンタしても、髪を掴んで怒鳴っても、だからと言って殺すまではしない方です。下剤ぐらいは盛ったやもしれませんが」


「そうね、盛るならその程度よ。人殺しなんか、するわけないじゃない」


「その凶暴さが、誤解を招いたんでしょうなあ…この大釜は、どうします」


「もちろん持っていくわ」


「お部屋にはベッドとこれだけになりそうですな」


両親に勘当されたわたくしは、辺境にある境界の教会に送られることになりました。

駄洒落ではございません、本当に境界にあるのです。

何の境界かというと、魔界の。

王都より西方にある辺境は、この大陸で人間が住めるギリギリの地点です。

ここを越してさらに西へ行くと、魔物が跋扈する非文明世界へと入ってしまいます。

そこには人肉を好む恐ろしい生き物が大量に生息しており、その上時々縄張りを奪おうとして辺境の街を襲うのです。

もちろん街を奪われては困るので、そこにはたくさんの騎士や傭兵が配備されています。

しかし、そんな物騒な土地ですから人はよく死にます。

要するに、両親及び王家はうっかりと死んでこいと言っているのです。最悪ですわ。

しかし決まってしまったものは仕方ありません、全く納得はいきませんが王家の意向に濡れ衣で断罪された貴族令嬢が逆らえるはずもなく。


ふと壁にかかっている、姿見に視線が行きました。

プラチナブロンドの髪には手入れが行き届いていて、ルビーのようだと褒め称えられた真っ赤な目の周囲は長い睫毛で囲まれています。

この美しさは、公爵家の娘として整えられたもの。

辺境に行ってしまえば、見る影もなく色あせていくことでしょう。


「お嬢様、何鏡を見てうっとりしてるんですか、そろそろ行きますよ」


「少しは感傷に浸らせなさいよ!もう!」


老人のくせに私の荷物を詰めたトランクをひょいと持ち上げた爺が、さっさと外に行ってしまう。

それに続いて歩いていくが、家族の誰も見送りにはこなかった。

殿下の思い人を毒殺未遂した娘なんて、さっさとなかったことにしてしまいたいのでしょう。

私の中では、怒りがマグマのようにふつふつと煮えたぎっていました。

何度訴えても、私の無実を信じてくれなかったお父様とお母様。

殿下が私を糾弾したとき、その後ろでこちらを軽蔑した目で見つめていた弟。

どいつもこいつも、脳が腐ってるとしか思ませんわ。


門を出て馬車に乗る前に、屋敷を振り返って見上げる。

さようなら、私の実家。

私よりも王太子…ひいては毒を入れられたと騒いだシャーリーを信じたどうしようもない家族。

全く納得は行っておりませんが、ひとまずは去ってあげますわ。

か弱い令嬢ですから、多少暴れてみたところで騎士なんかに取り押さえられて終わりでしょうからね。


「……死んだら、真っ先に祟ってあげるわよフレッド」


「まだ十八ですのに、気が早いですなあ」


「おだまり」


家族の中でも一番ムカつく、裏切り者の弟フレッドに呪詛を呟いていると、また爺が不要な一言をこぼしました。

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