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子供達は、どうやら孤児院に住んでいるらしかった。
「俺、父さんも母さんも冒険者だったんだ。でも、俺が赤ん坊の頃に森で死んじまったんだって」
ジャンはあっけらかんと肩を竦めてそう話す。
「だからずーっと、孤児院で暮らしてんだ」
「私も赤ちゃんの頃から孤児院にいるよぉ」
サーヤも悲壮感なく明るい調子で手を上げて。
「孤児院はねぇ、冒険者組合がケイエイしてるんだって。だから、たぶん、私のお母さんかお父さんも、冒険者だったんだと思う」
詳しく知らないけど、と笑い、ルールーの手を引いた。
「ルールーも赤ちゃんの時に孤児院に来たんだよ」
「ぼく、おとうさんがぼうけんしゃ」
ルールーはキョトンとしたまま、そう言って海の方を指さす。
丁度、ルシャが昨晩にジスカと話した高台まで来ていた。
「あそこにいるんだって」
自然と皆が足を止めて海を、そこに浮かぶ島を見た。
巨大な世界樹を中心に据えた、世界で最も実り深く、危険な島を。
「冒険者はな、森で死ぬと、魂が世界樹に還るんだ」
ジャンが両手を腰に当ててそう言った。
「冒険者の精神と体は魔石になって街を潤して、魂は、世界樹を通って天に還るんだぜ」
「天、ね……」
コンラートが手で庇を作りながら世界樹の先の空を見上げる。
「なるほどなぁ……。確かに、あれだけでっかい木なら、天に通ずる、って言われても納得だ」
魔石の原料は、生物だと知られていた。
生物は〝肉体〟〝精神〟〝魂〟の3つから成り、この内、魂は不滅であると考えられている。
生物の肉体が死ぬと、魂だけがどこかへと消え去り、精神と肉体だけが残るのだ。そして、残った二つは、やがて肉体が朽ちると共に精神も摩耗して、いつしか完全に消えていく。
稀に、ひどく強い感情を抱いて死んだものの精神が、肉体が滅びてなお地上に暫し留まり、いわゆる〝幽霊〟となることや、あるいは肉体に残っている精神だけを抜き取って人工的に〝幽霊〟を作り出す……降霊術も存在はするが、どちらも非常に珍しいケースとなる。
多くの場合、肉体と精神は共に滅びる。
例外があるとすれば、それこそが〝魔石〟に変じた場合だった。
数多の精霊が住むという〝精霊界〟との境が曖昧な、原初の魔法が色濃く残る土地でのみ、その場で死んだ生き物の肉体と精神が完全に結晶化して魔石になる事がある。
森の国の世界樹の島こそは、おそらく世界で最も、原初の魔法の色濃く残る場所の一つで。
故に、その森で死んだ冒険者の多くは、確かに魔石に変じて街に富を齎すだろう。
ならば世界樹の島と共に生きて来た、森の国の人々にとって、その死生観はきっと、とても自然に生じたものだ。
彼らの誇る勇敢な冒険者達は、死してなお肉体と精神を魔石に変じて愛しい人達のために街を潤す。
そして、その不滅の魂は、きっとあの美しく大いなる世界樹を通じ、高く高い天へと還って、人々を見守るのだ、と。
「おとうさん、あそこにいるの」
森と、その世界樹と、その先の空に手を伸ばすルールーの明るい声は、きっと子供なりに全部わかった上で、それでも、そう信じているのだろう。
「この国の人達は、逞しい」
ルシャは呟いて、ふふ、と笑う。
良く晴れた空の下、海は青く蒼く碧く、世界樹の森の緑は眩しかった。
高台のすぐ下に広がる白壁の家々や、港の船影もまるで絵画のようで。この冒険者の国が、同時に観光の国としても知られる事を思い出させる。
「良い景色だな。その内、団員皆で観光でもしましょうか」
コンラートが高台の手摺にもたれてそう言った。
「良いね」
ルシャも笑って、改めて島を見たところで。
「ん?」
島の森から、数粒の黒い点が空へと浮かび上がった。
干潮時には歩いて渡ることも可能な距離の島から飛び出したそれは、見る間にグイグイと大きくなってくる。
「……コンラート!」
それがただの点ではなく、羽の生えた猿、小型の魔獣だと気付いたルシャが叫ぶと同時に、コンラートも手摺から身を切り返して、付近にいたジャンとルールー、サーヤをまとめて抱き上げたところだった。
同時に街外れの鐘楼から、カンカンカンカン、と、けたたましい鐘の音が響く。
「魔獣だ!たまに、島から来るんだよ!」
「おうちの中に逃げないとぉ!」
ジャンとサーヤが悲鳴を上げ、ルールーだけが抱き上げられて楽しそうに笑い声を上げる。
「座長!」
「そこの木の影!」
高台の上には入れそうな建築物はなかった。とっさに木の影を指しながら、ルシャはコンラートと反対に手摺の方へと踏み出す。
「たぶん、ここが一番、街で目立つ!」
「俺達、運悪くカモですねぇ」
コンラートの笑い声と子供達の悲鳴が重なった。
「お前は子供達を放すな!」
「わかってますよ」
真っ直ぐこちらに急降下してきた猿の魔獣の顔面に、ルシャの投げた石が激突。
ぎぃ、と悲鳴を上げて空中でよろめく猿を前に、上着の下に隠していた護身用の短銃を抜いた。
そのまま、顔を抑える猿の脳天に、鉄の銃床を叩き込む。
ギャッ、と濁った悲鳴を上げて足元に落ちた猿を一瞥し、同時に真上に向けて発砲。
鋭い爪で目を狙おうとしていた二匹目は、甲高い声を上げて一匹目の横に落ちた。
「お兄さん強ぇえ!」
ジャンの歓声と同時に、三匹目、四匹目と次々やって来て、グルグルとルシャの上を旋回する。
(五匹、六匹……総数、十匹)
街の他の部分にフラフラと寄り道しつつ、しかし、仲間の上げる姦しい鳴き声に引き寄せられて徐々にこちらに近付いてくる他の影も確認し、ルシャは短銃を右手に持ったまま、左手を上着の内ポケットに突っ込んだ。
(小振りのナイフ2本。ブーツに隠し短剣1本。銃弾は、今一発撃ったから、残り5発。撃ち切ったら詰め替えてる余裕はないな)
自分の装備を鑑みて、内ポケットのナイフを一本掴んだ。
(俺の腕前じゃ撃つより降下してきたところを普通に殴る方が無難か)
その刹那、頭上を旋回していた二匹が同時に別方向から急降下して襲い掛かって来た。
「わぁぁぁ!?」
子供達の悲鳴を頭の隅に聞きながら、ルシャは内ポケットから抜いたナイフで小柄な方の猿の爪を弾き飛ばす。同時に大柄な方の猿の顔面を、底に鉄板仕込みの靴で蹴り上げた。
(馬鹿でよかった。爪より顔面下にして突っ込んでくれるの楽だな)
ぎぃ、と息の割合が多い悲鳴を上げる大柄な猿の方はもう振り向かない。
泡を吹いて落下するのは明らかなので、終わったものとして、弾き飛ばした小柄な方へと向き直る。
空中でたたらを踏んだ小柄な猿は、それでも自分が飛行可能であることの優位性は理解しているらしく、咄嗟に状況を立て直そうと再び上昇しようとする。
(飛ぶ、ってわかってれば、まぁやりようはある)
引き金を覆う用心金を使って銃を指に吊るし、それで空きの出来た手のひらにナイフを投げ渡しながら猿の方へと踏み込む。
直後にナイフを手放して空いた手で、上昇しようとするその足を掴み、全体重を掛けて真横に振り抜いた。
ぎゃぁ、と。近付いて来ていた五匹目以降が、足を起点に振り回された仲間の体に衝突し、空中で吹っ飛んだ。
遠心力フル活用で振り回された猿は、一瞬、目を回して自分が浮けることを忘れたらしい。握られた足以外が重力に従って地面に落ちる。それに逆らわずに、むしろ握った足を振って地面に叩き付けた。
そうして空いた手に、ナイフを再び投げ戻しながら、用心金を起点にクルリと回して握り直した銃の先を向け、地面に叩き付けられて呻く猿に発砲してとどめを刺す。
その間も、動揺を立て直した残る猿達がとびかかって来るのを横眼に捉えていて、ひとまず一番毛並みの悪い、おそらく老齢か弱っている個体から倒すかと思考した時に。
「ん?」
横合いから気配を感じて、ルシャは全行動予定を取り消した。
「どいてろ」
声がすると同時に、その男は、ルシャの目前に迫っていた猿に飛び乗った。
次回:明日29日13時予定