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「座長、どうしたんですか?」
組合前の喫茶店で待っていたコンラートは、緑色の目を丸くしてルシャを見た。
「何かゲッソリしてますけど」
「食えない爺さん、怖い」
「……ああ、察した」
はは、と笑って、コンラートはルシャの頭をグシャグシャと片手で掻き回す。
「アンタだけで面会しろって言うから、どういう事かと思ったけど。やっぱり何か詰められたんすか」
「〝ルシャリーズ〟」
「……へぇ」
すぅ、とコンラートは笑みを引っ込めた。
そうして 2 人で喫茶店の前から歩き出しながら、溜息を零す。
「ま、ちょっとでも平原の国の反乱を知ってりゃね。座長と将軍は名前も年恰好もあまりに近い。一座の発足時期も将軍の追放と一致しますしねぇ。同一人物なんじゃないか、って、疑われたの、これが初めてじゃないっすよね」
「名前までは説明ができる。この年頃の男は、実際、神話のルシャリーズに因んだ名前が多いしな。でも目ばかりは……。将軍様と同じ色、ときたら……。こればっかりは、滅多にいる色でも
ないのがなぁ……」
目元を押さえて呟くと、ケラケラとコンラートは笑った。
「交換できるなら俺の目玉と交換してあげるんすけどねぇ」
ぽんぽん、と再び肩を叩かれ、思わず気の抜けた笑いを漏らしたルシャは、そこでハッとした。
「……あれ?宿舎ってコッチだったっけ?」
半年の公演の間、一座が借り切っている宿舎。
そこに向かっているつもりだったが、ふと気付けば見慣れない道を歩いていて。
「え?座長、分かっててコッチ来たんじゃないんですか?近道なのかな、って思ってたんですけど、俺」
ポカン、とコンラートは首を傾げる。
「……二人揃って迷子だな」
思わず額にルシャが片手を当てると、あちゃぁ、とコンラートは苦笑い。
「ええー。何やってるんですか」
「お前だって何やってるんだよ」
回りをきょろきょろと見て、ルシャは首を傾げる。
「ええと、今は春で、午後の……太陽の向きがあっちだから、とりあえず、あっちが海の方角で……」
「俺、座長のそういう生粋遊牧民な地理感覚ほんと大好きですよ」
「お前も同郷だろ」
「俺、母方は〝剣の国〟の出身なんで」
街中で道に迷って真っ先に太陽の方角は確認しないです、と肩を竦めると、コンラートは顎に手を当てる。
「知ってます、座長?こういう時はね、草原以外じゃ人間に訊くのが実は一番早いんですよ」
「……ソレクライ、ワカッテタヨ」
「へぇ」
愉快そうに笑って、道を行き交う人の中から、道を尋ねるのに良さそうな人間を探すコンラートに。
「ねぇねぇ、お兄さん達、迷子?」
先に、コロコロとした子供の声が、話しかけてきた。
「見かけねぇ顔だから、外国人でしょ!?」
振り向くと、鼻の頭に傷のある十歳前後の少年と、活発そうな短髪の少女、更にもっと幼い眼鏡の少年が立っている。
「え、あ、ああ。外国人だけど」
ルシャが咄嗟に頷くと、やっぱり、と弾む声音で少女が駆け寄って来る。
「だって、特にお兄さんとか!珍しい色の目だもんね!」
ルシャの鈍色の目を物珍しそうに見上げ、ねぇねぇ、と小首を傾げた。
「お兄さん、どこから来たの?東の果ての〝日の国〟の島?それとも、南の果ての〝雨の国〟とか!?」
「俺は」
「おい、サーヤ!」
鼻に傷のある少年が駆け寄って来て、少女の声を遮る。
「ちげーだろ!どっから来たかなんてイイから!道に迷ってる観光客はカモなんだから、案内してやって、お駄賃貰うんだよ!」
「あああ!それ言っちゃダメなヤツでしょ、ジャン!カモって言っちゃダメって、院長先生言ってた!」
「あ、やべ」
ハッと口を押えて、それから恐々と見上げて来る少年。
「はっは!カモか!俺達、カモらしいっすよ、座長!」
コンラートがゲラゲラと笑いだして、サーヤ少女とジャン少年はオロオロする。眼鏡を掛けた更に幼い少年だけは、何が可笑しいのかわからずにキョトンと、年上の連れ二人の服の裾を掴んで首を傾げていた。
「がぁがぁ。って、カモって、これで鳴き声あってます?」
「家鴨はそれであってるけど」
ルシャは苦笑いして愉快そうなコンラートの肩を叩くと、膝を折ってしゃがみ込み、子供達と視線を合わせる。
「観光客、というより、俺達、仕事で来てるんだ。昨日から公演してるサーカス団でさ」
「サーカス!知ってる!世界一の七華一座だ!」
サーヤが叫んで、気まずそうに視線を逸らしていたジャンも、ハッとしたように振り返る。
「まじかよ!有名なんだろ、すげぇ!」
「まじまじ」
コンラートも笑い止むと少し腰を折った。
「で、すげぇサーカス団なんだけど、お察しの通り、今は絶賛迷子でさ」
「駄賃は弾むから、二番街の、三階建ての貸別荘まで案内してくれないかい?」
ルシャは笑い、手の平を差し出す。
「ん?」
不思議そうに三人が手の平を見詰める前で、一度それを握り、反対の手で、パチンと指を鳴らすと同時に。
「はい、前賃」
「わぁ」
再び開いた手のひらの上に、飴玉が3つ。
「くれるの?」
「どうぞ」
「わぁ」
眼鏡の少年が真っ先に手に取り、嬉しそうに包み紙を取って口に放り込む。
「ああ!ルールー!だめ!知らない人のくれる食べ物、すぐに食べちゃダメだってばぁ!」
サーヤが慌てて振り向くが、もごもごと頬を膨らませてニコニコする当人は、まったく悪びれる様子も狼狽える様子もなく。
「毒は入ってないよ。虫歯にはなるかもしれないけど」
ふふ、とルシャが笑うと、ううん、とサーヤとジャンは顔を見合わせて暫し迷ってから、そろそろと一つずつ飴を手に取った。
「二番街の、貸別荘、だよな?」
飴をポケットに押し込みながら、ジャンはルシャの顔を見る。
「うん、そこに泊まってるんでね」
コクリと頷くと、よし、とジャンは二歩、石畳の道をルシャから離れて。
「前賃貰っちまったからな!近道で案内してやるよ!ついて来て!」
「私とルールーも案内するー」
サーヤがルールーの手を引いてジャンを追い掛けるので、ルシャも立ち上がった。
「ほら、早く!こっちだぜ!」
手を振ってさっそく歩き出す子供達に、はいはい、と返事を返し。
「コンラート。ほら、カモなんだから一列で付いて行くぞ、がぁがぁ」
「それは家鴨なんでしょ。一列でヨチヨチ移動するのはカルガモですよ、座長」
笑うコンラートと共に、ルシャは子供達の後を追いかけた。