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召喚術士と世界樹の島  作者: 空野
1.白花と竜翼
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8-5


内陸の森、ルシャや一座の代表5人が、グレンと戦った場所の、更に奥の方が、指定の場所だった。


「座長、まさか丸腰じゃないよね?」


森を進みながら、ジスカが声を落として問い掛け、ルシャは頷く。


「既に魔法とかで聞かれてたらアレなんでざっくりとですが、短銃と、あと刃物数本に、鈍器とかをちょっと」


「は、物騒で結構」


頭巾をバサリと取り払って、ジスカは笑った。


「だが、いくらか決定打に欠けるね。あのクソ野郎を相手にするにはさ」


「エドゥバルドの異能は?」


「不死」


短く、答えは返ってきた。


「不死?」


まさかと思わず目を丸くしたルシャに、そのまさかだよ、とジスカは振り向かずに笑う。


「奴が体の中に飼ってるのは、悪魔さ。悪魔と契約したんだよ、アイツは」


奴の異能は不死だけというわけではないけど、と肩を竦めて。


「それでも今この場なら一番厄介なのは、たったひとつ。殺しても死なないってことだろう。一瞬で、どんな怪我も治っちまうのさ」


「……確かに短銃じゃ不足ですね、それは」


ルシャは懐の短銃を掴んで確認しつつ眉を上げた。

銃は発明当初こそ魔法を駆逐する革命的兵器と期待されたが、現状の大陸では諸事情から普及も改良もさほど進んでいない。

そうして、その諸事情の一つこそが、まさしく森の国のサマナーはじめ、各国が切札として擁する純魔法の使い手達の存在だった。こうした魔法使い達を相手取った時に、現在存在する個人携帯型の銃火器の多くは、火力や連射速度など性能面で決定的なとどめの一撃を与える武器として至らない。


「この前、私相手に何か魔法を上乗せして撃とうとはしてたみたいだけど。単純に、火力を上げるだけの魔法なら、奴には無意味だろうね」


淡々とした、けれど忌々しそうな声で、ジスカは吐き捨てる。


「そもそも奴の場合、物理的な強度は私と違って普通の人間並みだ。風穴開けるだけならただの銃弾で十分だし、それこそ私の竜鱗に傷を付けるくらいの大火力をぶち込めれば木端微塵に吹っ飛ぶだろうよ。……問題は、木端微塵に吹き飛ばしたところで、〝次の瞬間には生き返ってる〟ってことにあるわけだ」


「……話し合いでなんとかなりませんかね」


「相手がどんな事情で、どこまでこっちの事を把握してるかは知らないけど。そうは問屋が卸さないさ」


思わず苦笑いしたルシャを振り向かないまま、前方の人影を捉えた赤紫の目はキュウと好戦的に細められた。


「何より、どんな事情であれ、私があのクソ野郎をぶちのめさないと気がすまない」


カツリ、とジスカが歩を止める。

ルシャも、その三歩後で立ち止まった。


午後、森の奥。

薄っすらと暗い、木の影の下。



「師匠の墓を荒らしてくれたそうじゃないか」



淡々とした声で、皮肉気に口角を上げたジスカが呼びかけた先。



「ああ、その件ですか」



こちらに背を向けていたエドゥバルドは、ゆっくりと振り向いた。

品の良い外套の裾が揺れて、ジスカとルシャを捉えた翠玉の隻眼は、穏やかに微笑む。

ふわりと、手袋をした手が片方、肩の横まで上がってヒラリと揺れた。


「ええ、ええ。とても、とても楽しかったです」


にっこりと口角を上げて、深く頷いて。


「ヴェイオラには感謝しなければなりません」


目を眇めるジスカにそう言ってから、ああ、とそこで気付いたように目を瞬く。


「ああ、そうですね。しかし、貴方には謝らなければなりません」


ポンと手を打って、こてりと小首を傾げる姿は、ちょっとした伝言を伝え忘れたのを詫びるような調子だったけれど。


「すみません。サマナーの遺体など滅多に触れるものではないので。全部、バラバラにして降霊術の研究に使ってしまいました」


再びヒラリと片手を振って眉尻を下げた瞬間、熱風が辺り一面の木々の葉を揺らした。


「これはこれは」


一歩、横に体を裁いたエドゥバルドの、その、退いた一歩分、横。

刹那で燃え上がった業火は、森の湿った土をも干上がらせて焦がし、小石を赤々と熱して消えた。


「ご挨拶ですね、ジスカ」


焼けた土を見下ろした後、隻眼は微笑んだままジスカを振り返る。


「怒らせてしまいましたか」


「今すぐ、その口閉じな」


チャリ、とジスカの手からフォブの下がった鎖が垂れた。

そうしてクルリと回されるや、長柄の戦斧に変じる。


ふわり、ふわりと、戦斧から火花が散った。瞬く間に熱せられたそれは、鋼の強度を保ったまま、形のある炎と化す。


「ジスカさん」


肌に感じるほどの怒気に、ルシャが一歩近寄りかけると、ふ、と、その目は振り向いた。


「冷静だよ」


確かに、ゾッとするほど、確かにその声は落ち着いている。落ち着いているように、聞こえはする。


「ムカつくのが一周するとさぁ、妙に冷静になるもんだろ」


声とは裏腹に煮えるような視線は、そうして再びエドゥバルドに向けられて。


「ああ、確かに。そういう風にききますね。怒りが一周すると無になるとか」


ジスカのセリフに妙に感心したように瞬く隻眼に、ふっと戦斧の先が片腕で振り下ろされて突き付けられた。


「二度目だ。口を閉じな、クズ野郎」


「これは辛辣ですね。よほど怒らせてしまったようです」


「閉じる気がないなら、まず、その上下の顎から砕いてやろうか!」


戦斧の先が揺れる。次の瞬間、ジスカとエドゥバルドの立ち位置は動いていた。

先ほどまでエドゥバルドがいた場所にはジスカが、そこから少し離れた位置にはエドゥバルドが立っていた。

今さっきまでジスカの立っていた位置の地面は、奇妙にへこんでいる。


(裏市の時と同じ、跳躍だ)


そう悟ると同時、ルシャは懐に手を入れた。


(一周回って冷静って言うけど、まぁ冷静ではないだろう)


もはや会話で収まることはないのは一目瞭然。

ジスカの中で、既にエドゥバルドは一線を越えてしまった。


(援護くらいは)


戦闘は避けがたいと判断して、短銃を引き抜いた瞬間。


「バルナバ」


エドゥバルドの落ち着き払った声が聞こえると同時に、ルシャは飛び退いていた。


ドン、と重い音を立ててルシャの靴の僅か先に突き刺さったのは、短い鉄の矢。


(やっぱり部下を連れて来ていたか)


視線を向けた先、少し離れた木の陰から姿を現したのは、長身の男だった。

短い黒髪に、金茶の目。年恰好はルシャよりも幾分か上に見える。

ボウガンを構えているが、矢筒を背負っている様子はなかった。


「そっち、任せたよ」


ジスカが振り向かないまま言った。


「承知です」


ルシャは頷いて現れた男との間合いを測る。


(他にも部下を潜ませている可能性は)


男から目をそらさないまま、辺りの気配に気を配った時。


「ああ、それから」


ふっとエドゥバルドが左手を上げる。


「こちらは二人なので。人数合わせということで、そちらのもうひとりには、残念ですが早々にご退場頂いておきますね」


真横に伸ばした指先をスッと、煙でも振り払うように動かして。


「ヴィヴィエン、退避!」


「わかってますけど!」


ルシャが叫ぶのと同時に、隠れて木の枝に潜んでいたヴィヴィエンは、精一杯の回避空しく何かに叩き落とされたように枝から地面に落下した。


「ああ、受け身を取られましたか。頭を割る気だったのですが、それでは腕の骨数本といったところでしょうか?」


流石は軽業師ですね、と、にっこり微笑んだエドゥバルドの手が再び動くのを見て、ルシャは瞬時に息を吸い込み、喉に力を込めて。


「おっと、その声こそ、先に潰しておきたいですね」


エドゥバルドの隻眼が振り向くと同時、殆ど直感で、避けた。

避けて、避け切れなかった。


何かが首を掴んで、的確に声帯の位置を握りつぶそうとしてきたのだ。

首を完全に握られる前に、その目に見えない何かに気付いたのは長年の戦場の勘としか言えない。それでかろうじて後退ってその手から逃れたが、それでも少し遅かった。喉を骨ごと握り潰されるのは免れたものの、完全な回避とはならず、首に正拳突きを喰らったような衝撃に、ゲホゲホと噎せ込む。


(ぬかった。しばらくは、声が出ない)


同時にバルナバと呼ばれた男が距離を詰めてきていた。

弩を鈍器として振りかぶられ、咄嗟に横に回避しながら相手の腹に鉄板を仕込んだ靴で蹴りを入れる。その蹴りはモロに入る寸前で後退して衝撃を逃がされたが、それでもいくらかの負荷ダメージは通ったらしく、相手の眉間に皺が寄ると同時に、次の動作まで僅かの間が開く。


(あの墓場で、ジスカさんに吼えたのを、見られたか)


稼いだ僅かの間に、〝咆哮〟を一時的に潰された喉の痛みを軽く咳払いして意識から振り払う。

まっさきに喉を潰してきた行動から見て、エドゥバルドは墓場でのルシャとジスカのやりとりを知っていたか、あるいは東の遊牧騎馬民族に現れる先祖返りの異能について、聞いたことくらいはあったのかもしれない。


「……やってくれるね」


ジスカの低い唸りが響く。


ヴィヴィエンが落ちて、ルシャが喉をやられる間、ジスカにも攻撃は仕掛けられていた。


木々の葉が揺れて大量に枝から落ちるや、それらはグルグルと竜巻のように渦巻いて浮かび上がり、ジスカに纏わりついた。


そうしてジスカの視界が塞がれた一瞬、辺りの空気がゾクリと冷え込む。


カチリと空気の引き攣る音と共に、空気中の水分が凝縮して氷柱が生じ、木の葉に包まれたジスカめがけて一斉に落下する。


「目障りだよ」


ジスカの怒号が飛んだ。

そうして燃える戦斧がグワリと一振りされ、視界を塞ぐ木の葉を薙ぎ払い、同時にその周囲に業火が生じて、まさに振って来た氷柱を一瞬にして溶かし、蒸発させる。


「魔石も詠唱も無しでその火力。いやはや本当に羨ましい」


首を傾げたエドゥバルドは、次の瞬間にジスカの跳躍からの戦斧の横薙ぎを受けて大きく飛び退いた。


「竜の息吹。世界一高温の炎。何とか魔法で再現したいものですが」


革手袋の指先が、ジスカを示す。

その瞬間、今度は空気が高い音を上げ、ジスカを囲むように複数の火柱が立ち上がって回転しながらその包囲を狭めたが。


「舐めてるだろ。私相手に火が通じると思うわけ?」


戦斧どころか、ジスカは素手で、それを掴み止めた。


「いえ、練習してみようと。しかし、なかなかうまくいきませんね、改良の余地があるようです」


「改良の余地があるのは、お前の性格と思考回路じゃないか」


掴んでいた炎を地面に叩き付け、ジスカは再び跳躍する。

エドゥバルドは再度の回避を試みて、けれど、ほんの僅か、遅れた。


戦斧がザクリと肉を抉った。外套と、その下の衣服に鮮血がグシャリと滲む。

しかし、次の瞬間、時間を巻き戻すようにその鮮血の染みは縮小し、切れた布地すらも元通りと、何事も無かったように接着して。


(不死)


なるほどこういう事か、とバルナバと睨み合いつつ、横目に様子を捉えたルシャは納得する。


(超回復……いや、服ごと回復したのを見る限り、まさか時間の逆行?)


いずれにせよ本当に厄介な特性の持ち主らしいと思ったところで。


「どうせ殺したって死にゃしないんだ。なら百回くらい原型留めなくなるまでその頭ぶちのめせば、万が一、少しはマトモな人間のフリくらいはできるようになるんじゃないかい?」


「手厳しいですね、ジスカ」


憎悪の滲むジスカの侮蔑に、ふふ、とエドゥバルドは目を細めた。

スルリと、右手で腰に佩いていた両刃の細剣レイピアを抜く。

そうして手の平を上に向けた左手をジスカの方に差し出すと、微笑んだまま小首を傾げた。


「しかし、百回?いいえ、万が一と仰るなら、一万回は殺す気で来ていただいて結構ですよ、ジスカ。ええ、もちろん、貴方の気の済むまで、お相手しましょう」


どうぞ、と。

左手の指先が二回、誘うように手招いた。


「……ほんっとうに、そのクソッたれな頭の中身、ぶち割って見てやろうか!」


ジスカの唸りと同時に、業火が再び顕現する。


次回更新:明日8月12日(木)10時予定

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