1-3
魔石を燃料として稼働する魔動機関は、今や大陸中で使用され、人々の生活に無くてはならない物となっている。
しかし一方で、魔石が産出される土地は限られており、しかもその多くは秘境と呼ばれる山の奥地や、極寒の氷原など、おおよそ人間の生存を拒むような土地ばかりだった。
そんな中、豊かで温暖な美しい海の中に浮かぶ世界樹の島は、唯一、その傍に人間が無理なく暮らしていける魔石の産地として知られる。
当然、多くの人々がその森から恩恵を得ようと押し寄せ、そして、壊滅的な被害を受けて撤退していった。
美しい青の海に浮かぶ、鮮やかな緑の島は、豊かな魔石資源や、他では取れない珍しい薬草などの恵みを内包すると同時に、他のどんな土地にも生息しない強力にして凶悪な魔獣と、意思を持つかのように生き物を殺戮する植物達の楽園でもある。
その島に立ち入り、その恵みを持ち帰ることができるのは、世界で唯一、その建国の時から五百年に渡り、島と共に生きて来た〝森の国〟の冒険者達だけだ。
森の国では、王立冒険者組合の試験を合格した実力者だけが、王国公認の冒険者として危険な森への渡航を許される。
そして、その冒険者達を守り監督するものとして、森を調査・開拓し、また島への密航者を監視する役目を負うのが、森の国の最大戦力、〝世界樹の騎士団〟である。
「っかー、大盛況、大盛況!さすが、森の国は豊かだねぇ!」
公演が終わった楽屋で、経理担当のシマーが嬉しそうに売上を勘定して叫んだ。
「ちょいとお高めな特等席も含めて、チケット完売、満員御礼!任意の感想調査票でも、〝また来たい〟が7割超えてるよ!いやぁ、商売繁盛、商売繁盛ですなぁ!」
「本当に。今日は盛り上がったわねぇ」
軽業師のニナがニコニコと頷いて、椅子にトサリと腰を下ろす。
「それに聞いた?さっきお客さんが、〝サマナーが来てた〟って言ってたわよ」
「サマナーが!?」
化粧道具の片付けをしていたアンが、ひっくり返った声を上げる。
「ええ嘘!見たかった!」
「サマナー」
椅子に座って水を飲んでいたルシャは、呟いて振り向いた。
「座長、まさかサマナー知らないとか言わないですよね?」
横にいたコンラートが笑って問うので、まさか、と首を左右に振る。
「知ってるよ、さすがに。世界樹の騎士団の、隊長だろう?」
森の国の最高戦力にして、危険な世界樹の森を世界で最も知り尽くした集団である、〝世界樹の騎士団〟。
その団は全部で5つの隊に分かれて、その隊にはそれぞれ、〝サマナー〟と呼ばれる特殊な力を持った隊長がいることで知られていた。
「精霊を召喚して、契約によって自分の体に閉じ込めてる、って。だから、おおよそ普通の人間じゃ考えられないくらい頑丈で強い、って話だろ。契約してる精霊次第じゃ魔石ナシでも魔法が使える、って噂も聞くね」
魔法と科学を組み合わせた魔動機関が発明されるまで、魔石は燃料ではなく、純粋に魔法の源として使用されていた。
森の国のサマナーと言えば、そうした魔動機関の前身、純魔法の中でも、特に高度とされる召喚術で、最上位精霊を召喚し、その精霊との戦闘に勝利して契約を達成した世界でも指折りの猛者達である。
「そうそう。そのサマナー!」
ルシャの声を聞きつけたニナが、嬉しそうに頷いた。
「来てたんですって。今日の公演に」
「〝サマナーも来た〟って、良い宣伝になりそうだなぁ」
コンラートが机に頬杖を着いて呟き、通りかかった大道具のマイクに、看板にでも書くか、と話題を振る中で。
「でもどうして、サマナーだってわかったんだ?」
ルシャはキョトンと首を傾げた。
「森の国の人は、全員、サマナーの顔を知ってるのかな?」
「あら座長、いやね、フォブよ、フォブ」
ニナが答え、再びルシャは今度は反対側に首を傾げる。
「フォブ?……って、あの懐中時計とか垂らす鎖の……」
「その鎖の先の、飾りよ」
アンも振り向いて、ヒラヒラと片手を振った。
「サマナーは任命の時、王室から自分の旗印が刻まれたフォブを下賜されるのよ。で、どんな時でも身に着けてるの」
本来の使い道通りに懐中時計を吊るす鎖に下げたり、あるいはブローチやネックレスに加工したりと、身に着け方は人それぞれだと言うが、いずれにしても自分がサマナーであると示すために、国内では殆どの場合に着用しているらしい。
「森の国の住人なら、サマナーの顔までは知らなくても、世界樹の騎士団の各隊が掲げてる旗印はわかるから。だから、顔を知らなくても旗印入りのフォブを見れば〝この人サマナーだ〟って分かるって話」
「へぇ」
そうなのか、と素直にルシャは納得した。
「しかし、5人いるってんなら、誰が来てたんですかねぇ」
大道具のマイクが首を傾げる。
「まぁ誰と一人に限定せず、複数人来てた可能性も否めませんけど」
「だといいねぇ」
シマーがケラケラ笑い、ふむふむと顎に手を当てる。
「やっぱりここは、一番の大物、騎士団長の〝剣聖ドラボスラバ〟とかだと話題性も最高なんだがなぁ」
「あれだろ、剣聖ドラボスラバって言やぁ、国境まで攻めて来た隣国の、鉄の大砲を一刀でバターみてぇに真っ二つにしちまったって化物。そのまま剣一本で敵軍の大砲、数十基全部潰しちまったとか」
小道具のジムが口を挟み、だがなぁ、と呟く。
「結構、いい歳の爺さんなんだろ?契約してる精霊によっちゃ、サマナーは年も取らずに数百年生きるとも聞くが、ゴリゴリの武人の爺さんがサーカスなんて見に来るかねぇ?」
「じゃぁ一番若い、〝聖騎士ディートリンデ〟とか、二番目に若い〝魔眼のグレン〟は?」
アンが手を上げ、それなら、とニナも首を傾げる。
「〝深淵のエドゥバルド〟も座長くらいの歳だって噂よ。端正な顔をしてるって聞くから、見てみたいわぁ」
「どうする?実際に見たら俺の方が男前だったら」
コンラートがわざとらしく金髪を掻き上げると、その場にいた団員達が全員笑いだした。
「おい、それどういう笑いかなぁ、みんなぁ?」
「まぁコンラートも見た目は色男なんだけどねぇ」
「座長と揃って、我が一座の喋ると残念な男前その1とその2だからな」
「え、俺は座長ほどの顔面詐欺じゃないと思ってるけど」
コンラートの不服そうな声に、どういう意味だと苦笑いしながら、ルシャは椅子から立ち上がる。
「ごめん、俺はそろそろ。着替えて、ちょっと夜食でも買って来るよ」
一言掛けて、そっと扉に向かう背後で。
「ええと、ドラボスラバ、ディートリンデ、グレンに、エドゥバルド。……あと一人、誰だっけ?」
「〝鮮血のヴェイオラ〟じゃなかった?」
「いや、ヴェイオラは2年前に森で死んだらしいぜ。だからディートリンデが繰り上げで去年就任したんだ」
「ええ、サマナーでも死ぬの!?……森って本当に危険なのね」
変わらず賑やかな団員達の声が聞こえる。
「あと一人は……あー、ええと、ほら、あれだよ。確か〝竜葬の〟……」
「あ!ああ、そうね、思い出した」
「生ける城塞、無双の女武者〝竜葬のジスカ〟!」
「え?」
パチリ、と目を瞬いて。
ルシャは思わず、扉の前で間の抜けた声を上げた。