序幕
花の雨が降っていた。
紅色の鮮やかな高楼からは七色の花が降り。
勇者達の帰還に、誰もが歓声を上げる。
咆哮する獅子の旗を打ち振って、お帰りなさい、お帰りなさいと声高らかに。
「将軍」
「獅子駆将軍のご帰還だ」
「五百騎兵のご帰還だ」
「よくぞお戻りになりました」
その歓声には心の底から安堵と喜びが溢れていて。
これから先の未来に幸福があると誰もが信じている。
そうに違いないと思う。そうであるべきだと思う。
勝ち戦とは言えないが、それでも、長い冬の時代が、まずは明けた。
これから先には、七色の花咲く春がやってくるべきなのだ。
「将軍、俺達、英雄ですよ」
笑う声に、うん、と頷いて。
心底笑って、馬上から手を振り返した。
けれど。
(本当に、これは正しいことだったんだろうか)
振り向いた先に、〝五百騎兵〟などいなかった。
一緒に緑の夏を駆けたはずの、黄金の秋を過ごしたはずの、白い冬を、偲んだはずの。
五百の顔など、半分すらも残っていない。
だから。
親を亡くして路地裏で泣く孤児を。子を亡くして慟哭する老夫婦を。帰らぬ想い人を待つ若者を。
この瞳は、幻視する。
(わたしは、正しかったのだろうか)
罅の入った剣を見下ろす。
血の沁みついた衣を見下ろす。
(おれは、また、戦えるだろうか)
それでも深く息を吸い込む。
それでも七色の春に、未来を言祝ぐ咆哮を上げようとして。
(あれ……?)
その時、もう、吼えるべき言葉は、自分の中から失われていると気付いた。