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殿下の隠し事


「来てくださって嬉しいわ」


 パーティの時のあの視線が嘘のように、妃の態度は朗らかだった。

 けれでも社交の場では笑って嘘をつけることも大切で、いろいろ思うこともあったがメルデルも合わせるように微笑みをつくる。


「パーティの時はおかしな視線を向けてごめんなさいね。あのサラサン殿下が女性と結婚することが驚きだったのよ。ふふ。実は私、昔はサラサン殿下が好きだったわ。でも彼は全然相手にしてくれなくて。それで私もすっぱり諦めたのよ。何かおかしな噂があるみたいだけど、信じないでね。私がサラサン殿下を好きだったのは昔の話。今愛しているはザッハル殿下お一人よ」


 妃はそう語ったが、やはりメルデルは信じられなかった。

 おかしくなった日、彼は妃に会っていたのだから。


「もう。信じてくれないのね。だから証明してみせるわ。ザッハル殿下、サラサン殿下」

 

 妃がそういうと、背後から二人の王子が姿を見せた。


「ザッハル殿下。おかしな噂が立つきっかけを作ってしまってごめんなさい」

「ラリア、謝る必要はない。これからこんな噂が立たないように仲がいいところを見せつけなければな」

「まあ、殿下」


 ザッハル殿下に肩を抱かれ囁かれて、ラリアの頬が薔薇色に染まる。

 メルデルまで恥ずかしくなって、そんな熱い二人から目を離してしまった。


「サラサン殿下。あなたもちゃんと説明したほうがいいわ。メルデルが不安がっているでしょ?」

「……そうね。ラリア。あなたの言うとおりよ。全部話してみるわ」


 二人でそんな会話が交わされ、メルデルは居心地が悪い。熱い二人をみて、妃には未練がないことがわかった。しかしサラサンはまだ……、そう疑ってしまい、彼に視線を向ける。


「部屋に戻りましょう。あなたに話すことがあるの」


 青い瞳は翳っていて、それがますますメルデルの不安を煽った。

 サラサンの後について彼女はラリアの部屋を後にする。



「何から話したほうがいいかしら。まずはお茶の準備をしましょう。ラリアの前で何も食べれていなかったでしょう?」


 部屋に戻るとすぐにサラサンは侍女を呼び、お茶というよりお昼の準備をさせる。そうして用意を整えた後、侍女を退出させた。


「さあ、お茶を飲んで」


 サラサンに給仕をさせるなんてと、断ったが、彼はがんと譲らず、申し訳ないと思いながらもメルデルはティーカップに注がれたお茶を飲む。


「おいしい?あなたの領地でとれたお茶よ」

「やはり。おいしいです」


 懐かしい香りだと思ったら、やはり領地から出荷しているお茶で、しばし気持ちがあの頃に戻った。

 領地を歩いて、領民に語り掛ける毎日。

 生まれたばかりの子に名付け親になったこともあり、その成長をみるのが楽しみだった。

 

 --今頃はもう歩いているころだろうなあ。


「メルデル?」


 思い出に浸りすぎていたようで、サラサンに声を掛けられ我に返る。

 

「領地を思い出していたの?」

「はい。……私が投げ出すようなことになりましたが、サラサン殿下にお時間をいただいたおかげで代理人にしっかり引き継ぐことができました」


 実際は弟が幼い領主であるのだが、メルデルの補佐をしていた執事に弟の代理を任せた。彼が代理人となることで、別のものが執事になったが、時折届く手紙を読む限りうまくいっているようだった。


 ーーそれでも投げ出した形になってしまったが。


 自分を慕ってくれた領民たちを思い出すと、複雑な心境に陥ってしまった。


 

「私は何も、むしろ、あなたの邪魔をしたの。私は」

「殿下?」

「あの日、隣国から来ていた使者に会った後、ラリアに偶然会ったわ。そして、彼女に問い詰められたの。あなたのことを本当に愛しているのかと」


 --やはり、ラリア様はまだ未練が。サラサン殿下も。


 わかっていたことなのに、胸がキリキリと痛み、メルデルは胸を押さえ、自然と俯いてしまう。


「メルデル。誤解しているようだけど、私が愛しているのはメルデル。あなたよ。ラリアとはなんでもないわ。それは昔は追っかけられたけどね。彼女が私にそんなことを聞いたのは私の手段のせいよ。気づかれないと思っていたけど、違ったみたいね。きっと兄上も、父上もご存じかもしれないわ」

「手段?どういう」

 

 一気にもたらされる情報に混乱しながら、彼女は聞き返す。

 愛してるなんて、とんでもないことを言われた気がしたが、それは忘却の彼方だ。


「あのね。あなたが女性であることを漏らしたのは私。もちろん、情報の出所がわからないようにしたけれども」

「ど、どうして?」

 

 暗い影が落ちる青い瞳を目の前に、メルデルは聞き返す。

 

「私はあなたが欲しかったの。あなたが男でも女でも構わなかったわ。でも女であれば、妻にできる。そう考えると、もう止まらなかった。ごめんなさい」

「な、なぜ……。私は伯爵として必死に、」

「本当にごめんなさい。あなたの努力を踏みにじることをして。でも、私はあなたが欲しかったの」


 サラサンの指が伸びてきて、メルデルの頬に触れようとしたが、彼女をそれを振り払った。

 不敬だとわかっていたが、今は、触られたくなかった。


「メルデル……」

「少し、休ませてください」


 怒鳴りつけることもできた。

 だが、彼女にはまだ理性が残っていて、静かにそう言うと彼の言葉を待たず寝室にむかった。

 共有の寝室。

 だけど、今の彼女に逃げ場はなかった。

 王宮から逃げ出すことは不可能。また逃げて領地に戻ったところで厄介者だ。下手したら、家を取り潰され、領地を取り上げられる可能性もあった。


 ベッドに飛び込み、枕に顔を深くうずめる。

 涙が止めどなく出てきて、枕を濡らした。

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