女だとばれる時1
「旦那様!」
鉢を抱えたメルデルを見た御者は、慌てて馬車から降りてきた。
「そんな重い物、私に申し付けていただければ運びますのに」
「大丈夫。そんなに重くないぞ」
細身のため、ひ弱に思われることが多い。
それは家の者でも同じ事で、メルデルはその度に少し悲しくなる。
女だとバレたら終わり。
弟のカイゼルが成人したら、旅に出る。
それまでは本当の性別を悟られる訳にはいかない。
屋敷でも彼女が女性である事を知ってるのは、執事ベッヘンと古参の使用人だけだった。
「お帰りなさいませ」
屋敷に到着したのは夜半過ぎ。ひっそりとした屋敷で彼女を出迎えたのは、幼馴染で執事見習いのジャミンだけだ。
「ジャミン。遅くまで。先に休んでもよかったんだぞ。私のことは気にするな」
夜半時、そのまま着替えて寝るだけの予定で、湯浴みなどは翌朝するつもりだった。
「旦那様。この鉢はいかがなさいますか?」
「ああ、悪いが私の部屋に運んでもらえるか?」
「メルデル様。あの鉢は?」
鉢を抱え、前を通りすぐる御者を見送りながら、ジャミンは問いかける。
「サラサン殿下にいただいたシュロソの葉だ。安眠効果があるらしい」
「安眠効果?!」
「どうした?ジャミン」
「な、なんでもございません」
執事見習いを始めてから、かなり落ち着いた雰囲気を持つようになった幼馴染がめずらしく動揺していて、メルデルは訝しがる。けれども、彼はすぐに表情を改めた。
「部屋までお送りしましょう」
送るも何も屋敷内、しかも荷物などもない。
けれども、ジャミンはいつもメルデルが部屋に戻るまで見送るのが常なので、彼女は頷いた。
☆
翌朝、いつも通り目を覚まして、メルデルは違和感を覚える。
部屋の香りが異なっていて、彼女はベッドから体を起こすとその違和感の元に近づく。
シュロソの葉が窓から微かに入る風で、気持ちよさそうに揺れていた。
「昨日は感じなかったのに。こういう香りなんだな」
葉に鼻を寄せて匂いを嗅ぐと一層強い香りが鼻を刺激した。
「これはキッツイな。煎じるのはやめたほうがいいかもしれない」
微かに香る程度なら良いが、先ほど鼻を襲った香りは強過ぎて、お茶としては飲むのは大変そうだった。
「使用人は起こしにくるのはまだ先だな。きっとジャミンがそう伝えているだろう」
独り言で呟いている自身に気がつき、自嘲する。
シュロソの葉のせいか、はたまた昨日の疲れか。
欠伸も出てきて、メルデルは再びベッドに戻り、珍しく二度寝することになった。
「よく眠れたようですね」
「ああ」
二度寝した彼女は遅い朝食を執務室で取っていた。
「シュロソの葉の効果は抜群だ。だが、煎じて飲むのはやめたほうがいいかもしれないな」
「どうしてですか?」
ジャミンは空いたティーカップにお茶を注ぎながら聞く。
「今朝、近くで匂いを嗅いだが香りがかなりキツかった。お茶にするのは得策ではない」
「もしかして配合することを考えたのですか?」
「まあな。でも無理だな。でも、安眠効果はあったぞ。久々にゆっくり眠れた気がする」
「そうですか。それはよかった」
言葉ではそう言っていたが、ジャミンは少し複雑そうな表情をしていた。
「何か問題か?」
「いえ、なんでもありません。メルデル様。食事が進んでいませんよ。朝はしっかり食べないと」
「朝といってももうすぐ昼だ。昼は母上たちと共に取る予定だから、もういい。卵はしっかり食べたぞ」
「よくできました」
「なんだ。それは。料理長には美味しかったと伝えてくれ」
「わかっております」
ジャミンは机に並べられた食器を手際よく片付けると部屋を出ていった。
養父に習って執事の仕事をこなす彼は、今では立派な執事として通用する。
初めて会った時、「女みたいに綺麗な子どもだ」と言われ、カッとして殴ってしまった。
あれは所謂褒め言葉だったのだが、「女みたい」という言葉がそれまでの彼女の努力を否定したように思えて、感情を抑えきれなかった。
おかげで存命だった父にこっぴどく叱られた。
その後、彼女は彼に詫び二人は今まで友情を育んでいる。
性別のことで隠し事をしているのはとても忍びないが、事実を知る人は少なければ少ないほうがいい。
何があっても、バレるの事はさけなければならない。
「無事にカイゼルに跡を継がせる。それが私の使命だ」




