彼女が男装を続けた理由
「すごいな。メルデル。もう覚えたのか」
「はい。父上」
父に褒められ頭を撫でられる。
子供っぽいだとわかっているけれども、メルデルはそうされるのが好きだった。
男として育てられたメルデル・キャンドラ。
彼女はそれを苦に感じたことはなかった。
母は時折ドレスを着せれなくてごめんなさいと謝罪をしていたが、メルデルはドレスのように動きづらい服が好きではなかったし、淑女として完璧な母を見ているとその生き方のほうが窮屈に思えた。
伯爵家を継げるのは男子のみ。
婿をもらう前例はなく、親戚筋にもまともな男子がいなかった。なので、メルデルの父は彼女を男子として育てることを決めたのだ。
妻がメルデルを授かるのも時間がかかり、二人目を望むのは難しいかもしれない。また二人目も女である可能性もある。
苦渋の決断ではあり、妻には反対されたがキャンドラ伯爵は意志を通した。
「メルデル。お前は立派に私の後を継いでくれるだろう」
期待通り学び、努力を惜しまない彼女に父はいつも優しかった。
メルデルが10歳の時、弟のカイゼルが誕生する。
その瞬間を彼女を鮮明に覚えていた。
屋敷中が祝福の声に包まれ、産後青ざめた顔をしていた母は彼女にもう心配ないからと声をかけた。
(心配ない?)
弟ができたことは嬉しかった。
けれどもメルデルの心は不安で押しつぶされそうになった。
(私はもういらない子かもしれない)
その不安がメルデルを煽り、彼女はますます勉学に打ち込む。
「メルデル。もうお前が男装することはないんだ。だから」
「父上。私は後継には相応しくないのでしょうか?いらない存在なのでしょうか?」
「メルデル!なんてことを言うのだ。そんな訳がないだろう」
「それであれば、私は、男として父上をこれからも支えて行きたいのです。もちろん、正式な後継がカイゼルであることは理解しております。だから、彼が成人した時には私はこの屋敷を去るつもりです」
「馬鹿なことを。メルデル。お前は大切な私の娘だ。いままで重圧を与えてきたこと、済まなく思う。だからこれからは」
「父上。これからとは?私はやはりいらない存在なのでしょうか?」
メルデルにとって、父の後を継いで立派な伯爵になるのが人生の目標であり、それ以外に何もなかった。領民たちのために働き、父同様領地を平和で豊かに治める。
なので、弟が生まれたことで変わっていく周りが怖くてたまらなかった。
「そんなことはない。お前は私の……」
父は言い淀み、何やら考えていた。
しかし何かを決意したようにうなづくと、不安でいっぱいのメルデルの頭をゆっくりと撫でて抱きしめる。
「メルデル。お前は私の大事な後継だ。これからも頼むな」
「はい。カイゼルが成長するまで、私は勤めを果たします」
男子と偽り伯爵家を継ぐ。
それは男の後継がいなかったための苦渋の作だった。
しかし、カイゼルが生まれ、偽る必要はなくなった。
なので、弟が成人したら当主の座を譲ること当然のことだ。
(カイゼルに後継の座を渡したら、旅に出よう。のんびりと国を巡ってみよう)
屋敷を去る日を想像すると指が震えそうになったが、彼女はそれを悟られないように笑顔で隠す。
(私は、私の役割をしっている。弟が成長するまで、私は父のように領主として役割を果たす)
父の腕に抱かれながら、彼女はそう決心した。




